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2014年3月31日月曜日

メアリー・ブラック物語 5

こうしてメアリーは本格的に音楽活動を始める。クリスティ・ムーアに気に入られ、彼の公演の前座に呼ばれるが、たまたまその時いつも一緒にやっていたギタリストが都合が悪くコンサート会場に来ることが出来なかった。クリスティ・ムーアは自分のバンドのデクランとやればいいじゃないかと提案する。そうしてメアリーは元ムーヴィング・ハーツのデクラン・シノットと出会う。このパートナーシップは、その後13年続くことになる。

そして発売になったファーストアルバム。これが83年の事だ。これがいきなり大ヒットになる。すでに選曲はカーラ・ボノフやビリー・ホリディ、ラヴィン・スプンフルのカバーで、伝統音楽に拘らないメアリーの姿勢が見てとれる。ジャケットにうつるメアリーの写真だが、実はもうお腹が大きくて長男の誕生と同時に彼女のキャリアは本格的にスタートした。バックはデクランのバンド仲間の元ムーヴィングハーツの連中がつとめている。当然、ドーナル・ラニーも参加。

ヒットにあわてて過去の音源を集めた編集盤のCOLLECTEDをリリースしたのに続き、セカンドアルバム「WITHOUT THE FANFARE」でその方向性はかっこたるものとなる。方向性とは… アイルランドのすぐれたソングライターたちの作品を取り上げる、ということだ。ジミー・マッカーシー、ノエル・ブラジル、ドナ・ロングなど、アイルランドの素晴らしい作家たちの作品を取り上げて歌うというメアリーの姿勢がここで決定した。

特にノエル・ブラジルが書いた「エリス・アイランド」などは傑作だ。(おそらく)移民先にたどり着けず途中で死んだ男が、港に残して来た恋人を天上から見下ろしている…という設定の歌だ。

 私の目の端から涙がこぼれおちる
 それはいったい誰の涙なんだろう…
 自分の涙なら喜ぶべきだろう
 この檻の中でまだ正気を保っている、ということなのだから
    でもそれがもしあなたの涙なら、私はさらに混乱させられる

歌詞はここですべて読めます。この曲ベスト盤に入れたかったんだけど…当時のレコーディングはなんかちょっと軽い感じで私はあんまり好きじゃないんだよね。メアリーはライブでもよく歌うんだけど、ライヴ・ヴァージョンは本当に素晴らしいですよ…。



そして次作「BY THE TIME IT GETS DARK」はアコースティックサウンドをさらに押しすすめた大傑作だ。静かだがパワフルなサウンドは本当にしみいるようにジワジワと心にしみてくる。

だがメアリーの次のキャリアを決定ずけたのは89年発売の「ノー・フロンティアーズ」である。このアルバムによって彼女はアメリカにもはじめて紹介される。アイルランドでは空前のヒットで1年以上チャートのTOP30に留まった、とにかく完成度もものすごい。すべてがものすごいアルバム。

アルバムタイトルのこの曲もすごい。ジミー・マッカーシーのペンによるとても宗教的なラブソング。彼の著作「RIDE ON」によると最初のヴァースはお母さん、2番のヴァースはお父さんのことを歌っているのだそうだ。深いね…

 Heaven knows no frontiers and I've seen heaven in your eyes



他にもバカラックのカバー、「アイリッシュ風」I say a little prayerも良かった。メアリー・ブラック来日公演の詳細はこちら

4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。


また「ノー・フロンティアーズ」は歌詞対訳ライナー付きで、ウチから紙ジャケットでリリースされています。近いうちにショッピングページも作らないとねー 忙しくていろいろ手が回らず…

2014年3月30日日曜日

福岡伸一先生の「動的平衡」読みました

いや〜福岡先生マイブーム、まだまだ続行中! この本もほんとに面白い。まぁ「生物と無生物〜」の方が興味深くスリリングだったけど、これは雑誌の連載をまとめたものらしく、分かりやすく、読みやすい。

これを読むとホントに短絡的に薬とか飲みたくなくなるよ。もともと私はラッキーにも健康に生まれ、薬は滅多に飲まないタイプでたまに飲むと抜群にきく…という体質なのだが、でもこの本を読む前からクエンザイムなんちゃらとか、コンドロインチンなんちゃらとか、コラーゲンとか、絶対に怪しいと思ってたのよ。

そもそも私はユンケルとかのたぐいのエネルギードリンクも飲まないし、アーティフィシャルなものを身体に入れるのが基本的に嫌いだ。で、その直感は正しい、とこの本は言ってくれている。いや、こういうのは諸説あって当然なんだけど、でも太古の昔から人間は存在していて、かつ文明が進みすぎたのに人間の身体は進化していないこの状況下で(まだ人類は太古の食物が取れないことが長くあった時代の飢餓状態にあることが前提に適応している身体なのだ)、新しい人口的に作られたものを身体に入れることがどんなにリスクがあるか、ということなのだ。もちろん病気だったらしょうがないよ? でも健康で滅多に風邪すらひかない私に何が必要なんだ、ということになる。生命とはNO WAY BACKの動的平衡だ。まったく絶妙なバランスの上になりたっている不思議なものなのなんだ、と。

そういう命に対して,自分でどうにかしようなんて、片腹痛いわ、って事だよ。ブラウン管のテレビを修理するみたいに壊れたからといって取り替えたり、足りないからといって追加できたりするものじゃないんだ、生命は。そんなの生命にたいする冒涜だよね。生命はこんなに素晴らしい、ってのがあるから先生の本は読んでいてワクワクする。

しかし理解に苦しむ複雑なものであるから、例えばオカルト主義に走ったり、口から入れるものでなんとかしようとする気持ちは分からなくない。人間は分からないものを分からないままほおっておくのがとても苦手だから。

他にもウィルスとは何なのか、抗生物質とのおっかけっこや、ホントにおもしろい本だった。

ちなみに自分用メモ:体重を増やさない食べ方は「ゆっくり食べる」こと… 福岡先生によると栄養価の吸収には動きがあり、ゆっくり食べることで食べているほどカロリーをたくわえなくすることができるコツがあるそうだ。それにちょっと前にはやった野菜から食べる…みたいなやつはやはり効果があるらしい。肥ることのメカニズムを学べば、肥らないコツみたいなものはそれでも習得できそうな気がする。私は痩せたいと思って走っているわけではないけど、食べても肥らないように、健康でいられるように…その2つが目的なのである。でもやっぱりこの話は面白かった。

走っているのも果たして身体に良いことなのかよく分からない。将来燃やすべき燃焼を今,燃やして、元気の先取りをしているのかも、と思うときもある。でも走っている時は気持ちがいいし、細胞が喜んでいるのが分かるんだよな。

あぁ、明日は風がまた強そうだ… こんなんじゃ走れないだろうなぁ。








上原ひろみさんのブログに感動

上原ひろみさんというピアニストがいる。今日FBのタイムラインで紹介されているのを読んで号泣! いい話なので、ぜひ皆さんも読んで! ここ

「アンソニー、乗って行って。ベースは私がなんとかする」
そう告げて、アンソニーを飛行機に乗せる。
午前5時20分。サイモンから「がんばれ」とメールが来た後、飛行機は飛び立った。
私はシアトル空港で、アンソニーのベースと、ひとり残った。


飛行機をめぐるトラブルはこんな職業をしていれば幾らでもある。予算が湯水のようにあればいいんだろうけど、そうはいかない。それは上原さんクラスですらこうなんだから、私たち貧乏ツアーだったらなおさらだ。もちろん飛行機以外、他にもとにかくたくさん大変なことはある。冠スポンサーでもいない限り、少ないチケットの売り上げの中で予算をなんとかやりくりしないとツアーはなりたたないから、とにかく大変なのだ。

朝5時でプロモーターもマネージャーも連絡がつかない中、決断をするしかないとしたら彼女だけだった。それはめちゃくちゃ分かる。ただブログに書かれたこの状況だけだと,つっこみどころはいくつかある。でも私もアメリカの国内線は何度ものっているが、アメリカ国内をプロフェッショナルにツアーしたことはないし、私なんかよりもよっぽど多くアメリカの国内線に乗り、経験も豊富な上原さんとバンドメンバーがここまでの状況に追い込まれたのだから、まぁホントに大変だったのだろう。

ここで彼女以外のスタッフがいたら判断は間違いなく「お前がいかないと公演はなりたたないんだから、とにかくお前は行きなさい」ではないかと思う。というかもう一人いたら、その人が残ることになるのだろうから、それは当然だよね。でもここで彼女が「私がベースと残る」と言ったということが重要なのだ。彼女はそれで自分のバンドマンとその楽器を守った。それが大事なのだ。

よく雇い主/雇われという雇用状態が成立している場合、単純な人は雇われた側が弱い…と思うのだろうが、それはまったくウソで、本当に金銭の受け渡しをこえた信頼関係がないと良い結果は絶対にもたらせないのだ。自分が人にギャラを払う側にならないと分からないのだが、雇い主やプロデューサーは結果を最大限に出すことが使命であって、自分が雇った人たちにチヤホヤされたいからギャラを出すのではないのだ。誰がこのプロジェクトの責任者なのか、というのはなった者でないと分からないだろう。でも、それが「いいだしっぺ」の使命なのだ。誰のツアーなのか、ということなのだ。そういう責任者の責任なのだ。

そして待っていた彼女を待ち受けていたダンさんの言葉がいい。「ひろみは絶対に来るってわかってた。だからプロモーターにも落ち着くように言ったんだ、彼女は絶対に来る、信じろ、って」って。

これは号泣もんである。

ちょっとこれ規模は違うけど昨年の私のペッテリ/インターFM/台風直撃事件にも通じるよね。こっちは公演じゃないから、別にキャンセルになったとしてもたいしたダメージではなかっただろう。でも、そういう問題じゃないのだ。そういう風に問題を捉えるとホントに大事なことをすべて見失ってしまう。

そして何も言い訳をいわずステージにたつ彼女もめちゃくちゃ素敵だ。でも最後にちょっと意地悪なことを書いてしまうと、こういう時のライブって、実はものすごく演奏が良くなることが多いんだよね。そうやって音楽はすべてを昇華していく。素晴らしいよね。

そして、この話って、ホントにどんな職業にでも言えることだと思う。いろんな人と一緒に仕事をしていると分かるんだけど、実は自分の責任を果たさない人、または果たすことが出来ない人って実際ものすごく多い。もちろん努力したけど出来ませんでした、ってのはあるかもしれない。でも、だったら引き受けなきゃ良いと私は思うんだよね。チームで働いていたら自分のミッションはこれだ、と決まったら、もうそれは決定的なのだ。出来ませんでした、では絶対に済まされない。特にライブの現場では。

成功するコツは何が重要かという事を、自分の価値観分かってくれて、それを共有できる素晴らしい仲間と出会うこと。そしてその仲間の信頼に「絶対に」答えること。それにつきると思う。

すべてのツアーするミュージシャンにGOOD LUCK!

