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2016年7月31日日曜日

コーマック・マッカーシー「ザ・ロード」を読みました

読んだわ…ついに読んだ。映画「ノー・カントリー」の原作者としても有名なコーマック・マッカーシーの作品。角幡唯介さんが「アグルーカの行方」を書くきかっけとなった本だと言って紹介していた名著。いや〜、すごい本でした。なるほどね。これ極地探検とすごくテンションが似ている。一歩間違うと死んでしまう世界。人間の根源を問う、突き詰められた世界。なるほどね。こういうテンションの本をノン・フィクションで書きたかったと言っていた角幡さんの話を、今、やっと理解した。これは、なるほどチェリー・ガラードの「世界最悪の旅」にも良く似たテンションだ。
理由は分からない(物語の中では最後まで、その理由は明らかにされない)けど、荒廃した世界を彷徨うことになった親子の物語。世界は核爆発だか、地球が隕石にぶつかったかで、とにかくものすごいダメージをくらたらしく、すべては消滅。あるのは灰色に焼けこげた空間だけ。太陽も輝かない。植物もなければ、動物もみな死に絶え、当然食べ物もなく、親子はショッピングカートに持てるだけの荷物を積み、南へと向う。(この絵づらが「子連れ狼」に似ている、と解説にあったが、なるほど、と思う)寒い冬をなんとかしのぐためだ。世界はすでに大変な混乱で、生き残っている者は、ほとんどいない。数すくない生き残るものは略奪、殺人,時にはカニバリズムに走るまでして、なんとか生きのびようとしている。
親子はそれこそひからびた死体から、並べられた首やら、子供を食べる大人たちやら、ひどいシーンに遭遇する。

そんな最悪の状況下で、心に残るのは子供のピュアさだ。人とすれ違うたびに、自分より弱い相手であれば「どうして助けてあげられないの?」「どうして食べ物を分けてあげないの?」と父親に問う。父親はなんとか説明をする。餓えに苦しみ、もう駄目だ…と思うと昔の缶詰などが貯蔵さ家などを発見し、なんとか生き延びる。

ちなみに「さわやかな読後」とかそういうのは、そういうものはまったく期待できない。ずっしり重い、それだけの小説だ。最後の文章が重く心に残る。

「かつて山の渓流には川鱒が棲んでいた。琥珀色の流れの中で縁の白いひれを柔らかく波打たせている姿を見ることができた」

「川鱒が棲んでいた深い谷間ではすべてのものが人間より古い存在でありそれらは神秘の歌を静かに口ずさんでいたのだった」

とにかくすごい本だ。何度か読めば、そのたびに印象は変わるかもしれない。ほんとに重い、すごい世界を見せてもらったという気がする。ちなみにYou Tubeでちょっと検索したら、映画の方も出て来た。字幕はないけど簡単に見ることが出来る。


PS
妙な話だけどこんな世界に憧れる気持ちもないわけではない。なんか根源的な人間力が試されるというか、なんというか…。そして、こういう世界って、もしかしたらかなり近未来に本当に来るんじゃないか…とも思ったり。いずれにしても今ある世界が当たり前と思ったら大変なことだ。高度に進化した文明。それはもう行き過ぎたほどに…

2016年7月30日土曜日

ロビン・ヒッチコックとジョー・ボイドのTiny Desk Concert

シド・バレットの「テラピン」「I Saw Nick Drake」など2010年の映像。



ロビンって、ジョー・ボイドと仲良しなんですよ。

「Tiny Desk Concertにようこそ! 僕は僕の人生においてずっとロビン・ヒッチコックをやってきたんだけど、ジョーはジョー・ボイドを僕が自分をやるよりも長くやってきてんだ」

「なぜ僕がロビン・ヒッチコックをやっているか、そして今だバラ色のサングラスを自慢げにかけているかというと、それは僕が60年代から直接やってきたアーティスとだからさ。(これ、ロビンがよく言うジョークで、自称60年代のアーティストということになっている。実際は53年生まれ。活動が始ったのは70年代)」

「ジョーのプロデュースしたピンク・フロイド、インクレディブル・ストリングス・バンド、ニック・ドレイク、フェアポート・コンベンションを子供の頃に良く聞いた」

「長い間、音楽ビジネスをやってきて、僕らは今、ジョンが惹き付けられて係ってきた人たちのことを、彼らの歌を本の朗読とともに紹介しているんだ。僕の役割は子供の時惹かれた音楽を演奏すること」

ジョー・ボイド。インクレディブル・ストリングス・バンド、フェアポート・コンベンション、サンディ・デニー、ニック・ドレイクなどを見いだしたアメリカ人の音楽プロデューサー。初期のピンクフロイドも手がけた。

で、ジョーが本を出したタイミングに、ロビンがジョーの朗読とロビンの歌という企画でデュオでコンサートをやりだしたわけですよ。一時このデュオ公演を日本に持ってこれないか?という話もあって、ジョー・ボイド大好きなピーター・バラカンさんに相談したりしたこともあったんだけど、日本でやるとなると通訳いれないといけないし、難しいかな、ってんで流れてしまった。

ロビンの来日はそんなこともあったりで10年も間があいてしまった。

ロビン・ヒッチコック来日公演。10月15日(土)南青山マンダラにて、詳細はこちら。


ウォリス・バード、New Single「Change」

こちらが第1弾シングルだそうです。「Change」モノクロの映像。





ウォリス・バード、来日公演は12月です〜 詳細はこちら。新作「ホーム」は、9月30日にキングレコードより発売。日本盤ボーナス2曲入り。



2016年7月29日金曜日

我々全員が「弱者」であり「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略である




いやな事件でしたね。頭がおかしいと言ってしまえばそれまでだけど…。昨晩ひょんなじことから、私はだいぶ前にネットで話題になったYahoo知恵袋の、この回答を思い出しました。

ここまで言わないと分からないかな……と思いつつも、でもいい回答だと思うので、あらためてご紹介します。

ぜひ原文(このリンクから行けます)を読んでほしいのですが…
「自然界は弱肉強食なのに、なぜ人間界では弱者の面倒みなくちゃいけないんだ」「人権などの話を持ち出さず説明してください」という質問主に回答者はこう答えています。

まず回答者は自然界は「弱肉強食」ではない、としています。実際地球上ではウサギが繁栄し、虎が絶滅の危機に瀕しています。


「強い者」が残るのではなく「適した者」が残るんです。(ここでいう「残る」とは個体が生き残るということではなく、「遺伝子が次世代に受け継がれる、という意味であることに注意)

そして自然界には無限の生き残るための環境適応の方法がある。決して活発な者が生き残るというわけではない。

生存が「子孫を残すこと」であり「適応」の仕方が負数に可能性があるものである以上、どのように「適応」するかは、その生物の生存戦略次第。そして人間の生存戦略は「社会性」なんです。

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって固体を保護する。個別的には長期の生存が不可能な個体(質問主の言う弱者)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、という戦略です。

「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ。あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です。

社会というものがない生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。その「弱者」たちが集って、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが、人間の生存戦略なんです。

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです。


うん、とにかく全文読んでください。すごくいいんです。

そしてこんな記事もあるんですよ。ネアンデルタール人がなぜ滅んだか。なぜホモサピエンスに負けたのか。

「遺伝子の優性が問題ではありません」「ネアンデルタール人はホモサピエンスと同等の知恵を持っていた」


ホモ・サピエンスってすごいんです。すごい戦略をたてて、地球を自分たちのものにした。大丈夫、誰も弱者(と現代社会では言われている人たち)を取りこぼしたりしません。それは私たち人間といわれる生物が、地球で生きていくための戦略なんです。そういう能力はすでに私たちの遺伝子に書き込まれている。

だから弱いと言われる人たちを助けなくちゃという行動や、思いを寄せるという感情は、私たちの中に自然に浮かび上がってくる。まったく良く出来てますよね!

今日も張り切っていきましょう! しゅっぱーつ!


現在THE MUSIC PLANTで企画しているコンサートは…
 ロビン・ヒッチコック来日公演
 20周年コンサート featuring ヴェーセン/ルナサ/ナヌーク
 辺境の歌コンサート featuring 松田美緒/ナムガル/ナヌーク
 ウォリス・バード来日公演
どうぞよろしくお願いいたします。

2016年7月28日木曜日

フジロック20年、スマッシュ日高さんのインタビューにしびれる


かっこいいなぁ! 日高社長、67歳。私なんて、まだ50なのに、もうどう引退するかってことばかり考えてる。引き際はみっともなくしたくないし、仕事のクオリティ落としたくないし… そんなことばかり考えている自分にカツ入れられた感じ。そうね、明日は来るんだし、明日のことは明日考えよう。グリーンランドからメールが来ると頑張らなくちゃいけないなぁ、といつも思うし…

そして畔柳ユキさんが教えてくれた、このインタビューもすごくいい。長いけど読む価値ありです。是非是非読んでください。
特に前半のレコード会社との関係のくだり…

「会場には来てくれ」と。「絶対にレコード会社の悪口は言わないから」と。マネージメントに「全然応援してくれなかった」とは言わないからと(笑)。

レコード会社の人は来日に反対するんですよ。来日すると協賛金払ったりする慣習が当時はあったから(今はそんなのはほとんどない)。オレたちに無断で勝手に呼ぶな、みたいな。でも本当にレコ社に限らず、来日に対してめっちゃ非協力的でプロモーションも何もしてないのに、来日っていうと表れてミュージシャンにだけチヤホヤと会いに来る連中のなんと多いことか! 洋楽業界ってそんなのばっかりだと思うけど、そういう人たちも日高さんは排除しない。是非会場に来てくれ、と言う。絶対にチクらないから、って。それってすごいことだよ!! 私なんてすぐ「あいつらは何もしてくんなかった」ってチクっちゃってたけど!! (あ、ちなみに誤解ないように書いておきますが、キングレコードさんには、ウチはとってもお世話になっています。だからこんなに一緒にやっているんだけどね!)

あと他のプロモーター(ホント汚い!)との悔しいエピソードとか(こんな事あったんだ!?みたいな話ばかり)。オアシス初来日のエピソードとか(これだからイギリス人はいい、って言っている)。日高さんでも悔しい思いとか、嫌な思いたくさんしてるんだ、と私はすごく嬉しくなった。でも決して相手を訴えたり、そういうのはしない。ミュージシャンのキャリアに傷がつくから…とも。ううう、泣けるよ。

そして後半の

「ハートなんだよ!アフリカのリズムであろうが、「うわーっ!」って気持ちでやっていれば、それがロックなんだよ」

とか、もう超感動! そしてオレンジコートが昨年からなくなったことについて、あれこれ言う人たちには…

だったらもっと来てほしかったよなー。いつもあるんだよな、あんまり来ないくせに無くなるってなったら「うわーっ」て言うの。だって“オレンジコート”がいっぱいになったことなんてないんだから(笑)。

だから去年、オレンジがなくなったことについては「嫌味を含んだ大変丁寧な意見をたくさんもらったよ」って書いといて(笑)。

↑そうそうそう!!! 外野は言うんだ、分かりもしないのに無責任な「ご意見」を!!

自分の夢を実現する人は、やっぱりすごい苦労している。偉い人でも、日高さんでもそうなんだ。

もういっちいち響くわー これー そりゃあスマッシュさんとウチじゃ規模が違いすぎだけど、私には響きまくった。でも自分でリスクを取りながら何かを作って自分の夢を実現している人なら、絶対に響くよ! 是非読んでみてください。

ちょっと勇気でた。オレも頑張ろ!! 本日はちょっと遠くまで遠征です。では!


