ひとりで発掘「名著」に光……ですよ!

「吉祥寺で出版社を営むということ〜アルテス、クレイン、夏葉社の場合」というトークイベントに行ってきた。アルテスの鈴木茂さんが出るから、という事で行ったのだけど、行ってみたら「海炭市叙景」の佐藤泰志の作品集を出されていた、それこそ映画や小学館の文庫になる前の真の震源地であるクレインの文弘樹さんも出演されていて、いや〜最近この本と私は縁があるな、としみじみ感動したのでした。もう1社は、まだ出版社を立ち上げて数年。2冊しか出していない夏葉社の島田潤一郎さん。彼のことはここにインタビュー記事があるので、ぜひぜひ読んでください。面白い方でしたよ。あの素敵な装丁の「レンブラントの帽子」は、持っている方も多いのでは。3社さんとも非常に個性的で、とても興味深い鼎談を聞かせていただきました。

写真は、そういう最近「ひとり出版社」が流行っているという朝日新聞の昨日の記事。アルテスさんは今でこそ何人かいらっしゃいますが、設立当時は鈴木さんと木村さんの二人だけで、それぞれ自宅でやられていたんですもんねぇ。でも一人で、もしくは少人数で出来る!ということは、こうやって社会にも勇気を与えるんだと、この朝日新聞の記事をみて、しみじみしちゃいました。うん。それにしても本の世界もCDの世界も、創業となると、まずは古い体制の流通システムが一番ネックですなぁ〜。でもそれを超えてでも「ひとり出版社」は可能なんだよ、という事。勇気をもらいました。

そうそう、お客さんからの質問で「正直、ひとりでやって経営はなりたっているのか?」という質問がすごく飛んでたけど、私はそこは疑問に思わなかったね。私たち個人自営業者にしてみりゃ従業員を雇う方が信じられないよ! ひとりでやればランニングコストは少なくてすむ。しかも島田さんも言っておられたけど、辞めたいときに辞めれる。これは大きい。でも面白いよね。会社を大きくして従業員がたくさんいて、大きな組織でやっている方が安全なように見えるんだね……今でもねぇ。そんなのにお金貸してる銀行がいけないんだろうけどね。

お話の中で、ウンウンとうなずいちゃう場面が幾度となくあったけど、3人の、それぞれの「本を出すときの選択のポイント」が面白かった。

島田さんは「自分が営業したくなる本。人に薦めたくなる本」というはっきり断言していた。うん、これ、すっごく納得。この3人の回答の中で、私のスタイルが一番近いのは島田さんかも。自分が好きじゃなかったら人に薦めることなんて出来ないもの! 加えてウチも一人で運営しているのは、複数いるとそういう気持ちがブレるから。やっぱり惚れた本人がすべてやらないと。でもこのヘンは、ちょっと意地悪な見方をしちゃうと島田さんがまだ初めて数年だという事に由来しているとも思う。長くやるとなると考え方も変わってくるのが普通だ。その点、一見すごく素人そうに見える島田さんのようなスピリッツを独立以来15年も維持しているウチは、やっぱりすごいレーベルだと自分で思った。というか、いつまでたっても大人になれない……というか(笑)。いや、後者だな。

一方の文さんは長くやっていらっしゃるだけあって「実はひとり出版の袋小路からちょっとズレたところに実は良いものがある」という発言をされていた。これも、また、めっちゃ共感!! そうなんですよ。ウチもね、ヴェーセンに出会うまでは、もっといいバンドがいないか、もっといいバンドはいないかって、ずっと探してきた。でもヴェーセンに出会ってからは違う。自分の趣味の音楽はヴェーセンで極めたから、ちょっと引いて、もう少し大きく物を見られるようになったと思う。だからヴェーセン以降に契約した他のアーティストは、もうちょっと別の違う位置にあるんだと思う。でもってヴェーセンは売れないんだよね。で、逆にちょっと自分の好みからハズれたアーティストの方が売れたりする。これはもしかすると一人でやっている場合の、ちょっとしたコツかもしれない。自分の中心軸からちょっと離れて眺めてみる、みたいな。

またアルテスの鈴木さんは「出版社はメディアのようなもの。読者と著者をつなぐもの」と答えていた。なんて謙虚な! 普段から人間関係を大切にする鈴木さんならではのお言葉だよね。そして、それはものすごく正しい事だと思う。私もいつも思う。自分はたまたま日本にいて、ここでこういう仕事をしているだけなんだと。伝統音楽の世界は大きく、自分はたまたまその一部であると。実際大きいことが起きる時は、自分以外の力が働いているのを実感することができる。ホントすごいよね、音楽は個人の力を超えて、アーティストの力を超えて、プロデューサーの力を超えて、広がっていくんだもの。そうなんだよ、レーベルやコンサートプロモーターって、リスナーと音楽をつなぐメディアでしかない。

そんなわけで3人の方に勇気をもらった私は、もう年内CDは出さないにしようと思っていたのを,少し考えなおそうとしています。去年のウチのCDリリースはたったの3枚だった。ルナサの新譜。これは来日が内定したし出さないわけには行かないから出した。ノルディック・トゥリーは来日があるから出した。そしてジョン・スミス。これはもう最高のアルバムなので、これが最後と思ってだした。それでもうこれからは本気リリースは辞めようと思った。今年もこれから来月来日するジョンやマイケルのCDを少し輸入するけど、今年はそれで終わりだなと思ってた。でも、今日の皆さんにたくさん勇気をもらったので、ちょっと考えなおしてみようと思った。うん、いいよ。なんか。

それにしても、おもしろいよね。業界ちがってもインディペンデントに、自分の好きな物を自信を持ってやっている人は、話を聞いていて、非常に共感できる。これが同じ業界で大きなレコード会社のやる気のない人とか、本部に振られたものをだけを売っているレコード店のマニュアル店員とかだと、全然話があわないもんだけど。

それにしても出版業界の話を聞けば聞くほど、古本屋になりたくなる私です(爆)。というわけで、現地で購入した佐藤泰志のこの作品集。装丁が綺麗だな〜。ブルーの本。というわけで、映画告知の帯のついた小学館の文庫の方はブックオフに行く箱の中へポイ(笑)。