ウチのミュージシャンはホントに間違いなく私の信頼に応えてくれる。その証拠にだいたい地元での演奏より日本での演奏のほうがいいんだよね(爆) 絶対に良い演奏をしてくれる。手は抜かない。そして、それがイコールお客さんの信頼にも答えることになるわけだ。

kanも絶対に信頼に答えてくれるすごいバンドだ。演奏については絶対にはずさない。そこがすごいと思う。公演まであと2ケ月。よいお席はお早めに。



kanの公演詳細はこちら

2014年3月28日金曜日

メアリー・ブラック物語 4

さてここでメアリーのバイオグラフィを少し説明していおこう。っていうのも、ここんとこ10年くらいしかアイルランド音楽を聞いてない人は、きっとメアリーのことをまるで知らないと思うから。

メアリーはダブリンのド真ん中で5人兄弟の真ん中に生まれた。お父さんはスコットランド沖の小さい島、ラスリン島出身。お母さんはダブリンの都会っこ。二人が恋におちてダブリンで雑貨商(Black Gloceries)を営んでいた。メアリーは上から3番目で長女。弟や妹たちの面倒をよく見る、しっかり者だったらしい。

妹でシンガーのフランシスが言っていたエピソード… メアリーは本当にしっかり者でお出かけ用のブーツを大事にとっていた。でもある日こっそりフランシスはそれを無断で履いていってしまった…というもの。

家は貧しく、でも食べ物に困るほどではなかった、とメアリーは回想する。そして音楽にあふれていたらしい。お父さんは楽器を演奏しラスリン島の歌を歌った。でもメアリーに大きな影響をあたえたのはお母さんのパティだ。パティは都会育ちで歌がうまかったから、みんなの前で歌うのが大好き。レパートリーはアイルランドの真面目な伝統歌でもなんでもなく、いわゆるコーニーと呼ばれる当時の流行歌。パーラーミュージックとかそういうもの。本格的な音楽ファンからは馬鹿にされちゃうジャンルかもしれないけど、パティはみんなが喜んでくれるのが嬉しくて、歌って、歌った。人を元気づけたりするのが大好きだった。もちろんプロの歌手というわけではなかったのだが、その後、メアリーと一緒にTVに出たパティは自慢の喉を全国ネットで披露している。その時すでに高齢で足もともおぼつかなかったけど、みんなを楽しませようとするサービス精神旺盛なパティの歌は大きな感動を呼んだ。元気で優しいパティのこのスピリットはメアリーにも間違いなく受け継がれている。「家の中には音楽があふれていた。友達がきて、一緒に歌って。Just a great feeling of sharing...」とメアリーは語っている。いいよね。音楽は分かち合うもんなんだよね。

そんなわけでメアリーは子供のころ歌うのが大好きで、赤ちゃんのころから自分で自分を寝かしつけるのに、よく歌っていた…というからすごい。音楽好きの両親にならって、兄弟姉妹みんな歌が大好きだった。一番上のお兄さんのマイケルはメアリーの才能を見抜いていてよく厳しくメアリーに歌唱指導をした、という。

どんどん成長しカトリック系の学校にいったメアリーは楽しい学校時代を送りつつも、結構シスターたちにいじめられたらしい。というのも、名前がBLACKだったから。シスターたちはよくメアリーをブラックと呼べず、ブレイクと読んだらしい。BLAKE ひどいよねぇ… で、よく机の上に手を置きなさいと言われ,手を鞭でぶたれたと聞いたことがある。まぁポールもそうだけど、この世代のカトリック学校のエピソードはホントにひどいものばかりだ。

でも学校時代は比較的楽しいものであったらしい。ティーンエイジャーになればビリー・ホリディやジョニ・ミッチェルを聴き、部屋でよく泣いていた、と言うが「それは泣きたいから泣いていたにすぎない」みたいな話をメアリーは楽しそうにしていた。

一方でお兄さんは学校を卒業するとスコットランドに渡り、そこで知った歌をたくさんメアリーに教えた。メアリーのレパートリーが、伝統音楽でもアイルランドに留まらずスコットランドの曲が多いのはそのためだ。

と、ここまで書いて分かると思うのだけど、メアリーはアイルランドの伝統音楽の歌手ではない。よくインタビューでメアリーは話しているが、田舎の、たとえばゲールタクト(ゲール語を話す地域)で育った歌手とはまるで状況が違う。ドロレス・ケーンや、アルタンのマレードとか… 彼女たちは間違いなく伝統歌手だ。でもメアリーは都会のど真ん中で生まれ,育った。だからアイルランドの伝統音楽と、ビリー・ホリディ、カーラ・ボノフ、ジョニ・ミッチェル…すべてが同一線上に存在している。

これは兄弟で歌っているもの。曲は「コルカノン」 コルカノンはアイルランドの有名な家庭料理。「お母さんが作ってくれた味を覚えているでしょ?」そういう歌詞。




さて学校を卒業したメアリーは歌手になりたいとずっと思っていたけど、もちろんそう簡単に行くわけもなく、ウエイトレスなどしながらチャンスをうかがっていたのだという。メアリーが参加した最初のバンドは「ジェネラル・ハンバート」というグループだ。アイルランドのグループなのに歌のレパートリーというとスコットランドやイングランドのものも混ざっていたので、当時、東京のトラッドファン(茂木さん、大島さん、白石さんたち)はこれはなんとユニーク!と大興奮していたらしい(笑)

そしてダブリンのミーティング・プレイスという伝統音楽の連中がつどうパブに出入りするようになる。ここにはクリスティ・ムーア、ドーナル・ラニー、ポール・ブレイディ、モイア・ブレナンなどがしょっちゅうやってきてはセッションをしていた。メアリーはその中でも一番若いほうで、歌がうまいからかなりかわいがられたようだ。

そして運命のこのTVが放送されることになる…クリスティ・ムーアの番組にゲストとして登場したメアリー。



この伝説の放送が、メアリーの運命を一転させる。あの歌のうまい子は誰なんだろう、と問い合わせが殺到したらしい。そしてこの番組の放送日はなんと偶然にもメアリー本人の結婚式の日だった。現在も彼女の旦那様でありマネージャーでもあるジョーと結婚したメアリーは幸せの絶頂だった。パーティの途中で放送時間になると出席者は皆TVの前にあつまり、みんなでこの放送を見たのだという。

メアリー・ブラック来日公演の詳細はこちら

4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。

2014年3月27日木曜日

(ますます思い入れたっぷり)メアリー・ブラック物語 3

湯川先生が書いてくれたレビュー 91年
そんなわけで会社的にもメアリーを押していこうという状況が出来上がり、追加宣伝費が費やされた。その金額はここには書かないけど、まぁ洋楽にしては大変な金額だった。今から思えば、もっと効果的につかう方法があっただろうけど、なにせインターネットも個人宅には存在してない時代である。シングルカットというのをやり、かつ音楽雑誌に広告を打ち、他にやったことはライターさんたちを現地に飛ばし取材してもらい、そのライターさんたちが持っているページに露出させることで、広告以上の効果を狙う、といったものだった。今思えば洋楽バブルっぽい時代だったよね。当時各社洋楽部はこぞって取材費を出してライターたちを飛ばした。うまくすると売れっ子のライターさんだと何社か話を取り付けて、まとめて1海外出張で3、4アーティスト取材なんてこともよくあった。そんなわけで、メアリーもライターさん、5、6人に取材してもらったんじゃないだろうか。まぁ、いい時代だったよね。取材記事が出れば,アーティストもだんだん実体化していく。そして当然のことながらレコード会社としては次のステップ…来日に向けて動きだしたのだった。

当時私がいたレコード会社に一番近いコンサートプロモーターさんはシャンソン専門でほとんど外国人タレントなどプロモートしてなかったO音楽事務所だった(現在は閉鎖)。なんで必然的にO音楽事務所さんがメアリーのプロモーターとして来日の実現に向けて動きだした。正直最初のミーティングで東京はメルパルクを押さえました…と言われたときはビックラこいた。そんなにお客が来るんだろうか。でも担当のMさんと頑張ってプロモーションしたよなぁ。女同士だからよくMさんとはランチとかもしたよ。今はどこにいらっしゃるんだろう、Mさん… そして、私がFM局をあれこれ回っている中で、来日コンサートにPENTAXの冠スポンサーの話が持ち上がったのだった。

これは当時PENTAXがスポンサーしていたラジオ番組を制作していたFMサウンズという会社の藍原さんからの話だった。実名だしちゃお…(笑) 藍原さん、しばらくお会いしていないけど、お元気かなぁ。藍原さんも私の大恩人である。藍原さんが「PENTAXが冠コンサートやりたがってて、公演を探してるんだけど、メアリー、プレゼンに出してみては?」と話を持ってきてくれたのだった。そしてPENTAXの代理店の人を紹介してくれたのだ。

ところで今もPENTAXってあるのかな…と思ったら、本社は板橋区。今はブランド名だけ残しリコーに買われちゃったのね。来日中にメアリーと社長さんの会食とか数回あったんだけど、たしかM本さんといってすごく優しい社長さんだったように記憶している…そして若造の私がメアリーつれてご飯に来る、っていうのでわざわざ庶民的な店にしネクタイなしで代理店の重役さんと一緒に来てくれたこともあったな。あの時の私はちゃんとビールのお酌とかしてたんだろうか… きっとしてないだろうな(笑) 

この当時は永田町の妙に印象的なビルにペンタックスの本社があったように記憶している。で、藍原さんに紹介された代理店はK広告さん。担当は今ではソーシャルネットワークをつかいこなす元気なオジさんとして大活躍し、本もたくさん出しておられるT本さんである。今でも交流がある。