現在THE MUSIC PLANTで企画しているコンサートは…
 ロビン・ヒッチコック来日公演
 20周年コンサート featuring ヴェーセン/ルナサ/ナヌーク
 辺境の歌コンサート featuring 松田美緒/ナムガル/ナヌーク
 ウォリス・バード来日公演
どうぞよろしくお願いいたします。

2016年7月27日水曜日

開高健「夏の闇」を読みました

死んだ作家の本はアマゾンの中古で買う
おっさん小説の金字塔(笑)開高健を始めて読んだ。先日読んだ角幡唯介さんの「探検家の表現術」に収録されている開高健論が良かったからだ。

でも正直読み始めてから一気に後悔した。なんというか、恰好つけた文体がいちいち私にはうっとおしく思われるのと、女を女と呼び名前をつけないところなど、まぁ、男尊女卑もいいとこ。考えてることは呑むこと、寝ること、セックスのみ。ノンフィクションなんだかフィクションなんだか分からないところが卑怯だし、とにかくかったるく話は進む。また角幡さんの書評にだまされちまったぜ…と正直ちょっと思う。

しかし。途中からいきなり面白くなった。途中、釣りに出かけ、新聞を見て再びなぜか古いたち再び旅?(取材?)に出かけようという気持ちがムクムクと頭を持ち上げてくるくだり。

「あなたのお友達なんかどうしてるの?」と女に聞かれ、答えるシーン。「近頃めったに会わない」としながらも、そのあとのセリフが良かった。

「大学にのこったのは助教授になってる。父親の会社をついだのは社長になってる。新聞社ならデスクとか次長とかだね。みんな太るか禿げるかで、顔型がすっかり変わってしまって、見分けもつかないよ」

「会えば病気かゴルフの話だね。糖尿や血圧なんかがいい。病気の話をはじめるといきいきしてくる。そうでなかったら戦争中、子供のときに豆カスやハコベを食べた話、これもいきいきできる。無限に語れるね。病気と豆カスの話をするなといわれたら両手を縛って川へほりこまれたようなもんだ」

「豆カスの話はいいな。夢中になるよ。おれたちの世代の絶対不可侵なるものといえば豆カスだね。豆カスが聖域なんだ。ほかに何もない」

この周りの人間をバカにするような、しかし孤高な感じはなるほど!と思った。これは戦うオヤジたちが共感するのも無理ない。私も共感する。過去のことしか考えておらず前を見ない連中は面白くない、と言っているわけなのだ。

が、でもこれって著者の子供っぽいところというか、カモメのジョナサン的なところで、これって同窓会みたいな場では、そこにいる全員が思っていることに違いないのだ。それぞれに「現在の事」もかかえているのだろうけれど、そんなの説明してもこいつらには分からないだろう…と言う事なのだ。それはみんながみんな考えているに違いないのだ。だから共通である過去の話題に終始する。著者だけの話ではない。…と、まぁ、それはさておき。

そこからは妙に面白くなりグイグリと引き込まれた。最後の20ページくらいだけど(笑)
いずれにしても開高健に詳しいおじさんに確認したところ、やはり私が手にした本が良くなったらしい。「オーパ」や「日本三文オペラ」とか派手なやつを先に読めば良かったのかも。

ただ文章に迫力があり説得力がある(こういうのを文章が上手い、というのだろうか)のは事実だと思った。っていうか、巨匠にたいして私も失礼だよなぁ! またもう少し何冊か読んでから出直します。私にはまだ開高健を語る資格はないわな。またこういうカッコつけたおっさんたちも、私みたいな粗暴で見た目に気を使わない女が大嫌いである(笑)


ウォリス・バード、新作発売まで9週間 3曲目



ふふふ、全部聞きたいでしょ? 聞きたいですよね。9月30日のアルバム発売までお待ちください。以下、ウォリスより。

3曲目は「コントロール」。作曲をしている最初の段階で出来たリフ。20ヶ月におよぶレコーディングの中で、これを仕上げるのは戦いだった。歌詞は最悪だったし、今にいたるまで怒りながら歌うことはしたくなかった。5つくらいの、まったく違うヴァージョンが出来上がった。オーケストラをかぶせたもの。50年代っぽいもの。伝統的でないもの、そしてダンスっぽいもの。歌詞は最初のバースの終わりまで北。制作を始めて6ケ月後、夢の中でコーラスの部分がうかんだ。7ケ月にリズムを変えることを思いついた。14ケ月後、この曲はなんとかしようとする関係性についての歌だけど、それは恋人だけじゃなくって、芸術家と芸術の間でもいえるんじゃないかと気付いたの。定期的に働きかければ、それは結果となる。曲を聴いて、そして曲と対話しながら。

Featuring : Aidan (歌)、Marcus Wüst(パーカッション、キーボード、歌)、ウォリスは他全部。

ウォリスの新作「ホーム」は9月30日、キングレコードより発売になります。(日本盤のみボーナストラック2曲付き)


ウォリス・バード、来日は12月。詳細はこちら。

2016年7月26日火曜日

ポケモンGOに思う「生きていくってホントに大変」




皆さんはやってますか? ポケモンGO! ヨーロッパの友人の投稿を見ていても話題でしたが、いや〜日本に上陸してから私も興味本位でやってみたら、結構面白いので、せっせとモンスターを拾っています。バスに乗りながら拾うのがいいね。あと荒川土手と近所の公園にポケストップとかがあるので、そこを散歩しながらあれこれ捕まえています。でも、家の裏手の土手にすぐジムがあるんだけど、それがよくわからないし戦ってもすぐやられてしまうので、なんだか興ざめです。そろそろ飽きてきたかな…。そのうちこれが誰かと戦うとか、そういう展開になるんでしょうか? いずれにしてもmplantyokoというIDは確保しておきました。何か仕事に役立つ時のために(爆) そういやセカンドライフとかいうのも一時流行ましたよね。あのセカンドライフはどうなったんだろうか。荒廃した異次元の世界を私のアバターはまだウロウロしているんだろうか。

そろそろ飽きてきたかも?
それはともかく、こういうものが流行るとホントに思います。「生きるということは不快に耐えてやり過ごす時間の連なりに他ならない」と。

これ、角幡唯介さんの名著「アグルーカの行方」の中の私の好きな一節なんですが、探検家さんって真理をついてくるよね。生きることって、ホントにそうだと思う。探検家さんは極寒の北極を探検しながら、毎朝テントの内側につく霜やつららの除去に苦労するわけです。でもこれはどうしようもない。人間が呼吸をしている以上、その呼気に含まれる水分が凍って、テントの内側は霜やつららにやられるわけです。それでこの名言となった。どうにか北極探検中くらいは息にむくまれる水分量が減らないもんかと探検家さんは嘆く。でも生きているということは、ホントに面倒くさい。この一文は北極を旅することの説明における前後の流れの中で意外とさりげなく書かれているんですが、私にはそれが響きまくってしまった。

北極じゃなくても私たちは常に実感しています。生きるって、ホントになんて面倒くさいんだろう、って。これが子供でもいたりペットでもいたりすれば無条件で生きて行く理由があるんでしょうが、独り者の私なんて、特に生きる理由なんてありゃしません。そのくせ地味で毎日同じことを繰り返すような生活なんて自分には絶対にできやしない。なにかしら自分を興奮させるものを近未来に設定し、常にあちゃこちゃ動いてないと気がすまない。食べ物も食べるんだったら毎回毎回おいしくなくてはいけない。そうやって、生きるという苦痛から、かように面倒くさい事を重ねつつ、必死に「生きる」ということから自分の注意をそらし目を背けさせるか… 私の生活のすべてが行動のすべてが、そこに捧げられているわけです。まぁでも親が生きているうちは自分は先に死ねないし、友達に対しても申し訳ない。だから頑張るわけですが。

とすれば…ポケモンのように(とりあえずは)無料で、延々と時間をつぶせるものという物は,非常に世の中の役に立っていると言えるのではないでしょうか。人はとりあえず今、このたった今の時間が楽しければそれでいい、と考える。つまりはそういうこと。

世の中にはこのゲームを否定するようなことを言うような文化人などもいるようです。でも、生きていくってこんなに辛いんだもん! ゲームくらい楽しんでもいいよね!ってみんな思っているんじゃないでしょうか。

美味しいものを食べるにも働いてお金をためないといけない。仕事をするのにも上手く行くとは限らない。世の中つらいことばかりです。であれば、一瞬、無料でダウンロードできて楽しんで怪獣など捕まえて、ちょっと幸せを感じることくらい許されるんではないか、と。

そんな風に今やエンタテイメントの世界は消費者のお財布どころではない。今や時間の取り合いです。だからエンタテイメントにかかわるすべての人がポケモンGOに対して,悔しく思っているに違いないのです。私をふくめ、ね。こんなに多くの時間をポケモンに取られてVierwer数で稼ぐ広告業とかは明らかにダメージをくらっているわけで、いったいこれからどうなっちゃうんでしょうか。

こんな分かりやすいもんが(とりあえずは)無料だっていうんだから、ウチのコンサートで何千円もするようなチケット買ってくださいなんて,ますますハードル高くなっちゃったよなぁ。そもそも誰にでも分かるような音楽やっているわけでなし。

そんな風に毎日つらいわけですが、それでもグリーンランドからメールが来れば気分はあがる。今日も元気で行きましょう! 



PS
もっと言っちゃえば、みんな辛い時間がやり過ごせさえすれば、内容はどーでもいいって思ってるってこと(爆)

PPS
角幡さんが北極に行くようになったきっかけともいえるべき本「ザ・ロード」を昨晩読み終わりましたが、あまりの凄さに絶句中です。

2016年7月25日月曜日

LINEその後、どうやって情報発信をしていくか

LINE、その後、友達は36人になったのですが…、そこで止まりました。MUSIC PLANT @ LINE 

友だち追加数

どうしようかと使用方法を考えております。試しにいくつか@ラインを運営しているミュージシャンやレーベル、レコード店などをフォローし研究してみましたが、皆さん運営方法は、それぞれ。

ブログを更新しましたという連絡がひたすら入るだけの女性ママ・ヴァイオリニストさん。新着音源などが聞けるリンクが来るレコード会社。公演の告知を毎月一度流している男性SSW。友達に聞けば「公式アカをフォローするのは、ステッカー(スタンプだったかな?)が欲しいから」とかいう。うーん。

どのくらいの頻度でどの程度の情報を送るのがいいのかな…と、いろいろ考えるんですが、とにかくこの集った少ないけど36名のお客様のために、何を提供していくか。またそれはちゃんと私が続けられるものでなくてはいけない。短期間で挫折して終わったりすることが一番みっともないんで…

あまり多く情報が流れてもかえってご迷惑になるだろうから、この際「コンサート告知に絞る」こととしました。結局ブログやらTwitterやらFacebookやら、あれこれフォローしていただいているが、Twitterなんかかなり気分次第だし投稿も多い。ブログも毎日アップしているので、これもかなりうっとおしいだろう。正直、コンサート情報だけしっかりもらえれればいいんだよ、という人は多いと思います。なので新規公演告知があった時に、その告知をお送りしたいと思います。36名の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。


というわけで、この時点で情報発信の方法をもう一度見直そうと思いまして、ここに整理しておきます。(自分用のメモ)

ホームページ
ここは従来通り。とにかく本丸をしっかりしなければ。掲載情報は常に最新のものに。(しばらく来日してない古くなってるページもなんとかしなくちゃだなぁ…)

Blog  THE MUSIC PLANT日記
一時は1日に複数投稿を考えたが、それでアクセス数は増えたもののGoogle Adの上昇には結びつかなかったため断念。今は平均1日1更新で続行中。

Twitter
気ままな呟きにかまけていないで、告知もしっかりしないといけないということを最近になって再確認。いわゆる「Tweet Delay」というのを使って定期的に公演告知ツイートが流れるようにしているが、これをもう少し強化していくべし。あといつも考えるのはプライベートなアカウントと公式アカウントを分けたらどうかな…ということ。悩ましいが、すべて自分1人ではあるので、難しい。

Facebook
現在ブログとの連動でほぼ毎日更新。これはこれでオッケーかなと思っています。

Instagram
食べ物の写真にコンサート告知を挟んでいますが、我ながら壮観だなぁ、食べ物の写真の量! ここもこれで良し。

Note
Noteは、それほどポピュラーではないと思いますが、はじめたからには続けたいと思います。ここは現在散らしが出来た時にアップしている状況です。ここにも告知くらいは載せていこう…

■メール・マガジン
半年に1度くらいしか発行していません。これも現状そのペースかなぁ… 実はメルマガは喜ばれる事も多いけど、嫌がられることも(それがたとえ半年に1度でも)多いんです。悩みどころ。

@LINE
というわけで、公演の告知が決まり次第不定期に流します。(年間6〜7回と思われます)

Mixi
日記はブログへ、Mixi VoiceはTwitterへ自動連動。放置しているが、それでも情報は充分に発信できていると思う。これもこのまま続行。

有料サロン「THE MUSIC PLANT広場」
Facebookのアップデートもいいけれど、2ケ月に一度のオフ会が楽しい。ここもちょっとやり方を考えていかないといけない。

というわけで、皆さんからのご意見もお待ちしております。今日も元気に参りましょう! 


