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2014年9月29日月曜日

すべての道はヴェーセンに通じる

ヴェーセンの25周年公演スウェーデン
全世界から関係者が集まる
先日アメリカの某レコード会社とメールしてた。とある新譜の輸入のためだ。枚数を書いて、条件を確認して、あれこれ進める。

「音楽業界全体、ホント大変だけど、お互い生き残ってるだけ良しとしないとね」とメールの最後に書いたら、「俺の事務所はもう開店休業さ。今やってるバンドは継続して手伝うけど、もう新しいアーティストはやらない。この業界で生き残ってるのはお前だけだ」と言われてしまい、ちょっと寂しくなる。

NY Timesにこんな記事が載った。音楽業界の重鎮たちはせめて自分が現役でいるうちはこの音楽ビジネスの現在の体がくずれてほしくないと思っている。そして自分たちが定年まで無事に逃げ切ることしか考えていない。誰も日本の音楽シーンをどうやって豊にしていくかとか、ミュージシャンの将来なんて心配してない。でもそんなことはどうでもいい。人のことはどうでもいいんだ。私は私の信じるミュージシャンを応援するんだから。

先日も友達宅で飲んでいて熱く語ってしもた。うっとおしいよね、オレ(笑)。実はTwitterでは何度かつぶやいたのだが、最近5年ごしにラブコールしてたアーティストのマネジメントからやっと来日の承諾が来たのだ。会場はすでに押さえた。小さな場所だけど5/30。東京公演だけだけどこの日は開けておいてね。まったく無名の人なので、最初はプロモーションだ。利益はおそらくないし、でもそんなことはどうでもいい。

それにしても、最近自分自身で設定したハードルが高くて、ホントに困っている。そもそもヴェーセンだの、マーティン・ヘイズだの、ポール・ブレイディなどやっていると、もうどんどん、どんどんハードルが上がってしまうのだ。もうこれ以上の、もしくはこれと同じくらい良い音楽を見つけるのは不可能だろう、と自分でも思う。

でも友達のユキさんが21歳の新人無名バンドと楽しそうに仕事しているのを見て、私も勇気を出したのだ。新しいアーティストをやらないとダメだ、って。で、また、あそこにメールいれてみよう、って。だめだろうな、でもダメもとで…と、8月後半の海外出張前にちらっとメールいれたら、なんと! 「やってみようか」というポジティブな返事がやっと来たのだ。信じられない。どういう風のふきまわしだろう。どっかから私の評判を聞いたのだろうか。業界狭いから誰かが私について良い事を言ってくれたのだろうか。分らない。でもきっと想像するにこの5年間、日本からのアプローチが私以外いっさいなかったんだろうね。とにかく先方はオッケーしてくれた! あとはもう…やるしかない!

で、このアーティストがいったい誰なのかというのを仕事仲間に聞かれたけど、いやいや、今、名前を言っても誰もこの人のことは知らないって。とにかく現在日本ではまったく無名。また発表時の情報が大事なのよ、こういうのって。発表した時の興奮度で決まる部分があるから、言いたくても、まだまだ黙っていなくてはいけない。

そしてね、究極を言えば売れるか売れないか、ってのは、もうどうでもいいんだ。これ、自分の仕事を自分で作るタイプの仕事している人じゃないと分らないと思う。いいんだ、別に失敗しても。致命的な失敗じゃなければ。失敗してもいい。このアーティストとなら構わないって、そういうアーティストに出会えることが重要であって、そういうアーティストに会ったら、もう別に後は失敗してもいいんだわ。そのアーティストがすごいという事を自分が何も疑いもなく信じられさえすれば、それでいいんだわ。で、ちなみに今回のこのアーティストは、ホントにそのくらい自信がある。楽しみ。

来年の5月、そのアーティストをやる。CDはメジャーで出したいなと考えており、現在一緒に頑張ってくれるレーベルを熱血募集中。ここを見てくださっているメジャーレーベルの皆さん(いるのか、そんな人?!)、興味があったらmplant@mplant.comまで連絡をください。是非。これはホントに素晴らしいです。

でもその前に! 私にはヴェーセンの8度目の来日公演が待っている。ヴェーセンのツアー、東京のチケットの状況はまずまずなんだけど、ホントに地方がやばいことになっている。特に神戸。このままだと次回は関西飛ばしになりかねない。

でもそれにしても不思議だ。誤解を恐れず言ってしまうと、毎回あれだけの音楽を見せておいて、どうして動員が減るのか私にはさっぱり理解ができないよ。だって、今までヴェーセンがヘンなコンサートやったかね? チケットを買ったことを後悔させたかね? そりゃ私は自分のアーティストに厳しいから「今日はいまいち」とか言ったことあったかもしれない。でもそのヘンのアコースティック・バンドには絶対に負けない、ものすごいものを常に見せてきたはずだ。それを信用してほしい、と思うのだが… いや、私のことは信用しなくてもいいから、ヴェーセンの音楽を信用してほしい、と思う。今まで関西では公演けっこうやってきたし…でもみんなもう聞きたいと思わないんだろうか。

ヴェーセン、見るたびにすごい変わってますよ。すごい成長している。ヴェーセンの3人は私とおなじくらい年寄りでおっさんたちだけど、ヴェーセンが生み出す音楽は別の生き物で、まだまだメキメキ、グネグネとおおきくなりつつある。3年間聞かなかったら、まったく違う、と思ってもいいと思う。私は…海外を含めだいたい半年に1度は見てるけどね。何度聞いてもまったく飽きないよ。本当にすごい音楽だよ。

しかし本当にビジネスが辛い。最近プロモーター仲間で話すと全部そんな感じだ。東京はともかく、ホントに地方がやばいって。昔から大阪は東京の20%って感じだったけど、最近はその差がますますひどい。いったい誰が音楽業界、CDは辛くてもライヴは売れてる、って勝手な事言ってんだろと思う。そんなところ、私の周りには1つもいない。みんなひたすらに「ライヴだろうが、CDだろうが、お客のお財布を開けさせるのが本当に難しい」と言っている。売れているのは昔の名前で出てる過去のビックネームと、クラシックでいえばベートヴェンを分りやすくやりますみたいな公演ばっかりだ。

いや、ホントに辛い。でもね、私の場合、ヴェーセンが認められなくては仕事をしている意味がないのだ。いやもっと言ってしまえば生きている意味がまったくなくなる。すべての、私のすべての道はヴェーセンにつながっているのだから。

毎日頑張ってブログを書くのも、ここが多くの人に認知されて、ヴェーセンのチケットが1枚でも売れるように、ということで書いている。ここは最近、ものすごくアクセスが良く、映画とか本とかのレビューを書くと結構な数の閲覧者が来る。皆さん、このページを見て、おもしろいと思ったら、この記事を書く私の、超お薦めの公演に…ぜひ興味を持ってください! お願いします! スウェーデンから来日する、ものすごいバンドです。おそらく現存するアコースティック・アンサンブルでは、最高峰だと思う。関西のお客さん、ほんとに頼みますよーーーー!

……って、この文章書いてて5分前までは「売れなくてもいい」って言っていながらこれだから、自分でも笑うよね。ふふふ。そう売れなくちゃ困るんです。せめて続けられる規模くらいには。

ま、頑張ります! 好きな音楽をやっているんだから、私は元気です。続けたくても辞めちゃう人がホントに多い音楽業界だもの。このラッキーさに報いるためにも。



来日公演の詳細はこちら〜

2014年9月28日日曜日

エリア・スレイマン監督のお話しを聞きました

ネットから今よりちょっと
細めの監督の写真を拾ってきました。
昨日はヤスミン・ハムダンの今回の来日に同行していたエリア・スレイマン監督の講義を聞きに日本映画大学にお邪魔してきました。学校に行くの、久しぶり! 楽しかった。

監督は、1960年ナザレ生まれ。パレスチナ系のイスラエル人。2002年の『D.I』がカンヌでカウリスマキの『過去のない男』や『戦場のピアニスト』『ボウリング・フォー・コロンバイン』などすごいライバル候補をやぶり、国際映画批評家賞、審査員賞をダブル受賞。

監督「パレスチナのバスター・キートン」と称される、すごい人なのであった。また7人の監督がハバナの7日間を描いたオムニバス作品『セブン・デイズ・イン・ハバナ』にも参加しているそうです。

それにしても監督、ヤスミンといる時は二人して夫婦漫才状態なんで、ほんと笑いが絶えない感じなんですが、いや〜ものすごい人なんですねぇ。とにかく素敵なキャラクターで、映画監督って素敵な人が多いけど、私もすっかりファンになってしまったのでした。

監督の生まれた場所…ナザレですよ。キリスト様が生まれたナザレ。でも監督によるとナザレはいわゆるガザ、エルサレムやラマラのような政治的にハードな場所、他のアラブ世界とも強く結びついている場所とは違って、もっと孤立した不思議な場所なんだそうです。丘の上にあって、いわゆる他から取り残されたような微妙な位置で、基本的には何も起こらない。イスラエル政府によって、空間的にも経済的にも、すべての可能性を断たれている。そんな町。今の中東をある意味ちょっと変わった角度から眺めている…という位置なのだそう。でもナザレ生まれの監督は、そういう事が自分の映画に多くのインスピレーションを与えている、と言います。