T本さんは私の熱意を買ってくれて(だから今でもT本さんには頭があがらない)とりあえずクライアント(PENTAX)には5本ばかり提案しないといけないんだけど、メアリー1押しで出してみるよ、と言ってくれた。そう…こういうもんは1押しがあって、あとは…まぁ捨て駒なのだ。悪いけど。ちなみに他の候補は今だからばらしてしまうと、ジュリア・フォーダム、アランナ・マイルズ、そしてソニーが押してたアンヌ・ドゥールト・ミキルセンだった。つまりクライアントは女性ヴォーカルでやりたかったんだね。特にFM誌での露出が強かったアンヌ・ドゥールトについては、私は異様なライバル心を燃やし、つねに意識していた。ビジュアルのつくりは向こうの方が100倍上手だったけど、歌は声が似たような感じだったけどメアリーの方が俄然上手かったからね。

ソニーのやってたミキルセン。
ふふふ、彼女は結局何回来日した?
私は最後までメアリーをちゃんと見届けるんだ!
勝ったぜ!(心の中でガッツw)
そして…ここでも通ってしまったんである。T本さんが1押ししてくれたから当然なんだけど。ここでもメアリーは本当に幸運だった。最初からホール公演が出来たのはPENTAXさんのおかげだと思う。他の落ちた候補者たちの小屋はまだ小さかったころのクアトロだったのだから。

PENTAXさんが出してくれた金額は大変なものだったが(ここには書きませんが、家が買えますよ、ハイ)、そのほとんどは名義主催をした放送局へのスポットとその放送局の放送枠を買った特番の購入にあてられた(と、このように上手く出来てるんですよ、放送局の主催事業って)。それでも冠がついて、私のいたレコード会社はO音楽事務所にたいしては顔がたったと思う。まぁ、そうだよね。やっぱり人の会社にお願いするからには、子供じゃないんだから、きちんと金銭的にサポートしないとさ…。そういうの分かってない大人,多いけど。

しかし考えてもみて。これってチーフタンズが来日する前年ですよ。そのチーフタンズだって、最初は単独公演じゃない。東京ムラムラというフェスティバルで、しかもミュージック・フロム・ザンジバルとダブルビルだったんだから。この時の白石和良さん、茂木健さん、おおしまゆたかさんの喜びようったらなかった。確かその数年前にBoys of Loughかなんかが来日して、2、3列目にしかお客がいなかった…みたいな逸話も聞いていたが、とにかく伝統音楽(じゃ、ホントはないんだけどね)のアーティストがちゃんと来日するのなんて初めてだったから。

曲はメアリーの「Water is wide」 これ今回のベスト盤に入れようと思って却下された。この曲は日本でもよくCMになったりしてるから入れたらウケる、と言ったんだけど,本人たちは気に入ってないようで…確かにアレンジといい、なんといい、やっつけ感はあるよね。



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4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。

2014年3月26日水曜日

(のざきの思い入れたっぷり/笑)メアリー・ブラック物語 2

今でこそ会ったことのないアーティストをプロモーションするなんぞもってのほかなのだが、レコード会社勤務当時はそもそも音も聞かずにプロモーションやってた… ま、レコード会社のプロモーターなんてそんなもんですよ。実際ホントにつまんない、ヨーロッパで安く買い付けて来たユーロビートとかそんなんばっかリリースしてたんだもの。

メアリーにはそんなわけで会ったこともなかったし、コンサートを観たこともなかったんだけど… なぜか「ノー・フロンティアーズ」には入れこんだね。プロモーションした、した。もうなんの疑いもなく。CDは死ぬほど聞き倒し、会社がくれるプロモ用のカセットテープ(死語)が間に合わなくて、自分で会議室にこもってダビングしたり…おかげで「ノー・フロンティアーズ」は私のサウンドトラックみたいになっちゃった。

当時、宣伝所属の私の担当は電波媒体とFM誌担当だった。ちょうどFM局が音楽出版社を持ちはじめた時代で、正直プロモーションしたところで何ができる…という世界ではあったのだけどね。つまり出版権をふれば、その曲が放送局でかかる。かかって印税が入る、CDが売れれば放送局にもお金が入る…そうやって利益を循環させるというひどいビジネス。それでも…。それでも放送局には素敵なおじさんやお姉さんたちがたくさんいたね。皆さんに助けられ、メアリーけっこうかかりましたよ。J-WAVEのトップ100みたいなのにもチャートインしたし、ジェット・ストリ〜〜ムみたいな名門番組でもかかったりしてた。今でもあの頃から活躍されてるラジオのディレクターさんたちに会うと言われる。「野崎ぃ〜、メアリーはどうしてる?」って。そのくらい私はメアリーどっぷりだった。

そして自分の人生でも、ホントにターミングポイントになったのが、FMファンの表紙だ。当時はFM誌ってのがあったんだよね。全盛期は4誌くらいあったんじゃないのかな。小学館のFMパル、音友の週刊FM、ダイヤモンドだったけ?…のFMステーション、そして共同通信社のFMファン。結構みんな洋楽、そしてメインストリームじゃない洋楽も取り上げてていてくれていた。そして中でもFMファンの表紙はその週のアルバム1枚がドーーンと載るという装丁で、FM誌担当の各レコード会社プロモーターは、ここを取ることがプロモーション上の勲章だった。

で… 取れてしまったのだ。メアリーの「ノー・フロンティアーズ」私があんまり頑張るから、しょうがないな…と編集部の人たちが同情してくれたのだろう。ホントに申し訳なかったと思う。今思いかえせば、発売日とかからもちょっとずれてたかもしれない。広告すら入れてなかったかも。特に熱戦だったのが当時ポリドールから出てた、やはりヨーロッパ系の女性ヴォーカリスト…名前すでに忘れた。もういない人だと思う… そっちとの接戦だった。あっちはT橋M子ちゃんという、これまた女性プロモーターががんがんに押していた。(彼女は現在ミューニック在住) そして、その号の表紙は誰にするか、ということは、毎週行われる編集部の会議で投票制で決まる事になっていた。

結果がでる、というその日。偶然にも会社では例の長い長い会議が行われていた。会議中は電話がかかってきてもだいたい「会議中です」と言って折り返してもらうのだけど、デスクのAちゃんに「FMファンから私にかかってきたら絶対につないで」と伝言して私は会議に出た。…で、電話はかかってきた。だから合格発表は会議中に聞いた。電話で編集部内で一番私を応援してくれていた副編集長のKさんが、編集部にジャケット写真を送るよう支持してくれるのだがメモを取る手が震えたよ。手がふるえるほど興奮したり嬉しかったりしたのは,あの時だけじゃないかな。ペンでメモを取るのだが、まるで書けない。「ありがとうございました」そしてその場でメアリーがFMファンの表紙に決まったことを発表することができた。社長もいたんじゃなかったかな。すごいよな、私(笑)

当時を思えば私は反骨精神まるだしだった。会議が終わって発売日がすぎてしまうと、もう何もしないというレコード会社の体質が大嫌いだった。会議でおじさんたちはいつも旧譜率が何割以上じゃないと会社がやばい…それしか言ってなかった。つまり新譜を出して稼いでいるようじゃダメなんだ、と。内容がどうとか、音がいいとか、そういう事にはいっさい触れない。アーティストを育てるとか、そういう話は一つも出てこない。そういうのが大嫌いだった。

今、当時を振り返って会社の上層部の気持ちを想像すれば生意気な25くらいの女がギャンギャンさわいで自分勝手に会社の一押しでもないアーティストを勝手にプロモーションしている…くらいの状態だったろう。会社からすればトンでもないことだ。

でも、今だから分かるけど、会社のおじさんたちは割と私のことは自由にほおっておいてくれたんだよね。当時の部長がとある同僚に告白したそうだ。実は私は当時キングレコードのどの社員よりも交通費におけるタクシー代の請求が大きかった。というのもいつもサンプルを100枚くらいもって7社くらい回るのだから当然のことだ。実際会社の誰よりも動いて誰よりも頑張っているという自負はあったから、万が一そんなこと言われてもたぶん「けっ」って感じなのであるが、当時私の上司だったA部長は「野崎はあのときタクシー代を社内で一番つかっていたけど、俺は何も彼女に注意しなかった」と自慢げに語っていたのだそうだ!!? なんか…!! なんかっっ! ちょっと可愛いよね、部長。今ならちょっと分かるけど、でも当時の私ときたら、そりゃもう会社全部にたいしてプリプリいっつも怒っていたから…。誰も私の事を分かってくれない、私がこんなに頑張っているのにっ、って。いやはや…

でもそれを恥ずかしいとは思わないよ。そうやって頑張ったから今の自分があるのであって、当時会社にいた何人が今、この音楽業界に残っているだろう、って、そう思ったら、全然後悔してない。そしておじさんたちに「ありがとう」って言える余裕も、今の私ならあるのだ。

いいでしょ。これ。まだ取ってあるんだよね。私の人生はこのアルバムとともにある。
ありがとう、FMファンの皆さん。

この表紙がきっかけで、なんとメアリーに追加宣伝予算が投入されることが決まったのである。続きは次回!







































メアリー・ブラック来日公演の詳細はこちら

4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。ふふふ、大丈夫。あっちのはちゃんとメアリーのバイオを中心にライナー然と書いてるから。ここに書いているのはあくまでも裏ライナー(笑)


映画「ワン・チャンス」を観ました


「ワン・チャンス」見ました。携帯電話のセールスマンやってたのにオペラ歌手になる夢を捨てきれず、オーディション番組で優勝し成功を手にいれた男の物語。

で、良かった! 何が良かったって、主演俳優さんが良かった。そして奥さん役の女優さんも。そして最高に最高だったのが、お父さん役のコルム・ミーニー! もうコミットメンツのお父さん役も、最近の「ダブリンの時計職人」も最高に良かったけど、今回のも最高に最高に最高に良かった! アイリッシュ・ファンはチェックした方がいいよ。ホントに最高に素敵なお父さんだ。

お父さんは役の上では息子にとても厳しい。息子に夢を諦めて現実を見ろ、と言う。昔いじめられていた事を根にもってクヨクヨするなと叱る。でも息子を愛していることは充分伝わる。ホントに最高に素敵なお父さんなのだ。