現在THE MUSIC PLANTで企画しているコンサートは…
 ロビン・ヒッチコック来日公演
 20周年コンサート featuring ヴェーセン/ルナサ/ナヌーク
 辺境の歌コンサート featuring 松田美緒/ナムガル/ナヌーク
 ウォリス・バード来日公演
どうぞよろしくお願いいたします。

2016年7月24日日曜日

こんなニュースが:浜崎あゆみさんがライブでスマホ撮影解禁


こんなニュースが流れているわけですよ。日本のコンサートも変わったよね。昔はホール公演において通路に出るだけで、いや立ちあがっただけで、警備員が飛んできたもんですが…

コンサート会場での写真撮影について何度かここにも書いていることだけど、本当にこれって主催者としては悩みどころなのである。

というのは、ウチのライブの場合、主催者(ウチの場合,私です)もアーティストも別に撮ってもいいよ、撮りたいなら… というスタンスではあるんですよ。ただクレームというのは、あるとしたら、それは主催者からでもなく、ミュージシャンからでもなく、会場オーナーからでもなく、「他のお客さん」から出て来る。「液晶がまぶしい」「シャッター音がうるさい」などなど文句を言うのは他のお客さんなんです。だから難しい。

クレームってホントびっくりするようなところから飛んで来る。例えばウチの公演には、時々ですが、赤ちゃんや未収額児童を連れてきたいというお客がいます。日本はベビシッターという制度があまり利用されていない。(安価でないからなのか? よく知らないけど)またウチみたいな小さな公演で託児所を設定するほどの余裕はないし、会場も小さいから場所もない。

なので、ウチの場合、だいたいそういうお客さんには「すみません、私も構わないし、ミュージシャンも構わないんですが、クレームはあるとしたら他のお客さんから起こるので、申し訳ないけど隔離(言い方悪いですけど)させていただいて良いでしょうか?」と、他のお客からはうんと離れた場所を案内することで入場オッケーすることが多いのです。

しかしクレームというのは、本当にものすごいところから飛んでくるもんで、そんな状況下にいただいた「あそこにいる赤ちゃんが耳栓をしていない」ってクレームです。これにはビックリ。しかも、そのクレームは、友人の音楽ライターからもらった! 私は本番中で忙しいし、今、それを私に言ってどうする?と思ったが「親がそうしてるんだから仕方ないでしょ」と返事して、そのまま放置しておいた。しかしいったいどうすれば良かったというのだろう。お客さんに「もしもし、それはお子さんの耳にやばいと思いますよ」とでも言えば良かったのか? 今だに分からない。まったくもって悩ましい。

ただ安くないチケットを買ってもらって参加してもらうことになった以上、そこにいるすべての人々(アーティストとお客さん)すべてを満足に近い形に持って行くことについては、主催者である私に責任がある。

さて、話は戻って写真撮影です。ここにも何度か書いていますが、私がこの話題を持ち出された時は、だいたいカナダのロリーナ・マッケニットが言っていた、この言葉を紹介することにしています。2004年だか、2005年だか、ロリーナが10年ぶりくらいにツアーに復活した際、入場するお客さん全員に配っていたパンフレットに書かれていた言葉。

「コンサートは、お客さんとアーティスとは本当に貴重な時間の共有なのです。私はお客さん1人1人に真剣に向き合っている。例えばあなたは誰かがあなたに向って真剣に話している時、その人に向って携帯電話のカメラを向けたりしますか?」

さすが、ロリーナ。「舞台演出のさまたげ」とか、「他のお客からのクレーム」とか、そういう回りくどい説明の仕方はいろいろあれど、「真剣に聞いてほしい」って事をストレートに言っているのだと思います。確かに私もロリーナの言うこれに尽きると思うんだよね。

いつだったかグレン・ティルブルックのアメリカのコンサートを観に行った時、本人があれだけ汗だくで超熱演しているのに、お客のほぼ全員がグレンにカメラを向けており、これはないよなぁ、とちょっと呆れたのでした。

ちなみに海外の事例が良く持ち出されるけど(海外では許可されているとか、なんで日本は厳しいの?的な)、海外は会場によってまちまちだし場所によっては日本よりうんと厳しいところはいくらでもありますよ。

とはいえ、最初の浜崎あゆみさんの記事に戻れば、お客が撮ったブレブレの映像や音声の割れたひどい動画、そして写真が、ツアーの宣伝になるという考え方も分からないでもありません。

が、でもこれもウチの場合、何か理由がないかぎり、ミュージシャンには、お客さんに挨拶するようにしているし、写真撮影をVIP客のみとか言って追加料金をいただいているわけでもない。ほとんどの会場においてサイン会はほぼ100%行われ、会場さえ問題なければ写真撮影にだって応じているわけです。だから、それを使って拡散してもらえればいいと思うんです。

なので、やっぱり公演中は演奏、音楽、そしてこの素晴らしい体験に集中していただければな、と私は思います。今後こういった状況は変わってくるかもしれませんが、とりあえずこれが2016年7月の時点でのウチの考え方です。

今日も張り切って行きましょう!!


現在THE MUSIC PLANTで企画しているコンサートは…
 ロビン・ヒッチコック来日公演
 20周年コンサート featuring ヴェーセン/ルナサ/ナヌーク
 辺境の歌コンサート featuring 松田美緒/ナムガル/ナヌーク
 ウォリス・バード来日公演
どうぞよろしくお願いいたします。

2016年7月23日土曜日

弱さに惹かれる人間は主体性を奪いに来る











先日書いた酒井順子さんの「子の無い人生」の紹介ブログが結構アクセスいただいておりますが、それに続くような話題が、これ。

まずはこの方が「アホか」とバッサリなこの女性誌の記事,読んでみて。ホントにびっくりするから。

酒井順子さんの名著「負け犬の遠吠え」では、女性誌にはこういう表現が多い、ということを指摘していましたが… あの本から何年? いまだに女性誌って、こんなノリなのね。もうビックリです。信じられない。普通の女ってこんなこと考えてんのかーっっ?!

このツイートしてる方、さすがだなぁ。「弱さに惹かれる人間は主体性を奪いに来る」って、確かに真実をついているかも…

私なんぞはいっつも思う。人間は弱く見えるようにしてた方が、可愛いんだって。でも、私はそういうのがどうも苦手なんです。そういう非常に可愛くない人間なのです。でも、主体性は奪われたくないじゃないですか。やっぱり。



PS
でもみんな大変なんだよ…。大変な思いをして生きているんだよ。だいぶ前に話題になったこの記事を読む。「私、女性誌のキラキラ感を笑う気になれません」という話

2016年7月22日金曜日

先月号のラティーナさんより グリーンランド出張レポート

6/20から売られていた先月号のラティーナさんに掲載いただいた私のグリーンランドレポート。もう次の最新号が発売になっているということで、編集部さんに許可をいただいたので、こちらに掲載させていただきます。普段のブログの文章より、しっかり書いたつもり…(笑)良かったら読んでくださいね。クリックで拡大します。

一番最後にちょっとしたニュースもあり… 詳しくはまた今度!




イベント好き フェスティバル好き

とあるアイドルグループを大好きだという女性が、そのグループのこの夏の一連のイベントの抽選にすべて外れたため、イベントで盛り上がるそのアイドルグループのSNSを観るのが辛いという。

うーん。なるほどねぇ。なかなか難しいね。じゃあそのSNSを見なければいいじゃん、とは言えない。だって、その人はそのグループのことが好きなのだから。

例えば私がここで書く来日レポートなんかも、コンサートに来れなかった既存のファンの人を傷つけているのであろうか…それは問題だ。だが、私にはチケットを売ってミュージシャンにギャラを払わねばいけないという使命があるから、ツアーが始ってからも宣伝活動を続けてチケットを売り切らなくては行けない。

ではチケットが全部売れていたらSNSをアップデートする必要はないのだろうか。否。これだけ情報化された社会では、チケットを買って、かつその日までワクワクドキドキすることもチケット代に含まれている。私がブログにあれこれ書くのも、チケットを売りたいと同時にチケットを買ったお客さんが当日までワクワクしてもらいたいからだ。こういう世に知られていない音楽であればなおさらだ。お客さんはヴェーセンのことやルナサのことを話したくても誰にも話すことが出来ず、毎日をモンモンと過ごされているかもしれない。であれば、私が多少でも話題を提供して、その当日まで楽しんでもらう必要もある。しかし、これは由々しき問題だ。なるほど、コンサートになんらかの理由で来れない人で、そう思う人がいるんだ…と。(ま、でもこんな風にいろんなこと気にしてたら何もできやしない)

そして、また、とある音楽好きの友人が昨日「今年はフジロックに行くのをやめた。覚悟はしていたこととはいえ、とても辛い」とかつぶやいている。それが経済的理由か、時間的理由かは分からないが…  うーん、なるほどねぇ。これも問題だよね…。うーん。

何か彼らにとって納得する気持ちの良い落としどころはないのかと思う。可哀想だ、と私が言ってしまえば、それは彼らに対するつまらない同情にしかならない。そんな上から目線ではない、何かいい言葉はないものだろうか。

それにしても、私はラッキーなことに、あまりそのような問題にブチ当たったことはない。ただ私の悲劇はもっと根が深い。

そもそも私は大人数の中の一部になることを非常に苦手としているため、人がたくさんいるところに行くのが苦手である。飲み会のたぐいも5名以上になると本当に落ち着かない。ベストはやっぱり2人。3人でも4人でもいいけど、5人以上になると、もう黙るしかない。みんなの話を聞いているのも面白いけどね。

いずれにしても、私はこんな職業についているが、人が多く集る場所が苦手なため、自分の仕事のメリットにならなければコンサートにもあまり行かない。行く時はだいたい1人でこっそり行って、主催者や出演者が友達だったとしても、よほどの仲良しでないかぎりこっそり1人で帰宅する。この仕事を始めたばかりの時は、年間コンサート100本という義務を自分に課していたが、それを7、8年くらい前に辞めてしまったのは、あまり人のコンサートに行っても学ぶことがないと判断したからだ。とはいえ、今でも年間50本くらいは見てるかな… ここにはあまりコンサートの感想を書かないけど…。なぜ書かないかというと、人の公演の感想はだいたいが批判ばかりになってしまうから。(プロモーションがなってない、チラシがださい、演出がダサい、音が悪い、ライトが悪い、客がいない、客を詰め込み過ぎ、私ならこうする…など)

それにしても、行きたかったのに何らかの理由で行けなかった、それが辛いという人の気持ちは分かる。が、私には何か気のきいたアドバイスも、提案も出来ない。それは他人が何かを言っても駄目だと思うから。彼らが自分で自分の気持ちの落としどころを見つけない限りは、やっぱりどうしようもない。

ただ私だったらこうする、というのはある。例えば近所の温泉施設に文庫本を持ち込んで、探検本合宿とか、歴史小説合宿とか企てる。iPodを持ち込んで、東欧トラッド合宿でもいい。だけど週末は温泉施設も混むからなぁ。都内から音楽ファンが消えたとしても、そこにあまり変化は見られない。もしくは運動強化合宿と称して荒川土手を20km走る1人マラソン大会を開催する。うーん、でもこれも天候に左右されるし、誰もが荒川土手みたいな素敵な場所に住んでいるとは限らないからなぁ。さらにウチの近所の荒川土手に、い〜い感じの砂浜状になっているところがあるので、そこにテントを貼って野宿をする…とか。これは楽しそうだ。だが、そんなことしたら足立区、いやあそこは国の管轄なので絶対に怒られるな!? でもおにぎりを持って行って1人ピクニックとかしたら絶対に楽しそうである。

いかんいかん… そうやって1人でいる時間が長いと楽しい1人遊びばかり覚えてしまうのであった。でも単に冷房の効いた部屋で、DVD祭りをするのとかもいいと思うよ。そういう私はDVDを借りたりすることは滅多にないんだけど…。見なくちゃいけない資料のDVDは山となって積まれているのだが… 

それにしても、なんかクリエイティブな、自分にしか出来ない何かが常にあるといいわなとは思う。お金を払って大衆の中の1人になれば一定の一体感は得られるかもしれないし、楽しいのかもしれないけど、それは一過性のものだ。一体感なら1人で本を読むだけでも手にいれることはできるんだし。(作家の言葉が自分の中のモヤモヤを言語にしてくれる時。そんな時のために人は読書をするのだ! なんて素敵なんだろう!)