本日いただいたレジメより
監督は15歳で学校を退学。それ以来、ずっとストリートで生きて来たんだって。ニューヨークに渡り低賃金の労働をしつつお金をためたり、映画学校の非常口から潜り込んで映画をみたり…苦労も多かったようです。

学校での監督の話は中東うんぬんよりも、映画作り、そして自分の生き方に関することがほとんどでした。本当に感銘をうける話が多かったのだけど、その中の一部から学校の許可をいただいたので、少しご紹介したいと思います。

ご存知の方も多いかもしれませんが、監督の映画はほんとに淡々としていて、台詞もほとんどなく、主役を演じる監督自身の表情もあまり動きません。ちょっとそのヘンはカウリスマキみたいだよね。あと「固定カメラ」が身上なんだそうです。(これについても面白い事言ってたなー)その沈黙、セリフがほとんどない事について…

「映画的な原語というものは、時に実際にしゃべられる言葉や原語よりもはるかに雄弁なわけです。私の作る映画は、観客の皆さんがイメージを作りあげることで参加できるものを目指しています。それは映画の民主化なんです。観客席の皆さんが、それぞれ異なった見方で映画を見ることは非常に重要です。みんなが同じように考え、行動したら人間は詰まらなくなるんです

「ハリウッドのいわゆるポップコーンを食べながら見る消費される映画というのは皆が同じように感じるために作られたものです。でも私たちは生まれた時からハンバーガーとケチャップで満足するような生まれついてはいないはずです。自分の生きている可能性を広げていくことこそ、生きる事ですから、自分でちゃんと料理してディナーのテーブルを準備する事が重要。そうすれば、そこに非常に大きな個人性が入り込んでくるわけですから」

そうやって多様性を知ることで、結果として暴力をふせぐことになる。自分の中が豊なものになれば暴力がいかにくだらないものかというのが見えてくる。だから僕は映画を作るのが好きなんです。なぜ僕がこんな方法で映画を作っているのか、直線的な物語を好まないのか分っていただけると思います。個人性や個性がそこに残る、観客にそういう余地を持ってもらう、ということが大事だからなんです」

「芸術の目標はそれだと思う。それは美術館や博物館で見る芸術ではなく、それこそ日々生きている芸術です」

講義の様子。結構前で聴講しました!
「また沈黙について私がいつも思っていることなんですが、沈黙は私たちと私たちの弱さとの間の距離を縮めるものだと思います。自分の存在は無である、ということは沈黙によってはっきりしてくる。そう思う事によって、人は他者に対しても寛大になれるんです。それが、消費文明に毒されないということが可能にし、権力、権力側の力に対抗する抵抗力になっていくと思うんです。なぜならば権力というのは大きな騒音、ノイズが大好きだからです。権力は沈黙にこそ驚異を感じる。なぜならば沈黙というのは自分が誰か、ということを問うからです。静かであるからこそ、我々は誰かということが問われてくる。そこで一人一人が自分に問いかけ始める時、権力は力を失うわけです。ですから意図的ではなく、結果的に沈黙というのはレジスタンスになるわけです

「ユーモアについても同じことが言えます。権威はユーモアを嫌います。権力側は我々が面白い存在であることを否定したがります。ユーモアは、私たちに突然起こってくるものですから、予測不可能なものです。権力側は予測できるものしか好まない」

「とはいえ、こういう話をしておいて何ですが、私の映画にユーモアがあるのは、抵抗の手段として意識的にやっているわけでもありません。私がこういう映画を作っているのは、単純に私がこういう風に世界を見ている、という事だけです」

白昼夢の重要性について
「いつも自分に問いかけていること。撮影している時、いったい自分は自分自身に正直にやっているか、ということを非常に重要視しています。ですから白昼夢を見続けることは、私の映画製作の中でもっとも重要なことかもしれません。自分の内面を見ることはとても重要です。どういう映画をつくりたいか、という事ではなく、どういう自分でありたいのか、自分は何ものなのか…ということを常に自分に問いかけています。映画製作こそもっとも根本的な問いかけ…それは自分の中の善良なものを見いだすことなんです。毎日座って、非常に生産的な意味で私はまったく何も行動しない、ということがよくあります。そうすることによって、自分はどう自分自身を騙してきているのか、日常生活をする上で自分を騙すことがどこから始まっているのか…ということを見いだすことになるわけで、それはとても重要な事だと思います。自分自身の内面である宇宙を問いつめていく、自己保身や自己利益を超越したところで、シーンが生まれてくるのだと思います」

「それは結局、自分の行動を自分がどこまで信頼できるか、という事にも関わってくると思う。そこで、あえて着地点がどこにもないのは分りつつも、とにかく飛び降りてみる、ということが重要です。飛び降りている途中で自分が自分の事を信頼できていれば、どこかで着地点が生まれ、そこで1つの宇宙…自分の周りに宇宙が出来て、ある程度のハーモニーが生まれてくる。私はここで偉そうに映画とはこう作るべきだと説教する気はないのですが、ぜひ試してみてください。あえて自分の身を投げてみるのです」

「もちろん毎日そんなセンセーションを味わって生きているわけではないですよ。でもその状況に到達できるように努力することだけでも、面白い事が起きるんです。そしてそれはとても大きな快感を得られることでもあります。私は多作な監督ではないし、実際そんなにたくさん作ろうとは思っていません。ですが、作る時は絶対に楽しもうと思っています

学校では、このレクチャーを全文起こしをする、なんて言ってたけど、それがWebで一般の人も見れるようになるかどうかは不明なんで、とりあえず私が響いたところをメモりました。また監督について何か分かったら、ここでも紹介していきたいと思います。それにしても良いレクチャーでした。通訳の方との息のあい方も素晴らしかったので、聞いててストレスがまったくなかったですね。素晴らしい機会を与えていただいた学校の皆さんに感謝。ちなみに監督の発言は私がメモったもので、もしかしたら誤解している部分もあるかもしれません。それは私に責任があります。

D.I.は実はネットでフルで見ることが出来ます。言葉は分らないけど、この不思議な空気は感じてもらえるかな。ちなみに2002年2月17日号のTIMES誌では「AND THE WINNER ISN'T」という見出しの1ページ記事で、アカデミー賞の外国語映画部門で「D.I.」がノミネートから排除されたことをスキャンダルとして報じたそうです。 



いいなぁ。映画。監督の話を聞いて私が感じたのは私も映画のプロデューサーになってみたい!と言うことです。音楽よりも映画はより多くの、具体的なメッセージを運ぶことができる。でも映画プロデューサーこそ資金集めが上手くないといけない。そして個性的で魅力的な監督の手綱をがっつり握らないといけない。だからこそきっとやり甲斐のものすごくある仕事なんでしょうが。

2014年9月27日土曜日

NHKアーカイヴス 小泉八雲「美しき日本の面影」をみました

放送から、ずいぶん時間がたっちゃった。でもBetter than neverということで、とても良い番組だったので、ご紹介したいと思います。自分用のメモにもしたいし…小泉八雲没後100年にNHKが制作した「美しき日本の面影」

八雲が残した写真アルバムを八雲の孫である時さん(当時79歳)が紹介。これは時さんの父、つまり八雲の長男である一雄さんがまとめた物だそう。そこに八雲が愛した数々の日本の情景が写されている。

八雲の肖像写真もあるけれど、そのすべてが横顔。しかも右からの撮影されています。これは八雲は左目が見えなかったため。(16歳のとき事故で失明したらしい)アルバムの写真は全部で100枚ほど。八雲が残したものを一雄さんが解説をつけてアルバムに丁寧に貼っていったものらしい。

八雲が松江にやってきたのは1890年。当時の松江はまだ電気も届いていない江戸時代の様子を色濃く残す町。アメリカの雑誌社の記者として八雲は来日し島根県の誘いで学校の教師となったのだそう。そこで島根県と契約した書類に「ラフカディオ・ヘルン」と書かれていたため、ハーンは訂正することなく生涯「ヘルン」と名乗っていたんだって。なんだか可愛い。

すでにアメリカで古事記などを読んでいた八雲は、古代の神々が生き続ける出雲にあって、出雲大社よりも地元の小さな神社を愛したといいます。

狐がいっぱいの稲荷神社。(左の写真)

松江の殿様の守り神だったという城山稲荷神社を八雲もしょっちゅう訪ねたんだって。八雲のアルバムにここの狐の写真が丁寧に貼られています。出雲大社の写真は1枚もないのに。

八雲の時代、人々は狐に願をかけていたのだという。お社の周りには400を越える石狐が… すべて人々が病気がなおったり、望みがかなった時などに奉納していったもの。1つ1つ表情の違う狐たち。
現在、八雲の住んでいた武家屋敷はヘルン旧居と呼ばれ観光客に公開され親しまれています。庭はちょっとイギリス風でもある…

