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2012年1月31日火曜日

ポール・ブレイディ来日までの道のり9:イギリスにて

そんなこんなで、私は仕事といいつつ、単なる音楽が聞きたいというそういう理由で、ポールのツアーのおっかけは何度もやっているが、最後にやったのは、アイスランドの火山灰でヨーロッパ中が真っ青になった2年前の4月だ。火山灰のことはさておき…このツアー中、ポールは20年近く一緒に仕事をした英国のプロモーターをクビにする!と言って、超不機嫌だった(で、実際、本当にクビにした)。だから皆が皆ピリピリしているツアーだった。

私は当初ジョン・スミスをダブリンで見て、その翌日にポールをエジンバラでラウーの連中と一緒に見て、すぐ日本に帰国する予定だったのに、エジンバラへは予定どおり移動できず結局… どこだったけな…リバプールだったかな…あたりにポールをおっかけていった。私が訪ねていったら、火山灰のバタバタでポールのマネージャーと交信していたこともあって、私が訪ねていくことはすっかりポールにバレていた。普段は内緒で行って驚かすのが好きなのだけど… その時、私は日本に帰れる目処はまったくたっていなかった。終演後、ポールを楽屋に訪ねて行くと、この日ポールはライブの出来が気に入らず、超不機嫌だった。いや、ものすごいライブだったんですよ。私たちは会場の裏にあるアイリッシュ系の素敵なホテルにみんなで宿泊していて、そして寝る前に一杯飲もうとみんなでホテルのバーに集まった。

そこにタイミング悪くもサインをもとめるべくサイン帳みたいなノートを持って、ちょっと挙動不審なファンの人が近づいてくる。ポールはムッとしながらも、それでもサインをしてあげる。ファンの人が去って、サインしたノートが、これまた気に入らなかったポールは「なんだあいつは。毎晩ここでみんなにサイン貰ってるのか」とプンプン怒る。みんなの空気が氷ついたが私がすかさず「でも、こういうのもロック・シュターの仕事の一部じゃない?」と言ったら、ポールは吹き出すように爆笑して空気がぐっとゆるんだ。私が行くとこんな風にツアーの空気が多少変わる(出来れば良い方に)から、スタッフには喜ばれる。というか、ツアーってホント過酷なんですよ。同じメンバーで一緒にいると煮詰まってくる。だから気が知れた第三者がくると喜ばれるのだ。私も顔を出すのであればスタッフにも喜ばれるようでなくちゃ意味がない。

ツアー中訪ねていくのが好きだ。そして内緒にして行って、驚かせるのが私は好きだ。事前に告知しておくと向こうに食事とかお土産とか余計な気をつかませてしまう。そしてツアー中じゃないときに行くとなると、わざわざ家族のいる家を離れて、私に会いに町に出て来てって、ってのも申し訳ない。だから私はいつもツアー先に突然顔を出す事にしているのだ。もちろん泊まっているホテルなどは事前にマネジメントに聞き出す。マネージャーがいないバンドにたいしては、会場の近くのそれっぽいホテルを押さえる。

そして、こちらの日程が自由になるなら、なんとなく会場と日程とを見ながら「このヘンでツアーに飽きてくるかなー」ってな頃に行くと良い。だいたいツアー最終日は「明日、家に帰れる!」って、間違いなく盛り上がるから、ベストは最終日から2つ前や3つ前くらいの公演。このヘンがツアーの気持ち的には一番辛い。そして出来ればマイナーなイケてない町がいい。大都市は会場も大きくて、だいたいは盛り上がる。それよりも「あ、この会場でやるんだー! こりゃ、つらいなー」みたいなところに行くのが良い。何よりロンドンとかダブリンだとビックリ度が足りないし「なんかのついでに来たの?」って事になる。そういうのよりも、出来れば空港があったとしても、あまり国際線の乗り入れてない町、例えばアヴァディーンとか、バーミンガムとか、カーディフ、ベルファースト、エクスターとか、何ということはない町がいい。

話がそれた。ポールと一緒のツアーバスの中で、私はTVのエリアでバンドの連中とよく映画をみてなごんでいたのだけど、ポールはだいたい車両の一番後ろにあるめちゃくちゃ素敵なスイートルーム(さすがシュター!)で一人でゆっくりしていることが多かった。

でも何度も一緒に食事したりして、何より毎晩素晴らしい音楽が聞けて、私は楽しかったなー。結局3、4日、彼らと一緒にいた。私はポールが機嫌がいいところを見計らって「また日本に来る気はない?」と話しかけた。「またああいう大きなイベント(ケルティック・クリスマスやアルタン祭り)を作るっていうのは、おそらく難しいと思う。もちろん出来るかもしれないけど、またたぶん5年くらいかかっちゃうだろうし」と。「グレンと私はよく二人だけで気軽なツアーをやっている。グレンもお寿司が好きでね。二人で美味しいもの食べて、一緒にお寺に行ったりして、すごく楽しいわよ。ぜひぜひ友達を訪ねるような感じでまた来てくれないかしら」「そういうシンプルなツアーだったら、あなたさえ決断してさえくれればお金のことは私がなんとかする(あっ、言っちゃった)」と。ポールは私の目をまっすぐに見つめてニコっとした。でもって少し黙りこんで考えて、そして私の目をまっすぐ見て(ちょっとロマンチック♥)言った。「ヨウコ、ありがとう。でも、それは無理だと思う」と。

そうね、ロック・シュターだもんね、と私は心の中で思った。それはすっごくよく分かる。お金とかそういうんじゃないんだよね。お金も大事だけど、自分の立ち場ってものがあるんだわ。ロック・シュターとしての立場。東京でやるなら、最低クアトロやDUOみたいな小屋じゃないと。そういう事だ。そういうのを分かってない馬鹿なアーティストもいるけど、ポールは頭がいいから良く分かっているのだ。

私はがっかりしたけど、まぁ、納得した。ポールはグレンみたいなツアリング・アニマルじゃない。ポールはツアーアニマルみたいなツアーはポール・ブレイディ/アンディ・アーヴァイン時代にさんざん経験したらしく、ホントに嫌らしかった。だったら仕方がない。

ま、いいんだ。でも自分はこうして日本から見に行こうと思えば、いくらでも行けるわけだし。これでいいかと思う部分はあった。でも、それじゃあ不満なのは、単に見に行っているだけじゃ普通のファンもしくはせいぜい友達でしかなく、私という存在の意味がまったくない。それじゃ嫌だ。ポールに対してファン以上の立場になりたい、という気持ちも強くあった。

そんなこんなで月日は流れた。そしてチャンスは意外なところから巡ってきたのである。

この曲がオープニングだったらいいなーと思っている。大好きな曲。

2012年1月30日月曜日

ポール・ブレイディ来日までの道のり8:セットリスト




本人直筆です。

このケルクリの5曲のセットリストにまつわる思い出。前日に私とポールはお茶の水/秋葉原を歩いていた。途中のおそば屋さんで、なんとなく落ち着いたので「明日のケルクリは5曲だって。何の曲にする?」と私は聞いた。(実はプロデューサーからは一刻も早くステージプロダクションのために曲のリストを提出するよう言われていたが、それをストレートにポールに言うと怒られるので、気持ちに余裕があるときにさりげなく持ち出してみるのだ)

ポールが黙っていたので、「私が書こうか!」と私が言うと、ポールはニコニコと私が書くセットリストを眺めていた。そして「うん、これ、いいな、これでいこうか」ぐらいのことは言ってたと思うのだ、確か…

でもケルクリ当日、ステージからプッシュされてもポールはセットリストをまるで決めてくれない。そして私は「セットリストは出ないよ。この俺に、今、それを要求するとは何事か」とさんざんポールに怒られ(笑)…。ポールはあいかわらず楽屋におこもり状態。いやいやいつものことですよ。そんなんで落ち込んでたら仕事はできない。(ここにも書いたけど、怒られても落ち込まないのがポールと仕事するコツなのだ)ステージ制作チームからはプレッシャーが入るし…まったくなぁと思いながら待っていたら、最後ギリギリに出て来たのがこれ。「なんだ、昨日私が考えたのと1曲しか違わないじゃないのーーーっっ(怒)」きーーーっっ!

でもこのセットよかったよね。このあとたしかみんなでHomes of Donegalやったんじゃなかったっけ。





DUOでのセットリスト。このときのツアーも、怒られてもめげないで一所懸命アテンドしたのが報われて、「DANCER IN THE FIRE」は私のリクエストでやってくれたのだった…ううう、うれしい。ポールは私の名前を呼んでくれて「これ歌わないとヨウコに口きいてもらえなくなるからさ」と言ってくれた。うううう。ありがとう、ポール。ポールは久しぶりにこの曲をやったらしく、ステージにあがる直前、ギリギリまで楽屋でこの曲を練習していたのが聞こえていた。

この仕事って… ほんといいよね… すみません、お客さん…

「DANCER IN THE FIRE」が見つけられなかったので、同じアルバムから大好きなこの曲を。

フィンランドの冬は素敵




フィンランドで一番素敵な季節は1/2月、そして7月なんだよ、と言って、スヴェングのヨウコ先生がお家の写真を送ってくれました。赤いのがヨウコ先生のお家。子供たちが写っているの以外、使ってよいと言われたので掲載します。真っ白〜っっっ♥ この足跡はキツネかな〜とのことです。

2012年1月29日日曜日

フィンランド伝統音楽の巨匠たち@白寿ホール




フィンランドの伝統音楽における3人の重要人物。5月にやるコンサート、気合い入っているでしょ? ほんとはここにキッモ・ポーヨネンもくわえて4名でやりたかったんだけど、いろいろあって、この3組になったのでした。それにしてもすごい。実現出来るとは思わんかったよ。ホントに楽しみです。

しかも今回東京公演のホールはとっても素敵な白寿ホール。代々木公園の方から行ったら駅近だけど、渋谷の東急百貨店の脇をずっと歩いていくと7分くらいかな…だから便利ですよ。とにかく素敵なホール。音が最高。よく古楽の公演やってますよね。リュートのつのだたかしさんとかも良く使われているホールです。

今回ウチも昨年のトッパンホールにつづいて、滅多にないこういうブランドもののホールさんを貸りてしまいました! ドキドキ。普段無印良品のバックを使っているのに、いきなりヴィトンのバックを買った感じです(あ、この表現、トッパンの時にも言ったっけ)。そんなわけで、今年もっともプレスティージアスな公演になること間違いなし! プレスティージアスなんてウチの普段の公演からは、まったくかけ離れてますな(笑)

ちなみに白寿ホールさん。とっても素敵なホールです。特に天気がよくなれば、5月のこのオープンデッキは最高でしょうな〜♥ 指定席なので皆さん、よいお席はお早めに〜っ。2月4日発売です。 詳細はここ


PS
ところでまだ告知はしていませんが、ご来場の方全員になんらかのプレゼントやらボーナスがある予定です。こちらは発表できる段階になったら発表しますけど、とにかく楽しみにしててください〜 あとこの白寿ホールさんから渋谷に通じる道にすごく美味しい食べ物屋さんがいっぱいあるので、それの紹介とかもして行きたいと思ってマース。お楽しみに!