そして!! 役の上ではお母さんがホント素晴らしい! お母さんとお嫁さんの会話もいい。女がいいんだよね〜 アイルランドでもイングランドでも、貧しい家庭では女がホントに強い。強くて素敵だ。そして息子を何かと応援してやり、夢を諦めるな、と励ます、お母さん。ホントに素敵。

家族間の会話がテンポよく、めちゃくちゃ可笑しく、ほんとに最高。… が、終わり方というか、最後このBritian's Got Talentに出て優勝し「これが僕のストーリーさ」みたいに終わられても……なんかしらけた。が、この最後のしらける感じを差し引いても、家族の感じや会話の素敵さとか、奥さんの素敵さとか、お母さんの素敵さとか、コルム・ミーニーの素敵さで充分おつりがくる。まぁ、だから映画としては、かなり良いんじゃないかな。とにかく見ている間は楽しめたし、ハッピーな気分になれたし、感情移入もできたし、すごく良かった。

実話がベースになっている。でも、なんだか、すべては、このオーディションの審査員で出てくる辛口の、1D(笑)とかも当ててるやり手の彼と、世界を牛耳るエンタテイメント会社ソニーの連携プレイによる仕込みじゃねぇの?と思ってしまう。映画にするなら、こういうやり手の裏方の奴らのヒットメーキングストーリー… そっちの方がいいんでねぇの?とか意地悪く思ってしまった。

スーザン・ボイルといい、なんとかって言う8歳くらいの女の子といい、なんか「やらせ感」が漂うから、私はBritain's Got Talentは好きじゃない。いや、やらせじゃないんだろうけど、いやいや、もっと言ってしまうと、やらせだと実はみんな知っているけどこのゲームを楽しんでいるのかも…? いや、実際よく知らないんです、ハイ(笑)

当然このポール・ポッツさんもそういうショウビズに騙されてノセられた純朴な青年なんじゃないの? いや純朴な青年というところから、もうやらせなの? 

そもそもスーザン・ボイルもそうだけど、私はこのテのオーディションでのし上がってくる、一夜にしてなんたらみたいなシンガーたちが、いったいシンガーとしてどのくらい上手いのか、まったく判断ができない。普段こういう音楽を聞いてないから、しょうがないんだけどさ。ちなみにスーザン・ボイルの時は、FBにいち早く投稿したエディ・リーダーの大興奮コメントに押されて自分もかなり初期の段階でシェアしたような記憶がある…(爆)

あと、いつもこの番組を見ていて思うのだけど、そもそも観客は見せ場になるとすごい歓声をあげていて、あんなにワアワア声を出したら、シンガーたちの歌がちゃんと聞こえないだろうよ、とか疑ったりするのは自分だけだろうか。まぁ、この番組自体、You Tubeのクリップを見ているだけで、ちゃんと最初から最後まで観たことはないので判断できないが、勘違いした素人を冷やかして笑う事の方がメインの、本当はすごく意地悪な番組なんじゃないかとか疑ったりしている。

と、まぁ、普段素朴なミュージシャンたちを応援している私としては、最初から結構斜めが気持ちで見たんだけどね。それにしても映画としては良かったわ。主演の彼いいねぇ… 歌う声はすべてポッツが吹き替えしているらしいけど、彼がホントよかった。そして奥さんがホントにホントに素敵。どこまで実話か分らないけどキャメロン(ディアスに似ている)、ブラット(ピットに似ている)という名前でインターネットのチャットで出会ったという二人。ホント素晴らしい。素敵だわ、ホント。

そして一方で、これはホントかどうか知らないけどポールに「君はオペラ歌手にはなれないよ」ときっぱりと言うパバロッティのエピソードはまったくもってひどいと思った。そのシーンは映画の予告編でも流れるので、ぜひ見てみて。クラシックとかオペラとかって厳しい世界なんだろうけど、これはナイよね。こういう言葉を音楽を愛する若者に言ってはいかんだろう。まぁ、それだけ厳しい世界なんだろうけどね。これがホントだとしても、何もあぁいういう方をするこたぁなかろうよ、と誰もが思うだろう。パバロッティは完全に悪役である。とか思ってたら、この映画の制作陣に、あのやり手野郎の名前も…。もしかしてパバロッティはもう死んだからこれはチーム・ソニーによるパバロッティへの復讐?   奴は昔、パバロッティにいじめられた? とか思った。怖いねぇ…ショウビズは(笑)

でも映画は良かったし、ブツブツ分析してたらキリがない。自分とは関係ない世界なんだから、楽しんじゃえばいいんだよね。なんであれ、この素敵なポール・ポッツさんが奥さんと末永く仲良く、歌うことをずっと楽しんでいられたらと思う。頑張ってね!

2014年3月25日火曜日

メアリー・ブラック物語 1

やっとメアリー・ブラックのベスト盤の文字チェックが終わった… 訂正してはレコード会社のデザイナーに戻し、現地に確認取ったりの繰り返し。これであとは4月23日のリリースを待つのみ。すでにマスタリグは先週終わっている。

メアリー、ホントにありがとう。自分がここまで徹底的に関わったアーティストはいない。メアリーあっての私(笑)。私あってのメアリー?  まぁ、メアリーは私がいなくても日本に紹介され、きっと来日していただろうけどね。でも、いまだに都内のFM局まわると「メアリーは元気?」と聞かれることがある。自分と関わるアーティストは多くても、やっぱりメアリーほど関わったアーティストはいない。時間の長さも、思い入れも…

ってなわけで、今日から少しずつメアリー・ブラックと野崎のストーリーをここに書いていこうと思います。なにせもう25年くらい前の話だから、記憶に間違いがあるかも。当時もインターネットとブログがあれば良かったんだけどなー(笑)

1990年。私はやっと入った音楽業界に辟易していた。長い会議とか、長い会議とか、長い会議とか…。仕事をすればするほど損をしているような気持ちになるのも、ホント最低だった。

入社試験はそれでもかなりの難関で、やっと入ったレコード会社ではあった。当時は男と女の求人誌は分かれていたから(笑)、洋楽宣伝のポジションに応募してきた女はたった一人だったらしい。当時から頭は悪かったけど、営業と面接だけは得意だったので50倍の難関を突破して入社したのだが、1年もたてば、このバカらしい世界がホントにバカらしくなってきた。もう会社は充分。早くこんなところは辞めようと思っていた。そもそも好きじゃない音楽をプロモーションすることは地獄の苦しみだった。長〜い、なが〜い、長い、それこそ永遠に続くかと思われた会議で、制作は宣伝がちゃんとやらないから売れないと文句を言い、営業は宣伝がちゃんとやらないから売れないと文句を言っていた。みんなが自分の責任を取らないで、会議が終われば、会議で話した事を実行する奴は誰もいなかった。

でもそんな時、発売が決まったのがメアリー・ブラックの「ノー・フロンティアーズ」だった。すっごい良いアルバムだと思った。そのきっかけとなったのは前年だかその前だか同時期だかにヒットしていたエンヤの「Water Mark」だった。そして六本木WAVEとかがブイブイ言ってて、景気のいい時代だったこともあって、私の勤めていたレコード会社の洋楽部では「ヨーロピアン・トラッド・コレクション」というシリーズを企画したのだった。それは12枚ほどのヨーロッパの伝統音楽の名盤を一気に発売する、というもので、D通の連中にマーケティングをやらせ、12枚の個性ある名盤のジャケットをすべてナシにし、よくわからないイラストレーターが統一ジャケを描くという、今の私だったら噴飯ものの企画だった。その時、このレコード会社のブレインとなっていたのが、今でもすごくお世話になっている、おおしまゆたか先生と、茂木健先生と、白石和良先生だった。お三方があれこれ候補のアルバムを持ち寄り、担当の制作陣がリリースを決めていたのだが、メアリーのアルバムはこの中に埋もれさせてしまうには内容が良すぎた。なので、これは単独で売って行こう、とレコード会社では決めたのだった。

私はこの素敵な音源の出現にワクワクしたのだけど、もう会社辞めたいという気持ちはとても強かった。当時、憧れの某アーティストのレコード会社がウチに来ないかと人を通じて誘ってくれたりもしたから、余計このレコード会社をすぐにでも辞めようと思っていた。そのころの自分はさして仕事ができたとは思えない。でも業界で1年もやっててラジオ局に毎日のように出入りしてて若くて元気がよけりゃ引きもあるんだよね。当時はそういう時代だった。

けっこう悩んだけど、その時、某日本人歌手のマネージャーやってたN川さんと飲む機会があり、N川さんが言ってくれた言葉のおかげで私は留まる決意をした。「あなたのことが本当にほしければ相手は幾らでもまってくれるよ。あなたもちょっとポジションがあいたからあの子でいいや程度で行くんじゃイヤでしょう?」

N川さんのアドバイスのおかげ。ホントに今,会ってN川さんにお礼をいいたいくらい。N川さんのおかげで私はこの素晴らしいアーティストのプロモーションを頑張ろう、そして彼女をいつか日本に呼ぼうと決意したのだ。当時の私と来たら、まだアイルランドには一度も行ったことがなかった。でも私はかなりの英国おタクで、契約社員なのをいいことに、1年のうち2週間くらい長い休みを取っては嵐が丘とかリバプールとかを一人で旅行していた。

…ってな感じで今日からストーリー始めます。来日まで不定期連載。数日置きにアップしていくつもりです。メアリーのことなら、ホントいっくらでも書けるよ!(笑) 20回くらいになるかもしれない…という事は予告しておこう。長くてうっとおしいですよ。



メアリー・ブラック来日公演,詳細はこちら

2014年3月22日土曜日

生きてるって、すごい!! 福岡伸一「生物と無生物のあいだ」を読みました


このブログって、基本的にはTHE MUSIC PLANTのミュージシャンに興味がある人が見てくれているのだという事を前提に、私も自分の仕事の一部だと認識しているのだけど、時々とてつもなくアクセス数が増えることがあって、それは映画の感想だったり、書評だったり、自分の仕事とまったく関係ない投稿だったりするのが、ちょっぴり悲しい。

まぁ、でもそれもいい事だと思っていて、とにかくなんでも正直にありのままの自分を書いていこうといつも思っている。

その中で、自分が過去書いた中で、もっとも気に入っていて、自分で書いた文章なのに何度も読み返しているのが、大好きなカズオ・イシグロに関するこの投稿。NHKのドキュメンタリーをまとめたもの。

この時、番組内でホストをつとめられた福岡先生に私はとても興味を持ったのだが、先生の文章は週刊文春での連載を読む以外、買った著作はひたすら積読状態に…(笑)

その後、福岡先生と、ケルト/装飾美術の巨匠、鶴岡真弓先生との対談をまとめたりして、これはケルトの思想を化学的に理解するためにも、福岡先生本を読まなくちゃな…とずっと思っていたのだが…… で、やっと読んだ!