私も若い時は、海外のフェスティバルにいくつも行ったものだが、最近では自分の好きなアーティストを90分しっかり観る方がいいと思い、もう10年くらいフェスティバルには行っていない…。

んん?……じゃなかった、それはウソだな。去年の夏は北欧のフェスを3つハシゴしたんだった。もう記憶にないわ(笑)。まぁ、でも自分が自主的に行ったフェスはもう10年前に終わった、ということだろう。去年の夏のあれは仕事だったし、あまりいろいろなバンドを聞きすぎて最後の方は拷問に近いものがあった。もちろんいろんな国のいろんなアーティストを見せてもらって非常に良い経験にはなったとは思うけど。

そして今年の4月に行ったグリーンランドも、そうだ、そういえばあれも音楽フェスだったんだんだよ! 思い出した。そうか、私もまだフェス好きだったのか! 驚きだ。でもそれが普段の仕事以上に楽しいかというと、まったく違うのである。やっぱり私にとって一番楽しいのは、どんなに小規模でも自分の作るツアーをする事であり、自分の作るコンサートを見る事であり、自分の主催する飲み会で飲む事なのであった。

と、まぁ、このように私は常に自分発信の自分中心の事をしていないと気がすまない可哀想な人間なのである。ある意味、お金で解決できない、根が深い大きな問題をかかえていると言っても良い。チケットを買ってくれるお客さんや付き合ってくれる友達やがいなかったら、私はいったいどうしたらいいのだろう。これもまた大いなる悲劇だ。それに比べたら、この2人の友達よ、君たちの寂しさは、まだまだ救いの余地がある。

ま、つまらないこと言ってないで、今日も元気に行きましょう! しゅっぱーつ!!(笑)


PS
あ、あと何度かここに書いているけど、金と暇があれば誰にでも出来ることをしている人は羨ましがる必要ないです。これ大事。

ナヌークのフレデリック、ソロ・アルバム制作!



来た〜っっ。ナヌークのフレデリック、ソロ活動始動。そういや、グリーンランドであった時に言ってたなぁ、言ってたなぁ。でももちろんナヌークは続けますよ。これは楽しみだね。スウェーデン、デンマーク、フェローのアーティスとたちが参加するそうです。

しかしアーティスト名『F』ってのはどうなんだろ。もっと検索できる名前にしないと。ノウネンなんちゃらちゃんの「のん」じゃないけど。今の時代には大事だよね。

何はともあれ応援しまーす。それにしてもグリーンランド語の響きはいつ聞いても素敵。

ナヌークの来日公演は〜
THE MUSIC PLANT20周年記念コンサート  with ヴェーセン、ルナサ、ナヌーク
辺境の歌コンサート with 松田美緒、ナムガル、ナヌーク

そしてナヌークのホームページはこちら。

2016年7月21日木曜日

ヴェーセン熱、再発

渋谷のデンマークビールの跡地に
ノルウェービールが進出してた
昨日はとあるスコットランド人ミュージシャンから紹介されたノルウェー人の女性の都内案内を頼まれて、数時間一緒に過ごした。彼女は本当は友達と来るはずだった東京にポーンと1人で放り込まれる事になり心細くしているからと言って、相手をしてくれるよう依頼されたのだ。会ってみたら、とっても素敵な女性で、話していてとても楽しかった。

日本は初めてだという彼女の日本の印象を聞くのは面白い。なぜ寿司屋ではあんなにお店の人はシャウトしているのか、なんで道を歩いているとあちこちから音楽やアナウンスが聞こえてくるのか、お辞儀をしている日本人に握手をもとめるのは失礼なのか、等々。そりゃー、そうだよね、いろいろ不思議に思うわな。

彼女はなんとライターで、しかも小説のライターさん。本物の小説家さんって、ロビン・ヒッチコックでご一緒した絲山秋子さん以外、遭遇するのは初めてかも?! 角幡唯介さんの「ノンフィクションは事実(fact)を書き、小説は真実(truth)を書く」ってのを教えてあげたら、すっごい喜んでいた。英語これであってますかね?

彼女を紹介してくれたのはスコットランドのミュージシャンだけど、私との共通の一番仲良しの友人は、なんとヴェーセンのローゲルで、ヴェーセンがどうしたこうしたとか彼女と散々しゃべっていたら、私の自分の中のヴェーセン熱が再発してしまった。こういうパターン多いんだよね。企画とか立ち上げててもそうだけど,その企画を人にプレゼンしながら、結局話している自分が一番盛り上がっちゃうっていう(笑)

そう、私はヴェーセンが大好きだ。あのレベルでバンドと出会える事は、もうきっとないだろうな。音楽的にも最高で、一緒に仕事するのにも最高なヴェーセン。ヴェーセンと出会えただけで自分のワーキング人生は価値あるものだったと断言できる。

彼女との話は、ヴェーセンとはどう出会ったの?みたいな話から始まり、あれこれ聞かれるままに私もベラベラしゃべってしまった。

で、その「出会い」の話ですよ。もう何度もここに書いているから食傷気味の人も多いだろうけど、ヴェーセンとの出会いの経緯をまたここに書こうと思う。彼らが出演する11月の20周年コンサートの宣伝にもなるだろうし。

一番最初に彼らのことを知ったのは「ヴァルデンス・ヴェーセン」のCDを、当時ヴァルティナのマネージャーをしていたフィリップ・ペイジにもらったことがきっかけだったと思う。北欧の音楽といえば,当時はヴァルティナくらいしか日本に入ってきてなかった。「ヴァルデンス・ヴェーセン」はかっこいいCDだなとは思ったけど、そのバンドを自分がやることになるとは当時はとても思えなかった。

その後、ヴェーセンの音楽はなんとなく追いかけていたのだが、彼らに具体的に注目し始めたのは、2000年に入ってからだ。2002年にウチで北欧のレーベルをはじめることになりその第1弾がアンビョルグ・リーエン(from ノルウェー)のライブ盤だった。このライブ盤はホントに良く売れた! 今、聞いても確かにとってもかっこいい。まぁ、なんつーか、プログレだよね、これ。プログレ(笑)



そしてその北欧音楽レーベルでの第2弾リリースがヴェーセンのライブ盤だったのだ。(2001年の作品でアメリカでのカルテットでのライブを収録した作品)。ちなみにもっと言うと第3弾がヴァルティナのライヴ・アルバム、そして第4弾がハウゴー&ホイロップの「灯り」だった… 懐かしいなー(笑)

当時はNordic Notesさんっていう名古屋のレーベルさんがあって、そこが北欧のCDをよく出していた。ヴェーセンの「ヴァルデンス〜」や「グロント」も、そこからリリースされていたのだが、ウチで「ヴェーセンのライブ盤出していいですかね?」といったら、社長のH島さんは快く承諾してくれたのだ。

話を戻すと、アンビョルグは、このライヴ盤のプロモーションで日本にやってきて取材やら何やらこなし、大使館でイベントをしたりと忙しかったのだが、その時に何気ない彼女との会話で、私が私は背の高い男性が好きで過去のボーイフレンドはみんな驚くほど長身だった、という話をしたら、アンビョルグがそれを面白がり「デカい男の人が好きならヴェーセンが好きになるわよ。みんな2mくらいあるから」と言ったのだ。思えば、あれがヴェーセンと恋におちるきっかけだったと思う。

えっ、そんなこと?と驚かれるかもしれないが、そうやってバンドとの出会いはほんとにひょんなところから振って来る。もちろん音楽が素晴らしいというのは原則にある大事な要素だ。でも、そういう事じゃないの。音楽がいいとか、ルックスがいいとか、その事業をやる政治的背景が整ったとか、そういう事ではなく、「あ、これは私のバンドだ」って、自分で強く確信する瞬間。そういう瞬間があるんです。それを「バンドと恋におちる」と言う(笑)

私は、ヴェーセンにアンビョルグに続きプロモーションを兼ねて来日しないかと持ちかけた。当時は外国から3名も自分の制作で呼ぶ事にすら、かなりビビったが、やるっきゃないという気持ちが強かったと思う。そもそも東京の南青山マンダラで2日間いっぱいになるほど人が集められるかも自分にとっては疑問だった。でもとにかくオファーを出した。ところがメールを何度か送ってもヴェーセンからの返事はつれない。今思えば、バンドが非常に微妙な時期でパーカッションのアンドレがツアーから引退し、メンバーに子供が生まれたりして、ツアーをスローダウンさせていた時期だったのだ。今ならそれが分かる。そして私は、このままだと埒があかないと思い、エジンバラまで彼らの演奏を聴きに行くことを決意した。

と、ここで中断。1つアンビョルグのライブ盤で思い出したことがある。あのCDには非常に面白いトラックが入っている。アンビョルグとヴェーセンのローゲルの2人だけのトラックで伝統曲を演奏しているのだけど、なんと演奏中にローゲルが弦をブっち切ったというアクシデントもの。ローゲルがすごいのは、「オー、シット」とか何とか言いながら、フェイドアウトしつつも演奏を続け、切れた弦を取り除き、またフェイドインしながら、ものすごい勢いで演奏を復活させたことだ。おかげで、その様子をハラハラしながら見ていたお客さんは、復活したローゲルに大喝采! このライヴCDには、そのシーンのドキュメンタリーとも言うべき音が収められている。

そしたら、なんとその伝統曲をそっくりそのまま真似した日本のヴァイオリン奏者が出現した。伝統曲であるその曲。その人がアンビョルグのそのトラックの真似をしたと、はっきりと言える理由は、その人はこのローゲルの事故(フェイドアウトし、またフェイドインしていくところ)まで、曲の一部と勘違いし、再現しているからだ。もちろん、そのこと自体はまったく問題ない。そのトラックについてアンビョウルグとローゲルへの記述やクレジットがあるのであれば…だが! そう、なんとクレジットは一切無かったのである。ここまで明らかにパクっておきながら! 当時必死の思いでヴェーセンやアンビョルグなど、自分のCDをプロモートしていた私は、ホントに頭にきた。悔しかった。この人にはミュージシャンに対する尊敬の気持ちもへったくれもない。

しかもそのCDはメジャーで某レコード会社から発売された。思わずその会社にいる知り合いに連絡を取って文句をつけようかかと思った。が、ローゲルにそのことを話すと、ローゲルは非常にこれを面白がり「ノルウェー vs ジャパン」とかいう、そのヴァイオリニストと自分たちのトラックのミックス・トラックを遊びで作ってこっちに送ってきた。ノルウェーの音源、日本の音源が交互に流れるもので、それを聞くと、同じ構成の同じトラッド曲を演奏していても、どちらが腕がいいかクッキリと分かる。そして当のローゲルが「別に事をあらだてなくてもいいんじゃない?」みたいなことを言ってきたので、私も騒ぐのをやめた。でも、すごく頭にきたことだったので、ここに書いてネタにしまおう。ホントはそのレコード会社の前まで行って、正面玄関にウンコでもしてきたかったけど。私は10年以上ウンコしないで黙ってたんだから感謝してよね。ま、長くいろいろやってりゃ、そういうイヤな事もありますよ。

ヴェーセンとの出会いについては、長くなるので、また次回に続きます。

「ヴェルデンス・ヴェーセン」に入っている、この曲ホントに大好き。単純なメロディなんだけど、少しずつビルドアップしていく、この感じがホントにたまらない。



ヴェーセンも来日するTHE MUSIC PLANT20周年記念コンサートは、11月5日(土)、11月6日(日)duo MUSIC EXCHANGEにて。詳細はこちら。

ウォリス・バード、新作発売まで10週間 さっそく2曲め



さっそく来た。2曲め! アルバムの発売まであと10週間です。ウォリスより。

「ODOM = Oh Dream Oh Memories…(この曲は)すごく気に入っていたけど、なかなか上手く仕上げられなかった。だいたい私は上手く行かないと放り投げちゃうことが多いんだけど、これだけは違った。諦めることが出来なかった。だから月に向って吠えた「Oh hold me in the caverns of your mind」マイクの下、8オクターブ下、胸につかえながら「なんとかして、チャンスをちょうだい」そしたら上手くいった。それは私たちの表紙に写っている女の子、トレイシー!」

これすっごい歌唱力というか、すっごい歌うのが難しそうな複雑な歌で、そのことを言っているようです。曲全体を聞くのが、ホント楽しみ。9月30日になったら、CD、もしくはダウンロードでこのアルバムを手に入れてくださいね。日本盤は2曲ライブトラックがボーナスとして付きます。

Featuring : Aidan (歌と手拍子)、Emma Greenfield(歌と手拍子)、Marcus Wüst(歌と手拍子、メロディカ)Sam Vance-Law(ヴァイオリン、歌、手拍子)、Tracey Kelliher(歌と手拍子)

ウォリスの新作「ホーム」は9月30日、キングレコードより発売になります。


ウォリス・バード、来日は12月。詳細はこちら。

2016年7月20日水曜日

酒井順子さんの「子の無い人生」を読みました。最高!!!