2012年1月28日土曜日

可愛いエストニアの編み物ばあちゃんたち


バルト関優勝で、ホントにうれしいMUSIC PLANT。あいかわらずエストニア祭り(CD500円)続行中ですが、友達がこんなのを教えてくれました。

週刊文春の巻末グラビアにエストニア、キヒヌ島の編み物ばあちゃんたち。きゃ〜可愛い! 実は私もエストニアの編み物は1つ持っている。このマフラー帽がそう。週刊文春、要チェックです。

「こんなもんでいい」と思ったらそこで終わる

昨日は私の46回目の誕生日で、久しぶりにお祝いしてもらったり、プレゼントをもらったり、すごく良い1日だった。この歳になるとだいたい誕生日なんぞはそのまま普通に終わるのだけど。なんだかテレくさいし、あんまり自分がそういう場の主役になることに慣れていない私なのだ。だいたいは誕生会を仕込む方の側が好きなんだよね。

でもfacebookのおかげで、友人の誕生日を忘れないですむのはホントに便利! いろいろ言う人もいるけど誕生日にメッセージをもらって喜ばない人はいない。かと思うと昨日は朝から国際的な仕事をしている取引先と打ち合わせが続いたのであるが、最初の2つの相手はfbをやっていない(もしくはやっていてもほぼ放置)ので、私の誕生日だということはまったく気がついていらっしゃらないようであった。もっとも、その方がビジネスミーティングの席としては心地良いのだが。ま、どっちにせよfbはフリーランスの強力な味方だなと思う。




打ち合わせと打ち合わせの間には、銀座のマキシム・ド・パリで休憩もした。普段ならせいぜいスターバックスとかタリーズのたぐいで休憩なのだが、今日は誕生日なんだしというわけで一人でナポレオンパイ(今はミルフィーユと言う)を食べる。パリのお菓子と言っているが、パリに行ったって、これほど美味いもんはないだろー。美味すぎて卒倒しそう〜。昼間のマキシムは有閑マダムであふれる銀座マキシム。約2,000円のお茶休憩。とてもリッチな気分。マキシムは紅茶も自動的におかわりが出る。紅茶は高いんだけどまずいタイプの味。紅茶だけは自分が入れた紅茶が一番うまいと思う。

本来の私なら、誕生日はこういう風に自分一人で好きなようにすごし、夜は一人でスタミナ苑に行くか、もしくは大学の後輩よびだして、やなぎで飲むかくらいが一番心地よいし自分らしいのであるが、今年は広告業界のすごい人たちが集まってくれるという…ワクワク。

今回の誕生会だが、そもそもきっかけは、とある仕事でご一緒した某デザイン界の超巨匠、新ちゃん先生こと新村則人大先生によるヒロミ・ゴーのパフォーマンスを私が見たいと言っていたことから始まる。先生とご一緒するのはすでに数度目なのであるが、そこで「新村先生のパフォーマンスは本当にすごい」と言うのをみんなが言うのを聞いて、私も見たい、見たい、と言っていたのだ。fbから「今月の誕生日の友達」という案内メールが来て私の誕生日があると知った巨匠は、私の誕生日にそれをかなえてくれたのだ。ありがとう! 新ちゃん先生。

新村先生は広告界の大巨匠なのであるが、子供みたいにすっごく素敵な人だ。写真や資料、素材を見せたりすると、その時の「ワクワク感」みたいなものがビシバシ伝わってくるのがいい。さすが巨匠と呼ばれる人は、普通の人とはまったく違う。その辺のすれっからしの大人とは違う。実にピュアな方なのだ。ウチのアーティスト陣にも通じる部分があるかなー。

それにしてもすごいパフォーマンスだった。単なる物まねの息を超えていた。私たちが客席(銀座の某豪華カラオケボックス)で待っていると、事務所で着替えメイクもかつらも衣装もバッチリの新村先生登場。まずは黒いスーツ+からすの羽のようなショールをまとい「お嫁サンバ」のパフォーマンス。すごーーーい。ホントにヒロミ・ゴウみたい!! そして曲が「2億四千万の瞳」のイントロが始まると、なんと再び部屋を出て、上は黄色いジャケットに着替え、花束を持って登場。きゃーっっ、かっこいい! そして花束を私に手渡した新村先生の「2億四千万の瞳」が始まりました〜。足をあげ、腰をふり、ものすごいパフォーマンス! アクションもすべてホントヒロミ・ゴーみたい。

いや〜、ホントにすごいわ。想像していたのより、うんとうんとすごかった。そしてやっと見れたヒロミ・ゴー。この妥協なきパフォーマンス。さすが日本のトップ・クリエイター。妥協がない!! それにしても全広告業界垂涎の大パフォーマンスを誕生日にやってもらえるなんて、私は超ラッキーとしか言いようがない。ヒロミ・ゴーの写真はこちらでも公開になっているので、ぜひ! 




実は今読み始めた本「自分の仕事をつくる」の冒頭にこんな話がある。世の中は人の仕事であふれている。あなたの身の回りのもの、すべて、それがすべて誰かの仕事の結果なのだ。そこには「こんなもんでいいか」という物もあれば、妥協なき完成度を極めるものもある。… という話をカメラマンの藤岡直樹さんにしたら「これ、すごく分かる。“こんなもんでいいか”と思ったとたん、撮れなくなるんですよね」とおっしゃられていた。

そうなんだよね。過去、新村先生に「ヒロミゴーやってくださいよ」と何度かお願いしたのであるが、なかなかそれはかなえられなかった。そしてその理由が昨日やっと分かった。これだけの準備と情熱が必要なのだ、という事。メイクもバッチリして眉毛を太くし、かつらをかぶってサングラスをし、ビシッとステージ衣装に着替え、アシスタントの庭野さん(おつかれ様でした)にライトの指示まで出して、新村先生は、いつもの新村先生ではなかった。本当のヒロミ・ゴーだった… 

それにしてもアートの世界で戦うおじさんたちは超すごいと改めて思ったのでした。さすが新村先生の企画。ケーキから何から超一流だった。一人で1/4も食べた… 新ちゃん先生、本当にありがとう。その圧倒的なパフォーマンスにパワーをいただき今日は頑張って仕事してます。その後に流れた串あげ屋でのお話もとても勉強になったよ。

とにかく私が普段いる世界とは、まったくの別世界なので、いろんな事にびっくりしてしまうし刺激になる。これが一流の仕事の世界なんだなと思う。そして、おじさんたちの方も私が一人で好きな音楽に突進するように仕事をしているのを見て面白いと思っているみたいだ。いや〜ホントに楽しかった。



さてウチの経理部長(母親)より恐怖のプッシュ電話が来て、いよいよ経理を終わらせないといけないことになった。ホントウにやばい。

ポール・ブレイディ来日までの道のり7:ロック・シュター

(正式な)2回目の来日は、ポールの新作を聞いたプランクトンの川島さんがケルティック・クリスマスでポールを呼ぼう!と言ってくれたのがきっかけだった。この時もやはりいろいろなリスクを考え、たったの2公演。たった2公演でも本当によく作れたと思う。ポールは2公演のためにまたはるばるやってきてくれた。ファンの皆さんは、よく大阪来てくれとか、札幌に来てくれとか、なんで名古屋を飛ばすのか言ってくるけど、ホントに公演をやるのは大変だ。私たちだってやりたいと思っている。一番やりたいと思っているのはアーティストであり私たちだ。でもそれをお客さんに分かってくれ、ってのは無理だよねー。でもせめて単なるお願いじゃなくって、私がチケット50枚買いますから何とかなりませんか…くらい言ってくれないもんかなーと、このインターネットですべてがフラットなこの時代に厳しいことを思ったりしてみる。ま、いや、無理ですよね、普通のお客さんに、それを求めるのは到底無理だよね。でも、そうやって具体的な行動を起こさない限り自分の思い通りに世の中は動かないんですよ、と言う事なんです。あ、またこれも厳しすぎ?(笑)まぁ軽く聞いておいてください。

でもウチのお客さん名簿を見てみると、熱心なお客さんたちが、本当にビックリするほど遠くから来てくれてるんだよね。で、そのお客さんたちの苦労や努力が「来てくれ」って言うだけのお客さんの努力より少ないとは、とても思えないのだわ。本当にみんなすごく無理して遠くから駆けつけてくれている。だから本当に遠くから来てくれるお客さんには大・大・大感謝だ。あなたのその1枚が、コンサートの実現を可能なものにしているっていう事を、いつまでも強く自覚し、うんと誇りに思ってもらえたらと思う。そしてアーティストも私も本当に本当にいつも感謝していることを忘れないでいてほしいと思う。

でも、あの時も、ホントたった2公演だったけど、ポールは素晴らしかったね。そして、あの時、私が一番感謝しなきゃいけないのはルナサだ。自分のグループ、アーティストが2組同時に来る時の辛さは…想像していただくしかない。本当にルナサと離れているのは、心が痛かった。今まで来日したのは、5回?だっけ? 4回だっけ? 空港から空港まで。ルナサは今までは来日したら私が離れている瞬間なんか一度も無かった。でもポールの場合、やっぱりアテンドを出来る人が他にいないんだよね。ケルクリの大きな公演が終わった翌日、ポールが渋谷のホテルに移動をする日、ルナサたちはバスで茨城の方の公演に向かう日だったと思う。ちょうど私とポールがタクシーに乗ると、彼らはプランクトンの野本さんに先導されてバスに乗り込むところだった。「ちゃんと野本さんの言うこと聞いて、いい子にしてるのよーっっ」と私がタクシーの窓から身をのりだして叫んだら、ポールは笑ってた。I'm very very worried! そしてポールが帰国した日。私は成田でポールを見送り、ルナサが公演をやっている兵庫へすっ飛んで行った。ロビーにプランクトンの人たちがいて「おつかれ様! ホントによくやったね」と声をかけてくれて、席まで用意してもらって、私はしっかりお客さんとしてルナサの勇姿をみることが出来た。楽屋にいったら、みんなが声をかけてくれた。みんながポールのソロ公演のことを心配し、ポールのことを心配し、私のことを心配し、そして温かく見守ってくれていたのだ。うううう、、、涙。ありがとう、ルナサ! 