そして八雲が松江に来て5ケ月。運命の人、妻のセツに出会います。アルバムには家族の写真が…

没落した士族の家出身のセツは、身の周りの世話をするために八雲のもとに奉公に出されたらしい。彼女が八雲に日本のしきたりを教え、日本の昔話の恐い話をたくさん聞かせたのだそう。二人は結婚するのだけど、セツの家族の反対にあい、籍は入れなかったらしい。




左は八雲の孫にあたる小泉時さん、番組収録当時は79歳。

そして八雲は熊本へ赴任となり、そこで英文学を教えるようになります。この時代、日本はどんどん戦争へ向って進んで行くことに。

熊本の明治時代からある写真館に八雲の家族写真が残されていました。明治25年の来客名簿にヘルンの名前が。でも当時日本人女性が外国人と結婚することは、下に見られることだったので、セツと八雲が撮った写真は、なぜかセツの部分が切り取られていたそう。




一方でこちらは家族写真。真ん中は長男一雄。ラフカディオのカディオから取ったんだって。こちらはちゃんとした家族写真。ここで八雲は日本に帰化し小泉家に籍を入れることを決意。セツと正式に結婚。ラフカディオ・ハーンは小泉八雲になりました。

そして八雲は神戸へ。ここで八雲はジャーナリストとして記事を書くことになります。「神戸クロニクル」の誕生。八雲はどんどん軍国主義へと突き進む日本に警鐘を鳴らす記事を書いていました。

友人への手紙より「私が幽霊を信じるのは現代の社会に幽霊がいなくなってしまったからです」「彼らが自然への畏敬を教え、それがやがて愛に変わった」

続いて東京に赴任した八雲は。ここで初めて自分の家を持ち、ここでますますセツに日本の昔の物語を語るようにお願いするようになったのだそう。しかも今度はセツの日本人としての、女性としての意見も聞いたりしたという。そして「雪女」が生まれ、「耳無し芳一」などが収められた「怪談」を出版。

近代化の中で失われて行く日本人の美しさを幽霊にたくした物語。この出版から半年後、八雲は54歳で自宅で亡くなったそうだ。日本に滞在して14年。「日本人よりも本当の日本を愛します」と言っていた八雲。何もない風景、名もなき人々…それが八雲が止めておきたいと願った日本の美しい面影があった。

と、ここまでが10年前に作られたドキュメンタリー。

解説として八雲のひ孫である小泉凡さん登場。

「今、町はどんどん明るく、物も非常に豊かになってますが、それだけが人間を幸せにするのではない、という八雲の価値観を伝えていただいた番組だと思います」

NHKのアナウンサー「闇の方が想像めぐらせることが出来る、そういうことですか?」

「と、同時に暗闇は恐いんですよね。だから自然に畏敬を抱く、自然に逆らわないように生きようかな、と言う気持ちを人間に与えてくれる、そういうものでもあると思うんです」

NHK「しかし西洋に真似よう、というこの時代にどうやって八雲は日本にとけ込んでいけたのでしょう?」

「八雲は生い立ちからそれが分ります。母親はギリシャ人で八雲もギリシャのレフカダ生まれ。父親がアイルランド人。ギリシャにはギリシャ神話があり、そしてアイルランドにはケルト民族の信仰が残っていてる。アメリカに渡ってからも地域の個性的な文化を興味をもって眺めてきた。その根底には異文化を見る時に西洋が一番とか、キリスト教が一番、そうういう考え方をしなかったという事があります。異文化を好奇心を持ってながめたからこそ、日本の本質に迫れたんだと思います」

「八雲はいろんな異文化体験をしてきて、それを排除しないで、すべて偏見を持たずに眺めて、受け止めてきた。彼の生き方は一言で言えば【オープンマインド】ではないか、と思います。常に好奇心を持っていた。だからこそ物の本質を捉えることができた。当時は純粋こそいいんだという価値観が主流だったと思うのですが、そんな中でハーンは私たちは混じり合うと豊かになれる、と」

「怪談とか超自然的な文学の中には心理がある。時空を超えて本当のことを言っているのだと。これからはひとつの文化体型からではなく世界を見ようと。国の宗教などを越えて物を考えること。そんなハーンの【オープンマイド】の精神を多くの方に知っていただければいいなと思います」

こちらは私が撮ったリアルな八雲邸。素敵でしょ?

ルナサのショーン。狐神社にて。

ルナサ。普段全員で観光に出ることは珍しいんです! こうしてみるとかっこいいかも、ルナサ。
この2体が八雲が好きだった石狐だよね。
凡さんの説明を受けるルナサ。













八雲の机に座ってタイプするケヴィン。八雲は目が悪かったから手もとがすごく近いんですよね。

こちらは同じくヘルン邸のマーティン・ヘイズ。
デニスは写真家としても凄いんですよ。
こちらも狐神社にて。

















八雲の小説にも出てくるお寺にて。素晴らしいコンサートでした。また松江に行きたいなぁ!



2014年9月25日木曜日

旅は…

お気に入りの旅行鞄。10年くらい使ってる。
丸井で買った1万くらいのやつ。
気楽に出掛けるのがいい、と思う。先日ランニングしながら文化放送を聞いていたら、パリの文房具や小物が好きだ、という女優さんがゲストで、彼女の話を聞きながら、そう思った。

彼女はそれをネタに本を3冊も出していて、結構売れているらしい。パリは素敵だ、パリは最高だ、と… でも私にとっては彼女の話はすごい違和感あり。でもこういうの流行っているんだろうなぁ。旅に…素敵さを求めるの。

実際、番組を聞いていてちょっとげっそりしてしまった。普段の何の変哲もないバックに荷物を詰めて旅に行く方がかっこいいと思っている自分は、鞄や小物に拘っている時間はない。旅は気楽に行くのがいい。旅は生活の延長だ。そう思うと気楽に行けて、何度でも行ける。特別なものではなく生活の延長としての旅がいい。…というのをtwitterでつぶやいたら、けっこうRTがあった。で、そのRTがまた誰かにRTされて自分のもとに今日戻って来たので、この事を思い出した。ブログにも書いておこう。

先日も京都に喜ぶ初来日の外国人に囲まれながら、確かに京都は素敵、と私も思った。でもここに住んだらあまりに保守的で息がつまるよ、きっと…という考えの方が頭をよぎる。

でも何ヶ月も前から楽しみにして、海外や旅先のどこどこの何が美味しい、どこどこの何が素敵。どこどこの何でないとだめだ、っていう話をする人はよく聞く。うん、確かにね。でもそういう人こそ、あまり回数を行ってないような気がするんだよね。で、回数行ってたり、それこそ向こうに住んでました、みたいな人はあまりあれこれその国のことを言わない。そんな風に自分の地元の生活の延長に旅がある。

もちろん航空券が気負いもなく買える経済的な要素は多いが、それよりも自分で航空券購入を気楽にポチる行為が難なく出来る、そのメンタル的要素は大きいと思う。パリに行くのを楽しみにしているやつほど、実際はあまり旅に行けてなくて、かつ自宅に大きくて薄いTVを持っていることが多い。(ちなみにウチにはTVはない)

まぁ、パリとか、そういう場所が好きな人はそうかもね。でも外国だからいいってことはまったくない。日本にだって外国だってこの地球上にいるかぎりいいところも悪いところもある。私はそう思う。

そして毎日の生活に不満があったりすると、旅に出てギアを入れ替えたくなるのも分る気がする。でも私は旅はギアを入れ替えないで行く旅が好きだ。そして、その分、自分の普段の生活も楽しむ方向に持って行くのがいい。

…なーんて、旅をえらい楽しみにしている人に対するひがみかもしれない。でもいつもここに書いているとおりお金と暇があれば誰にでも出来る事をやっている人をうらやましがる必要はまるでないんだよ。

大事なのはどこにいるかではなく、どう生きるか、だ。私はやっぱり足立区のこの部屋が一番いい。と、今日は終日、自宅仕事なので、とても幸せに思っているのだ。

Always look at the bright side of the life!




スコットランドの国民投票の余韻がまだまだ残る私のFacebookのWallですが、日本では何事もなかったようにスコットランドのニュースは消えちゃったね。

激動の時代の始まりを見てみたかった。それにてしてもみんな落ち込みまくり。心配だよ。

そんな中こんな投稿がエディ・リーダーからあってちょっと元気が出た。「人生の明るい部分を見て行こう」そうさ、こういう時こそ歌うしかない。モンティ・パイソンの名曲です。真ん中でリードヴォーカルを取るのは長男のチャーリー。

グラスゴー、ダンディーそしてアバディーンの都市部ではYESの方が多かった。きっと私が生きているうちにスコットランドは独立すると思う。それまでに、もっともっと頑張って優秀な国になるんだ。人口500万ということはフィンランドと同じ。フィンランドくらい優秀じゃなければ、立ち行かない。頑張れ、スコットランド。

日本はどうなんだろうなぁ。私の2つの関心ごと。原発そして死刑の廃止。私が生きている間には無理かもしれない。

2014年9月23日火曜日

ヤスミン・ハムダン 写真

京都へ移動の新幹線。お弁当買ってみました〜
あっ、富士山だ!