そしたら、もうーーーー最高に面白い!! っていうか、この本、めちゃくちゃ売れたんだよね? 今ならその理由も分かる。これはホントに面白いわ。ホントすごい本だと思った。ここ数年読んだ中では圧倒的に面白いかも。

1ページ目のプロローグで、もう掴みがすごい。福岡先生が紹介する大学時代の生物学の先生の質問…。

「人は瞬時に生物と無生物を見分けるけど、それは生物の何を見ているのでしょう。そもそも生命とは何かみなさん定義できますか?」私はかなりワクワクして続きに期待したが、結局、その講義では明確な答えは示されなかった。

夏休み、海辺を歩いて小石をみつける。その石とほとんど同じような形,色の貝殻も見つける。貝殻は、もう死んではいるけれど、私たちはそこに確実に生命の営みによってもたらされたものであることを見る。小石と貝殻の決定的な違いは何か? 

そして先生はグイグイこの本に読者を引き込んで行く。先生,文章が上手いんだよね。内容は正直、かなり難しい部分もあった。この本にあったことを人に説明せよ、と言われても、私なんぞはバカだからアウアウ言っちゃいそうだ。でも… すごい。すごいね! 生命ってすごいよ!!ということだけは、もう強烈に分かる。ものすごいわ、生きてるって!

とにかく、先生をはじめとする歴代の科学者は「生きている」ということを定義するために必死に実検を重ねる。それはホントにミステリー。仮説をたてては実検するの繰り返し。論文発表に向けての大変な競争、そして苦労も分かる。例のなんとか細胞の彼女もきっとこういう世界にいるんだろうね。「ネイチャー」に載るか「サイエンス」に載るかのせめぎ合い…同じような実検をしている他のグループに抜くか抜かれるかのせめぎ合い。

1つ1つのエピソードもすごい。意外なNYでの野口英世像。DNAをめぐる科学者たちの攻防。忘れ去られた女性科学者。DNAのラセン階段の発見。内側の内側は外側? 原子はなんでこんなに小さいのか…いや、原子に比べてなんで我々の身体はこんなに巨大なのか? そして生命は流動的であり常に動いている。その動きは一方方向で二度と戻ることは出来ない。

あぁ、もう想像すればするほど頭の中がいっぱいになっていくよ。すごい。科学ってここまで行くと哲学みたいだ。とにかく読んでいる間はずっとワクワクドキドキ…

そして!! 興味深いことに、これってケルトなんだわ。ケルトが本当に人間の本来の考え方だというのが分かる。人間が生み出した考え方だって分かる。これ何度か書いているんだけど、ケルトって歴史じゃなくって、哲学なんだよね。歴史/哲学? いや、よく分からない。でもいろんな事が不確かな今の時代、これこそが人間が知りたがっている事なんだよ、というのが分かる。

それにしても福岡先生や鶴岡先生を知ると学問ってすごいと思う。生物のことを研究しているようでいて、過去の歴史を研究しているようでいて、実は勉強しているのは「今、人間はどう生きるべきか」ということを教えてくれているのだ。(あ、また「べき」とか言っちゃった/笑)これは昨日のヴィクターの「音楽について語る」もそうなんだけど。

おすすめです。これ。実はもう1回、最初から読んでみようかなと思っている。でもここはぐっと我慢して福岡本の次に控えている「動的平衡」に進もうと思うのだ。もおっっ、最高だよ。福岡先生。福岡先生マイブーム到来!! 次の感想を待て! 


写真はこの本に載ってた写真よりロザリンド・フランクリン。紹介されているストーリーが本当なら、ちょっと可哀想な立場。でもすっごい偏見だけど、理科系の女って私はあんまり好きじゃない。自分のこと「僕」とか言っちゃって、男子の目を気にしていないようでいて、めちゃくちゃ気にしている。独特の美意識があり、うっとおしい。マンガが大好きである。頭がいいのを鼻にかけている。服装や音楽のセンスも悪く、とにかく同性から見て格好いいタイプはいない…などなど(すごい偏見/理科系女子からの反論を求むw)






「内部の内部は外部」という図解。すごいよー すごいよータンパク質。すごいよー すごいよー 細胞(笑) すごい良く出来てる! これなんかでやろうったって出来るもんじゃないよー 驚異!!!!


参考リンク








2014年3月21日金曜日

ヴィクター・ウッテン、音楽を語る



ヴィクターの素晴らしい話がUPされていたので、ご紹介したいと思います。しかも日本語字幕もとてもよく出来ている。素晴らしい!!

ヴィクターは世界的なベーシストで、私がインタビューにたちあった中で、もっとも感銘をうけた素晴らしいアーティストの一人です。また一緒に仕事したいなぁ!!!!

ヴィクター「僕はバンドに生まれました。本当に文字通りバンドに生まれたんです。僕が生まれた時、4人いた兄はすでに音楽を演奏していてベースプレイヤーを必要としていた。だから僕はベースプレイヤーとして生まれたのです」

「自分が“先生”と呼ばれる立場になって、どうやって音楽を教わったか思い返すと学んだ記憶がないんですね。だから僕は音楽は言語だと言っているんです」

「例えば英語を学んだことを思い出してください。あなたは教わったわけではない。単に回りの人たちはあなたに話しかけていただけです。そして素晴らしいことにあなたは間違っていたとしても話しかえすことが許されていた」

「しかし音楽ではビギナーはなかなか上級者と演奏する機会を与えられていません。でも言語においては、赤ちゃんであってもプロとのジャムセッションに参加しているみたいなものです。そしていつのまにか自分が初心者だということも忘れてしまいます」

「誰ももっと上手くならないと話せないよ、向こうへ行って練習してから来なさい、とは言いません。だれもあなたが間違ったことを言ったとしても訂正もしません」

「ここでもっとも素晴らしいことはあなたは常に自由でいられる、ということです」

「だから音楽みたいに散々学んだあとで、自分自身の道を探す…なんてことはやらなくていいんです。言葉を話すということにおいては自分の話し方を失くす、なんてことはない。だれもあなたの話し方を盗んだりしません。僕はそのように音楽を学びました」

「音楽をいつから始めたかと聞かれて2、3歳とか答えるようにしていますが、でも僕らが何歳から言葉を覚えたか、とよく考えてみれば2、3歳まで待ってから学んだ、なんてことはないですよね。おそらく聴こえることが可能になったら、そこからすでに学びはじめています」

「僕の一番上の兄のレジーは僕より8歳年上だったのですが、彼より若い僕たちに彼は音楽を教えてようとはしなかった。また彼は僕にいきなりベースを持たせることはしませんでした。最初に彼らがしてくれたことは音楽を僕の周りで演奏することでした」

「僕の記憶で最も古いものの一つに…当時はハワイに住んでいたのですが、兄たちが僕のためにプラスチック製の椅子を用意してくれていた。そこにミッキーマウスが弦をまくおもちゃのギター。誰もそれが僕のだって言わなかったけど、僕のために用意された、ってことは分かっていました。誰も次が君が話す番だよって教えてくれる必要がありませんでした。そんなこと教わらなくても分かりますよね」

「僕はその椅子が僕の椅子でおもちゃが僕のものだということも分かっていた。実際には弦をならせていなかったんですが、そんなことは問題ではなかったんです。何か僕が抱えられる年齢になったので、抱えるものをあたえてくれた。そうやってちょっとずつ僕のためにいろいろ準備をしてくれていたのです」

「その楽器を弾け、ということではなかった。それが僕ら教師がよくやる間違いです。子供たちに“楽器”を弾くことを教えてしまう。彼らが音楽を理解する前に教えてしまう。子供がミルクを飲むのにMILKのスペルを教えれるようなことはしないでしょう。でも音楽教育においてはそれをやってしまう」

「3歳になったときにレジーがギターから弦を2本はずして僕にはじめてのちゃんとした楽器を与えてくれましたが、そのとき、すでに僕はとても音楽的になっていました。そして、自分が知っている音楽を今度は楽器を通して表現することを学んだ。それは話言葉を学んだときと一緒です。話す時に楽器(口)のことが気になる人なんていませんよね。そんなことよりも“何を”話すか、ということの方が重要なんですから」

「僕が5歳になると僕たちはカーティス・メイフィールドの前座としてツアーを始めました。僕はそんなふうに音楽と言葉を学んでいったのです」

「素晴らしかったのは、多くの子供が生まれながらにして持っている物を僕は失くさずにいられたこです」「それは“自由”です」

「私たちの多くは音楽的自由について教わることがありません。たとえばエアギターを奏でる子供たちにとっては正しいも間違いもありません。彼らはそれが気分がいいから演奏をするんです。皆さんもシャワーをしながら、仕事へ向かうクルマの中で、歌ったりするでしょう? 正しい音だから、正しいスケールだから歌うのではありません。気持ちがいいから歌うんです。でもなぜ自分以外の誰かが聞いていると違っちゃうんでしょう? それは自由が失われてしまうからなんです。成長するにつれて、学ぶにつれて。僕たちはその自由を守る方法を見つけなければなりません」

「エアギターを演奏する子供たちは満面の笑顔ですが、最初のレッスンでその笑顔を失ってしまいます。そしてほとんど場合、残りの音楽人生をかけて、その笑顔を取り戻そうと頑張る事になります。音楽教師は、ちゃんとしたやり方をすれば、その笑顔を守ることが出来ます。それは言語と同じアプローチを取る、ということです。そうすれば生徒たちの自由を守ることができる」

「僕たちが大きくなってツアーでたくさん演奏するようになって、ある時、母が子供たちにこんな質問をしました。“世界は何を求めているんだろうね?”」

「僕は質問の意味がわからなかった。自分が子供を持つ様になるまでは。これからの時代のミュージシャンに対して…考えてみてください。皆さんご自身の職業にてらしあわせて問いかけてみても良いかもしれません。世の中はあなたに何を求めているのでしょう?」