その後のルナサの来日もケルティック・クリスマスだったけど、デンマークのヴァルラウンや、新参者のラウーもいる中で、ルナサが本当によくステージ全体のことを考えて行動してくれていて、本当に私は誇らしかった。本当に本当に大人になったルナサ。フェスティバルのメインビルがやれるというのは、そういう事なんだと思う。いろんなアーティストが一カ所に集うというのは、大変なことだ。みんな表面上はニコニコとしているが(ニコニコすらしない連中もいる!)、実際はエゴとエゴのぶつかりあいだ。だから、自分のことだけではなく、ちゃんとイベント全体を見て、お客さんの方向を見て行動できるアーティストじゃないとメインビルは勤まらないのだ。その点、本当にルナサはよくやってくれた。

話がそれた。さて、ポールと渋谷のホテルについて、それからどういういきさつだったか忘れたが、ずっと二人で表参道まで散歩することになった。ポールは散歩が好きみたいだ。タクシーで行かなくて大丈夫?と聞くと歩く方がいいんだ、と言う。私も歩くのは大好きだからちょうど良かった。あれは楽しかったなー。あ、そうだ、ポールがイッセイ・ミヤケ(外人が言うとミヤキになる)に行きたいって言ったんだ。だからあっち方面に行ったんだった。ポールの買い物に付き合い、道を歩きながら、ちょうど青山の子供の城あたりに来た時だったかなー。メアリー(妻)もショッピングが好きなんだという話になったから、奥さんは何をショッピングで買うの?と言ったら、ポールはちょっと考えて「靴かなぁ」というから、「それはロックスターの妻としては正しい」と私が言ったら、ポールはそのジョークが気に入ったのか爆笑して「ロック・スターはロック・スターだけど、アイリッシュだからロック・シュターだ!」と言った。スターじゃなくてシュター。そこから何かというとロック・シュターというジョークが私とポールの間で定着したのだった。

シュって、アイルランド人はよく言う。シュターバックシュとか、そういう感じ。スノッブじゃなくってシュノッブ。ロック・スターじゃなくて、ロック・シュター。ちなみにポールによると綴りはhを入れるだけで良くって、shtarと綴るのが正しい。……っていうか、シュってのは、その前からあったんだわ。ルナサのケヴィンが生粋のクレア訛りで、あいつはバーミンガム生まれのくせにクレアのアクセントしているってのが、まずあって、シュターバックシュ(スターバックス)ってケヴィが言うのを真似するのがツアーの中、流行ってたんだよ…確か。そういう伏線もあったんだと思う。ロック・「シュ」ター。

そういえば、いつだったか私が「猿の惑星最高!もう人間はだめだ!地球は猿にルールさせろ」と興奮してfacebookのステイタスに書いたら、ポールは「でも人間は歌えるじゃないか。音楽を作ることが出来るじゃないか。ロック・シュターにもなれるじゃないか」とコメントしてきた…爆笑。

というわけでロック・シュターが最もロック・スターだったモーメント。ゲイリー・カッツのプロデュースでLAで録音されたアルバムから。

ポール・ブレイディ:メアリーと兵士



Lakes of Ponchartrainがあまりに有名でこの曲は置いておかれがちだけど、実は私はこっちの方が好きかも。良すぎる。

2012年1月26日木曜日

Michele Noachのホームページが出来てた!

今の今まで気づかなかったのですが、さっきロビン・ヒッチッコックの奥さんのミニー(Michele Noach)からメールをもらい、その下の方に彼女のHPのアドレスがかかれていたので、アクセスしてみました。すごい充実! ロビンが参加している映像などもありますよ。

ロビンのファンは必見! こちらへどうぞ〜

次回ロビンが来日したら何かミニーとも一緒にやりたいな〜〜

ポール・ブレイディ来日までの道のり6:テイナ・ターナーもカバーしたSteel Claw

ティナ・ターナーの名曲。世界中でバカ売れした「Private Dancer」より。



ポールの印税たるやすごかっただろうーなー。下はポールのヴァージョン。1983年発表の「True for you」というアルバムに収録されている。それにしてもご機嫌な御大。そして今でもそうなんだけど、ポールは歌い始めると俳優のテンションに近いものがある。曲を演じるっていうのかなー。いいよね。



ポールはこの楽曲が取り上げられた事について。のちにインタビューでこう話している。

「ティナのこの大ヒットアルバムに曲を提供することができたのは良かった。が、実はこの曲が採用された時、そんな大ヒットになるとは夢にも思っていなかったんだよ。もちろん“うわ〜ティナ・ターナーが俺の歌を録音してくれたよ!”と興奮して、すっごく喜んだよ。昔、若いころロックバンドで歌ってたときアイク&ティナ・ターナーは大好きで自分でも歌っていたからね。でも、あの時点で彼女のキャリアというのは、とっくに終わっていた。だから楽曲を提供する事によって何かが自分に起こるとは思っていなかったんだ。ところが、あのタイミングで、オリビア・ニュートン・ジョンとかを手がけてたオーストラリアのマネジメントが彼女をあの地位まで持っていき、大きなカムバックになったというわけさ。おかげであのアルバムは何千万枚と売れた」

「Paradise is here。きっかけは、ある日ロンドンにいた僕のところに彼女のマネジメントから連絡があり、ティナが新曲を探してる、デモを持ってすぐにこい、というわけさ。今、ある曲なんかないよ、と言ったけど、曲が必要なんだ。やるのか、やらないのか、みたいな感じだったから、友達の家に居候していた僕はあわてて友達のカセットデッキに歌を吹き込みロンドンのホランドパークにある彼女のホテルへ駆けつけた。ティナがそこにいて、すごく優しく接してくれた。“あまりいいレコーディング状態じゃないんだけど”と僕がテープを渡したら、まぁ曲に、彼女に訴える何かがあったのだろう。採用された」

この曲、シェールもカヴァーしてたっけ。



ポールのヴァージョンを探したら、なんとオーケストラとやっている演奏が見つかった。



Paradise Is Here. Future is this moment. 天国はここ。未来は、今、この瞬間だ。

2012年1月25日水曜日

永田純「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」

読みました! 永田どんべいさんこと、永田純さんの「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」。基本的にアーティスト志望の方や、すでに現役で活躍しているミュージシャンの方が読む本だと思うのですが、なかなかどうして! 私が読んでも非常に参考になったというか、頭がすっきりした、というか。とにかく音楽関係のスタッフとして働いている人、またそういう仕事をしたい人にも読んでもらいたい、すごい1冊です。

どんべいさんについては、音楽業界にいる人ならご存知の方がおおかろう。矢野顕子さん、大貫妙子さんのマネージャーを長く勤められていた方で、私も何度か矢野さんの現場で、ご一緒したことがある。明るくて、ハキハキしていて、適格で…それこそマネージャーとはこうあるべき、という見本のような方だ。ご一緒したことはたった数回であるが、一度お会いしたら、絶対に忘れられないタイプ。そんな敏腕マネージャーさんなのである。

それにしてもこの本は勉強になった。こういう本って今までホントになかったかも。音楽業界って、ある意味、見栄と虚勢の張り合い…というか表側を取り繕って良く見せることも仕事の一部なので、業界の片隅に入ったとしてもなかなか全体像というのが見えないことが多い。レコード会社はレコード会社のアングルでしか物事をみれないし、事務所は事務所なり、ラジオや雑誌ならそのアングルで… というわけだ。私なぞもたった2年半しか居なかったが、レコード会社の物の見方から抜け出すのに大分時間がかかった。だからこういうワイドアングルで「音楽を仕事にする」という世界を見るのは大事だ。もっとも私たちの世代の業界人で言えば、音楽業界で生きて行くなら、一度はメーカー勤務は体験しておいた方がいいというのは確かに存在していた。それが、今はまた時代がまったく違ってきてしまった。それは、ものすごく良いことだと思う。そこが、まさに永田さんの言う「ミュージシャンにとって黄金時代がやってきた」という部分なんだと思う。いや、ホントにいろいろ考えてもいい時代になった。

私がメーカー勤務していたころ(89-91年)は、レコード会社に所属しなければ何も始まらなかった。ラジオ、新聞、雑誌に取り上げてもらえるものもレコード会社中心だった。今考えると、ホント馬鹿な時代だが、それしかリスナーに届ける術がなかったのだ。今だったら、誰でもホームページをつくり、You Tube、Facebookなどで聴く人に音楽を届けることが出来る。私だってインターネットがなかったから、今やっている仕事は本当に不可能だったであろう。

いずれにしても若い皆さんにとっては、キャリアの早い時期で、こういう本をしっかり読んでいることは実は非常に重要だと思う。表紙カバーの裏に印刷された表を自分の今やっていることと見比べ、いったいどういう事なのか検証するのがいい。まぁ、この世界長くいると、やることはおおよそは決まっていて、ついついルーティンになりがちだが、今やっているこの作業はいったいどういう意味があるのか、というのを考えるだけでも相当な頭の整理になるのではないか。

というわけで、私が響いた部分を書き出していこうと思う。将来の自分の励みになるだろう、ということを踏まえて。


(1)プロとアマチュアの違い
仕事をしていく上で、すごく大事なこと。例えばラーメン店を開業した、と。すごく自信のある自慢の味。でも10人中6人のお客さんは「味が薄かったらいいのに」と言う。ここであなたの取る態度は3つ。
A 自分に作れるものは、これだけ。だから同じものを作り続ける。
B 自分が作りたいものは、これだけ。だから同じものを作り続ける。
C 自分が作るべきものは、お客様を満足させるもの。だから期待には応えようと努力する。悔しいし。

商売が繁盛するのは実はCのケース。誘導するつもりもないし、優劣をつけるのも目的ではない。選択肢としてA、Bはあってよい、と永田さん。特にBのケースは才能がある場合、バケる可能性もある。反面Aのケースだと実際に店を続けていくには少し動機が弱いかも、という。

実は音楽業界にも例えば5年もやっていると分かるんだよね。ホントこんなに自分の好きなもんばっかり出してたら、いつまでたっても売れないんだよって(笑)。これは実は痛いほど分かるんだわ。相当バカでもないかぎり(笑)

こういってはなんだが、ある程度の時間の余裕とバジェットがあって、多少いやな事でも我慢しようとか、大人になろうという心がまえがあれば、私だってヒットを出せると思う。出せなくても、まぁ5本に1本くらいは確実に当てる事が出来るだろう。でもそれをやらないのが… なんだろう…私の看板なんだわ。だからいつまでたってもウチはこのサイズだと思う。でも、それでいい。でも、この永田さんの言葉は、ちょっとグッと来た。これ、よく心にきざんでおこう…。


(2)仕事は2種類に分類できて、その中間はない。
A あなたが作る仕事
B 他人が作り、あなたはそこで何らかの役割を担う仕事

「優劣」「上下」ではない。プロデューサータイプか職人タイプか、ということ。実はここをはっきりさせていくことで、仕事上、発生する悩みは大抵解決できてしまうと私も思う。これは、私も胸をはって普段心がけている事の一つだよと言える。なので、すごく響いた。私の場合Aが95%なのであるが、たまにBをする時があり、そしてBの仕事をするあれば、実は一番大事なのはアーティストでもなくお客さんでもなく、この仕事を私に依頼してくれたプロデューサー(もっと言ってしまえば仕事の依頼者/クライアント)だという事を強く認識している必要がある。もちろんクライアントに対してコビを売る必要はなく、私がこの人の立場だったらこの件にはどうやって対処するだろう、ということを常に考えていれば、それが自然と正しい道へ自分を導いてくれるのだ、ということだ。それによって、仕事は驚くほどスムーズに進む。そしてまた再び依頼が来る事が多い。そして幸いにも、だいたい私を雇ってくれる人は、私のことを充分に理解した上で仕事をふってくれる事が多いので(って言うか、そうじゃなきゃ私も受けないわな)、本当にこの点において私は恵まれていると思う。

そして、実は相手(クライアント/その仕事のプロデューサー)も、普段の私のAの部分を見ていてくれているからこそ、認めてくれている、というのもあるのだ。Aの背景があるから、Bにおいても良い仕事も来る…という事ではないだろうか。


(3)なにを投資しているかを意識する
これも…耳がいたい(笑)。

あなたはそのプロジェクトに対して
A お金を投資しているのか。
B お金を投資しないまでも、時間を投資しているのか。
C お金や時間を投資しないまでも、知恵を投資しているのか。

これすっごく大事だと思う。私の場合、お金の投資はわずかなことが多いが、膨大な時間を投資している案件がホントに多い! そしてそれに見合う見返りはあるのかというと、ホントに問題なのだわ。一度、時給計算してみたら、400円くらいになってしまった。典型的なワーキング・プア。これはホントに問題で、今は身体がうごくからいいけど、将来どうしていくべきか。真剣に考えないといけない。

永田さんはこれを明確にすることによって「そのプロジェクトにおける係った人同士の人間関係」がクリアになる。そして「その案件におけるあなたの関わり方」も見えてくる、ということ。かーっっ、ホントにそうだよ!