富士山が見えるよ!! 

富士山、素敵〜

何でも喜んでくれる初来日組は可愛い

だって今日の富士山こんなんですよ…ごめんね、天気悪くて。

清水寺の七味屋さん♥

抹茶アイスが気に入ったようで、私が知ってるだけでも
2度も買っていました

山椒が気に入ったみたいでした。

清水寺

祇園

円山公園

湯豆腐。ヤスミンにご馳走になっちゃった…ありがとうございます。

男の子たちは昨日の夜の便で帰国。おつかれ様でした。
左からドラムのアブデルことロジャー・ダルトリー。
キーボードのロメイン。
ギターのセドリックことフィル・ライノット。
一番右はエンジニアのミカエルです。
お疲れさま。また来てね!



ヤスミン・ハムダンのCDはプランクトンさんからリリースされています。自分のことだけやってたら、きっと出会えなかったミュージシャンたち。今回もとても楽しくとても勉強になりました。プランクトンの皆さん、お疲れ様! 本当に皆さんの頑張りにはいつも感動。

次にご一緒するのはケルティック・クリスマスかな。



ヤスミン・ハムダン、そしてくるり「京都音博2014」

信じられない! 4日もブログを休んでしまった。ブログをほぼ毎日書くことがだけが私の取り柄なのに! 

なにをやってたかというとTwitterでは少しつぶやいてたけど、プランクトンさんのお手伝いでヤスミン・ハムダンというレバノンの歌手のツアーのアテンドをやっていた。

ヤスミンはレバノン生まれ、現在はパリ在住のめちゃくちゃ格好いい女性歌手。歌はもちろん生き方もかっこよく、私は自分より10以上年下のヤスミンの、すっかりファンになってしまったよ。

ヤスミン普段は普通に楽しそうにしているけど、移動しているタクシーの中で「やばい、今日はニュースを確認してない」とか言うので私のiPadを貸してあげて、ヤスミンが見ている画面を覗いたら中東のアラブ語で書かれたニュース。訳分んなかったけど、空爆のすごい写真とか載ってて本当にびっくりした。……そりゃそうだよね。親戚とか友達とかいるんだろうし心配になるよね。そのサイトは「レバノン、ナウ」というサイトでした、ちなみに。

サラーム海上さんと石田昌隆さんがやったインタビューに立会わせてもらったのだけど、もう内容がすごくて目が点になるくらいびっくりしてしまった。それにしてもサラームさんも石田さんもいろいろよく知ってらっしゃる! 石田さんのこの写真いいでしょう? ヤスミンの強い意志が見て取れるよね。ほんとにすごい。彼女はしっかり自分の使命を分っている。綺麗で、かっこいいヤスミン。詳しくはこれから出る媒体などに載るだろうから、あまり言えないけど、ちょっとバラしちゃうと、ヤスミンはレバノンの内戦時に生まれ、爆撃される病院からお母さんは生後2週間のヤスミンを抱いて国外へ脱出したそうだ。その後、エンジニアだったお父さんの職業もあって、あちこちを点々としていた。現在はパリを拠点に活動をしている。

今回旦那さんのエリア・スレイマンも一緒に来ていたのだけど、彼はイスラエルのパレスチナ系クリスチャン。それにしても一緒にご飯を食べてる時に中東の話になっても、私は自分の意見を聞かれると観た映画のことくらいしか言えない。まったく自分は甘ちゃんだな、と呆れている次第。平和バカだよ…オレ…

そしてCAYの公演は圧巻だった。ライブがものすごくかっこよく、CDで聞くより全然いいじゃん!!と思った。CDも相当かっこいいけど。ライブはその何倍も良かったよ。

新譜。まさに新しい音楽!
そして1日移動日をはさみ京都音博。京都音博は実はお手伝いするのは2度目なんだ、私。1回目の時は、音博自体も第1回目でリアダンが出演した時にアテンドのスタッフで入ったのだけど、今回8回目ということで8年もたつと隣りに水族館がたったり、公園の様子も変わったり、すべてがパワーアップしてて、ちょっとびっくりした。

楽屋お土産♥
持ち帰ってきちゃった
それにしても改めて、世界でもっとも保守的な町であろう京都の、しかも京都駅からも歩いてこれるこの一等地で、これだけの人数を集めて、国際的な音楽…しかもそれほどメインストリームの音楽でもないものが一度に聴かれるって、すごいよ!と思った。あと、これは、まぁ偶然なんだろうけど、サム・リーなんかはジューイッシュ系だし、アラブ系のヤスミンと、ある意味、中東の元凶であるGreat Britain勢が、遠くは慣れた日本で同じステージをシェアするなんて、よく考えたら凄すぎる。いや、もちろんそんなこと関係ないし、ジューイッシュとイスラエル人であることはまったく違うし、誰もそんなこと現場では思い出しもしないんだけどさ。あらためて音楽の力はすごいんだな、と思った。いや、そんなこと普段から知ってるつもりだったけどね。でも改めて本当にそう思った。

こちらも楽屋お土産
天気も当日は暑いくらになって、ほんとびっくり。当初は雨の予報でずっと心配していたんだけど、すごいよなぁ。快晴の京都は東京よりずっとずっと暑かった。

 ミュージシャンの楽しそうな様子はサラームさんのこのフォトアルバムをご覧いただければと思うけど、ホントに岸田さんを始めとするくるりの皆さんの心遣いが細部にまで感じられて、素晴らしいフェスティバルでした。残念ながら仕事であれこれ雑用があったので、あまり表に行けなかったから、裏のことしか知らないけど、楽屋のケータリングとかも、とっても美味しいベトナム料理で、そういう細部にも岸田さんやくるりの皆さんの拘りが見えてとれた。いや、知ってたよ。岸田さんのあの感じだったら楽屋飯はすごいんだろうなぁ、と知っていた。そして楽屋の個室にもミュージシャン用に京都のお土産とかたくさん用意されてて、みんな、ものすごく喜んでたし、打ち上げもまったく手抜きなし。隣りの水族館の大きな水槽の前で乾杯して、ほんとに来日ミュージシャンみんな大興奮。大変な1日でしたよ。

ステージでヤスミンはがっつりかっこいい25分を決めて最高だった。そしてトミー・レブレロさん、サム・リーさんやペンギン・カフェの皆さん、椎名林檎さん、石川さゆりさん、サラームさんのDJ、すべてが素晴らしかった中で、やはり圧巻はこのフェスのキュレーターでもあるくるりのステージ!

今さらながら、不思議なバンドだな、と思う。プログレのようでもあり、フォークでもあり、まさに今回のアルバムにあるとおり最新型の多国籍

それにしても、すごいなぁ。この音楽がこれからの時代を作って行くんだなぁ、と。あれこれ考えた。この場に一緒にいた12,000人のお客さんと、ミュージシャンみんな、くるりのステージを見ながら幸せをかみしめていたと思う。

この曲やらなかったけど、今回のアルバムに入っている中で、もっとも好きな曲。



話題のビデオも爆笑! ライブで聞くと、すごくロックだしプログレだった。同じフレーズがあまり出てこないポップミュージックとしては超反則曲。



くるりの皆さんはこれからツアーが始まる。岸田さんが、いつも私たちがやってる音楽を応援してくれることが、本当にどれだけ励みに、助けになっていることか。岸田さん、本当にありがとう。岸田さんのコメント、今回もヴェーセンのチラシに使わせていただいています。

そしてヤスミンのこの曲、フェスで聴くとまた一段と沁みたな… 京都の青空に沁みた…。京都の空はベイルートの空にもつながっている。





PS
U2/アップルうんぬん、言われる今日この頃だけど、結局ミュージシャンはマーケティングとかじゃない。音楽そのもので勝負するしかない、そういう風に思わせてくれるアルバムですよ。くるりの「THE PIER」

2014年9月18日木曜日

川内有緒「パリの国連で夢を食う。」を読みました

すごい! 今や「バウルを探して」で新田次郎文学賞を受賞し「先生」になってしまった川内有緒の最新作「パリの国連で夢を食う。」を読みました。

いや〜、読ませる、読ませる。前作の「バウルを探して」は、長い長〜い本なのにあっという間に終わっちゃったけど、これも最後は一気に近所のファミレスでご飯食べながら、あっという間に読み終わってしまった。

北尾トロさん主宰の「レポ」は和田静香が書いていることもあって創刊号から何号かは購入していた。そして結構スミからスミまで読んた。そこで一番印象に残っていたのが、川内有緒の国連エッセイだった。そのレポに書かれてた国連エッセイを、さらにうんと加筆して出来たのがこの本だ。

いや、すごいね。すごい。しなやかな女性らしい生き方ってもしかしたら、こういうのを言うのかもしれない、と思った。文章が面白いから、もうあちこち爆笑もの。特に最初に住んだパリの部屋とかも、もう超爆笑もんなので、とにかく読んで!読んで!という感じだ。ネタをあまりばらしてしまうとよくないので、詳細は書かないでおくけど。とにかく爆笑もの。あっという間に有緒マジックにはまってしまう。