来た。酒井順子。やるなぁ。彼女の本に面白くない本は1つもない。これもあっという間に読めてしまった。

「負け犬の遠吠え」は本当に素晴らしい本だった。いや〜、何がなくても私たちには酒井順子がいる。彼女は私と同じ歳(学年は1コ下)。彼女には、このまま私たちと一緒に歳を取り、気ままな子ナシ独身女の道をズンズンと進んでいってもらいたい。そして歳をとるごとに、私たちにその都度必要な言葉を与えてもらえたらと思う。

彼女がこういう本を書いてくれるおかげで、私たちは結婚していないことや、子供がいないという「負け犬」人生を最高に謳歌できるわけだ。(あ、いかん、あんまり人生の自由を楽しんでいると酒井さんの言う「イヤ汁」が出てしまい、世間に対して嫌味な存在になってしまう! イヤ汁が分からない人はググってください)

酒井順子は私たちの気持ちを代弁し、そして私たちの人生を肯定してくれる。この本も読みながら、膝を打つ事がなんどあったことか。「そうそう、そうそう!」「まったく共感!」とにかく共感しまくりだった〜

でもそれでも今回は違和感を感じたところが2ケ所ほどあった。そのうちの1つは「2種類の年賀状」というくだり。なんと世間では、子持ちマダムたちは子ナシ族を哀れに思っており、年賀状も子供が写っているものと、写っていないものの2種類作るというではないか!? それにまずビックリ。というのも、私も友達の子供の成長は見たいし、ペットの成長も見たい(笑)。私はもう年賀状を書かなくなって、おそらく20年どころじゃないので(でもいただくのは嬉しいです。皆様,本当にありがとうございます)、あまり意識していなかったのだが、世間のスタンダードはなんと2種類の年賀状なのだという。驚愕。それって、なんか不自然じゃありませんか? その事実にもビックリだが、私はここでの酒井さんの反応にちょっと違和感を覚えた。酒井さんはそのことについて「子ナシ族のことを下に見ているのはいいとして、それを子ナシ族の目の前で言わないでほしい」と発言している。うーん、以前の酒井さんなら、そんな事もユーモアではねのけてなかった? 酒井節、パワーダウン? というのは、私だったら「えーーーっっ、そうなの? 信じられなーい」「ありえなーい、面倒くさー」「そんなのいいよ、無視して全部同じの送りなよー」と子持ちマダムたちに鈍感に言ってしまいそうだからだ。

あと「子供が嫌い」という部分も。というのは、私は実は子供、大好きなんですよ。友達に子供がいればぜったいに積極的にお家に行って遊ぶし、住んでいるのが足立区なんで近所に子供が多いんですわ。住んでるマンションのエレベーターの中で一緒になれば必ず話しかけるし、バスの中でも遭遇すれば嬉しいし。子供というのはいいもんです。そりゃー、たまに区民プールで必要以上に水しぶきをあげる悪ガキ(小学生のくせに夜8時になってもプールに入ってる親子、あいつらだ!)に怒鳴りつけてやりたくもなるが、それも可愛いじゃありませんか。それに人の子供は、その時だけ無責任に可愛がり、自分には一切責任がないときている。友達の家にいって、子供やペットと数時間遊ぶ時ほど最高なヒーリングタイムはございません。(あ、酒井順子みたいな口調になってきたな、私も…)

そしてウチは自慢じゃないけど、ミュージシャンの子連れツアーも奨励しており、何度も実行しています。ミュージシャンの馬鹿女連れは大嫌いですが(それでも仕事だから頑張るけど)、子連れツアーは大好き。帰られちゃうと、大人よりも子供の方が恋しかったりして……でも一方の酒井さんはでも子供は積極的には好きじゃないみたい。子供好きをアピールする女は…みたいな事も書いていらっしゃる。うーん。

そういう小さな違和感が実はこの本のかなり最初の方に2ケ所も出て来たので、いよいよ私も酒井順子と別の道を行くのか…と思った……のは、一瞬。そのあとはもう共感,共感、共感の嵐でした。ホント、酒井順子は分かってるよ!!!!

「嫁がキャリアウーマンだと息子が可哀想」「男と女が平等とかとんでもない。女は子育てに専念すべき」的なことを言う年配の恵まれた専業主婦の方々を「子育て右翼」とかネーミングしちゃって、もう最高! 「あのおばあさん、老後の面倒を見てくれる子供がいないんですって」「じゃあバブル時代から調子にのってちゃらちゃら生きてきて、女としてもっとも重要な子産み、子育てもせず生きて来たのね! なんでそんな人たちのことを税金で面倒みなくちゃいけないの」等々、酒井さんはこれからも子育て右翼の発言はさらに増えていくだろう、と予測しています(笑) あー、面白すぎる!

あとやはり親には孫の顔を見せてやりたいという意識から、兄弟に子供が生まれてホッとするというくだりも笑いました。「お兄ちゃん、でかした、よくやった!」あの時ほど兄を尊敬したことはなかった、と酒井さんは言います。で、「じゃあ、もう私はいいよね」と思う……など! あぁ、爆笑すぎる。酒井さんにはお兄ちゃんがいて、ちゃんと子供がいるそうですが、私にも実は性格のまったく違う妹がおり、彼女はしっかり2人の子供の母親なんですよ。ホントに助かった! ありがとう、妹よ!! 本当にでかした! 偉い!

そして最近出生率が微妙に登り坂なのは、SNSが影響しているのではないかと酒井さんはするどく指摘しています。何はなくても子供の写真をアップ、子供の弁当作りなどをアップすれば、友達は「いいね」と褒めてくれる。芸能人の子育て写真が広く出回ることも大きく影響しているでしょう、と。そして最後に爆笑なのが、「日本人を動かすのに、刃物は必要ありません。「皆と一緒でありたい」とさえ思わせればいいのです」というひと言。まったくもって、私はホントに「うん、うん、うん」と頷いてしまうわけです。

他も既婚子ナシ族の大変さとか、あと最近の女性政治家は土井たか子さんや市川房枝さんのように独身子ナシではまったく足りない、プロフィールに積極的に〜児の母と書けるようでなければダメだ、という指摘。確かに仕事のプロフィールに子育てが影響してくる時代になったのは私も感じています。もう遅いけど!! あと沖縄および地方に残るトートーメーという恐い風習(独身女は実家の墓に入れない、って知ってました? 皆さん? 私は初めて知りましたよ!!)、欧米に比べるとまったく独身女に門が開かれていない日本の養子事情(両親が揃ってないと養子はもらえない)、あと子ナシ男性のケース、TVで流行った大家族ドキュメンタリーは実は出生率低下に貢献していたとか、まぁ、とにかく共感,共感,共感。共感の嵐(笑)

私たち子ナシ族は、人生を左右するのは「結婚しているか、いないか」ではなく、「子供がいるか、いないか」なのだ、と言う圧倒的な事実をホントに噛み締めないといけない。そして私はだからこそ「全国のお母さん,頑張って! 野崎は全国のお母さんの味方です!」と声高く叫びたいのだ。

全然関係ないけど、Amazonのレビューはひどいねぇ… このレビューを書いた人たち、ほんとに読んで書いているのかしら。私は酒井さんの文章を読んでいて気分が悪くなったことは一度もありませんよ。すっごく元気になれます。あ、あとこの本の冒頭部分はここで読めるので、良かったら読んでみてください。


2016年7月19日火曜日

猫の言葉社さん新刊。祝20冊目!「タトゥとパトゥのへんてこドリーム」

またもや猫の言葉社さんより、新刊ですよ。なんとこれで20册目になるんですって。素晴らしいですね!! 「タトゥとパトゥのへんてこドリーム」

またもやエキセントリックでかなりクレイジーな絵本です。こんなのフィンランドしかありえない…(爆)あ,褒めてるんですよ、褒めているの〜。

こういうヘンな本好きなんですよ。隅々まで読んじゃう!! 主人公はこの2人。以前「へんてこアルバイト」で職業についてあれこれやってた2人ですよね。今回は睡眠について考察していきます。深い!?


面白すぎるでしょ、これ! ねまきキットだって。



「目があいている」だって(爆)

このシリーズって1冊はなんと絵本の名門 偕成社さんから出てるのね(もちろん訳はいつもの稲垣さんだけど)。

2016年7月18日月曜日

映画「オール・シングス・マスト・パス」を観ました


TOWER RECORDSのドキュメンタリー「オール・シングス・マスト・パス」を見ました。SXSWの映画祭にて。

日本からの作品エントリーを増やそうという意図なのだろうか、最初にSXSWの映画祭のフェスティバル・ディレクターのトークもあり。なかなか興味深かった。

何はともあれこのドキュメンタリー映画です。映画館で上映されるのは、どうやら昨晩の1回だけだったらしい。なので私も早々にチケットを予約しておいたのでした。会場は満員。もっとも100名程度の小さな小屋なのだけど。



面白かったけど、音楽ファン以外が見ても良く分からないかも。だから一般の映画館でかからないという事もなんとなく理解できる。でもタワーレコード限定でどうやらDVDは発売になっているらしいので、興味持った方はぜひチェックしてみて

アメリカのサクラメントでスタートしたタワーレコードの栄枯盛衰のドキュメンタリー。一時はホントにウハウハ、イケイケだったらしい。その「イケイケ」の様子もうかがえるのだが、それはちょっと下品なくらいだ。でも従業員をずっと大切にしてきた、と創業者は言う。ドレスコードはない。好きな恰好で仕事が出来る。従業員たちも創業者を尊敬している。そして時代は流れ、いつしかそのイケイケのビジネスも衰退の道へ。タワーレコードは一番利益が出ていた日本を売却し、ついに2004年だったかな…アメリカでの最後の店舗を閉じる。元日本支社長のキース・カフーン氏がもっと出て来るかと思ったけど、アジア地域の店舗の開発のところで一瞬出て来ただけでほとんど彼の存在については言及されなかった。最後は日本にある本社ビルにファウンダー/創始者であるラス・ソロモン氏が表れて、今は関係なくなってしまった日本の授業員たちに拍手で迎えられるという温かなエンディングとなる。時代は変わってもタワーの志は受け継がれているよ、ということだろうか。そして日本ではまだタワーレコードが85店舗あるんだよ、というテロップが流れて映画は終わる。でもこれから先、どうなるかは誰にも分からない。