実はプロジェクトが始まってみると、この点があやふやになることがホントに多い。これは非常に大事なポイント。常日ごろ考えるように習慣づけたい。


(4)ミュージシャンにできないこと
時間的/適正的にむずかしいこと
自分を客観的に見ること
自分を保証すること

これ、すごく大事なことだ。というのは、この「ミュージシャンにできないこと」が、イコール「私の仕事」だからだ。一つ一つの項目が本当に勉強になった。


(5)バンドを目指すみんなに
この項も最高によかった。説明はしないが、たった数ぺージだが、バンドをやっていえる人は、絶対にこれは読んでおいた方がいい。ウチのバンド全員に読ませたい。英訳して渡そうかしら…


それにしても、斜陽とはいえ、まだまだ音楽業界に憧れる若者はたくさんいると思う。私がそんな人たちにいつも言っていることは「仕事するなら音楽関係がいいかもって人は多いけど、死ぬほど音楽の仕事がしたいんです、って人はホントに少ない。だから絶対に勝ち取れる」と。そして今や「勝ち取る」らなくても、自分で音楽の仕事が作れる時代になってきた、という事なのだ。

とか思ってたら、今朝、勝間和代さんがFBでこんなブログを紹介してた。ちょっと前にイチローの小学校のときの作文がすごいとネットで評判になっていたが、それと同じ。夢は見るものじゃなくて具体的な目標。そして具体的に進めていって、絶対にかなえるもん!って事だよね。

まぁ、けっきょくビジネス関係本って、私にとっては普段やっていることを再確認する場なのであるが(笑)いや〜、頭がすっきりしたよ。この本、ホントにおすすめ! ミュージシャン、マネジメントにかかわる物なら、絶対に読んだ方がいい。

それにしても安藤先生の「著作ケンゾウ」シリーズといい、リットーミュージックは本当に良い実践本をたくさん出していると思う。いや〜勉強になる!

2012年1月24日火曜日

スヴェングとスヴェングの人生哲学



字幕を入れてみました… うーん、まだ不満は残るんだけど、こういう作業ってやってるとホントいくら時間があっても足りない! というわけで、とりあえず、とっととアップします。是非皆さんもご自身のブログや、FacebookTwitterなどでご紹介ください!

スヴェングの来日公演。東京公演は2月10日よりチケット発売! 整理番号順の入場&自由席なので良い整理番号をゲットしたい方はお早めに。たった3,000円ですよ〜っっ。詳細はここ

荒川土手で鶴発見?!

昨日は雪がふって都内真っ白でTwitterのタイムラインは雪一色で、私もずっと窓の外を眺めていたり…とっても良い夜だった。が、実際被災地で仮設住宅に住む人や、東北や北海道の人たちは本当に大変なのであって、TVの全国ニュースのトップが東京のこれはいかがなものかと思ったりもした。それはともかく、まぁ、私たちは生きて活動をして、まさに発言などするような立場になれば、もうそれだけで誰かを不快にすることなしではいられない。「人に迷惑をかけないように」ではなく、どっかの国の言葉じゃないけど「あなたも迷惑をかけているのだから、人にたいして寛容になりなさい」と、そういうことかな、と、また思う。

それにしても寒い! 寒い中、ランチに行って郵便局に行く。先日郵便局の通販で使っている口座の引っ越しがやっと完了し(死ぬほど時間がかかった。郵政民営化前から持ってた口座だったからか?)、今日初めてお金を引き出してきた。郵便局員は3名しかいない北区の超小さい郵便局。小さい民家みたいなルックスが可愛いし、一応ここが一番事務所から近いのだが、こんな小さい郵便局でフィンランドとかフェロー諸島とかに郵便物送った日にはすぐに顔を覚えられてしまいそうだ。板橋の郵便局でも似たようなもんだったが、あっちには池袋を拠点にしている中国人とかフィリピン人とかもたくさんいた。いずれにしても、失礼のないよう、丁寧にお願いする。局員の皆さんに嫌われたらおしまいだ。ちょっと面倒くさい案件があったのだが、あまり追求せず引き下がり、結局、それは都市銀行の方で用事をすますことに。都市銀は徒歩圏内にないので行くにはバスにのっていくしかない。トホホ。これが足立区だからいいものの、田舎にひっこんだ時には、一事が万事そんな調子なんだろうなぁ、きっと。区役所とか、替えのきかない相手はホントに……まったく気を使うよ。

でも足立区ライフもだいぶ慣れてきた。今日は商店街でめちゃくちゃ良いパン屋をみつけた。地元になるべくお金をおとして応援しないとね。先週は足立区が世界にほこる焼肉の最高峰「スタミナ苑」にも「一人で」行ってきた。極上ハラミとサラダとビールと杏仁豆腐で贅沢。スタミナ苑にも気軽に徒歩でいける。これから2週間に一度は通って、通いなれたら、友達つれていこうと思う。あの小渕首相さえも並んだという焼肉、東の横綱、スタミナ苑。平日の早い時間ならば並ばずに入れる(可能性が高い)らしい。

そして銀行からの帰り道は、わざと荒川土手から帰ってきたら、鶴らしき鳥を発見! 違うかな! でも首こんなに長いのは鶴だよね? ちなみに飛び方はTVで見る(そしていつか鶴居村でみた)鶴の飛び方だったよ。(ちなみに同一の鳥です。少し追いかけてみたのだった。これが最接近距離。1匹しかいなかった。携帯の望遠で撮ったのでクオリティが良くない)



PS
どうやらこれは鶴ではなく鷺だという事です。残念。こちらを参考に→http://www.gakuto.co.jp/w/syou_rika/sagi.html

2012年1月23日月曜日

ポール・ブレイディ来日までの道のり5:御大降臨 最初のクアトロでの公演

3からの続き)最初の(正式な)ポールの来日はそんなわけで、大変だったが、ポールにとってはアルタンのキーラン・トゥーリッシュや仲間たちがいて、とっても楽しかったようだ。後日、ポールのホームページには「えっ、こんな写真のせていいの?」みたいな飲み会でのワイルドな写真がたくさん掲載されていた。ポールが撮った写真を見ると、ポールの視点による日本ツアーって感じがみれて、とても面白い。ポールは写真を撮るのが好きだ。ガジェット類も好きみたいでアイルランドでポールの友だちと一緒に飲むと、だいたいはガジェット類の話をしている。ポールの現在のマネージャーのジョンの息子のダラ(この子がめっちゃいい子)がよくポールの相談にのってあげているようだが、そういう話をするときのポールは中坊みたいだ。男の子はいくつになっても変わらないね! そしてFacebookも、イギリスの中年女性がよくFBにハマるみたいに、本当にポールは大好きでよくアップデートしている。ポールのFBは2種類あって、ポール個人の友達用のもの、そしてファン用のFacebookページ。いずれも本人がちゃんと面倒をよく見ている。ファン用のFacebookページは誰でも見れるから、ぜひぜひ参加してみてください。

そうそう、この来日時には、ポールはデジカメが調子が悪いといって、私に修理を頼んでいった。後日、オリンパス(だったかな)のガレージでなおしてもらったらモノクロだったディスプレイが、カラーになって戻ってきたので、ポールはものすごく喜んでいた。今でも、その古いデジカメは今でもポールの息子さんのフィアンセがお古で使っている。すごいね!

そうそう…もう1つ思い出したエピソード。これはポールとは関係ないのだが、アルタン祭りの本公演の前の日にシャロンはアコーディオンを紛失したといって大騒ぎしていた。結局「Diamond Mountain」などをキーを違えて演奏することになった。(そのアコーディオンは後日、シャロンの「ホテルの部屋の中で」発見された)妹でバンドメンバーのメアリーがいつもとキーを違えて演奏するのに、バンジョーのフレットに印をつけるためマニュキアが欲しいと言い出し、司会のピーターさんが「お客さんに聞いてみよう!」と機転をきかしてお客さんからマニュキアをかりてくれたんだった。ホント懐かしい。しかし警察に電話したり、昨晩彼らが豪遊したというバーに電話をかけたり、そりゃ、もう振り回されたものだった。あとで彼女がホテルの部屋に戻り、自分のスーツケースのふたを開けてみたら、そこアコがあった…と皆に言ったときは、本当にひっくり返った…

渋谷公会堂での大きな公演が終わり、ポールにはもう1つ、クアトロのソロ公演が残されていた。シャロンとトゥーリッシュを入れたプログラムを作るということになり、ポールはなんでゲストを入れなくては行けないのかとブツブツ文句を言っていたのだが、いや、あの時だってプランクトンさんで気をきかせてアルタン祭りとのセット券を発売したり、こういったゲストをささないかぎり、ポールの知名度だけじゃ会場は一杯にはならなかったと思うよ。本当にプランクトンさんのそういう努力には頭がさがる。

クアトロの日の公演はものすごかった。ポールの公演は、その後何度も見たが、あの公演は私が見た中でもベスト3に入るんじゃないかな。公演をみたアルタンのマネージャーのトムも「自分は何度もポールのライブをみているが、ここしばらくこれほどまでの公演は無かったと思う」と言っていた。アルタンのマレードは「ポールはライブに自分の200%を出そうとする。そこが本当に素晴らしい」と何度も言っていた。そうなんだよね。ポールの公演はいつ見ても本当にすごい。

現地に見に行ったりしても、サウンドチェックで「おーおーおー」とか歌いだしただけで、いつもいつも自分が記憶していた何倍以上もすごくて、ゾクゾク鳥肌がたってしまう。ソロでもバンドでも何度も観たが、ソロの方が私は圧倒的に好きだ。バンドはいいよ。いいメンバーが揃っている。でも、もうポールはそのままポールで、それ以外の音を聴きたくないんだよね。そのぐらい圧巻だ。「それ以外の音を聴きたくない」ってのは、ポールのバンドのメンバーたちですら実は例のRTEのDVD内でも告白している。ホントにそうだ。ポールのところだけ時間が別に流れているみたいだ。そこに確固たる世界があり、私たちはただただそれに身をまかせるしかない。

もう一人のアイルランドの御大であるヴァンが調子が悪かったり、悪くなかったり、ライブにムラがあるのに比べ、ポールのライヴは、ほんとーーーに間違いがない。完璧にものすごいパワフルな公演を聞かせてくれる。そのスタンダードの高さは、ウチのアーティストで言えばグレン・ティルブルックと同じくらいか、それ以上かな。グレンもステージの前に緊張しすぎて具合が悪くなっちゃうこともあるのだが(そう見えないでしょう?)、ポールのステージにかけるテンションもものすごい。とにかくすべて。自分の200%を出し切るようなものすごいライブなのだわ。

音楽ってそうじゃないとダメだと思う。そのくらい真剣勝負じゃないと。世界のそこここでライブがある。東京なんて1晩にいったいいくつのライブがあるんだろう。でも、ここまで全身全霊をかけた音楽は、ポールしかありえない。200%の音楽。それを聞いたら、もう他の音楽なんて絶対に聞けない。

この前の投稿にも書いたけど、ホントにポールはステージにあがる直前は、楽屋にこもっちゃう。ウルサくしたらどんなに怒られるかと思うと、物音一つたてられない。だいたい普段から、みんな2m以内には近寄らない。スタッフも恵子さんと私としか口をきかない。あ、でも2度目の来日の時は、プランクトンにもN本さんが居て「彼女はいい。とっても優しい」とポールもすごく評価していて、N本さんに帰り際にもらったお土産(とっても素敵な和物の小物入れ)をポールは大事に自分の荷物の中に入れて「ピックを入れるのに使おうかなー」と言っていた。(私があげたプレゼントは郵便送りの段ボールに入れたくせに!!)