国連という世界一のお役所(有緒は途中から「戦艦大和」とか呼んでいる/笑)で超個性的でインターナショナルな仲間たちに囲まれながらも、自分の本当にやりたい事はなんだろうと、少しずつ模索しながら、今いる位置に到達しようとしている有緒。

それにしても海外で生活するの、私もやってみたかったな、と思った。ここにも何度か書いたことあるんだけど、私も真剣に海外での生活を考えていた時期があった。で、ロンドンに行って多少就職活動したこともある。でも、ロンドンでフリーのコーディネイターとして大活躍している大先輩に会った時、彼女が「私はどんなことをしてでもここにいる、例えウエイトレスをしてでも」と言ったのを聞いて、一瞬にして目が覚めたのだ。誤解のないように言うとその先輩はコーディネーターとして、ものすごい大成功している女性だ。私だって中途半端な気持ちで海外に住みたい、と思ったわけでもない。でもその彼女がそう言った時「いや、違う。私はウェイトレスはいやだな」と気付いたのだ。

もちろん誤解のないように書いておくけどウェイトレスだってクリエイティブに働く人はいると思うよ。でも自分には明らかにむいてない職業だもんね。その時、どこで生きるかじゃない、どう生きるか、って事が大事なんだ、って思いだしたわけ。私はね。

有緒は日本の4大出た後、アメリカの大学院卒業し、海外勤務のあとは一流コンサルでバリバリ働いて、英語とスペイン語に堪能で、パリにいるからフランス語も出来て、なんといっても国連で働き、ソルボンヌで「教えて」いたわけだから!(このソルボンヌのくだりも、ホントに笑えるんだ。有緒らしい!!)

でもそんな順風満帆にみえる有緒も、こうやって作家になる、本を書く、という自分の目標に少しずつ進んでいくのである。パリの国連で働きながらもスクワット(アートな人たちが集まるヘンな場所)に出入りし、個性的な人たちにかかわり合いながら、自分も「マイプロジェクト」と名付けた現地の日本人への取材を進めていく。そして、これがのちほど有緒のデビュー作「パリでメシを喰う」につながっていくわけだ。

それにしてもすごいエピソード満載で、ホント、有緒、何やってんだよー、って思うところもたくさん出てくるけど、いや、これが彼女のしなやかさ、そして強さなんだな、と妙に納得してしまった。

とはいえ、つらかっただろうなぁ、とも思う。お父さんが亡くなるシーンとか、そのお父さんの言葉を何度もかみしめているところとか。そしてなんといっても最初のアパートとか(インパクト大きいです)、外国人だらけの職場で心細い感じ、フランス語が分らない感じとか、新しいアパートでベットが膨らまないその感じとか(笑) でもバスタブから見える夜景。そういうの、いいよね。そういうの、すごく分る。私も今、毎朝、荒川土手を走る時、そして広いベランダから星空を眺める時、足立区に越して来てホントに良かったと思う。足立区でなければ、こんな広いベランダは手に入れられない。足立区とパリじゃだいぶ違うけどさ!(笑)

それにしても大変なことだってたくさんあったと思う。でもこの本読んでると、ホントに苦労よりも笑いの方が多い。読んでる間はものすごくワクワクドキドキしちゃった。まさにこれが有緒ワールド。やっぱりノンフィクションってこうじゃないと!

有緒の作品でまだ読んでない「パリでメシを喰う」も手にいれないとな。そしてすべては新田次郎賞を取った「バウルを探して」につながっていくわけなのさ。すごいよなーっっ!

そしてレポTVや本人のTwitterとかでも公表されているから言っちゃっていいんだろうけど、有緒はこの秋、お母さんになる。本当におめでとう、有緒。この妊娠〜出産〜子育てネタもきっといずれ本になって、また私たちを楽しませてくれることだろう。お父さんも空から思っているよ、事務局長じゃなくてお母さんになって良かったね!って(笑/涙)



PS
「バウルを探して」の感想はここ。凄いよ、バウル本は。圧巻です。

PPS
しかし思うに普通は逆で普通の人だったら「国連/パリ」を目指して人生設計を考えるんだよね。いいなぁ、国連、いいなぁ、パリって…。でも物事の本質はそんなところにはないんだわ。川内有緒はパリや国連を早い段階で手にいれることによって、自分の本当にやりたいところを見つけられたんだと思う。これぞスティーブの言う「人を銀行家よりも詩人になりたいと思わせる何か」Poets instead of bankersってことだと思う。

PPPS
で、自分のいたい場所を手に入れたら入れたでまたそっからがイバラの道なんだよ。そこで成果をあげるには…そこからまた10年かかったりするわけですよ、これが。私は自分の人生において国連やパリは手にいれられなかったけど、でも自分の人生間違ってない、って実感はある。おかげで回り道をすることなく今の居場所を手に入れられた。回り道してたら、メアリーにだってルナサにだってヴェーセンにだって会えてなかった。あとはここでとにかくリタイアするまで頑張る、そういうことだ。

スコットランド

しかし、まぁ、スコットランドがすごいニュースだ。ワイドショーでも取り上げられてるし、だいたいTVのニュース番組でも2番目とか3番目あたりに付けている。3ケ月前に来日したエディはスコットランド独立のことを日本では誰も知らない、と嘆いていたが、この状況を知ったらなんと言うだろうか。とりあえずすごく喜ぶんじゃないかな。

ここを読んでる人で知らない人はいないと思うけど、普段私たちが「イギリス」と呼ぶ場所はイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと本当は4つの国に分かれている。

スコットランドといえば、私にとっては、まずエディ・リーダー。エディは前からずっとYESとキャンペーンし続けている。ちょうど1年前に書いたブログ。このときはまだまだ独立反対の人が多かったし、独立が実現できそうになるだなんて誰も思ってなかったかも。

エディ姐さんにもらったステッカー。車を持ってないから窓に貼ってるよ!
















スコットランド議会のオープニングで歌うエディ。「ほたるの光」のオールドヴァージョンだよ。これ音はひどいけど、感動的。



「いいんだ、金持ちだろうが、貧乏だろうが。自分たちの政府が欲しいだけなんだ…」というメッセージをエディは送り続けている。

こっちはトーマス・ドルビーのピアノにブーのギターで歌うエディ。「What you do with what you get」 感動的です。



そしてラウー。スコットランドの海、という感じがする。



そういやエイダン、ずいぶん前に不在投票すませた、って言ってたな。1ケ月くらいたってると思うけど… すごいよね。不在投票可能期間ってどのくらいの長さが設けられているんだろう。とにかくスコットランド全体がYESかNOで、かなりピリピリして、ちょっとキツいとも言ってた。どこかで友情や愛情にヒビが入っていませんように。これと、それとは…違う。考え方が違っても仲良くやれる。

スコットランドの海といえば、この曲。これも海の曲だよね。海の感じがすごくする。



カトリオーナは… おそらく女性インスルメンタリストの中で最高の人だと思う。センスが良すぎるんだよ、音の選び方の…そしてパンチがある。スコットランドのハープは、クラシックのコンサートハープよりも小ぶりでガット弦の暖かい音色がする。カトリオーナはダンディー出身で、フィドルのおっさんアリイ・ベインはシェットランド島の大巨匠。

アイルランドの伝統音楽グループ、アルタンがこんなのをさりげなくウォールに貼付けてた。コメントも何もなし。そういう心遣いが、素敵だと思った。みんな仲間はThinking of you 言いたいのはそれだけだ。



スコットランドを代表するシンガーソングライター、ダギー・マクリーンの作品でドロレス・ケーンの歌唱が最高に素晴らしい。トラッド界隈でスコットランドの有名な歌、というとこれが上がることが多い。

カレドニアってスコットランドのこと。でも人の名前みたいに聴こえる。

「愛している、と言わせてくれ。ずっと君の事を思っていたよ、と。カレドニア、君が呼んでいるから僕は家へ帰る。もし僕が見知らぬ人となってしまったら、それは寂しいなんてもんじゃない。カレドニア、それは常に僕が持っているもののすべてだった」

スコットランド頑張れ。どんな結果になっても、それはあなたたちが選んだ結果だ。私は応援しているよ、ずっと。

PS
とか、書いてたら、もうFacebookのWallが朝からすごい。私のウォールではイングランド人もアメリカ人もアイルランド人も、もちろんスコットランド人も「YES」と言っている。私も遠慮してたけど外野だったとしても何か言った方がいいのかな? もちろんYESですよ。でもこの状況は…都知事選や、衆院選の時と似ている。だいたい私も私の友達も誰もいれてない方に決まるんだ…

PPS
…とか書いてたら、この曲をJim Morayが紹介してた。そうだ、これぞスコットランド魂の1曲。超名盤 Handful of Earth「一握の土」。



PPS
ちょっとチーズ感があるけど豪華メンバーによる「カレドニア」 ラウーのクリスも歌うよ。

2014年9月17日水曜日

小泉凡「怪談四代記〜八雲のいたずら」を読みました

思うにブログを書くという行為は非常に男っぽいのかもしれない、と今朝、荒川土手を走りながら思った。ブログを定期的に書いている人は自分の周りでは男性か、女性でもとても男らしいかっこいい人が多い。