70年代からずっと続いてきたLPの流れが、実は80年代に入って衰退していたということは私はよく分かってなかった。そしてそれを救ったのは実はMTV、そして「スリラー」の巨大ヒット(それによって人々は店を訪ね他の作品も買うようになる)、そしてCD化という波だった、とも。業界にシングルCDがまだ存在していたら、こんなにダウンロードにやられちゃうことはなかっただろう、と発言している人もいた。ふーん。

確かに創業者チーム、みんなすごい人たちだったのだろうけれど、でも本当にビジネスセンスが凄ければ、タワーだって、今のアマゾンみたいな通販の王者の地位に就くことが出来たかもしれないし、こればかりは誰にも分からない。(もちろん私は多くのインディレーベルの人たち、また小さい出版社の人たちと同じで、アマゾンの存在を肯定してはいない)ちなみにアメリカでのタワーレコードの通販サイトは散々な結果に終わる。

自分たちはタイミングと場所、そして運に恵まれた、と創業チームの1人は言う。そうだろうね。ただ「シング・ストリート」の感想ブログにも書いたけど、あの頃が最高だったみたいな事は思いたくないけどね。でも仕事の成功…とくにこんな巨大な成功は時代が味方しないと不可能だ。ブルース・スプリングスティーンやエルトン・ジョンなども出てきてタワーレコードの素敵さを語る。あの頃はホントに素晴らしかった、と。

日本でタワーレコードは生き残るのだろうか。いずれにしてもウチもCDを積極的にリリースしなくなってだいぶたつのだが、今でも非常にお世話になっているので、なるべく続いてほしいと私も願っている。というか、そもそもウチのような小さなレーベルが90年代、小規模ながらもCDを売ることが出来たのは、本当にタワーレコードのワールドミュージック・コーナーで働いていらした理解ある担当の皆さんのおかげである。それはまったく疑いようがない。本当に本当にお世話になった。

しかし音楽業界いったいこれからどうなっちゃうんだろうか。この映画に何か答えが隠されているんじゃないかと思って観に行ったのだが、それはかなえられなかったな…。

タワーの資本って今、どうなっているか知らないけれど、音楽に対して多くのユーザーがお金を出さなくなっているという厳しい状況の中、いったい彼らがどういう方向に進んで行くのか、とても興味深い。とにかく今や供給が多すぎて、需要がまったくついてこない。それこそ、私たちスタッフは、最初の話に戻るが供給過多な状況で生き残るために、SXSWのように供給したい側=アーティスト側からお金を取る方法でしか生き残る路はないのか? となるとすでに大きなアーティストや巨大資本でないかぎり生き残れないではないか。もちろんアーティスト側から雇われることがダメとは言わない。素晴らしい名マネージャーとして活躍されている方もたくさんいる。が、私もあくまで音楽を選ぶ側でありたいんだよね。ワガママかなぁ。

とか思いながらモンモンとして帰ってきたらチャーリーこと鈴木謙介氏のこんなブログがタイミングよくアップされてた。さすが、チャーリー、と思ったのだった。学生たちの活動も、音楽業界と変わらないな。というか、日本のどんな職業においても状況は同じようなもんなのかもしれない。

チャーリーの言葉を借りれば、「一生懸命、ほぼブラックというレベルまで極端に頑張り、のめり込む側にとっては周りの要求がどんどん高くなるし、一方で中途半端な意思しか持てず「観る側」に回ってしまう層との格差との心の距離はどんどん開いて行ってしまう」

そして音楽業界も「食えない人たちが市場から退出することで供給を減らす」という事に結びついていかないのは「他にも働き口がある」「退出しても他の働き口ですぐ働ける」という条件が充たされないためだ。うーん、なるほど。是非。興味深いので全文を読んでみてください。

で、このドキュメンタリー映画。上映はもうないけれど、DVDは売っています。Amazonで買っても字幕ついてないので、こっちで購入ください〜

それにしても、すみませんね、なんか出口のないブログで…。こうなったら、もう自分が自分の職業人生をなんとか逃げ切れれば、もうそれで良しとするべきなのか?と思う。でもそれじゃあ若い人たちに本当に申し訳なさすぎる。 ALL THINGS MUST PASS。今の状況だって、いつまで続くか分からない。が、一つ言えることは、おそらく状況は悪くなる一方で、きっと良くはならないだろうな、ということだ。なんとかしないといけない。

でも今日も元気に行きましょう!!! グリーンランド犬を見習って。ご飯が食べられて、そして思いっきり走れれば、それだけで最高の人生…と思えるようにならなくちゃ。…っていうか、だからこそ、たぶん私は今、極地とか、探検とか、辺境とか、そういうのに憧れるんだと思う。もう都市文化は駄目だ。限界がある。辺境をテーマにしたコンサートやります。詳細はここ

2016年7月17日日曜日

In the element of light...「Airscape」あれこれ 

ロビンが自宅があるワイト島より、投稿。久しぶりにこの曲聞いちゃった❤



「羊たちの沈黙」で有名なジョナサン・デミのドキュメンタリー「ストアフロント・ヒッチコック」でもこの曲をやっている。下記の画像、音楽は2:20くらいから。デミ監督はロビンの大ファンで、これ以外にも「レイチェルの結婚」などにロビンを出演させている。



こちらはバンド・ヴァージョン。ピーター・バック(from R.E.M)、スコット・マッコイ(from Minus 5 etc)、ビル・リーフリン(from キング・クリムゾン etc)と。In the element of light〜♪



And in the element of light
The sun reflected from the waves
Inshore it spangles
The child of air is borne upon the wind 
That blows across the sea

And in the element of summer
The cliffs suspended in the heat
The air in columns
The tiny figures of the world are walking
Underneath your feet
And underneath your hair

Where angels wander I'll wander too
Where angels wander, over you


And in the element of darkness
The starlight shimmers on the spray
And falls towards you
Your perfect lover's never there
And if she was, she wouldn't be
And neither, though, would you

Save your illusions
For someone else
Save your illusions
For yourself 
Element

And in the element of laughter
The quick explosion and the slow
Release of heat, you
The tide recedes upon the bones of Something beautiful and drowned
In coral and in jade

Where angels hover
I'll hover too
Where angels hover, over you
Over you Over you

早くロビン来ないかなぁ〜! 今回はエンマ・シフトとのデュオになります。来日の詳細はこちら。10月15日(土)南青山マンダラにて。


映画「フラワーショウ!」を観ました〜


良かったですよ、これ。もしかしたらこの夏公開のアイルランド映画の中で一番地味に思われているかもしれないんですが。「フラワーショウ!」(原題:dare to be wide) でも公式予告編の再生回数見ると「シング・ストリート」より全然多く、私のアンテナ感覚が違うのかな…とも思う。映画の配給ってホントに実態がよく分からない。もっとも恵比寿のガーデンシネマでかかっているってのが(岩波や文化村シネマみたいに)、すでにこの映画の成功なのかも? 私は有楽町で見たんですけどね。何はともあれ、とてもさわやかな作品でした。

アイルランドの女性がガーデンデザイナーを目指し、お金もコネも経験もないのに大奮闘。最終的には名門チェルシー・フラワーショウでゴールドメダルを獲得する、というサクセス・ストーリー。

最初にヒーロー役の男性が出て来るんだけど、植物学者である彼はヴァイオリンの演奏もするのだが、そもそもこのヴァイオリンの持ち方、全然なってないでしょう…と思ったのは…一瞬(笑)。あとはどんどんストーリーに引き込まれる。なんというか、普通にいい映画ですよ、これは。俳優陣も魅力的だし、ストーリーにも感情移入できる。そして分からないでもない。自分自身も含め、こういう周りに迷惑かけながらも、思い込みだけで、がんがん進む、頑張る人(笑)

しかしなんといってもこの話が素晴らしいのは,実話だという事だ。こんな人物が実際にいたというのは、今回初めて知った。

で、好奇心むくむく。ちょっと調べてみたら日本にもいらしていたらしい(Japan Timesの記事)

さらにChelsea Flower Show 2002で検索すれば、ホントにメアリーのあの庭が出てくる。左はネットで拾った実際のメアリーの庭の写真。

 映画にも出てきてたけど、この丸いケルトのアーチがいいよねぇ〜 うっとり。

私も実は荒川土手から雑草を拾っては、自分のベランダに移植しているくらい雑草が好き。でも雑草って難しいんだ。上手くやらないとすぐに死んじゃうし…








そしてこちらはホンモノの2002年のフラワーショウにやってきたロイヤルな方々。

メアリーの庭は映画でも出て来たとおりチャールズ皇太子の隣りだったそうだ。





もう1つ興味深い写真を。これは実際のメアリー・レイノルズがフラワーショウでの受賞後にデザインしたキュー・ガーデンの一部。素敵! イエーツがモチーフになっているんだって。








と、まぁ、彼女の実際の人生の方に私の興味はつきないのであった。こちらが予告編。良かったら是非見に行ってみてください。

2016年7月15日金曜日

明日はJAZZ WORLD BEAT!


明日はこれだよ! いつも面白い音楽コンサートをプロデュースされてるプランクトンさんから夏のイベント。ワールドミュージックやジャズスタンダード、ポップス…いろんなジャンルが交錯します。

楽しみなのはやはりオマール・ソーサ


そしてタップの熊谷さんの共演! すでに大阪では大盛り上がりだったようですよ。

エミちゃんも久しぶりだな〜  昨年出したジャズのアルバムも好評!

畠山美由紀さんとの共演もあるみたい。これは楽しみ。

私はちょっと夜の部は他のことと重なっちゃっているので、昼の部にお邪魔したいと思っています。あ、ウチの20周年公演のチラシも折り込んでいただいております。いつもありがとうございます、プランクトンさん。明日は皆さん会場でお会いしましょうね〜

阿佐ヶ谷グルトンさんにお邪魔しました〜


本日は友人がバイト中〜っっということで、阿佐ヶ谷のグルトンさんにお邪魔しました。

まずはアミューズから。シェフのセンスが光る。

それにしてもグルトンさん、いつも1つ1つのお料理に何の手抜きもございません。完璧な完成度のフレンチです。すごい試作を重ねているんだろうなぁ…

絶品! なんて綺麗なんでしょう。

フレンチなんだけど、なぜかボルシチが看板メニューの1つ。これはお店開店時からの名物なんですって。スパイスの香りが深い。

メインは子羊いっちゃいました〜 それにしてもこの盛りつけもまるで絵画のようです。付け合わせの1つ1つのお野菜も本当においしい。

デザート。アイスクリームから上に乗っているパリっとしたやつから、何から何まで1つも手をぬいていません。すごい。

完成度の高いフレンチ。ワインはグラスで頼んだりしてたんですが(なんと3杯で1,500円…だったかな…という友だちでシェアできる。しかも数種類選べる)、4,000円弱のコースにボルシチつけて、ワインも頼んで、1人6,000円してない。っていうか、料理だけで6,000円してもおかしくない豪華さ。すごいコストパフォーマンス。

阿佐ヶ谷の駅から出てすぐのところにあります。是非皆さんも行ってみてくださいね〜 おすすめです。地図などはこちら。 ランチもやっているそうです。

2016年7月14日木曜日

ウォリス・バード、新作発売まで11週間 まずは1曲め



ニューアルバム「ホーム」より少しずつ曲をご紹介していきます。まずは1曲目の「チェンジ」について。ホントにちょびっとですが… すでにいい曲だって分かりますよね!!

以下、ウォリスより。

「今日から毎週1曲ずつ新作“ホーム”から紹介していくわね。1曲目は“Change”」

「この曲はアルバムの1曲目でもあり、アルバム全体のサウンドへと導いてくれるものだと思う。アルバムのために書いた曲の中では、これが一番最後に出来あがった曲。曲作りのすべてのプロセスにおけるすべてを内包しているものだから、私にとっては本を閉じるのと同じ気持ちね」

「ピアノのフレーズは1年以上前から私の頭にいろんな場面でずっとこびりついていたもの。これを演奏するたびに私はまるで祈りのようにお辞儀をして最後に“ありがとう”と言いたくなる」

「この曲を書き終えた時、私の心は最高の幸せにあり、そこからは波に乗るような気持ちだった。感謝の気持ちで一杯だし、自分はとても幸運だと思う」

<参加ミュージシャン>
エイダン:クラリネット
エンマ・グリーンフィールド:コルネット
サム・ヴァンス・ロー:ヴァイオリン

ウォリス・バード、新作「ホーム」は9月30日発売。


来日公演は12月です。12/10、11 東京。12/8 京都。詳細はこちら。


映画「シング・ストリート 未来へのうた」を観ました。なるほどね〜



なるほどね〜 観る人、観る人が大絶賛のこの作品。やっと観た。ジョン・カーニーの新作「シング・ストリート」。水曜日に行ったせいもあったけど劇場は超満員。ヒットしているみたい。良かった!