それにしても、本人のピリピリ度はすさまじいが、私がポールの公演を見て「良くない」と思ったことは一度もない。そこがほんとにすごいと思う。でも本人がその日の公演が良いと思うか否かは、いろいろあるらしく、海外で、本人が調子悪かったと認識する公演に立会ったことがあるが、これがものすごい恐怖なのだわ。さすがにめげない私も一度泣きそうになった。これについては、また別に書く。

それにしてもクアトロに音楽の神様が降臨した、すごい夜だった。セットは珍しく2セット。ポールは2枚にわけてセットを書き、2枚目はみっともないから同時におかないこと。休憩の時に出すこと!とか私に指示。私も絶対に余計なことは言わない。バカな事いったら、どなられそうだ。ただただ指示に従うだけだ。ポールがくれたセットリストにはライトが明るめとか暗めとか、ギターは2台あるうちのどちらを使うとか、詳細に書かれていた。

開演までの時間を待つ間、途中「空調が思うようにコントロールできない!」とポールが怒るので、トゥーリッシュと私であれやこれやいじったのであるが、それに時間がかかりイラっとしたポールは「早く出て行ってくれ」(笑)と。とにかく万事がそんな調子なのだ。トゥーリッシュと二人ですたこらさっさと楽屋の外へ。トゥーリッシュもああいう時、ホント優しいよなーと思ったのでした。ホントにいい奴だよ、トゥーリッシュ!

とにかくライブが大成功して、ホントにみんなほっとした。そして、その翌日、ポールは帰国するためにのる成田へのバスの中で「自分のホームページに載せるから昨晩のセットリストを後で送ってくれないか」と言う。私は「はい」と答えたものの、「もしかしたら覚えているかも」と、バスの中で昨晩のライブを思い出しながら、すべて曲名を書き出した。自分でもびっくりしたが、とにかくすべてを覚えていた。そのくらいものすごいテンションのライブだったのだ。私もすごいテンションで聞いていたんだな。それを眺めながらポールはニコニコご機嫌良さそうだった。

あぁ、ポール!! ポールは本当に濃い!

と、まぁ、怖いポールの話ばっかり書くけど、涙が出るくらい素敵で優しいポールというのもあるのだ。これについても、また書く(笑)… と、まぁ、ネタがつきない。つまり、そのくらい「濃い」のだ、ポールは。ネタなんて、1年続けられるくらいたくさんある。まぁ、来日まで、あと1ケ月だから、1ケ月したら辞めるけど(笑)

いや〜ホント、もう、普通の公演なんて出来ないよね…



ポール・ブレイディ来日までの道のり4:ポール,ギターを弾かないコンサート



ほとんどポールのヴァージョンと変わらないフィル・コリンズのヴァージョン。名曲「ヘルプレス・ハート」。ポールのセカンドアルバム「True for you」に入っている。ポール自身はあのアルバムを「Difficult second album」とか呼んで、クソみたいに思っているみたいだ。でもなかなかどうして! 名盤だよ、名盤!



こちらは最近のテレビでのライブ。あぁ、やっぱりいい!! ちょっとしたコブシまわしがホントにいいんだよね、ポールはね…

ポールはピアノも結構うまいのだ。最初の楽器はギターではなくピアノだったそう。この指もまるっこくて可愛いでしょ。先日のミュリエルもそうだけど、ギター上手い人ほど手が小さかったりするよね…

実は下の写真は2度目の来日のときの思い出の品。夕食を食べに行った時(うどんすきだった。渋谷のマークシティの京都料理屋)、二人で考えた、ポール・ブレイディ、ギターを弾かないコンサート(笑)。ポール直筆だぜ! ちなみに脇に書いてあるハートマークは私が、「きゃーその曲好き!」とか言って書いたもの。うふふ。ラブラブでしょお〜私たち♥(違うって)

今回のスターパインズカフェでもピアノ使うかな…

2012年1月22日日曜日

エストニア大好き!










把瑠都でわくエストニアなんですが、バルト三国といってフィンランドのお隣の国。文化も言語も非常に似ていて、フィンランド好きなら絶対にいった方がいい場所……というか、今から北欧に行く!と思っている人は、ヘルシンキではなくタリン(エストニアの首都)に行った方がいいです!

エストニアこそ「新しい」北欧。そしていわゆる日本人が望む北欧だと思います。フィンランドよりも物価がうんと安く、手編みのセーターとかホント手頃な価格で買えます。ヘルシンキまで行って、飛行機乗り換えたらあっという間。旧市街なんてホント可愛くって、涙もの! 女の子が泣いてよろこびそうな可愛いカフェやお店がザックザク。ヘルシンキなんて、その点、建物はロシアっぽいし、あんまり古いもんないし、確かにお店は素敵だけど何でも高くて買えやしない!(今は円高で少しはよくなったかな)

そしてエストニアではいわゆる人が集まる公共の場ではネットは無料ということが法律で決められています。カフェ、空港、すべてスイスイ。本当に素敵な国です。

私がいったときはご覧のとおり、雲ひとつないエストニアン・ブルーの空!! 本当に素敵だったのでした。

日本に政府観光局がないから、なかなか情報がないと思うけど、ぜひぜひ行ってみて。フィンエアーでヘルシンキまで9時間、そしてそこからタリンは30分ほどです。それにしても把瑠都関、おめでとう! 号泣です!

PS
それにしてもスポーツの解説って、本当にイラっと来るね。普段スポーツファンはああいう解説を我慢してるんだね。まったく何様?って感じ。信じられないよ。そんなに言うならお前もやってみろって。現役時代に未練のある奴、心残りのある奴がああぃう発言するんだろうか。スポーツマンってもっとさわやかなもんなんじゃないの?

ポール・ブレイディ来日までの道のり3:御大到着

ポールの(正式な)初来日時の思い出はいくつかあるが、一番びっくりしたのは到着時のバスの中のこと。あのときは…詳しくは覚えていないけど「アルタン祭り」のメインであるアルタン、そしてフォー・メン・アンド・ア・ドッグ、そしてシャロン・シャノンとデジー・オハロラン、そしてポールというラインアップだった。そしてアルタンが一歩先に来日して、すでに東京にいた状態だったと記憶している。「明日ポールを迎えに行く。どうしよう! 緊張する!」と言う私に、アルタンのキーラン・トゥーリッシュは「俺も一緒に行ってやる」と言う(ホントにいい奴!)が、まぁ、それはいいから、と丁重にお断りし(笑)、でも何かあったら俺に電話しろよ〜、なんて励まされながら、私は一人成田へ迎えにでかけたのだった。あの時、どういうスタッフだったのだろう。もう記憶にないのだけど、シャロン・シャノンのバンドと違うフライトでポールが来たんだよな。でも時間が近いからシャロンと一緒のバスで成田/都内をトランスポートするという段取りになっていた。

今となってはどういう理由からだったのか不明だが、私はポールをたった1人で出迎えたのだった。通常VIPの出迎えって二人で行くもんだと思うんだけど、たぶんアルタンももう都内にいて人が足らなかったんだな、きっと。そしていよいよ到着したポールのご機嫌は…最悪だったのでした。どうやら具合を悪くしたらしく、青い顔をしてバナナはないかとポールは言う。今でこそ第2ターミナルにはスターバックスがあって、そこに行けばバナナはあるのだが、当時はなかったんだわさ、スターバックス。必死でさがしたりフレッシュジュース屋さんで「バナナを分けてもらえませんか」とか交渉したり(笑)。ちなみにこの話は伝説化していて、たびたびポールは私のことを「バナナはないか!」とよくからかう。今でこそ可笑しいが、当時の私からしたら、もう真っ青だよ。とにかく東京のスタッフに連絡してホテルのチェックイン時にバナナを山ほど準備しておいてくれ、と指令を出したのだった。

しかもなぜか同じダブリンから飛んだというのにシャロンたちのフライトはポールの後。なぜ同じフライトじゃない?と思ったのだけど、おそらくポールは同じフライトで、一人だけビジネスクラスに乗ることに抵抗があったのだろうと察する。ロック・シュター(シュターについてはまた次回)って、ちょっと悲しいよね… で、悪いことにシャロンたちのフライトの到着はポールの後だったのだわ。だからVIPのポールは下々のものたちが到着するまで…と言っても1時間ほどだったと思うのだが…シャロンたちが出てくるのを待たなくてはいけない、という設定だった。ターミナルも別だったので、他のスタッフがシャロンを出迎え、そこから私の携帯に電話が入ることになっていた。

で、ポールとの重い重〜い時間が過ぎ、やっと「シャロンたち無事に到着しました」という連絡が入る。私もホッとしてポールをつれてターミナルを移動し、ツアーバスへ。そしてポールが先にバスに乗り込んだのが、ここがすごかった。一同大スターの登場にシーーーーン。いや〜なんか空気が、もう最悪だったのだわ。「おいおい、みんな挨拶くらいしろよー」と私は心の中で叫んでいたが、またまた悪いことにバスの入り口付近にはシャロン・バンドの、割と新参ものの若い子たちが乗っていたからいけない。この若い連中に、大スターのポールに声をかける勇気などあるわけない(笑)。というか、本物を見るのだって初めてだったのかもしれない。ポールは超不機嫌でムッとしたまま、ずんずんとバスの奥に行き、一番奥に座った。そうして奥に妹のメアリーと一緒にいたシャロン・シャノンだけが「ハイ、ポール」と言って声をかけてくれたのだった。あぁ、シャロン、ありがとう。少しだけ、ほっ。

と、まぁ、そのくらい怖い存在の大スターなのだ、ポールは!!!