「そこで音楽とは言語であるばかりではなくライフスタイルでもある、ということが理解できたのです。誤解しないでください。典型的な多くの音楽家がみちびくライフスタイルというわけではありません。たとえば大成功をおさめた音楽ヒーローたちは、人生では同じくらい大きく失敗していた。実に多くのミュージシャンがそうです。きっと母は僕らが当時分かるはずもなかった将来の準備が出来る様考えていてくれたんだと思います。世界はいったいこれ以上なにをもとめているんだろう。これからの時代のミュージシャンにたいして」

「僕たちは練習しました。家全体を音楽室に作り替えて、多くのミュージシャンが集まれるようにした。両親は裕福ではなかったのに、クリスマスにはいつも最新の楽器を買い与えてくれました。あれはいったいなんのためだったのでしょう?」

「僕らが音楽で食べていけるようになるため? ステージで称賛を浴びるため? 今ではわかります。そんなことよりももっと深い意味があったことを」

「音楽は僕のライフスタイルなんです。音楽を深く学んだことで多くの人とそれを分かち合うことができる。音楽からは本当に多くのことを学び、人生に応用することが出来るんです」「良い音楽家になるためには良い聴き手である必要もあります」「僕がすごいベースプレイヤーかどうかというのは関係ありません。個人としての力量はあまり重要ではないんです」

「例えばこのステージに世界最高のミュージシャン5人を集めたとして、でもその5人が別の方向をむいて演奏していたら、その音はひどいものになります。でもミュージシャン同士がお互いをよく聴き、相手にあわせて演奏すれば一人一人の力量はそれほど必要ないんです。そしてその方がよっぽど良い音がするでしょう」

「大学に招かれ音楽をつかった新入生のチームのプロジェクトに関わりましたが、とても面白かった。音楽はどんなデリケートなことでも扱うことができる。政治や、人種差別、不平等について、宗教について扱いながら、それでいて自分は安全なんです」

「たとえば楽器をさわったことがない聴衆の一人をステージにあげて実検をしてみました。だいたいは女性でしたが(笑)肩にベースをかけてあげて、周りのバンドに演奏をはじめさせると、少しずつ女性は身体を揺らし始めた。そこで僕が言うんです、それが音楽の正体だよ、と」

「その自分の中のグルーブを楽器に伝えるのです。そこで彼女に左手でネックを握ってもらいます。楽器を抱えるのは簡単ですから。右手を動かし始めたら,バンドはそれについていく。彼女はすでにベーシストでした。そして、それ以上に音楽家であったのです」

「つまり自分たちが良いミュージシャンであれば、相手がビギナーの人でもいいんです」「すでにみんな、バンドの中の未経験者を見分けることができない。自分の素晴らしさを正しく使えば、他の人のレベルも引き上げてあげることが出来るんだ、と分かりました」

「聴くことは音楽における重要な要素で一生役にたちます。一緒に練習することはもちろん、自分がすばらしいことで他の人が素晴らしくなる手助けが出来る」

「例えば私たちがCとC#という隣り合わせの2つの音を演奏すると、これはクラッシュしているように響くでしょう。間違った、悪い音です。でもCを1オクターブあげてC#を演奏すると、それはとても美しい響きになります。これを人生に置き換えてみましょう。物事の酷く、悲惨な側面を見たときには、間違ったオクターブから見ているだけかもしれません。もしかしたら僕たちは見方を変えることが出来るのかも。もっと言うと、何か間違ったものを見たときに、間違ったオクターブから見ているのだと知るべきなんです。自分の視点を変える方法を見つけるべきなんです」

「国は爆弾をつくりますよね。その目的は人を傷つけ恐怖を植え込み、一瞬にして人を殺すことです。国,政府は爆弾を使用する前に祝福するんですよね。この決定は上層部からトップダウンでなされる。これにたいする解決策はボトムアップでしかあり得ないと思っています。誰か人を愛したくなるような爆弾を開発している人はいませんかね? たぶん愛の爆弾です。でも僕たちはもう手にしていると思いますよ。それは“音楽”と呼ばれています。そして、どんな国にもそれぞれのバージョンがあるんです。とても威力があり人々を一つにする力があります。それを理解するために何も知識がいりません。それは言葉であり、ライフスタイルであり、世界を救う力があります」

「僕の名前はヴィクター・ウッテン、音楽家です。皆さんと戦場でお会いするのを楽しみにしていますよ」

まったくもって音楽って素晴らしいよね!!! 演奏することって素晴らしい! オレも楽器を始めるか(笑)

ヴィクターのこれ、大好き!



それにしても、ホントに素晴らしいアーティスト。ウチにヴィクターのCD,結構在庫あるんだよな… 早くショップやらないとね!

2014年3月18日火曜日

セント・ドミニクの予言

このTV番組「SULT」を収録する時、スタジオに集められたそうそうたるメンバーは(メアリー・ブラックも当然ふくまれる)、ヴァンが何の曲を歌うのかも知らされず、何時にくるかも知らされず、ひたすら朝からスタジオでスタンバっていたのだそう。そして、これは奇跡の1テイク目らしい。すごすぎるよね。

演奏が進むにつれて、明らかにヴァン、自分の右後ろのメアリーのヴォーカルに触発されているのが分かる。最初は遠慮がちだったメアリーもドンドンのってくる。ヴァンは振り返ってメアリーの方を向き、カメラには映らないけど、おそらく笑顔になっていると思われる。それによってバンドもどんどん加速する。

かっこ良すぎる!! 特に5:50あたりメアリーのコーラスを追いかけて、ヴァンが「Oh!」と叫ぶところが、もう何度聞いても鳥肌もの。すごいミュージシャンだけが体験できる、ゾクゾクするような化学反応。

この曲のプロモ写真にはドーナルとヴァンと肩を組んでいる3人のメアリーの写真が使われたのであった。あの写真、まだどっかにあるかな。それをみたピーター・バラカンさんが「ヴァンが笑っている写真、すごい…」と言っていた(笑)。確かにヴァンは笑わない。オレが1月に行った地元ホテル公演では、しゃべってもいたし、笑ってもいたけどね(自慢)



この曲はこのCDに収録されているよ。そういやメアリーはこの名盤にも参加してたっけなー。



この法外な値段はなんだ!? イギリスの中古なら安く買える。

そうそうこのヴァンの映像に入っているサックスのリッチーも今回のメアリーの来日で一緒に日本に来ますよ。もしかするとリッチーは日本、はじめてかも? 

メアリー・ブラックの来日公演はこちら

トニー・ガトリフ「怒れ! 憤れ!」観ました

すごいわ… まぁ、パワフルな映画でした。「怒れ! 憤れ! ステファン・エセルの遺言」トニー・ガトリフだからなんだろうけど、とにかく画面すべてがパワフル。そして、もちろん音楽もダンスも超かっこいい!!

いわゆるエンタテイメントの映画じゃないけど、不法移民してきた女の子を追いかけながら、ヨーロッパを縦断していく。エセルに触発されてスペイン15M運動が始まり、物語はヨーロッパの、本当に次々と起こるデモの中で撮影された。その映像の本物のパワフルさは…圧巻だ。

ガトリフ監督の、この映画を制作するきっかけ。サルコジ大統領(当時)の人種差別発言に怒りくるった人々があつまりデモを行った。そこで一人の男性が死亡したり… そこで憤りを感じた監督は強いメッセージを持った映画をつくろうと決意したのだそう。ステファン・エセルの非暴力デモ本に強く共感した監督は当初、まったく違う脚本を設定していたが、相談していた哲学者の友達が途中でなくなってしまったり… 映画の製作を断念しそうになりつつも、このストーリーを完成させる。

アフリカからヨーロッパに密入国した女の子。家族に「大丈夫」「元気です」と連絡する。でも全然大丈夫じゃなくって警察につかまったり、理不尽なビジネスにまきこまれたり… そして少女は怒りに燃えるデモをする人々と遭遇していく。

ガトリフ監督すごいね。中でもオレンジが転がって行くシーンはとても印象的。資料によると、このシーンは「2010年12月17日にチュニジアで焼身自殺した青果商人」を象徴しているんだって。彼は重いカートをひっぱって仕事をしていたが、トラックを買いたいとずっと夢見ていた。カートが道路のデコボコに引っかかってバランスを崩すとオレンジは階段を転がり落ちて、河に止めたボートの中へと落ちて行く。河に落ちてしまうオレンジもある。でも、このオレンジはもう誰にも止められない。

原作となったエセルのこの本は、もともとは書籍というよりパンフレット、と言ったほうがいいようなものだったらしい。エセルはベルリン生まれのジューイッシュ。パリに流れ、ロンドンに亡命するがつかまり強制収容所で処刑寸前に脱出。戦後は世界の平和のため、社会的弱者のために外交官として活躍した。2010年秋93歳にして、この本を書き上げる。それが移民の権利や、経済の不平等に怒る若者に火をつけ世界各地のデモへと発展していく。都内での上映はK's Cinemaで4月4日まで。急げ!




この本の装丁もすごいね。読んでみようかな〜





「思い出サルベージ」の高橋さんと新藤さん、くにまるジャパンに出演されました!

 今日は最近「津波,写真、それから」を出版された思い出サルベージの高橋宗正さんの本をプロモーションするため、文化放送へお二人の鞄持ちとしてうかがいました! 
すっごい息のあったコンビ!役割分担がすごい…(笑)

山元町(やまもとちょう)は宮城の湘南と呼ばれる美しい県境の町だったんだけど、津波で大きな被害を受けて、たくさんの人が亡くなりました。同時に多くの人の家や財産も流されてしまったわけだけど、自衛隊や消防団の人たちは、写真とか位牌とかトロフィーとか、そういう記念のものを見つけるとそのまま見逃さず拾って整理したんだって… すごいね。で、集まった75万枚の写真。それを大妻女子大の柴田先生が、洗浄し持ち主に返すというボランティア活動を始めた…それが、この「思い出サルベージ」のスタートだったんだって。広報担当の新藤さんいわく、最初はこんなの絶対に無理だ、と思ったけど、結果できちゃった! 詳しくはすべて高橋さんの本をチェキラ! 