ヴェーセン日記というタイトルで始まったこの日記、続けて10年以上になる。だからブログを書かないと何かサボっているような罪悪感を感じる。まぁ、チケットを買ってくれているお客さんに対して野崎は今日も元気でやってますよ、だから安心してチケット買ってください、というアピールでもあるんだから、そう思うのは無理もないのだが。

そして良い本や良い映画に出会えば、やはり皆さんにもご紹介したいと思うんですよ。音楽は…紹介しようとすると自分と関係ないもんはだいたい悪口を言いたくなるので、基本自分に関係ないものの紹介はここでは辞めているのだけど(笑)

さて、そんなわけで今日のブログ(笑)。アイルランド文化に興味のある人だったら、ご存知でしょう。小泉八雲のひ孫である、小泉凡さんの最新作。「怪談四代記〜八雲のいたずら」

いや〜事実は小説よりも奇なり。この本に書いてある多くのエピソードは、普通の常識では説明できないことばかりだ。小泉家に伝わる不思議な物語を紹介しながら、また八雲の足取りを訪ねる旅をしながら、凡さんが体験した奇妙な体験を紹介していく。これは単なる偶然か。はたまたタイトルにあるように八雲のいたずらなのか。一方で旅エッセイのような楽しさもある。この感覚は…時空を旅する伝統音楽好きになら絶対に分かるし楽しめると思う。

特に印象に残ったのはやはりアイルランドの場面だ。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの父はイギリス軍の軍医で、ハーンは2歳ごろ一家そろって父の実家であるアイルランドのダブリンに移り住んだ。母親はギリシャ人だったので、アイルランドにおける地中海の気候や食べ物との違いは彼女にとっては非常につらいものだった。軍医である父は家をあけてばかりいて、寂しくなった母はギリシャに帰国。これがハーンと母親の最後の別れになったのだそうだ。そんな複雑な少年時代、ラフカディオを支えたのは乳母で、この乳母がものすごく意志の強い、ものすごい女の人だったそうだ。ハーンは彼女を恐がりながらも、非常に畏れていたし惹かれていた、とも言えると思う。いつも彼女は強く淀みなく正しい。彼女から教えられたアイルランドの不気味な物語の数々がのちのハーンに大きな影響を与えるようになる。

現在、ハーンの末裔はダブリンから西へ300kmほどの距離にあるコングに住んでいて、親戚を訪ねた凡さんに対して大変な歓迎をしてくれるわけだが(この歓迎ぶりはアイルランドの新聞にもカラーで大きく掲載された)、同じ時期にニュージーランドとオーストラリアからも子孫がやってきて、つまりハーンの父の3人兄弟の子孫が同じ土地に揃ったわけで、ものすごい奇跡を感じると凡さんは、この本の中で紹介している。そんな親戚の集まりにコングの郷土の歴史の研究家も集まり、その日はたいそうもりあがったそうだ。でも彼女いわく「アイルランドでは、こういう事、よくあるのよね!」と。うーむ。

アイルランドの部分だけ軽く紹介したが、ギリシャも負けてない。特に空港のゲイトでのエピソードなどは笑ってしまった。とあるギリシャの僻地の島で飛行機を降りて出口で向う凡さんは反対側の通路に知り合いらしい日本人夫妻の影をみかける。まさか、あの先生夫妻がこんなとこにいるわけない… が、間違いなく〜先生だ! あわてて空港スタッフにお願いして、特別にゲイトを通してもらい……などなど。

あとは凡さんがレクチャーをしている時に、とある昔話を紹介していて「赤ちゃんが急に泣き始めました」という下りを紹介してたら、ホントに部屋の外からか赤ちゃんの泣き声が急に聴こえて来て、気付いたお客さんたちがザワザワしはじめてしまったことなど。

いや〜あまりネタをばらしてしまうと詰まらないので、具体的な紹介はこの程度にしておくが、ほんとにすごい偶然が重なりすぎるのだ。

また凡さんのお名前の由来なども、始めて知ってホントにびっくりした。あの映画は私も見たが…あぁ歴史ってすごい!! 国境を越えた友情ってすごい!と本当に感動してしまった。

それにしても八雲はきっといい人だったんだよね。パトリックというアイルランド名を自ら抹消してしまったハーンであるが、性格はきっと優しい気の良いアイリッシュだったんじゃないかと勝手に想像している。異文化に対する暖かい視線。多様性のある世界を面白がれるのは真のインテリの証拠でもある。こういう心の広い人じゃないと物事の本質には迫れない。そして、それはマーティン・ヘイズやルナサを松江に呼んでくれた小泉家と松江の皆さんの中にも脈々と流れている。っていうか持ってる人は持ってんだよねー 

私もいつも思う。私が世界の伝統音楽を紹介しているのも、そういう意志だ、と。多様性を受け入れられる世界を実現したい。自分の身の周りでも、世界でも。それに、ちょっとでも自分なりに貢献できればといつも思う。だからへんぴな場所のへんな音楽を紹介しているのだ。アメリカや日本のポップスだけが音楽じゃないんだよ…って言うために。

……って自分で自分に確認してます、ハイ(笑) 時々そういう重要なミッションを忘れて、チケットが売れない、仕事は厳しい、あれが気に入らない、これが大変で疲れた、と小さい事でイライラしたりするのだが(笑) まだまだ私もちっちゃいね。修行が足りないよ、ホント。

ところでこの本、装丁がすごく凝っている。私はだいたい本はこうやって皮をむいて読むんだけど、今回カバーをはずしたらこんな素敵なデザインが下から現れた。

ハーンは左目を子供の頃の事故で失明していたので、横顔の写真しか残っていない。そしてそれは、いつも右側の顔だ。

また先日凡さんがNHK-TVに出演してNHKが10年前に作った八雲のドキュメンタリーを紹介していた。こちらも内容がすっごく良くって、とっても良かったので、追って紹介したいと思います。

…って早くやらないとね。ネットは早くやらないとホント意味がない。がむばる。では、今日はこれからヤスミン・ハムダンのお仕事で空港へ出掛けます!





← こちらもだいぶ前にいただいてまだ読んでないんだけど、早く読んでご紹介したいと思っています。

2014年9月15日月曜日

あれこれ思うことを書いてみた


スポーツ観戦に関わる多くのビジネスモデルが弱くなって来ている、というのは普段スポーツ観戦をまったくしない私にも充分すぎるほど聴こえてきている。私が子供のころ、TVのゴールデンタイムにはプロ野球ばかりが流れていた。が、世界のスタンダードにおいて多くのスポーツ番組が有料放送へ流れる中、日本は明らかにそれに遅れをとっている。一方で、スポーツを「やる」人が増えているというも実感している事の一つだ。自分もそうだし自分の周りでもそうだ。先日読んだ「広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい」でもランニング人口の増加を「横並びの心」と説明し詳細に解説していた。

音楽ビジネスの崩壊が叫ばれてだいぶたつが、音楽においても同じ。やる人が増えて、聞く人が少なくなってきている。インターネットが音楽ビジネスモデルをダメにした、とか、人はお金を使いたがらなくなった…と言う前に、音楽を仕事にする人間は、そういう世界の流れを感じ取らないといけないと思う。

でも「受け身でいるより、自分でやる方を選ぶ方がいい」って、世の中の傾向としては、すごくいい事だよね?

そもそも私はサラリーマンの連中は認めていない。いや違うな。サラリーマンでも自分の企画を持っている人は偉いと思う。組織の中で自分のやりたい事をやるのは大変だからだ。そう、だから、給料がどこから出ているかは別として、とにかくみんな自分の事業や企画をやってみろよ、くらいは思っている。1億全員が自分の事業をやるようになれば、おそらく私の嫌いな原発や死刑は日本からなくなるだろう。そして自分は何もやらないのに人のやる事に簡単に文句つけるという悪い習性は消えてなくなるだろう。自分でやらないから人は人の苦労が想像できない。日本においては、それはまさに病的なほどだ。そういえば日本は先進国の中でももっとも自営業者やフリーランスが少ない国の一つなんだよな。

でも、「やる」人口が少しずつ増えてきて「自分でやる方向」に世の中がゆっくりだけど動き始めているのだと思う。それは素晴らしい事だと思う。

一方、プロとして活躍しているミュージシャンにはつらい時代となった。そんな中、U2のアルバムがiTunesを使って、何億人にかに配信された。それについてウチのポール・ブレイディがこんな発言している。Bob Lfsetz先生もこのように発言しておられた。U2の行動は、次に続く世代のことを考えていないと非難されても仕方がない。音楽を作る権利は、スポンサーに拾われたLuckyなバンドだけのもの? 音楽ビジネスは、そうやって旧来のタニマチ制度に戻っていくのだろうか。

ボノよ、こんなことで世の中をびっくりさせたいなら、音楽そのものでびっくりさせてくれよ、と私も思った。U2のアルバムはもう何年も買っていない。無料でもらっても聞かないものは聞かない。でも残念ながら音楽業界はおそらくそういうタニマチ制度に向っていくだろう、と考えさせられる出来事だった。