それにしてもシャロンはすごいと思った。シャロンはポーグスのシェインとも仲いいし、シネイドとも仲いいし、大スターをリラックスさせる事にかけては天才だと思う。あのツアーでポールと仲が良かったのは、アルタンのトゥーリッシュとシャロンだった。でもツアーの最後の方では、ポールもだいぶほぐれてきて、とても楽しそうにしてたし、ほんとに心のこもった良いツアーだったと思う。そういやツアー中のポールの態度は徹底していて、日本人スタッフに関していえば、私と恵子さん以外は誰とも口もきかないくらいであった。ソロのコンサートがクアトロで行われたが、ポールは楽屋の扉にガイコツの絵を描いて貼り出し「立ち入り禁止!」と言って扉をしっかり閉めきってしまった。ちなみに楽屋ということに関して言えば、ケルクリの時の楽屋も締め切り状態だった。で、用事があるときもポールは部屋から出てこないで、私の携帯に電話をよこして呼び出すのであった… ホント徹底している…

あの時、私が日本発売したアルバム「OH WHAT A WORLD」からシングルになった「THE LONG GOODBYE」。 ポールにこの曲がすごく好きだ、貴方の曲のベスト5に入ると思う、と、渋谷のパルコの前のところで話したのを覚えている。ポールは…すっごく喜んでニッコリしてくれた。あの時のポールの笑顔とか、ものすごく良く覚えている。いいんだ、ポールの笑顔は。ウソがなくって。ホントにこの曲は名曲だと思う。

2012年1月21日土曜日

ティッモ・アラコティッラ



この曲を書いた人は、世界一、心が綺麗な偉大な音楽家です。ハンスがいないけど、この曲はぜひってもらおう。アコーデォオンはマリア・カラニエミ。

「フィンランド伝統音楽の巨匠たち」コンサートは5/26(土)白寿ホールにて。詳細はここ

把瑠都関、おめでとうーーーーエストニア祭り! CD1枚500円。期間限定。

把瑠都関、おめでとうーーーーーーー!!

実は把瑠都関は、ウチの主催のコンサートに来てくれたことがあるのだ。エストニア出身の彼は、ウチのエストニアのアーティストの公演に来てくれた。アーティストからしたら、日本人アーティストがアメリカで公演したらイチローが来てくれた、みたいなもんだよね。すごいよ〜

小国とはいえ、なんて偉いんだろう! 把瑠都関はウチのアーティストに優しい言葉をかけて帰っていった。ちょうど婚約したばかりのロシア人の奥様も一緒だった。とっても綺麗だったよ。ありがとう、把瑠都関。そしておめでとう! 優勝会見のインタビューが可愛かいすぎたよ♥

ということで、ウチは把瑠都関の優勝を祝してエストニア祭り開催〜。「バルトおめでとう」とタイトルに書いて、メールをくれた方に、このアーティストのCDを500円で販売します。1週間限定。ティト・キカス。すべてをCD1枚全部ヴァイオリンだけで作ったサウンドで、すごく良いアルバムです。プロモ来日した時はラティーナさんが4ページもさいて紹介してくれた。

というわけで、ご希望の方は、こちらに郵便番号、住所、お名前をメールしてください。折り返しCDと郵便振替用紙を同封するので、郵便局で2週間以内に支払ってね! 

→好評につき、お申し込み期間を2/10までとします。どしどしご応募ください。バルト…ありがとね。売れてますよ…



アトリエMUJI 冬至祭 -むすぶ・めぐる・つなぐ- [第3部 つなぐ]

いよいよ3部の「つなぐ」2月14日まで。私は今日やっと行くことが出来ましたが、とっても綺麗でした。

みんなの願いがかないますように。光の輪をつなぎます。詳細はこちら

しかし無印もすごいけど、多摩美もすごいな… そして眞田さんの作品もすごいけど、まずは鶴岡さんのコンゼプトがとても確固たるものだということ。とにかく入っておくにある鶴岡真弓さんからのメッセージをぜひ一度読んでください。なぜ今の日本にケルトなのか、ということを。

さすが無印。赤や緑や金のクリスマスにしないところがいい。そして目出たいだけの正月にしないところがいい。まさに冬至祭。太陽の陽が長くなれば、春はもうすぐそこ。

スヴェング、4度目の来日公演決定!

スヴェングの4度目の来日公演が決定しました。東京は6/17(日)北とぴあつつじホールにて! 王子駅地下鉄にも直結している北とぴあ、私の地元です。ぜひ来てね〜。日が近くなったら地元の美味しいお店とかご紹介しますよ! 

詳細はこちら。この他にも公演は、関西、彦根、札幌で予定されております。

2012年1月20日金曜日

ポール・ブレイディ来日までの道のり2:ツアーはいつまでたっても辛いもの

このブログをずっとご覧いただいている方なら、私がポールがアメリカでやるといってはアメリカに行き、英国ツアーをやるといっては英国へ行き、ダブリンでやると行ってはダブリンに行っていたのはご存知だと思う。もちろん自分が見たいから、というのはあるのだけど、一番大事なのは「こんなにあなたの事を愛しているんだから、どうぞ日本に来てください」というアピールをするためだ。

ヴェーセンだって私が会いに行くまでは、けんもホロロだった。会いに行って、日本酒の高いのをお土産でもっていって、直接話をしてやっと初来日が決まったのだ。当時ヴェーセンの連中はカルテットからトリオに戻る段階で、911や、また自分たちに小さな子供も生まれたばっかりだったから、ツアーに積極的じゃなかったし。

というわけで、私がポールに会いに行くために使った航空券代とか、ホテル代とか(ポールと同じホテルに泊まると信じられないくらい高い!)考えると、まったくこの件は仕事とは呼べないのだが、そのくらいしないとポールくらいのアーティストは日本になんか来てくれない。日本に行ける!なんて言って喜ぶのは若い無名の連中だけだ。お金をいくら積んだところで、そういう問題でもない。ツアーは大変なものだし、なんといってもとてもリスキーだし、こんな遠いところまで飛行機のってわざわざ来てくれるなんて、ホントにすごい事なんだと改めて思う。

ツアーがやれて、いいね、と人は言う。海外に行けていいね、と。でもツアーは単なる地獄だ。スタッフにとっても、そのアーティストの事が好きじゃなかったら、拷問みたいなもんだ。アーティストにとっても家族でも恋人でもない人間と団体行動しないといけない。しかも1日じゃなく何日も、だ。お金いくら積まれたって、イヤだよね。成功している人ならなおさらだと思う。ホントにすべての来日ミュージシャンに感謝,感謝だ。

過去の来日だって大変だった。ポールは今度の来日で、実は日本は4回目になる。最初はアイルランド大使館の招待イベントでの来日だった。当時の大使、シャーキーさんがポールの同窓生(セントコロンブスというボーディングスクールの名門校。超おぼっちゃま校)だったのだ。ポールの学校時代の話はものすごく興味深いので、のちほどまた紹介していきたいが、それはともかく、とにかく大使のパーティ(会費は2万円だった)にポールが出るということで、私もすでに当時は大使館に出入りしてたから、なんとか行くことが出来た。5、6曲歌ったかな…ポール。びっくりしたよ。ギターがすごくって。Crazy Dreamsをやったのは覚えているが、他は良く覚えていない。またこの日にご一緒したS石さんによると、ポールはパブでも歌ったというのだから、今考えると背筋が寒くなるが(笑)、とにかくポールとしては親友のシャーキー閣下の頼みだからということで来たのであろう。パブで歌ったのも、パーティだけじゃナンだから、もう1回くらい歌おうと思ったのだろう。ポールは、その当時、自分のキャリアを日本でなんとかするなんて考えてなかったのかも。たしかポールはメアリー(奥さん)も連れてきていて、ゆっくり京都に行ったりもしていたらしい。そういや、これを書きながら思い出したが「お宅のポールが来日するのはご存知ですか?」と当時のレコード会社であるBMGに電話したこともあったなぁ。当時ポールは「ロマンティック・ダンディ」を出していたし…でもあの時、すでに流れは下降気味だったんじゃないかと思う。結局レコード会社の人は顔も出さなかったと記憶している。

大使のパーティが終わったあと、ポールと直接話すチャンスがあり(ファン状態で)私は当時すでに持っていた「メアリー・ブラックのOfficial representative」という名刺をポールに渡したのを覚えている。ポールは「彼女はいいよね」とポロっと言った。そのとき、他のファンの人たちと撮った団体写真もどっかにあったはずだ。それがたぶん93年とか94年くらいの話じゃないかと思う。

2度目の来日は、これは皆さんもご存知だと思う。アルタン祭りの時。プランクトンさんが制作した素晴らしいコンサートだ。当時アルタンは「ブルー・アイドル」という大傑作を発表。この作品の1曲目はマレードとポールがかけあいで歌う「Daily Growing」。ポールがお父さん役で、マレードは娘という設定の歌で、これは、もう本当に傑作だった。というわけで、この年のアルタン祭りのゲストはポールしかいない。アルタンの援護射撃を受けて来日のオファーを出すも、なかなかポール側はウンと言ってくれない。私は当時はポールのCDを出すレコード会社という立場で、このときにポールのLiberty Tapesをリリースする段取りでプロジェクトに参加していた。(このLIberty Tapesについては、また改めてここでじっくり紹介したい)なので、スタッフ代表としてポールに会いに行くことも含めダブリン出張を組み立てた。

しかし今考えてもいくらニューアルバムの重要ゲストとはいえ、日本じゃ動員力のないポールをゲストに呼ぼうと決定したプランクトンさんには頭がさがる。失礼ながらアルタンのツアーだって、予算があまっているわけじゃなかっただろう。ちょうどあの時、ウチはアコーディオン奏者のデイヴ・マネリー(こっちも当時は無名だっだけど、今やすっかり第一線に!)を売り出し直前で、ポールとのミーティングの直前、私はデイヴに頼まれてアイルランドのラジオに出たりしてたのだ。朝のラジオに出る、と言うとポールのマネージャーのリズは、じゃあポールの家も私の家もラジオ局から近いから、近くのホテルのカフェで会いましょう、と言う。ラジオはデイヴと一緒でとっても楽しかったけど(当時ワールドカップがくるといって、日本は注目されていた)、なにせ私にとっては、ヴァン・モリソンよりも誰よりも大好きなポールだ。ポールとのミーティングは、もう喉から手がでるほど緊張した。単なる1ファンとして会うのとは訳が違う。今度は、ちゃんと、仕事の話をしないといけないのだ。

ラジオの時間とポールのミーティングの時間に間が結構あいたので、アルタンの当時のマネージャー、トムとの打ち合わせもこの間に入れた。トムはこの指定ホテルに来てくれる、という。トムとホテルのカフェで会う。「どうしよう、すっごい緊張してきた」とトムに私が言うとトムは「大丈夫だよ。ポールはトゥーリッシュとも大親友だし、きっと日本に来てくれると思うよ」と。実際この時点で、アルタン側、そしてプランクトンさんや、私からさんざん「早く決定してくれ」「もう告知に間に合わない」という連絡がポール側に入っていたので、実際アルタンのマネージャーのトムも、ポールのマネージャーのリズも「いったいポールは何やってんだろ。ダメならダメと早く言ってくれないかしら」ぐらい思っていたと思う。

トムは私にこれを日本に持ってかえってくれ、とBlue Idolのポスターやプロモの資料をひと通り渡してくれて、あぁ次はポールか、まったく緊張するなぁ、と私が言ったところで「there he is!」とトム。なんとポールは時間を勘違いして予定よりも30分も早くあらわれちゃったのだ。きゃーっっ。

まぁ、でも、マネージャーのリズを待つ間、トムが居てくれて本当に良かったと思う。ほんと心から感謝! 世間話で、なんだかんだとケルト音楽界一般の話。トムは私をしっかりポールに紹介してくれた。彼女はあのアーティストもやっている、このアーティストもやっている。プランクトンも素晴らしいスタッフで、日本は楽しいぞー、と。私もとにかく必死でみんな貴方の音楽が大好きだ。日本ではあまり知られていないと思うが、私とプランクトンの恵子さんはすばらしいと思うものを届けたいんだ、と必死で話した。そうそうCompass Recordsの話になり、当時ポールはCompassと契約をしたばかりだったから、「ヘぇ〜GarryやAlisonとも知り合いなのか」と、自分の目の前に座っている小娘にちょっと感心したみたいだった。(あぁ、ホント人脈って大事だわ!)