お二人の出演に立ち会いながら、番組内容を一所懸命、実況ツイートしたんだけど…ホント難しい。もっと練習しよ。

それにしても、いつも優しくて素晴らしい野村係長、ありがとうございました♥ 

高橋さん、新藤さん、おつかれ様でした〜

高橋さんは、この本の出版を記念してトークイベントが控えています〜

3/22 下北沢B&B
4/12 代官山蔦屋

こちらの記事もご参考に。朝日新聞「ひと」





思い出サルベージ


津波、写真、それから LOST & FOUND PROJECT


高橋さんの本はこれだよ! 買ってね! 


私が「思い出サルベージ」の皆さんのことを知ったのは、津田大介さんのこのDVDがきっかけでした。ありがとう、津田さん。

2014年3月17日月曜日

セントパトリックスデイのパレードそしてI love Ireland festivalへ参加してきました〜

昨日はセントパトリックスデイのパレードとフェスがあり参加してきました〜

衣装だよ! 緑のTシャツはこれとスクイーズのしかなかった。前はもっと持ってたのに…引っ越しの時に処分しちゃったのかも。このTシャツは松江の小泉祥子さんからいただいたもの。
出店させていただきました。いろいろ仕切ってくれたプランクトンのK松くん、本当にありがとう〜。正直こんなに売れるとは思わず…K松が提案してくれたから、仕方ないか…くらいの気持ちで出店したんですが…本当に感謝です。なんでもやってみないと分からないもんですね。そして、いろいろ買ってくれたお客様、ありがとうございました。特に!! kanのチケットを音も聞かずにこのヘンな写真の印象だけで買ってくれた、素敵なお嬢さま(キミマロ風に)、本当にありがとうございます。当日は絶対に奴らの演奏に満足していただけるようお尻を蹴りあげておきますので、どうぞご期待ください!
毎年可愛い、アイリッシュ・セッターの皆さん。
メアリー・ブラックが出演するコットンクラブからはイケメンで背の高い素敵なお兄さんがサンドイッチマンをつとめます。お兄さんはシカゴでもパトディのパレードをやったことがあるそうで(笑)なんか動きがプロだった!!
そしてこちらはプランクトンさん軍団に混じるオイラ。緑のアフロが可愛いわ〜 お嫁にいけるかしら〜♥(48歳、未婚、養ってもらう必要なし。誰かいない?)
大人はどうでもいいんだけど、子供たちは可愛い〜♥
私たちの前はCCEの皆さんです!
映画「空中ランチ」もパレードしてますよ。…で、裏は…
というか、こっちが表。6月来日のソーラスです。楽しみ!!
このレプラコーンって3体じゃなかったっけ? ふ、増えてる!
というわけで、皆さんにもSt Patrick様のご利益がありますように。アイルランド関係者の皆さん、また来年! ありがとうございました〜

2014年3月15日土曜日

染谷和美さんと編集長対談、読みました@BURRN!


 BURRN!久々に買ったよ… アラマーイルマン・ヴァサラットのレビューを載せてもらって以来だ。というのも、通訳の染谷和美さんと編集長の対談が載っていると聞いたから。読み応えたっぷりの5ページ。

ベイシティローラーズから始まってキングレコード時代のお話し、そしてフリーになってからなど、この仕事を目指す人は必読ですよ。染谷さんはホントすごい通訳ですよ。何度かこのブログにも書いているけど、一度一緒に国際基督教大学高校に行った時の話には、ホントにすごいなぁ、染谷さんは、と思った。(ここにレポートあり)




それにしてもBURRN!びっくりだよ。こういう雑誌だったっけ? 真ん中のセンターホールドはザック・ワイルド1988年… 広告にはよく分らない日本のインディーズバンドが並ぶ。

歴史を振り返ってみれば、結論として見えてくるのは、私たちくらいの世代が洋楽の全盛期だった、という事なのかな。1960年くらいから2000年くらいまでのほんの40年くらいの話。そこに上手いこと私たちの世代は運良くひっかかったって事なのかしら。

でも染谷さんのような優秀な通訳さんがこのあとの世代に出てくることを願いつつ… いや職種うんぬんじゃないわ。やっぱり職業意識の問題だよね。うん、だからやっぱりどんな職業を目指す人でも読めば参考になると思う。若者に読んでほしい〜。思えば私も子供のころは、こういう音楽業界で働く人の話を一所懸命、憧れのまなざしで読んだものだ。


ところでそのBURRN!で、染谷さんのコラムも始まりました。LOST AND FOUND IN TRANSLATION。ぜひぜひ将来の書籍化に期待!





2014年3月14日金曜日

I LOVE IRELANDフェスティバル ウチも出店してます〜 来てね!



さて天気が良くてポカポカになりそうな日曜日。東京では表参道をセント・パトリック・ディのパレードが練り歩きます〜 今年はパレードの他にイベントもあるんですよ。

THE MUSIC PLANTでは、プランクトンさんのブースにお邪魔し、CDを割引で販売予定。良かったらのぞいてください。kanのチケットも少し持っていくかも。

会場マップ。クリックで拡大します〜。詳細はこちらです。





ユニークなオーランド諸島

今日、朝日に記事が載って話題のオーランド。私も行ったことあるんですが、国はフィンランドに属してるんだけど、文化はスウェーデンっていう面白い場所。資料として、写真アップしておきます。http://www.asahi.com/articles/DA3S11028151.html

ヘルシンキからオーランドへは飛行機で。船旅も悪くないらしいんだけど。




旅先のパンフは写真を撮って記録。日本語もあったよ!


写真はすべてクリックで拡大します。興味のある方はチェキラ! スウェーデンの文化を持つフィンランドの端っこの国、オーランド。




船でスウェーデン側へ渡ります。この日はミッケの誕生日だったんだよね…


以上八月の出張写真でした!









2014年3月13日木曜日

kanのチラシが出来ました… 裏にまたもや暑苦しい文章

チラシのデザインがあがりました〜 印刷はこれから。パレードには間に合わんかったなぁ… どうぞよろしくお願いいたします。お申し込みドシドシいただいております。

こちらから申し込めますよ〜 なお下記の写真はクリックすればデカくなります。


写真素材が少ないバンドで…デザイナーさん、ありがとう!

またもやオイラの熱くるしい文章が裏に…(クリックで拡大します)

豊崎由美「勝てる読書」を読みました

私の中で社長といえば豊崎社長。勝てる読書は14歳向けの読書ガイドだ。名著それぞれを星座に見立ててカテゴライズして、分かりやすく紹介している、という内容。

面白かった。まぁ14歳向けだから読みやすいし、twitterでも知られているけど豊崎社長のユーモアのセンスは素晴らしい。それに、この本、お風呂の中で読んでも大丈夫な比較的しっかりした装丁なのも良し(笑)

しかし私ってホントに本読んどらんなぁ。いわゆる世界的名著も読んでないものがほとんど。子供の頃は「勉強しなさい」と親に言われすぎて、ホントに勉強が嫌いだったし、読書も嫌いだった。大学に行って、勉強嫌い&バイトもしないで暇ありすぎ…で、ちょっと本を読むようになった。で、しかも大学2年からイギリスお宅になり英国文学ばかり読むようになった。ブロンテとか大好きで「嵐が丘」にも行ったほど。ブロンテ姉妹の弟(兄だっけ?)がよく飲んでたというパブの上にあるB&Bで新年を迎えたこともあったっけ。

でも社長によれば固い名著でも最近の新訳ものは、かなり読みやすくなり内容や印象が抜群に良いらしい。確かに私が子供のころの海外文学は文体も謎のものが多かった。たぶん正しい訳みたいなのにこだわるあまり文章のテンポの良さとか楽しさみたいなのが排除されていたのかも。社長のいうとおり、翻訳ものですでに広く流通されているものがあっても、多少時代にあわせてupdateされてしかるべき、だと。まったく同感。

それにしても社長の本にたいする愛情には感動だ。ついつい熱心に薦められると読みたくなる。音楽もそうだけど愛情をもって書かれたレビューは本当に人を惹き付ける。そして固有名詞がまったく分からなくても読むだけで面白い。

ってなわけで、とりあえずこれだけは読もうと思ったものをメモ。新しい亀山訳の「カラマーゾフ」など。さっそくポチリ…



以前,社長がtwitterで勧めてらして読んだら、めっちゃ感動したもの。少年と犬の話に号泣。やばすぎるぜ!




2014年3月12日水曜日

一応、総括しておこ…フレアーク&アイオナ、ご来場ありがとうございました

田辺さんの尺八の楽譜…すごいね
昨日3.11で、こんなのを投稿したが、思うに、常に行動していれば無力感に捕われることなどない… というか捕われている暇などないだろうと思うんだよな。

復興が進まないとかいってマスコミはあおる、あおる。それによって、みんな無力感を感じる。そんなのの繰り返しだ。ここのところ、ずっとそんな感じだ。

でもそれはマスコミによる洗脳だ。私に言わせりゃ無力感を感じてる人は自分の価値に気づいてない。健康で動けるなら出来ることは山のようにあると思う。震災はそれを気づかせてくれたよ。生きているんだったら動くべきだと私は思う。

…あ、また「べきだ」とか言っちゃった。言わないように気をつけているのに(笑) でも動いてみて失敗しても、それはそれで原因がクリアになるわけだし… 動いてみれば分かるけど「しょうがない」ことは世の中にたくさんあって、そういう事は「しょうがない」って事にして、とっとと次に行けば良いんだよ。立ち止まる時間を自分に与えてマスコミの言うこと聞いてるからウダウダ悩むんだ。

さてフレアークとアイオナ終わって、オフィスに戻って来た。オフィス仕事も山積だ。とにかく疲れた。なんでこんなに楽器が多いんだろ。手間がかかるんだろ。普段ヴェーセンとか、ヴェーセンとか、ヴェーセンとか、北欧バンドとか、たった二人のデュオとか、ハーモニカバンドとかに甘やかされた身にはこたえる。機材と演出過多なステージ。しかも2バンド。ほんと参った!

