映画「シング・ストリート 未来へのうた」を観ました。なるほどね〜



なるほどね〜 観る人、観る人が大絶賛のこの作品。やっと観た。ジョン・カーニーの新作「シング・ストリート」。水曜日に行ったせいもあったけど劇場は超満員。ヒットしているみたい。良かった!

ジョン・カーニー、前作の「はじまりのうた」も悪くなかったけど、私はいまいちあの映画は好きではなかった。(感想はここ)「ONCE」が良すぎたため、次作への期待が大きすぎた。そのジョンの再び新作ですよ。この映画、ジョン・カーニーらしいテンポの良さとノリの良さはそのままに、テイストとしては「コミットメンツ」に非常によく似ている作品だ。「コミットメンツ」がジェイムス・ブラウンを中心としたソウル・ミュージックにルーツを求めたのに、こちらは80年代の音楽がメインだ。そして「コミットメンツ」でバックコーラスの女の子を演じていたたマリア・ドイル・ケネディが、こっちではくたびれた初老のお母さん役で出て来るところも時代の流れを感じさせる。「コミットメンツ」から15年。あっちはロディ・ドイル原作、巨匠アラン・パーカー監督。比較しては可哀想だが、残念ながら本作は「コミットメンツ」は越えられていない。でも素晴らしい音楽映画の1つであることは間違いないだろう。それにしても、この映画に出て来る80年代のヒット曲の数々。シンクロ権の処理とか大変だっただろうな〜と、余計な事も考える。っていうか、そもそも「コミットメンツ」自体、80年代のポップ・ミュージックへのアンチテーゼとして生まれてきた映画じゃなかったっけ… 今でも「80年代の名曲」とか言われちゃうと、ン?と思う。

こちらは「コミットメンツ」のトレイラー。やはりアンドリュー・ストロング(シンガーのデコ役の男の子)がすごすぎる。



で、こちらが「シング・ストリート」



「シング・ストリート」の舞台は1980年代のダブリン。主人公のコナーは、ちょっとさえない男の子。両親は毎晩ののしりあいの喧嘩をしている。お父さんは仕事がなく、お母さんがバイトで日銭を稼ぐが、家計は火の車。ついに経済的理由から学校の転校を余儀なくさせられる。新しい学校はカトリックの厳しい学校で、当然のことながら理不尽ないじめが横行している。コナーもいじめの標的になるが、ひょんなことから年上のモデルと恋に落ち、それがきっかけでバンドを組み、プロモーションビデオの制作へ。最初はカバー曲、そしてオリジナルへ。バンドが固まるにつれ徐々に自信を得ていくコナー。

主人公コナーのお兄ちゃんがとても素敵である。お兄ちゃんがとにかくグッとくる。一度だけ弟に対して「お前はオレが切り開いた路を後からついて来てるだけじゃないか!」とキレるシーンがあるが,心の底から弟のことを思っており、弟が人生に悩むたびに適格な音楽を弟に紹介し、かっこいい言葉を与えてくれる。それに大きく影響をうけて行く主人公。映画の最後に「すべての兄弟たちへ」とクレジットが出るところ、また監督のお兄さんもこんなタイプの人だったらしいことから、この映画の隠された(というか、メインのストーリーが流れている以上に重要な)テーマは兄弟愛だなぁ、と思う。

「ONCE」はホントに素晴らしい映画だった。主人公たちの恋愛感情があれこれ取り出させることが多いが、あの映画の隠しテーマ/本当の主人公はダブリンの街だった。あの映画ほどダブリンの街の優しさが感じられる映画はない。そういう隠しテーマをポップなストーリーの後ろにしっかり表現してしまうところは、さすがジョン・カーニーだ。

でもお兄ちゃん、冷静になって眺めてみれば、社会的にはまったく地位がない落ちこぼれの1人だ。口ばっかりで自分自身で何か行動するはずもなく、世間に出回る音楽をちょっと知っているって事で自分の立ち位置を何とか確認している…そんなダメダメ人間だ。音楽が彼の人生をギリギリのところで支えている。「フィル・コリンズを聞いている男はもてない」とか「ロックはリスクだ」と、自分のことは棚にあげて(笑)、お兄ちゃんからはするどい名言がたくさん飛び出す。もっともその名言を聞くのは、弟たった1人でしかない。こういう登場人物は得てしてとても魅力的だ。