話がちょっと飛ぶが、スティーブ・ジョブズの伝記本はkindleに入れてあるので、時々開いて途中から読み始めたりしている。先日「アップルはコントロールフリークすぎる」という記述を見つけ、ちょっとハッとした。ユーザーの便利さを追求しているアップル製品だが、確かに以前のコンピューターと違って、中味をあけて開いてみることなどが一切できないなど、ユーザーの製品体験をすべて管理しようという意識が流れているのは誰でも感じ取ることが出来る。

アップルのコントロールフリークには困ったもんだが…それが心地よい時もある。例えば自分が時間を使いたくない事、自分がどうでもいいと思っている事についてはアップルに任せてしまいたい。例えば何でも薄いのがかっこいいとか、コンピューターのマウスがかっこいいとか、文字が綺麗だとか、私にはあまり興味がない。(ただウインドウズの文字をテレビのニュース番組で見かけると、世間はまだこんな汚い文字のコンピュータを使っているのか、とびっくりすることがある)

特にOS X以降は、コンピュータを使っていても、その内側で何が行われているのかさっぱり分らなくなってしまった。私はOX9が好きだった。OS9は自分でも、なんとなくいろんなことを分っていた。というか分る、と少なくとも思わせてくれていた。その距離感が良かった。でも今、こうしてOSXになってしまえば、もう一体何がコンピューターの中で行われているのか、私にはさっぱり分らない。

でも、ま、いいや、別にそんなこと分らなくても。こんな事に時間使わなくても、頭のいい人にこれについては考えてもらえればいいや、と。私が時間を使わなくちゃいけないのは、このコンピュータの中味ではない。これを使ってどうやってホームページを作り、SNSを運営し、お客さんに私のやりたい事を届けるか、だ。私は私の仕事をやらなくちゃ、と私はそんな風に思っていた。

で、それが本来のスティーブのメッセージだと私は感じるんだよね。スティーブは「オレがこっちの面倒な事はやるから、お前はその分自分の仕事を一所懸命やれよ」と言っているように感じたのである。「そうやって皆が頑張れば、世の中はきっと良くなるよ!」って。

それにしても世間の共感を得ることは難しい。こんなに便利なiPhoneやiPadにすら文句を言う人は多い。そして、正直あまりのコントロールフリークは嫌われる。視聴者や読者は広告、というだけでもう極端にそれを嫌がる。タイアップ記事とかネイティブ広告とか新しい広告形態が叫ばれているが、それが広告であれば、記事内容が良くてもやはり受け手には嫌われるだろう。分らないようにして発信して、それが広告だと後からバレれば、もっと嫌われる。お金で共感を買う、ということはこのようにとても難しい。

よくFBやYou Tubeで流れる広告を極端に嫌い、排除しようとすることに熱心な人がいるが、私にとっては広告だと分らないコントロールの方がよっぽど恐い。Twitterだって、Facebookだって、ただで使わせてもらっているんだから広告くらい我慢しろよ、と思うんだが。

話がそれた…本当に人の共感を得るのは難しい。そしてスティーブが生きてたら、いったい誰を無料配信するのかな、と思う。そういうの考えるのは、ちょっと楽しい。アップルの味方をして全体を見れば、確かにU2は微妙にナイスな選択だと思う。万が一、スティーブが生きていたとしても、その相手はU2だったろうな、と納得する。その点、アップルにブレはない。スティーブが本当に尊敬するボブ・ディランは、スティーブ自身も「ボブに対してそんな失礼なことはできない」と言うだろうし、実際オファーしたとしてもディランの方で断ってくるだろう。

ここにこめられたアップルのメッセージは何だ? そして世間はこれをどう取るのか? リスナーから選ぶ自由を奪うと取られてしまうのか…。無料なんだから、別にいいじゃないか、デジタルデータなんだから聞かずに持っていたとしても負担はないんだし。でも何だか「いらなきゃ捨てれば?」ってのが見えるのも、また音楽ファンをイラつかせる原因かもしれない。

さて。楽器やる人にこのバンドは売れると思うんだよね。そんなこともちょっと考えている。11月に来日するヴェーセン。楽器やる人なら、このアンサンブルがただごとではないのは、すぐ分るだろう。でも楽器やらない人にとっては、おそらくニッケルハルパの気持ちのよい主旋律しか聴こえてこないんじゃないか、と思う。それはそれで良いと思う。



PS
バラカン・モーニングは今月一杯で終了ということになった。ヴェーセンのこの映像もバラカン・モーニングに出演したあと恵比寿で収録したもの。本当に多くのアーティストがお世話になりました。ありがとうございました。

PPS
ボノの発言も貼っとこ…ここ

PPS
さっきまでTBSラジオのlifeのポッドキャスト聞きながら仕事してたんだけど、それによるとスポーツ観戦人口は、実は増えているんだって! 球場に行く人は実は増えてる。ただそれをメディアを還さなくなっただけで。つまり旧来のビジネスモデルが崩壊している、ということらしいです。なるほどねぇ…

PPPS
やっぱり来たね。嫌なら捨てろ、って…

PPPPS
そしてアップルも捨てる方法を告知してる… 日本語版はまだ出て来てないみたいだけど。

2014年9月13日土曜日

本田哲也/田端信太郎「広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい」を読みました

本屋で買ってしまった。ついつい… いや、どうやったらより多くのお客さんにリーチするのか、とか、いつも考えているんですよ。小さな音楽事務所を運営している事業主としてはね。ヴェーセンだって、なんだって、多くの人に聞いてもらいたいじゃないですか。こんなにすばらしい音楽なんだから。

この本のタイトルにもあるように広告に効果がないのは、もうなんかずいぶん前から、み〜んな分ってたことだよね。ましては音楽雑誌の広告は、すでに読者の方が「これタイアップ記事でしょ」と見抜いてしまう。もちろんそういうシステムを否定するわけではない。そういう広告主様たちが雑誌をささえ、タイアップが出来ないウチのような小さい音楽でも、大きな媒体さんの片隅に記事を載せてもらってきたのは事実だ。載せてくださっている媒体さんにほんとに感謝感謝。本当にありがたい事だ。

雑誌の衰退ということばかりではない。この本のタイトルにあるメディアには「インターネット」も含まれると思う。要はちょっと臭い言い方かもだけど、広告なら広告、メディアならメディア利用してもいいけど、その奥にどういう意図/態度があるか。どんな層を狙っているか、それを踏まえないと結局何を使っても広まらないんだよ、という事を言っているような気がする。広告/メディア全否定ということでは全然ないので誤解のなように。

まずこの本は、例の広告代理店周りの人たちの間で話題になったさとなおさんの発言も紹介し、シャープやソニーの没落に広告代理店の連中は責任はなかったのか。あれだけ広告費を使ってくれたのに、という話から始まる。もっと広告マンは反省した方がいいんじゃないか、と。その有名な投稿はここ。そしてここも必読。

知らなかったのだが、サザエさんはもうすでに東芝一社提供ではないらしい。もう誰も演説など聞かない。演説ではなく消費者と会話を。それが大事だとこの本は言う。

そしてなぜ人は動くのか。それを分析していくのだが、これが人数別になっていて、非常に分りやすい。


「1,000人を動かす」
例:青空文庫のボランティアの成功。800名のボランティアによってアップロードされる本。
例:プリン4,000個のご発注 ツイッターの呼びかけで完売

こんな風に1000人単位を動かすにはどうしたら良いのか>共感を得るものがピュアな理想に裏打ちされている/少ない参画者で大きなことを成し遂げるというレバレッジが効いている/達成すべきミッションが分りやすい。

→ 必要なのは、そしてそこにあるのは「使命感/同情心」ピュアな心で充分人は動く。純度は高い方がいい。



「10,000人を動かす」
例:堀江貴文さんのメールマガジン。15,000人
ちなみにメールマガジンの300名がライン。
例:Facebookのイベント告知ミス/数千人が少女の誕生日に集まってしまった。
例:ラブレターボランティア

1万単位の人を動かすには>人間の根源的な欲求や本能に訴えかける/コミュニティ形成を構造化する/全体としての連帯感を醸し出す

→ そこにあるのは:連帯感。共犯意識 



「100,000人を動かす」
例:ツイッター、パルス祭り 14万人
例:余命数ヶ月からドナー探し 15万人がサイトに集まり2万人が登録
例:カリスマ添乗員 ファンクラブ会員22,000人

10万単位>「自分ではない誰か」がつくるストーリーがある/共犯意識を高めることが行動を促す/(人が動いた)具体的な数字を発表する

→ そこにあるのは:スケベ心、お祭り心



「1,000,000人を動かす」
例:ネスカフェアンバサダー 10万人のアンバサダーが100万人にネスカフェを広める
例:温水洗浄便座普及率全国No.1  31万世帯へ普及
例:自宅でサロンを開くサロネーゼという生き方