ジョン・カーニー、前作の「はじまりのうた」も悪くなかったけど、私はいまいちあの映画は好きではなかった。(感想はここ)「ONCE」が良すぎたため、次作への期待が大きすぎた。そのジョンの再び新作ですよ。この映画、ジョン・カーニーらしいテンポの良さとノリの良さはそのままに、テイストとしては「コミットメンツ」に非常によく似ている作品だ。「コミットメンツ」がジェイムス・ブラウンを中心としたソウル・ミュージックにルーツを求めたのに、こちらは80年代の音楽がメインだ。そして「コミットメンツ」でバックコーラスの女の子を演じていたたマリア・ドイル・ケネディが、こっちではくたびれた初老のお母さん役で出て来るところも時代の流れを感じさせる。「コミットメンツ」から15年。あっちはロディ・ドイル原作、巨匠アラン・パーカー監督。比較しては可哀想だが、残念ながら本作は「コミットメンツ」は越えられていない。でも素晴らしい音楽映画の1つであることは間違いないだろう。それにしても、この映画に出て来る80年代のヒット曲の数々。シンクロ権の処理とか大変だっただろうな〜と、余計な事も考える。っていうか、そもそも「コミットメンツ」自体、80年代のポップ・ミュージックへのアンチテーゼとして生まれてきた映画じゃなかったっけ… 今でも「80年代の名曲」とか言われちゃうと、ン?と思う。

こちらは「コミットメンツ」のトレイラー。やはりアンドリュー・ストロング(シンガーのデコ役の男の子)がすごすぎる。



で、こちらが「シング・ストリート」



「シング・ストリート」の舞台は1980年代のダブリン。主人公のコナーは、ちょっとさえない男の子。両親は毎晩ののしりあいの喧嘩をしている。お父さんは仕事がなく、お母さんがバイトで日銭を稼ぐが、家計は火の車。ついに経済的理由から学校の転校を余儀なくさせられる。新しい学校はカトリックの厳しい学校で、当然のことながら理不尽ないじめが横行している。コナーもいじめの標的になるが、ひょんなことから年上のモデルと恋に落ち、それがきっかけでバンドを組み、プロモーションビデオの制作へ。最初はカバー曲、そしてオリジナルへ。バンドが固まるにつれ徐々に自信を得ていくコナー。

主人公コナーのお兄ちゃんがとても素敵である。お兄ちゃんがとにかくグッとくる。一度だけ弟に対して「お前はオレが切り開いた路を後からついて来てるだけじゃないか!」とキレるシーンがあるが,心の底から弟のことを思っており、弟が人生に悩むたびに適格な音楽を弟に紹介し、かっこいい言葉を与えてくれる。それに大きく影響をうけて行く主人公。映画の最後に「すべての兄弟たちへ」とクレジットが出るところ、また監督のお兄さんもこんなタイプの人だったらしいことから、この映画の隠された(というか、メインのストーリーが流れている以上に重要な)テーマは兄弟愛だなぁ、と思う。

「ONCE」はホントに素晴らしい映画だった。主人公たちの恋愛感情があれこれ取り出させることが多いが、あの映画の隠しテーマ/本当の主人公はダブリンの街だった。あの映画ほどダブリンの街の優しさが感じられる映画はない。そういう隠しテーマをポップなストーリーの後ろにしっかり表現してしまうところは、さすがジョン・カーニーだ。

でもお兄ちゃん、冷静になって眺めてみれば、社会的にはまったく地位がない落ちこぼれの1人だ。口ばっかりで自分自身で何か行動するはずもなく、世間に出回る音楽をちょっと知っているって事で自分の立ち位置を何とか確認している…そんなダメダメ人間だ。音楽が彼の人生をギリギリのところで支えている。「フィル・コリンズを聞いている男はもてない」とか「ロックはリスクだ」と、自分のことは棚にあげて(笑)、お兄ちゃんからはするどい名言がたくさん飛び出す。もっともその名言を聞くのは、弟たった1人でしかない。こういう登場人物は得てしてとても魅力的だ。

家庭も、今はお父さんが失業中とはいえ、それなりの家庭だったのだろう。家にはそれぞれ個室があり、お兄ちゃんのオーディオ/レコードコレクションも素晴らしい。その素敵な家もついに追い出されることになるわけなのだが…

しかし文句をつけるとすれば、80年代の音楽…そんなにいいもんっすかね? 確かに私も好きだった。カルチャークラブとか、ポール・ヤングは夢中になった。でもスパンダーバレエやキュアがかっこいいと思ったことすらなかったし、ジョー・ジャクソンやホール&オーツは私にとって普通のポップミュージック以上のものではなかった。今,聞いてもポップなのは認めるけど、どうなの?と思う。そんなにみんな好きだった? ただ良かった時代を思い出しているだけじゃないの? 今、聞いても薄っぺらに感じられるし、薄っぺらな時代を象徴していた。インターネットの時代になって、アーティストやリスナーは「レコード会社はクソだ」とか公言し始めた。けどそのクソの宣伝に乗って、クソみたいな音楽を聞いていたのは自分じゃないの?(私も含め) どうなの、皆さん、リスナーとして、あの頃のみんながみんな同じ音楽を聞いていた時代の方がいいの?

そういう意味では、ソウルミュージックみたいな「本物」がベースにある「コミットメンツ」は絶対に強いし、グレンみたいなカリスマチックなシンガーソングライター/パフォーマーをフロントに置いた「ONCE」も越えられていない。が、これはこれで素晴らしいじゃないのよと思われせる。というか、私もうるさすぎるよね。この映画はこれで充分に大傑作だ。ジョン・カーニーの映画は本当にテンポがいいね。ただテンポが良すぎて、ちょっと漫画チックなのも事実。話が上手すぎて現実離れしている部分もある。…とついつい厳しくしてしまうが、ものすごい傑作であることは間違いないだろうし、これからもジョン・カーニーと聞けばこれからも私は間違いなく見に行くだろう。

確かに80年代、そして95年より前のアイルランドは非常に貧しかったけど希望があった。90年に初めて行ったアイルランドには子供と年寄りしかいないし、初めて中国人がいないヨーロッパに来たよ、と私は思った。あの頃は東洋人がアイルランドを歩いている事すら珍しかった(そういえば、この映画でもバンドに黒人がいるだけでかっこよく見えるだろー、とか無責任なことを言ってたが)。このあとのケルティック・タイガーを誰が予想したことだろう。私もこの頃は、渡英、渡愛すると必ず木曜日の夜は「TOP OF THE POPS」にチャンネルをあわせたものだ。でも過去を振り返ってもそれほどいいもんかな…とも思う。当時はネットがなくて海外出張のたびに宿泊先や連絡先を取引先各社にファックスしたりしていた。アイルランドの携帯を持つようになったことをとても誇りに思った。その携帯も安くなって、誰もが簡単に持てるようになり、今や日本の携帯をそのまま持っていっても支障がなくなり(孫さん、ありがとう! いろいろ言う人がいても私はSoftbankが好きです)、誰にも何も知らせず海外に出てもまったく問題がない時代になった。前はホテルに入るとモデムを調整するのに何時間も時間を取られたものだ。昔は自分が出張しても会社に電話取りの女の子がいるような事が前提としてなければならなかったし、フリーランスには厳しい時代だった。だから昔が良かった、とは私は絶対に言いたくもないし、言ってもしょうがない。だから言わない。明らかに時代は、少なくとも自分にとっては良い方向に進んでいる(と、思わないとやってられない)。そもそもあの時代のままだったら、とてもじゃないけどウチみたいなニッチな音楽は世間に対して歯がたたなかったであろう。好きな音楽で自分の生活をなんとかする、なんて想いもつかなかった。

あ、あと音楽関係者とかでも言っている人いるんだけど、「どうしてロンドン?」みたいな部分は日本からは分からないかも…。当時のアイルランドなんて、ロンドンにまず出なければ何も始らなかった。音楽ビジネスなんて、もってのほか。U2や、エンヤとかアイルランドだよね?とか言うけど、あの辺、すべてロンドン経由ですから。アイルランドから直で日本と契約したのなんて、それこそメアリー・ブラックが初めてじゃないの? そのくらい80年代から90年代の前半にかけては、メジャーレーベルが席巻していた。日本にいてもアイルランドのものがたくさん入って来るから日本人はアイルランドをよく知った気になっているけど、その多くはアメリカ経由だし、イギリス経由ですから。

それにしても、良い映画だった。でも銀座で観てたら、見終わったあと「ギグって何かと思った。場所の名前かと思った」とか言いながら,おばさまたちが出て来たのが印象的でした。うぷぷ…

いやいや、厳しいことも言ったけど、ものすごい映画ですよ。物語の終わり方も爽やかで好感が持てる。爽快感マックス。実は、まだブログに感想を書いてないけど「フラワーショウ!」もすでに観ているので、この夏のアイルランド映画4本、これで全部観たことになるので、ここではっきり言ってしまうと、4本の中では「ブルックリン」が一番誰にでもお薦めできて良いかな。楽しいのは「シング・ストリート」で間違いないけどね。あまりネガティブなことを書いちゃうと「(アイルランド)マニアがジャンルを殺す」になっちゃうからね。つべこべ言わないで応援しないと!(笑)それにしてもアイルランド映画が,この夏4本!!ですよ。前は年に1本あるか、ないかだったのに!

あ、そうそう、それと主人公が歌詞を書いて、マルチ演奏家の彼と共作するところなんか、ちょっとスクイーズの事を思ったりした。スクイーズの結成時もこれに近いもんがあったんじゃないかな、ってね。そういうバンド組む時のワクワク感はホントによく描けている。

ちなみに劇中の音楽はアイルランドのトップミュージシャンたちを起用しているそう。子供たちが演奏をしているように下手くそに演奏するのが大変だったらしい。そのレコーディング中の音声とかが映画のエンディングロールにちょっと流れるのが微笑ましい。

劇中のこの曲とか良かったよねー 80年代の雰囲気を出すために元ダニー・ウィルソンのゲイリー・クラークが書いた。ゲイリーは、昔からウチのお客さんだった人なら知っているかもしれないけど、もうだいぶ前に私は一度招聘で係った事もある。夫婦で日本にやってきて、とても楽しそうにお寿司とか食べてた。また会いたいなー
(そういや劇中で「上手くなくてもいいんだ、スティーリー・ダンじゃねぇんだから」みたいなセリフが出て来たなー。あれ、良かった。ダニー・ウイルソンはスティーリー・ダンを意識したバンドだった)



「Mary's Prayer」名曲です。こういうのが名曲なのさ。歌詞とか、ホントに素晴らしい。


PS
しかし音楽映画はやっぱり音楽そのものに魅力があるかにすごくかかってくるよね。「コミットメンツ」はあのあとバンドがツアーするまでに大成長した。「ONCE」もそうだ。グレンとマルケタは日本にまでやってきた。それを思うと、この作品にはそこまでのパワーはない。マルーン5の人とか、あれこれ起用しているようだけど、やっぱりアンドリュー・ストロングやグレン・ハンザードほどのカリスマ性がないんだよな… ジョンも脚本家/監督としては最高だけど、自分が曲を書いちゃうとダメなんじゃないかな、とも思う。(もっともジョンとしては、それで大満足なんだろうが)

PPS
ま、でも監督の気持ちになって考えてみれば「前作よりいいものを…」みたいなことはあまりないのかもしれない。「前作とは違うものを」ってのは間違いなくあるだろうけど。そのうち音楽とはまったく関係ないものを出してくる可能性はある。ジョン・カーニー、目が離せない!(笑)