家庭も、今はお父さんが失業中とはいえ、それなりの家庭だったのだろう。家にはそれぞれ個室があり、お兄ちゃんのオーディオ/レコードコレクションも素晴らしい。その素敵な家もついに追い出されることになるわけなのだが…

しかし文句をつけるとすれば、80年代の音楽…そんなにいいもんっすかね? 確かに私も好きだった。カルチャークラブとか、ポール・ヤングは夢中になった。でもスパンダーバレエやキュアがかっこいいと思ったことすらなかったし、ジョー・ジャクソンやホール&オーツは私にとって普通のポップミュージック以上のものではなかった。今,聞いてもポップなのは認めるけど、どうなの?と思う。そんなにみんな好きだった? ただ良かった時代を思い出しているだけじゃないの? 今、聞いても薄っぺらに感じられるし、薄っぺらな時代を象徴していた。インターネットの時代になって、アーティストやリスナーは「レコード会社はクソだ」とか公言し始めた。けどそのクソの宣伝に乗って、クソみたいな音楽を聞いていたのは自分じゃないの?(私も含め) どうなの、皆さん、リスナーとして、あの頃のみんながみんな同じ音楽を聞いていた時代の方がいいの?

そういう意味では、ソウルミュージックみたいな「本物」がベースにある「コミットメンツ」は絶対に強いし、グレンみたいなカリスマチックなシンガーソングライター/パフォーマーをフロントに置いた「ONCE」も越えられていない。が、これはこれで素晴らしいじゃないのよと思われせる。というか、私もうるさすぎるよね。この映画はこれで充分に大傑作だ。ジョン・カーニーの映画は本当にテンポがいいね。ただテンポが良すぎて、ちょっと漫画チックなのも事実。話が上手すぎて現実離れしている部分もある。…とついつい厳しくしてしまうが、ものすごい傑作であることは間違いないだろうし、これからもジョン・カーニーと聞けばこれからも私は間違いなく見に行くだろう。

確かに80年代、そして95年より前のアイルランドは非常に貧しかったけど希望があった。90年に初めて行ったアイルランドには子供と年寄りしかいないし、初めて中国人がいないヨーロッパに来たよ、と私は思った。あの頃は東洋人がアイルランドを歩いている事すら珍しかった(そういえば、この映画でもバンドに黒人がいるだけでかっこよく見えるだろー、とか無責任なことを言ってたが)。このあとのケルティック・タイガーを誰が予想したことだろう。私もこの頃は、渡英、渡愛すると必ず木曜日の夜は「TOP OF THE POPS」にチャンネルをあわせたものだ。でも過去を振り返ってもそれほどいいもんかな…とも思う。当時はネットがなくて海外出張のたびに宿泊先や連絡先を取引先各社にファックスしたりしていた。アイルランドの携帯を持つようになったことをとても誇りに思った。その携帯も安くなって、誰もが簡単に持てるようになり、今や日本の携帯をそのまま持っていっても支障がなくなり(孫さん、ありがとう! いろいろ言う人がいても私はSoftbankが好きです)、誰にも何も知らせず海外に出てもまったく問題がない時代になった。前はホテルに入るとモデムを調整するのに何時間も時間を取られたものだ。昔は自分が出張しても会社に電話取りの女の子がいるような事が前提としてなければならなかったし、フリーランスには厳しい時代だった。だから昔が良かった、とは私は絶対に言いたくもないし、言ってもしょうがない。だから言わない。明らかに時代は、少なくとも自分にとっては良い方向に進んでいる(と、思わないとやってられない)。そもそもあの時代のままだったら、とてもじゃないけどウチみたいなニッチな音楽は世間に対して歯がたたなかったであろう。好きな音楽で自分の生活をなんとかする、なんて想いもつかなかった。