100万>魅力的なラベリングを発明する/「世間体」が出現する/承認欲求を満たす

→ そこにあるのは:虚栄心、羨望心、ロマン心



「1,000万人を動かす」
例:日本のランニング人口 1,000万人
例:劇団四季のライオンキング お客総動員909万人
例:ことりっぷ 女性向け国内旅行ガイド

1000万>メディアを介さない「目撃体験」が始まる/シンボル性の高い「アイコン」が登場する/世の中すでにあるものを再定義する

→ そこにあるのは:横並び心



「1億人を動かす」
例:ハロウィン 国内認知度ほぼ100%
例:2億人以上のインド人男性の生活習慣を変える

1億人>人が動く「複数要素」が必要となる/新たな習慣を生み出す/ライフスタイルや価値観の違いに対応する

→ そこにあるのは:習慣



「10億人を動かす」
例:LINE 10億人
例:11億人を動かす世界最小の国=バチカン市国の戦略

10億人>人間の本能欲求と普遍的ニーズにこたえる/異なる人種を排除しない「寛容さ」が必要/非原語コミュニケーションを取り入れる

→ そこにあるのは:信仰心、コミュニケーション欲求



ね、分りやすいでしょ? もっともウチが関係あるのは1,000人単位のところぐらい。しかも別にこの素晴らしい音楽を分らない人に分ってもらおうと思っていない…。だから別に人が動いてくれなくてもいいわけなんだけど、この本はそれでも人を動かすことを諦めるな、と言う。ある程度評価は世間にゆだね、余裕を持ちながら、自分のビジネスになる何かがどこかにあると信じろ,と言う。

しかし、まぁ、なんだね。このテのビジネス本に言われるまでもなく、ウチみたいな小さな事務所の場合は、もう誠意をもって良い音楽を紹介していくしかないのだわ。で、たった1,000人規模なんだもの。CDだって1,000人も買ってもらえれば、もう充分なのである。コンサートだって1つのツアーで1,000人の人がチケットを買ってくれれば、もう充分だ。

あとはプリンのご発注の例にならい,ある程度同情を引くようなことでもここに書いてみようか(笑) でもだからといって、奈良の、ちょっと前にネットで話題になったレコード屋さんみたいな発言はしたくないんだよね。今日はお客が来るんだろうか、とか。それを世間に言ってどうする!と思う。言ったらお客が来るのであれば言ってみようか、とも思うが… 

でもそんな商売してて、実際店舗の家賃はどうしているのだろう? 最新の作品を仕入れることだって出来ないじゃないか。もしかして本当は店主は地主さんなのか?とか、会社勤めしてる奥さんに迷惑かけてんじゃないだろうかとか、借金するだけして返せないじゃないかとか、いろいろ考えちゃう。だって、あれじゃ,どう考えても回ってないでしょ? あれを諸手をあげて「素晴らしい店!」「みじめすぎて笑える!」とか面白がれない自分がいる。

かと思えば、先日は某インディー洋楽レーベルさんと打ち合わせして、正直ちょっとげんなりしてしまった。彼は私のアイディアを真剣に捉えているから、だからこそ下手なことは言えない、と誠実に考えてくれたんだろうが、とにかく「売れない」「絶対に売れない」ということばかり言っていた。そして「メディアに載っても商品動かないですよね」とも。なんか…そんなの言われなくても…みんな分ってることだよね。それをどうしようか、っていうためのミーティングなわけだからさ… そうやってやりたい事を実現させるのに自分がひるんでどうする、って思うわけよ。でもこういうミーティングはホントに多い。こういうミーティングはタバコ吸われるミーティングよりもっとイヤ!(笑)

そうなんだよ、みんな大変な想いをして自分の事業を続けている。アウグスの坂本社長、そしていつだかったお世話になった代官山ヒルサイドプラザ。もちろんお金を儲ける方法はある…のかもしれない。が、そこにいかない「やせ我慢」が私たちにはあるのだ。「美学」と言ってもいいかもしれない。それを馬鹿を呼ぶなら呼べ……「バカと言うなら言え。何度でも答えよう、その通りだ、と」(ゲバラ)

本当に自分の事業で自立してく、って大変なことだ。いつだったか、みのもんたがズタボロになって、それでも甘える飲食店の店主にカツをいれるという番組をやっていたが… あれに出てくる店主たちは本当にひどかった。借金が増えて行くことを知りながら自分を変えられない。店を変えられない。そして繁盛店に修行に行けば人に教えてもらってるのにメモすら取らない。何度も同じことを間違える…など… うーん,厳しい事言っているかな?

でも、何事も加減が大事だよね。私だって、あれほど事業が回らなくなったら、まずは周りに迷惑をかけないように早めに告知し廃業するんだが。だからこそ、私は真剣に、ホントに真剣に毎回毎回,大変な思いで公演を作る。

話がそれた。でもホント毎回毎回のツアー。規模が小さくてヒーヒー言ってます。ホントにホントに大変。いつウチの事務所だって潰れるか分りません。とにかく皆さん,チケット買ってください。特にヴェーセンとJPPの公演は大変なんです。9人のミュージシャンを海外から呼ぶだけでも大変ですが、渋谷の会場はとにかく高くて高くて… ま、頑張りまーす!

というわけで公演の詳細はここです。ここ! みんなチケット買ってぇ〜っっっ(必死)






2014年9月12日金曜日

「TATSUMI マンガに革命を起こした男」を観ました

 「TATSUMI マンガに革命を起こした男」を試写にて拝見しました。いや、これはマジですばらしい作品です。

辰巳ヨシヒロという、いわゆる「劇画」を生んだ、たいへんな漫画家さんの生涯を、彼の自叙伝的長編漫画「劇画漂流」をベースに、実際の漫画作品も入れつつ紹介していくという映画。先生のマンガを実際に動かして……というか漫画をアニメーション化し、臨場感たっぷりに表現。これがすごい迫力で見入ってしまった。


なんといっても、まず挿入される辰巳作品、この5つの作品が、もう最高にすばらしい。どれも迫力のあるパワフルな話。特に1発目の広島の原爆を描いた「地獄」。従軍カメラマンとしてスクープ写真を撮ったコヤナギが、最終的にその写真の真相を知らされ…。

そして5作品のうち最後に紹介される、米軍相手の娼婦マリコとお金をせびるアル中の父親の話「グッドバイ」なども、ものすごい結末が待っている。

…と、まぁ、前提として、この5作品がまず素晴らしいから、なんか…こう、ブレることがない。っていうか、作品すべてに通じる、通奏低音というか、一環した視線があるんだよね。これがとにかくすごい説得力を映画に持たせているのだと思う。

劇画ってハードボイルドとかで、大人の男性が読むもの、でもって意味もないセックスシーンも多く、ストーリーの繊細さよりも大きな世界観の方が重視され、女には良く理解できない、という印象があったのだが… いやいや、これらの作品は私も読んでみたいと思った。ここに紹介されている5作品、とにかくすべてパワフルな作品であることは間違いない。

辰巳ヨシヒロについては、そんなわけで私はまったく知らなかったのだが、海外では手塚治虫なみに評価されている人なのだそうだ。ニューヨークなどの書店に行くと手塚の隣りにTATSUMIは並んでいる。

日本では59年ごろ劇画が大ブームだった。辰巳先生は劇画のゴットファーザーでありながらも、ブームの一方で本来の意味を失った劇画に幻滅し、シーンに背をむけて社会の底辺に着目したような社会的作品をたくさん発表したんだって。そして、それが80年代ごろになると、むしろ日本国内よりも海外で評価されるようになったのだとか。

…ってなわけで、この作品は日本の漫画家の話なのに、制作は日本ではなく、先生の大ファンだというシンガポールの映画監督、エリック・クー。監督が先生にラブコールしてこの映画が実現した。

自分の作品を映画にする、と聞いた先生は監督に「私の作品は暗いから、エンディングとか好きなように変えていいよ」と言ったそうだけど、監督はいっさい漫画のストーリーは変えなかった。ま,先生の大ファンの監督だもの、これは当然だよね。

そして映画になるわけなんだけど、ここですごいのがナレーションの別所哲也さん。こちらも監督のご使命だったわけなのだが、別所さんが素晴らしい。映画には辰巳先生本人のナレーションも入っているが、劇画の部分では別所さんが1人何役もこなし、辰巳ワールドを伝えている。でもこの1人複数役って、よく考えたら分る! だって漫画読む時って、誰でも自分1人の声で頭の中で読んでいるんだもの、これは当然だよね。というか、1人の人の声でナレーションすることで、漫画を読んでいるような空気感をうまく出しているのかも! 監督さすが! っていうか、単に予算がなかっただけかもしれないけど!(笑) 

でもホント驚くベキことに、その1人何役、ってのは映画を見終わった私も、上映後にいただいた資料に目を通すまでは、まったく気がつかなかったよ。すごい。ちなみに広島の地獄絵図を描いた「地獄」での人々の苦しむ声…というか雑踏の声も別所さんがすべて重ねて録っているのだそうだ。アフレコは2日間、ずっと籠って行われたようで、映画製作ってホント大変だなぁーと思った。

それにしても、すごいわ、この作品。劇画が好きな人も興味なかった人も、辰巳先生を知っている人も知らない人も、ぜひ見に行ってほしいと思う。