なんだかんだで時間が過ぎてポールのマネージャー、リズが来たので、トムは帰宅していった。ここでもリズが最高だった。リズはホントにポールに対するやり方が上手い。会った人なら分かると思うが、ポールは、ものすごく怖い。時にはあからさまに声を大にして怒ったりもするから、ホントに周りはピリピリなのだ。でもポールは本当に心がピュアな人だから、それによって周りが怖がると、それによってまたポール自身が傷ついてしまう。だから怒られても絶対にひるまない人がポールにはぴったりなのだ。そういうところ、リズは絶対に大丈夫だし、今のマネージャーのジョンも本当に明るくていい人だ。加えて親友のトゥーリッシュも、そんな感じにしている。だからポールに怒られてもシュンとしないように、明るくポール、ポールと近づいていく人のことをポールは信頼すると私は理解したので、私も怒られてもひるまず、頑張ることにした。それはここまで長く一緒に仕事をした今でも一緒だ。今でも怖い。でもニコニコ、ポール、ポールと慕うこと。これ必須!

リズもこのミーティングに対する援護射撃がとっても上手だった。こんなに言っていてくれるんだから、なぜ行かないのか、と。ポールはなんだかんだ、とはっきりと返事をしない。まぁ、今思えば、「Yes あなたのオファーに感謝します」みたいな言葉はポールは言わないのかな。なんてったって、ロック・シュターだしな(シュターについてはまた後で書きます)。

そんなわけで、ひと通り話が「ポールはアルタンと一緒に日本に行く」という前提で終わった。CDのリリースのこととかも、ここで詳細がうんと詰められたと思う。そしてリズが帰り際に言った。「じゃあ、ほんとに日本に行くのね?」と。そしてポールは言った「YES」と。いや何も言わなかったかもしれない。ニコニコうなずいただけだったかも。

そうそうあの時、ワールドカップのお土産、とか言って、WCグッズを持っていったのも良かったのかも。チョコレートだか、ぬいぐるみだったか内容は忘れたが、ピンク色とブルーの何かだった。「女の子にはピンクだ、そして僕はブルー!」とポールがリズにピンク色の方を渡したのを覚えている。あの時、ちょっと空気がゆるんだな。

まぁ、このミーティングがなかったとしても、もちろんこの話は決まっていたと思う。プランクトンさんとアルタンの血と涙の努力! 私はその日大興奮しダブリンのホテルから、プランクトンの恵子社長に送ったファックス(メールじゃないんだよね)は、今だにとってある。A42枚に及ぶ、長いファックス。

もちろん、これは終わりではなく新たな苦労の始まりなのであるが、ここで、まぁ、また長い来日までの道のりが一歩、始まったのである。

AltanのDaily Growing。ポールが歌いだすところが、鳥肌もん! Daughter dear daughter....


ミュリエル・アンダーソン ON THE SHELF!



手がちっちゃーいい!! ミュリエルちっちゃーい!!  ON THE SHELF!  

しかしロジェは、ますます怪しいですね(笑)。ちなみにここに行けばロジェが貴方にぴったりのカクテルを作ってくれますよ。Thanks to Bar Trench!

フィンランドの三大巨匠、来日決定!


フィンランドの伝統音楽を代表する重鎮3名の来日が決定しました。アルト巨匠、マリア巨匠、ティッモ巨匠。

場所は渋谷からも歩いていける素敵なホール、白寿ホールさんにて。詳細はこちら

2012年1月18日水曜日

アーサー・マグブライドに挑戦してみる


クリックで拡大します。


ウチにも私が中学の頃からもっていたボロギターが1台あるのだが、今週はたまたまミュリエルがレンタルしていたギターが1週間ほどオフィスに置いてあるので、これに挑戦してみた。おおっ、ギターをこのとおりチューニングしただけで、かなりそれっぽい感じ。いぇーい! が、しかし難しいね! あっけなく挫折。っていうか、あれだけのオリジナルを前に自分でやってみようなどとは、とてもとても…(笑)

すべてはこちらに掲載されています。
タブ譜 by Andrew Dubrock 
ちなみにポールのHPには「Lakes of Ponchartrain」も掲載されていますよ。上手い人は挑戦してみてください。



ギターということに関して言えば、こちらも面白い。Mary and The Soldier

2012年1月17日火曜日

ポール・ブレイディ来日までの道のり1:言葉になんの意味がある



ミュリエルが終わって、いよいよポールの来日まで1ケ月とちょっとなので、「ポール・ブレイディ来日までの道のり」という連載をここでやろうと思っていた。今日はちょうど阪神・淡路大震災から17年という事で、この曲を紹介しながら、山口洋のことを書こうと思う。3月11日からこっちよくこの曲を聴いている。「言葉になんの意味がある」いつ聞いても感動の名曲だ。特にこのライヴバージョンは大好き。

山口さんと呼ぶと洋は怒るんだ。だから山口さんのことはヒロシと呼んでいる。そう、ポール・ブレイディといえば、洋。ちょうど11月の末くらいだったか、ポールのチラシのデザインをせこせことデザイナーと進めていたら、洋から突然メールが入る。洋はどこから聞きつけたんだか、ポールが来日するんだって、すごいねーと言ってメールをよこす。もちろん洋にもポールのライヴに来てもらいたいので、来日近くなったら連絡しなくちゃと思っていたのだけど、こんなに早く向こうから見つけてくれるだなんて感激だ。

洋は大興奮で「ロンドンでヴァン・モリソンにも会えるチャンスがあったんだけど会わなかった。俺、ポールの方が好きだもん」「性格悪くたっていい、すっごい尊敬しています」と言ってくる。こっちも「そういやポールが最初に来た時、洋のラジオにゲストで呼んでもらって、それがちょうどあの時のプロモーションの1本目で、そのラジオがすごく内容が良かったから、ポールったらラジオのブースから出てきたとたん、ダンスしてたんだよね。覚えてる? あの時はほんとに大感謝でした」とか、なんとか(笑)

ふと思いたって「良かったらチラシにコメントをお願いできませんか? ウチのコメントはギャランティが少なくて、普段は1件〜円を、HMVのレコード券でお渡ししてるんです」とか書いたら「何、言ってんだよー、いいよ、そんなの。とにかくすぐ書くよー」と(笑)。で、今、これら過去のメールの時刻をみたら、きっかり12分後にすぐコメントを書いてよこした。良かった、ホームページだけじゃなくって、今作っているチラシにも間に合う。そして、再びその後,約30分後に洋から。「自分のブログで紹介しておきました。知らなかったというファンからリプライ入ってますよ」と。

ううう、洋かっこよすぎる。そしてその後もポールがいかに素晴らしいかというメールをチャットみたいにやりとりしたあと、洋は「酔っぱらった」とか書きながら消えていった(笑)

ホント洋、すごい!! かっこ良すぎるよ! その心意気が本当に素晴らしいよね!! そういえば洋にはジョン・スミスのときもすごくお世話になった。今度はぜひジョンにも会ってほしいな。

最後に洋が書いてくれたコメントを載せます。最後の(47)は洋が書いてよこしたので、そのまま採用しました。

PAUL BRADYを吉祥寺のスターパインズ・カフェで、ビール片手に観れる幸福。
あり得ないでしょ、それ?

彼はトラッドを演奏することができます。そして、圧倒的なソングライターであり、
嫉妬するくらい素晴らしいギターを弾き、云うまでもなくワン・アンド・オンリーの
シンガーです。僕が求める音楽のすべてがそこにあります。迷わず、足を運んでください。
是非。

HEATWAVE 山口洋(47)


次回からはこのシリーズで、ポールの再来日にいたるまでの経緯をご紹介していきます。それはちょうど去年の今頃でした…(次回に続く)

PS
ブログに書いたよ、と山口さんにメールしたら、洋は原稿書きでパソコンの前から離れられないらしく速攻レスが来て「ぜーんぜん問題ないっすよー。少しでもお客さん増えるなら。彼の偉大さ、この国の人に伝わってないんですよ」だって。コンサートにご招待する旨、書いたら、「ファンだからチケット買います」だって…洋、あくまでもかっこよすぎる!! でもコメント書いてもらったんだし、絶対に招待しなくっちゃプロモーター失格だわ、私も。あぁ、満月の夕べだ!(涙)

PPS
その今日の山口洋のブログ

ポール,最近のセットリスト

Facebookに掲載されてた最近のセットリスト。なんと2時間45分やったそうですよ。珍しい。ポールってだいたい70分1本のことが多いんだけど。日本ではどんな風にやるのかな〜 それにしてもDancer in the fireとか、The Road to the promised landとか、いいですよね〜!!