あ、あと音楽関係者とかでも言っている人いるんだけど、「どうしてロンドン?」みたいな部分は日本からは分からないかも…。当時のアイルランドなんて、ロンドンにまず出なければ何も始らなかった。音楽ビジネスなんて、もってのほか。U2や、エンヤとかアイルランドだよね?とか言うけど、あの辺、すべてロンドン経由ですから。アイルランドから直で日本と契約したのなんて、それこそメアリー・ブラックが初めてじゃないの? そのくらい80年代から90年代の前半にかけては、メジャーレーベルが席巻していた。日本にいてもアイルランドのものがたくさん入って来るから日本人はアイルランドをよく知った気になっているけど、その多くはアメリカ経由だし、イギリス経由ですから。

それにしても、良い映画だった。でも銀座で観てたら、見終わったあと「ギグって何かと思った。場所の名前かと思った」とか言いながら,おばさまたちが出て来たのが印象的でした。うぷぷ…

いやいや、厳しいことも言ったけど、ものすごい映画ですよ。物語の終わり方も爽やかで好感が持てる。爽快感マックス。実は、まだブログに感想を書いてないけど「フラワーショウ!」もすでに観ているので、この夏のアイルランド映画4本、これで全部観たことになるので、ここではっきり言ってしまうと、4本の中では「ブルックリン」が一番誰にでもお薦めできて良いかな。楽しいのは「シング・ストリート」で間違いないけどね。あまりネガティブなことを書いちゃうと「(アイルランド)マニアがジャンルを殺す」になっちゃうからね。つべこべ言わないで応援しないと!(笑)それにしてもアイルランド映画が,この夏4本!!ですよ。前は年に1本あるか、ないかだったのに!

あ、そうそう、それと主人公が歌詞を書いて、マルチ演奏家の彼と共作するところなんか、ちょっとスクイーズの事を思ったりした。スクイーズの結成時もこれに近いもんがあったんじゃないかな、ってね。そういうバンド組む時のワクワク感はホントによく描けている。

ちなみに劇中の音楽はアイルランドのトップミュージシャンたちを起用しているそう。子供たちが演奏をしているように下手くそに演奏するのが大変だったらしい。そのレコーディング中の音声とかが映画のエンディングロールにちょっと流れるのが微笑ましい。

劇中のこの曲とか良かったよねー 80年代の雰囲気を出すために元ダニー・ウィルソンのゲイリー・クラークが書いた。ゲイリーは、昔からウチのお客さんだった人なら知っているかもしれないけど、もうだいぶ前に私は一度招聘で係った事もある。夫婦で日本にやってきて、とても楽しそうにお寿司とか食べてた。また会いたいなー
(そういや劇中で「上手くなくてもいいんだ、スティーリー・ダンじゃねぇんだから」みたいなセリフが出て来たなー。あれ、良かった。ダニー・ウイルソンはスティーリー・ダンを意識したバンドだった)



「Mary's Prayer」名曲です。こういうのが名曲なのさ。歌詞とか、ホントに素晴らしい。


PS
しかし音楽映画はやっぱり音楽そのものに魅力があるかにすごくかかってくるよね。「コミットメンツ」はあのあとバンドがツアーするまでに大成長した。「ONCE」もそうだ。グレンとマルケタは日本にまでやってきた。それを思うと、この作品にはそこまでのパワーはない。マルーン5の人とか、あれこれ起用しているようだけど、やっぱりアンドリュー・ストロングやグレン・ハンザードほどのカリスマ性がないんだよな… ジョンも脚本家/監督としては最高だけど、自分が曲を書いちゃうとダメなんじゃないかな、とも思う。(もっともジョンとしては、それで大満足なんだろうが)

PPS
ま、でも監督の気持ちになって考えてみれば「前作よりいいものを…」みたいなことはあまりないのかもしれない。「前作とは違うものを」ってのは間違いなくあるだろうけど。そのうち音楽とはまったく関係ないものを出してくる可能性はある。ジョン・カーニー、目が離せない!(笑)

PPPS
ところでアイルランドからメールが来て、主演の子のお兄ちゃんたちのバンドがこれなんだって。キーラとかに続くなんつーか「ゲール語クールだぜ!」の世代の兄弟デュオ。


PPPPS
この「ロックという文化資本を通してさまざまな文化言語を習得することでもある」っての、お兄ちゃんのこと思い出しました。