まぁ、でもとにかく終わった。終わらない公演はないから、それだけはこの仕事のいいところだ。終わった。そしてアーティストは無事帰った。誰も怪我も病気もなく元気に喜んで帰っていった。それ以上の何を望むだろう。

しかしこの仕事は生半可な覚悟では出来ないね… それを改めて思った。正直、こんなに大変なツアーは、もうコリゴリと思った。両バンドとも私が呼ばないと誰もまったく手をつけなかったのが良く分る(笑)。私も当分は勘弁したい。

でもステージでは2バンドとも、自分の実力の100%出せてたね。それが良かった。そして、アーティストのやる気というか、やりたい気持ちといったら、すごかったわ… ちょっとヒステリックなほどだった。ミュージシャンはとにかく自分の音楽を、お客さんに聞いてもらいたいのだ。それに尽きると思った。ミュージシャンは……とにかく演奏したいんだねぇ… そんな当たり前のことをシミジミと感じた。

実は先月のハワイ音楽ツアーの時、久々にプランクトンのK子社長と飲む時間があり、そのときツアー苦労話自慢で盛り上がった。ツアーの苦労をグチを分ってもらえるのも同業者だからこそなんだけど、グチってもK子さんの経験値の方が高いんで、だいたい負けてしまう(笑)。で、その時にK子さんが言った言葉。「アーティストにやる気があれば、どんな困難があってもやれちゃうのよね」だからこのツアー中、ずっとそのK子さんの言葉を思い出していた。そう、奴らはやる気満々だった。だから、まぁ出来てしまった。おかげでこっちは大変だったけど(笑)

正直O-Westでは本当に音が出るんだろうか… 不安要素は山のようにあった。現場がはじまってみれば割と大丈夫だったけど、いろんな意味で無理があった。実際会場のブッキングマネージャーも言ってから、ここでバラしてしまうが、もう時代が違うんだよね。私がはじめてライブを作ったのは20年近く前のON AIR WESTで、それはKENSOのライブだった。あの時からスタッフも何代も変わったし、今はいい音楽だからライブハウスも協力すべきだ、みたいな時代じゃない。もうそういう時代じゃない。

音楽業界はホントに厳しい。団塊のオヤジどもは退職金もらって、逃げ切って、最悪の音楽業界という負の遺産をウチらに押し付けて「イチ上がりっ!」していった。そして、もうすぐ退職するであろう現在上にいる連中は音楽分かっている人は誰もおらず、とにかくお金のことしか考えていない。まったくひどいと思うが、そうやって何もかも人のせいにして文句言ってたらオレたち、今の現場を牛耳る世代の存在価値ってあるんだろうか、って思うわけよ。オレたちがオレたちより下の若い奴に音楽の良さを教えてやらなくてどうする?と、そう思ったね。だから、今回の出来の良さには正直嬉しかった。どうよ、これだけのライブを見せてやれば、バカでも分かるだろうよ…って思ったね。こうやってライブを作ること。それを見せて行くこと。それしかこの困難の道を行く術はない。

それにしても今回は高額チケットを購入してくれたお客さんたちのおかげだった。お客さん、ホントにありがとう。あなたの1枚1枚のチケット購入がこうしてライブの実現を導いたのだ。本当にありがとう。この公演を実現してくれたのは私じゃない。お客さんたちですよ。プログレの世界とか言って、正直閉鎖的で、今回こんな企画たちあげちゃって、ちょっと自分でもうんざりしてたんだけど、いろいろ勇気をもらった。プログレとかいって鼻の上にしわ作るのは簡単だけどさ、どこかに消えた連中はともかく、今も残っている人たちはやっぱすごいわ。特に最初にディスクユニオンのYさんにお会いできたのも良かった。アイオナのCDリリースをしてくれて、なんかYさんにあって勇気をもらった。プログレ界にもこんな素晴らしい人がいるんだ、って。偏見もっちゃいけないね、って。そしていつもチケットを売ってくれるワールドディスクの中島店長とか、キチンと真面目に仕事している人は本当に頑張っている! そういう人たちに励まされて、とにかく頑張ろう、と私も思ったよ。お客さんもユニークで… まぁ隠れて海賊レコーディングしている人もいたらしく、いい歳した大人がなぁと呆れたが、加えてそれをチクってくるお客さんがいるというのも、この世界特有なんだろうかと思ったよ。

そして割引公演で、こんなにすごい音楽を聞いて帰った若者たち。音楽の素晴らしさをこれからも追求していってくれ。25歳以下の人があんなに公演に来てくれたのだと思うと本当に嬉しい。本当に勇気づけられたよ。しかし「若者には席はないんでしょうか」と言った彼! 電車ではお年寄りや中年にすすんで席をゆずりなさーい!! これからも耳の穴をかっぽじって良い音楽聞くんだぜ!(笑)

まぁ、そうやって若い奴には態度で見せていかないとダメだ。また話は戻るが、オレたちの世代がこんな文句言ってたらしょうがないだろ、と思う。昨日走りながら聞いていた震災特番のラジオでは石ノ森章太郎の漫画館の復活にともなうスタッフの方の話を放送していたが、あぁいう場所を復活することですら、いろいろ言ってくる外野は山といたらしい。あそこですら、そうなんだよ。

私たちより上の世代が仕事しない、仕事できないジジイの集団なら、ウチらは文句ばかり言っていて何も行動しないボヤき集団だ。若いやつはシビアにそう観てるよ。で、プライドばっかり高くてね、自分じゃないにも行動しないって思われてる。自分は悪くない、それだけを主張したがる。そういう世代だって思われてるよ。そういう人たちは自分が何かやりたいことをやる時に、周りが「はい、何何さん、どうぞ、敷地は準備できました。好きになんでもやってください。協力しますから」ってお膳だけてしてくれると思っているのだろうか。爆笑だよ。みんな行動している人たちを見てごらん。みんなは自分でイバラの道をわけいって、行動を起こしているんだよ。

いずれにしても公演が大成功で、ホントにハッピーだ。この達成感はうごいたものにしか分からんだろうし、動いて自分の人生を作っていくことでしか周りを説得できないってのは当然のことだ。これは動いた人なら分かることだろう。

…という気持ちで私は動くし、次のツアーに進むぜ! 自分の力のおよばないところにパワーを使うと疲れるから、私は自分に出来ることをする。マスコミに「大変です、政治は何をやってんでしょ」とか言われて、同情してるだけじゃダメだ。行動、それだけだ。でもみんながそれぞれ、それをやれば、もう少し世の中よくなるんでね?と思う。

では、もうブツクサ言ってないで消えます! 次の公演はこういうすげぇーバンドなのさ。オイラが見つけてきた(笑)ニコニコ動画より。大きく赤字で6月来日っっっ!ってコメントしてやった。




ありがとう、そして頑張ろう

3.11ということで、たくさんの追悼のことばがSNSのタイムラインに並ぶ。みんながこんなに思いを寄せているのに、なんで物事が良くならないのかな。ホントに悔しい… 

税金だけじゃなく、あれだけ寄付したお金もどこに行っちゃったんだろ。私一人だって相当無理して寄付をした。もっともそれはどう使われたかはっきり出来るところに寄付したので、それについては満足している。一つは東北に軽トラを走らせた友達が購入した物資になった。そしてもう一つは千葉県の大学生が東北へ行くための渡航費に使われた。でも税金とかどうなっちゃったんだろうね。

…でも、私は悩む時間がもったいないと思っている人間なので、自分でやるべきことについては、もう結論は出してんだ。自分なりに津波で亡くなった人たちへの追悼として考えていることがあって、それを果たす事で、自分の責任を果たそうと思ったりいる。ま,免罪符ってところなのかな? でも東北に人脈のない自分がゼロから動くより、自分が信頼できる誰かを手伝ったほうが世の中のためにもいいと思うんだよね。

思っていたり、考えていたりするだけじゃ、全然ダメなんだよ。みんな少しでいいから行動しなくっちゃ。だからオイラはオイラのやり方で行動するよ。信頼できる人を手伝う。だからあんまり悩んでない。

当時のことを思い出すと、六本木のクラブハウスがオープンしたのをいいことに、あそこに集まって友達と語ってばかりいた。もう、ホントにそれだけだ。私に必要なのはあれだけだった。

美味しい食べ物。そして友達。友達、ありがとう。クラブハウス、ありがとう。


2014年3月11日火曜日

マウリ・クンナスの新作「ぐっすりメーメさんのロックばんざい!」


来た!! 猫の言葉社新刊。マウリ・クンナスと稲垣美晴さんの鉄壁のコンビが日本に届ける最強のフィンランド絵本。今度はロックだよ!!

楽しすぎる!!

















 メーメさん、今度はエルビスになったのさ!!
猫の言葉社の素晴らしい絵本はこちら!


そして稲垣さんといえば、この名著。必読。やっぱりこの時代の留学はすごかった(笑)









2014年3月10日月曜日

フレアーク&アイオナ つかの間のオフタイム…そして帰国

帰国は夜のフライトなので、昼間は観光にせいをだします。 オリエンタル・バザールにやってきました。

 水色のプラスティックバックは観光客の印!
 明治神宮にやってきました。土曜日だったので結婚式の真っ最中。
 観光客はこれ以上近寄れないので遠くから撮影します。
が、我慢できないエリックは裏から侵入。花嫁さん、ツーリストに注意ですよっっ!
 なんとか一緒に写真が撮りたいエリック。
一組に私が許可をいただき、やっと一緒に撮影できました。それにしても、おめでとうございます!

永遠の愛が7年以上続きますように(コンサートに来た人になら分かる、このジョーク/笑)















 「そこの観光客さん、邪魔ですよー。道をあけてください〜」花嫁さんの行進です。警備員にさとされながらも強引に写真を撮りたいエリック(笑)
 「はい、観光客さん、邪魔ですよー」
 「邪魔ですよー」エリックでかいから目立ちすぎるんだよね…

やった! ベストポジションを押さえ、撮影に励むエリック。

エリックの写真、すごくいいので、仕上がりに期待しましょう。おそらくあと2週間くらいかかりそうですが(笑)









明治神宮のカフェで休憩中〜










これは何をやっているかというとですね、ウイスキーを飛行機内に持ち込みたいエリックが、持ち込めないと知って、その場で開けているところ……っていうか、この人たち海外旅行初めてなんですかねー(笑)まったく…もう…(笑)

みんなで一杯ずつ飲んだあとは私に瓶をくれました。
フランクもおつかれさん。アイオナのドラムのフランクはオランダ人なんです。すっかり仲良くなった両バンドでした。


ウイスキーはスヌーピーが全部飲みました。

ふぅー 終わったぁ!(笑)