One Night With You
Cold Cold Night
Rainbow
Nobody Knows
Dancer In the Fire
The Road to The Promised Land
Trouble Round The Bend
Wearing the Britches
Mary And The Soldier
***************************************
Smile
Luck Of The Draw
Paradise Is Here
The Long Goodbye
Steel Claw
Nothing But The Same Old Story
Follow on
Mother & Son
The Island
Crazy Dreams
The World is What You Make It
******************
One More Today
The Lakes Of Pontchtrain
Busted Loose

こちらも最近のライヴ映像。人生はハード・ステーション…

2012年1月16日月曜日

津田大介さんの新刊「情報の呼吸法」を読む

現在Twitterで超話題のこの本。津田ファンの私としてはしっかりブログに書いておかねばならないでしょう。それにしても、この本の発売を知ったとき、アマゾンで速攻予約したのだけど届いたのは発売日をだいぶ過ぎてから。がっくりだよ、アマゾン。おかげで先日のミュリエルのツアーとしっかりぶつかってしまったけど、それでもあっという間に移動中に読んでしまった。津田大介「情報の呼吸法」。朝日出版社。940円。

まず装丁にびっくりさせられるけど、これって紙が色上質みたいな感じで、表紙はあくまで2色刷りだよね。(紙がブルーなので3色に見えるけど)これは実は値段を安く押さえるのに一役買っているかも? これで1,000円を割る940円。出版社の努力が見える。今度ウチでオリジナルのCDをプレスするようなことがあったら、こんな風にするか?(笑)これなら本屋に並んでいてもインパクトあるんじゃないかしら。

そして、勝間本もそうだけど、これまた売れている人の文章は圧倒的に読みやすい。とにかくすいすい読める。あっという間に読んでしまった。まるで津田さんの講義を聞いているみたいに、スルスルと、あっという間に読み終わってしまった。(もう少し長い時間読んでいたかったくらいだよ)

肝心の内容ですが、一言でまとめると、この本は本当に世の中を変えようというすごくポジティブな気持ちに溢れた本だと思う。これからの私の人生もそこここで助けてもらえそうなので、自分用のメモとして好きな部分を書き出しておく。

「情報は行動するためのガソリンである」。間違ってはいけない。情報うんぬんではなく、それによって世の中を動かすことこそが最終目的ということ。そのヘンのばかな広告代理店や、学校通うみたいに会社に座ってるサラリーマンみたいに表面だけ意味もなく物事を流していてはダメだということ。質の良い情報を得て、最終的にその先にある物事を本当に変える、ということ。情報があれば、自分の好きな事を圧倒的に高い確率で実現できる。そういう時代になった。そしてそのパワーが集まれば、最終的にこれほど絶望的な世の中でも変えることが出来るんじゃないか、って思わせてくれる。少なくとも津田さんはこれから政治メディアを作り、世の中を絶対に変えようとしている。それは私も本当に応援したい。そして多くの人が自分の出来る範囲でそういう行動をとれば、きっとこの世の中は良い方に変わると思うのだ。そういう事をこの本は言っていると思う。うん。

これより前に読み終わった、さとなおさんの「明日のコミュニケーション」でも同じようなことが書いてあった。ネット上の善意が素人でも気楽に表現できるようになった。これは良いことだ、と。Facebookの「いいね」そしてTwitter「お気に入り」や「RT」など。そういやって今まで黙っていた善意/サイレントマジョリティーが動きはじめたとき、世の中はきっと良い方向にうごく、と。だから、みんな、思っているだけじゃだめなんだ。せめてソーシャルメディアに参加して「いいね」ボタンを押そう、と。そして声に出して、自分が応援したい人を応援しよう、と。そしてさらに言えば、お金を出してちゃんと応援しようと。つまり情報を集めて自分が信じれる場所にお金を落とそう、と。そうすることによって世の中は本当によくなる。

これは以前津田さんがラジオでも言ってらしたことだけど、日本には「嫌儲」(けんもう)という考え方があって人が儲けるのを極端に嫌う習慣がある。アメリカだとアドセンスはもっと高額だし、人気ブロガーには「このブログおもしろいから」とGOOGLE ADなどクリックするような習慣が読者にあり(最終的には広告の向こうのものを買わなければ読者のふところは痛まないわけだし)、それが多くの人気ブロガーをささえている。日本にはそういう習慣がないから、ネット上の情報をマネタイズすることは非常に難しかった。でも最近は、ようやくお金を払って上質な情報を得ようという人が増えてきている、と。メールマガジンがその一番良い例だ。そして、今後は無料の情報しか持たない人と上質の情報を持っている人の二極化がどんどん進むであろう、と。うむ。

あと自分の考え方が変わることを恐れない柔軟性が大事、というところも非常に共感した。軸は持ちつつ、優れた考え方を自分の中に迅速に取り入れられる柔軟性が求められている。今はそういう時代だ。すべてが過渡期なのだ。そうなんだよねー。ホント変わらないと生き残って行けない、というのはある。私も2006年に「こりゃダメだ、レーベルやってたらつぶれる」と思ったからコンサート制作の方に回った。もともとそっちの方が好きだったっていうのはあるが。そして、またこれから変わることが必要とされるだろう。しなやかに、でも自分の好きなことを続けるために、とにかく変わることを恐れてはいけない、ということだ。今、CDをリリースすることしかしていないレーベールは本当に大変だと思う。柔軟にアーティストやリスナーが望む事を実現していかないとホントに生き残っていけない。

あと、これは私が自分が言ってもらったみたいに嬉しかったところなんだけど、発信する時に「自分が面白いと信じることを継続すること」。これはなんだかとっても嬉しかった。津田さんの言うとおり、本当にそれが結果的に強みになる。「これをやっていくんだ」という自負も形成される。いやホントにそうだ。私もなんだかんだ長くやってきて、最近やっと本当に自分のやりたいことがやれるようになってきた。まだまだだと思うことも多いけれど、でも長くやっているということは私の自慢でもある。

ネット上の実名主義について。津田さんは実名主義者ではないが、実名でやる人にメリットがある時代になってきたと感じていると言う。これはもちろんそうだ。私などは、あきらかに仕事のためにブログやらFBやらをやっているわけだから、この部分は超共感。楽しくて、しかも仕事の役にたつ。このメリットは非常に大きいし、はっきりいってハンドルネームでネットやっても、まったく意味がないのだわ。ファンクラブやってるわけじゃないんだし。

しかし先日ミュリエルとも話したけど、音楽業界はホントだめだね。業界人が集まればいかにビジネスがよくないか、という話題ばっかり。ミュリエルと一緒に吉祥寺のパルコや丸井に入れば、そこは物を売ろうというパワーにあふれ、お客さんも買う気満々だ。マッサージに一緒に行けば、次いかにリピートしてもらえるかという努力があちこちにほどこされている。レコード会社のリリースが少なくなり、音楽雑誌が廃刊になり、不景気でチケットが売れなくなり、辛い辛いというが、ちゃんときちんとこの恵まれたソーシャルメディアの時代に私たちはすべてをちゃんと活用しているのか? 本当に真剣に考えないといけない。自戒もこめて。

というわけで、ウチのホームページやら、FACEBOOKページやら、ブログやら何やら、2月中になるべく大きく変えたいと思っているところ。2月をのがすと、また夏までバタバタだもんなぁ…。うん、頑張ろう!

とにかく何か自分のやりたいことを実現したいと思っている人、必読です、この本。まさに表紙にあるように「発信しなければ、得るものはない」。あなたがあなたの気持ちを発信しなければ、自分の望む世の中にはならないし、ましてや自分のやりたい事は実現できないわけです。フリーランスとか自営業の人は、特にうなずきまくりの内容だと思う。

ローカル・ヒーロー



アイルランドでお世話になったナオコさんがブログで「2012年はアイルランドでオーララが見られる」というのを話題にしていたので、この映画を思い出しました。「夢に生きた男」とかいうダサい邦題がついてますが、ホントに素晴らしい映画です。私の生涯のベスト1ムーヴィー。ビル・フォーサイス作品「ローカル・ヒーロー」。ストーリーは、まぁよくある感じかもしれませんが、ホントに細部が素晴らしい。もう最高。一つ一つのシーンが宝物みたいな映画です。

特に好きなのはエンディングです。普通なら帰国したマッキンタイヤが村を離れて終わりだと思うのですが、帰国して荷物をほどきつつ、アメリカのマンションでスコットランドを思う。そこが本当に素晴らしい。この映画は旅の感傷をよく表している。音楽がマーク・ノップラーなんですが、これがもう本当に素晴らしい。この映画に出会った当時の私は出張にことのほか思い入れがあったので、このセンチメントはよく分かる。あの地が好きだけど、そこでは生活できない自分というのもあって、それはそれで嫌いじゃないんです。ホントに素晴らしい。

この映画がシュートされたペナンを訪ねるというドキュメンタリーを見つけました。私も行きましたよ。このテレフォンボックス。懐かしいなぁ…今でもこの写真を部屋に飾っています。

本日スイングホール公演、そして帰国!

今日はお昼に宿泊先のホテルをチェックアウト。ホントはサウンドチェック前、ギリギリまで部屋にいさせてあげたかったのですが、ホテル、どうしても昼にはチェックアウトしないといけないんですよね〜。それでも私の会員カードで10:00から12:00にチェックアウトタイムを融通してもらったのですが。なので12時すぎにホテルのチェックアウトを手伝って、まずはランチへ。二人で鉄板焼きステーキ食べちゃいました! ミュリエルはステーキ焼いてるシェフの方と写真を撮ったりして、すごく喜んでました。というか、ミュリエル、店の人と一緒に写真撮るのが大好き。寿司屋に行けば寿司屋のおじさんと写真を撮り、ステーキ屋にいけばシェフと写真を撮り…この後は二人でマッサージに行ったのですが、マッサージのお姉さんとも一緒に写真撮ってました。ミュリエルは小さくて店から貸してもらった上下のスウェットがブッカブッカで可愛かったです。お姉さんのマッサージがたいそう気に入ったらしくミュリエルったら、お姉さんにチップを渡そうとして断られて「日本では必要ないのね」とちょっとがっかりした様子でした。



やっと3時になったのでスイングホールへスーツケースなどすべてを持って移動。サウンドチェック〜。



これが師匠、チェット・アトキンス。こんなルックスの人なんだ。知りませんでした(ありえない私の不勉強ぶり…すみません)。師匠はどんな人だった?と聞いたらミュリエルは本当に音楽に対する興味がつきない人で、死ぬ直前まで町の若者に曲を習っていた…って。で、若いころは貧しくて、でもすごく偉くなってからも変わらない人柄で、町でTシャツ売りの子とつるんでいたかと思えば、翌日は前大統領とゴルフとか、そういうことにホントに抵抗のない、まったくナシュラルな人だった、って。素敵ですね〜



この年代の女性には必要な食べ物。私もポリポリやるのが大好きなのですが、ミュリエルも好きなようです。






というわけで公演が終わるとそのままホールから手配したタクシーで、羽田空港へ。1時間ほどで到着。本当はもちろん翌日のフライトを押さえていたのだけど、デルタの都合で、予約が完了した後にこの時間帯になってしまったのです。が、プロモーターとしては早く仕事が終われるから、このパターン便利でいいなと思ったのでした。ホントに早い。そして航空会社のカウンターに行っても、とても小さいミュリエル。


群衆の中の小さいミュリエル。バイバ〜イ。また来てね!

成田との差別化なのか、この時間帯にフライトが集中する羽田国際線ターミナルは激コミ! 疲れた! 明日からはまた経理だ! でもその前に今夜は死ぬほど寝よう… ご来場くださった皆さん、どうもありがとう。また来日したらぜひミュリエルのコンサートに来てくださいね!

ちなみにミュリエルはロサンゼルスに到着したあと、また15日にもう一度コンサートがあるのだそうです。時差ってすごい。地球はまわる。ミュリエルもまわる〜。

2012年1月15日日曜日

本日取材&ワークショップでした〜

ちっちぇーミュリエルの靴! アメリカサイズで5半だそうです。ということは… 次回来日したら一緒に小さい服のバーゲンに行こうと約束しました。

まずは某所で取材。記事が載ることになったら、またこちらでご報告していきます。

もちろん「棚演奏」もやりましたが、オンエアーはしばらく後になる予定。しばしお待ちを。



ワークショップ参加者には、オリジナルギター弦をプレゼント!

ミュリエル先生。教え方も上手だし、内容もすごく良かったです。

というわけで、本日は取材&ワークショップという1日。忙しかったけど充実!でした。明日はスイングホールの公演。ソールドアウトらしいのですが、チケットをすでにゲットしたラッキーな皆さん、お楽しみに!