PPPS
ところでアイルランドからメールが来て、主演の子のお兄ちゃんたちのバンドがこれなんだって。キーラとかに続くなんつーか「ゲール語クールだぜ!」の世代の兄弟デュオ。


PPPPS
この「ロックという文化資本を通してさまざまな文化言語を習得することでもある」っての、お兄ちゃんのこと思い出しました。

2016年7月13日水曜日

ウォリス,新作発売まで11週間



ウォリス・バードのニューアルバム「ホーム」ですが、日本もヨーロッパと同じ9月30日に発売になります。(ライブ2曲のボーナストラック付/from キングレコード)

で、発売までの11週間ウォリスが1曲ずつ新作から紹介してくれるのだそうですよ。楽しみ。ウォリスが20週間を費やし、ほとんど1人で仕上げた深いふか〜い作品になります。

第1回めはたぶん今週の金曜日の夜〜土曜日にかけて発表になると思います。お楽しみに〜。ウォリスのSNSで発表になるのと同時に、ここでもご紹介していきたいと思います。

来日は12月でこちらはもうチケット発売中〜 詳細はここ。



ホントにウォリスの新作,楽しみです〜

2016年7月12日火曜日

ビジネス・コンベンションに思う

もらったパンフレットの数々。
先週、先々週と続けてちょっとしたビジネス・コンベンションに参加するためにビックサイトや幕張メッセに行ってきた。こんな奴

特に幕張の奴は今年4度目くらいなのだが、1度目に参加したら毎年案内が送られて来る。今年は主催者から「絶対に来てくださいね」と勧誘の電話までかかってきて、ちょっとうるさいくらいだった。

あまり気乗りしなかったのだが、畔柳ユキ隊長が1つ目のコンベンションに友人が出展しているらしく誘ってくれたので、行くことにした。正直あぁいうところで新しいビジネスが拾えるとはとても思えないが、いろんなものを見れば刺激を受けて自分の中かから新しいアイディアが生まれてくる可能性は確かにある。

お友達は頑張っていた。小さなブースなんだけど、出展には大変な金額がかかるという。音楽系のコンベンション/ショーケースも同じだ。WOMEX、MIDEM、SXSW… 儲けているのは主催者だけで、なんとか自分の作品を世に出したいというミュージシャンやバンドにたくさんのお金を出させ、業界人はなんとなく付き合いでブースを回る。見て回る人間の動員だって、主催者のDMよりは結局参加する出展者の方の力が大きく担っているんじゃないか。主催者は場を提供するだけだ。誰もそこで新しいビジネスが発生するとは思ってない。こんなところでいい話が来るわけない…と思いつつ…ま、でもそれは業界全体が目をつぶって行うゲームみたいなもんだ。みんなそんなことは分かっている。分かっていながらゲームに参加するのだ。

かつてバブル時代は、こういったところで拾えるビジネスもあったのだろうと想像する。が、例えば私も数多くの海外のバンドを手がけてきたが、自慢じゃないがビジネスショーケースみたいな場所にはかなり最近になるまで行ったことがなかった。

間違ってフィンランドのやつに行ってしまった時、律儀な私はそこでバンドを4つも拾う結果となり、招待してもらった恩は返したと思うのだが、正直あまり良い気がしなかった。あれは付き合いで引受けてしまったが、そういう場所には積極的には行きたくないものだ。というのは、バンドを選ぶという事は、私の仕事で唯一私が手にしている自由であり、またお客さんに対する裏切ってはいけない信頼だからだ。そこに第3者を介入させたくない。(とか、青いこと言ってるから、ダメなのかなー でも青いことも言うけど、私は他の誰よりもちゃんと実績も返していると思うよ、自慢じゃないけど)

ビジネス・コンベンションもそうだけど、例えばディレクトリに載せてもらったりするのも同じ事だ。私は独立した時から、某ディレクトリに載せてもらっているが(正確には載せてもらっていたが)そこから私に新しい仕事や問い合わせが来たことは1度もない。でもあのディレクトリのおかげで、ウチに対する売り込みはあきらかに増えた。ウチみたいな小さな事務所でも、年間2、3通。なんとかしてデビューしたい日本のバンドが、音資料を郵送で送りつけてくる。スタジオやCDプレスの会社にいたっては、いまだに年間3、4通くる。こっちがどんな音楽をやっているのかいっさい調べもしないで、どの程度制作やリリースを手がけているのか知らないで、たぶん片っ端からDMを送っているのだろう。それがあまりに多いので、途中から掲載することを辞めてしまった。

前にも書いたけど、大金払ってビジネス・コンベンションに出展しても、次の売り込みが来るだけだ。結局のところ自分に仕事を呼び込むには「面白い事をやっている」ということを100%のパワーでアピールしていくしか方法はない。音楽,特に海外の音楽を売っているものにとって、CM音楽やタイアップなどの飛び道具は滅多にやってこない。ただ単に地道に自分のやれることを続けていくだけしか出来ることはない。そして実績を重ねていく。それしかない。

どんな宣伝活動をしてもあまり効果がない時、お金を払って参加するこういう場は、もしかしたらアーティストやなんとかして自分の作品や技術を世に出したいと思っている人には魅力的にうつるかもしれない。でも、そこまで世の中甘くない、ってこと。

とはいえ、こういうビジネスコンベンションにまったく意味がないとは言わないよ。参加する人に1つ出来るアドバイスがあるとしたら、そういうところに参加することに決めたのなら、それを迷うことなく100%活用すること。ゴチャゴチャと、こんなところに来ても意味ないとか思ってはダメ。(ユキ隊長いわく、そこは「見ちゃ行けないところ」/笑)参加することになったら、100%、いや空元気を出してでも200%のポジティブな気持ちで参加しないといけない。そして、それをきちんと自分のSNSや自分の既存のお客様に案内すること。それによってメジャー感を演出することだ。私の場合もディレクトリに5,000円払って載せるのならば、今なら出しっ放しするのではなく「音楽業界人の名門電話帳、なんとかさんに掲載いただきました!」「〜さんの隣りに掲載してもらっちゃった!すごい」とか、ここで紹介するなりするだろう。

こんなすごいコンベンションに出展しました、そしたら誰々が来てくれました、隣りは著名同業者の誰々さんでした、〜さんも出展してたよ、一流の方々が掲載される業界電話帳に載せてもらいました…などなど。それを自分の場所で、自分のお客さんにポジティブな気持ちで伝え、自分の場でも200%活用することだ。お客さんはそれを見て、自分が応援しているものが、ある程度社会的地位を与えられたと喜んでくれるかもしれない。一番信頼できるのは結局自分のお客さんだ、ということでしかない。その数がどんなに少なくても。そしてそこから広げて行くのが一番確かなのだ。

という中、こちらは某クラシック・レーベルさんのブースでいただいたパンフレット。クラシックにはJASRACがかからないから、音源を比較的自由に扱える。なるほどねぇ… もうCD売ってるだけじゃ立ち行かないものね。でもトラッドだって、編曲のコピーライトがないものであれば、著作権フリーだからね。やり方はあるのかもしれない。

とかなんとか書いていたら、この週末にもオフィスに飛び込みの営業電話が。もう固定電話には営業電話しかかかってこないな。こういうところに参加して名刺を安直に置いて来るとこういうことになるのよ… もう少し考えよう。

とはいえ、最初に戻りますと、華やかなあぁいう場所に行くと、ホントにいろんなアイディアが頭に浮かぶ。それは確かだ。それを得るだけでも参加する価値はあるのかもしれない。特にユキさんと行ったのが良かった。一緒に時間をすごすならポジティブな人に限る。それはどんな場面においても重要だ。もう暗いことばっかり言う業界人とは一緒にいたくないよ。

ユキさんのナチュラル隊長ぶりに感動。時間を読みながらちゃっちゃと要領よく移動していく様子とか、松屋のケータリングカーの営業のおっさんに「韓国で展開したら絶対に売れます」とか熱心に語っちゃったりとか、某ブースを通りすぎたあと「こんなの、愛情がまったく感じられないよ、ダメだね」とか正義感燃やしたり(笑)、何にせよユキさんといると、楽しい。かつ駐車場代とかをちまちま楽しく節約するのに、友達には気前良くお土産を買ったりしてるし… なんというか、隊長肌なんだよなぁ! 隊長、一生ついて行きます! 世の中、ただでさえ落込むことが多いんだから、明るくて熱量の高い人の側にいることは、とっても重要です。いや〜 ユキ隊長、ありがとうございました。

さぁ,今週も頑張っていきましょう! 今日も意識の高い系グリーンランド犬で。脇目もふらずソリを引く。放射状につなぐのがグリーンランドのスタイルで、カナダなんかは縦列なんですよ。

2016年7月11日月曜日

映画「ストリートオーケストラ」を観ました。これは素晴らしい! 


映画「ストリートオーケストラ(Violin Teacher)」を試写で拝見させていただきました。ありがとうございます。



今、売っているラティーナでも結構大きく取り上げられていたので、かなり気になってた。舞台はブラジルのサンパウロ。極度のあがり症で、名門交響楽団のオーディションに落ちた才能あるヴァイオリニスト。仕事がなくていよいよ追い込まれ、紹介された仕事を引受けるのだが、それはスラム街で子供たちのオーケストラを指導することだった。

子供たちはまず楽器の持ち方、座り方からしてなってない。先生のいうことをまったく聞かない。が、ある日主人公がスラム街でギャングに絡まれたのを演奏を披露して切り抜けたというニュースを知った子供たちは俄然集中力をみせはじめる。中でも熱心な男の子。彼には才能はあるのだが、家庭は貧しく練習する時間もない。彼の才能に対する理解もない。

それでも必死で音楽に打ち込むうちに、自分の存在価値に気付いて行く子供たち。一方で主人公も指導者として子供たちから刺激を受けながら、少しずつ自分に自信を取り戻していく。念願のオーディションにも受かり、このスラム街のオーケストラを離れる決心をする主人公。そして…

不安もあるけど、希望も感じられるちょっとドライな終わり方もいい。音楽はそうやって不思議な力を人間に与えてくれる。

俳優陣がホントに素晴らしいですよ。主人公はもちろんだけど才能ある2人の男の子がいい。彼らが映画が進むにつれ、表情もどんどん変わって行く。

あといただいた資料やラティーナにも書かれていたけど、注目すべきは1975年にベネズエラで生まれた音楽教育プログラム「エル・システマ」。貧しい子供たちに無料で楽器を貸与し、音楽の基礎知識や演奏技術を教えていく。それによって子供たちが暴力や非行に走るのを防ごうという考え方である。このシステムは、また世界的な一流音楽家も排出しているという。音楽を奏でることは社会的意義を教えることでもある…という考え方。オーケストラはコミュニティーであり、一緒にハーモニーを作りだすことで、ひとつの小さな世界を形成していく、ということ。

世界が救いようもない戦争や悲劇、家を追われる人々、そして選挙がいやな結果で終わった時…音楽にこの現状なんて変えられないさといつも無力感を感じるのだけど、この映画にちょっとだけ勇気をもらった。8月13日から公開。ぜひチェックしてください!

2016年7月10日日曜日

ロビン・ヒッチコック sings シド・バレット

7月7日はシド・バレットの命日でもありました。あれから10年か… 初期のサイケデリックなピンク・フロイドの要であったシド。もっともシドの場合、もうだいぶ前から市場からまったく姿を消してしまっていたわけですが。


ロビンが歌うシド・バレットがいいんですよね。ちょっといくつか紹介します。









ロビン・ヒッチコック来日公演。詳細はこちら。10月15日(土)です。


鈴木大介「脳が壊れた」を読みました。ものすごい本です。

いやーーー これはものすごい本です。ものすごい情熱で書かれた本。

鈴木大介さん。貧困問題にフォーカスしたたくさんの名作を書かれてるルポライターさんです。私は読んでないけど、彼の作品「最貧困女子」は大ヒットしましたよね。あと最近は、
こんなするどい記事も書かれており、私なんぞは読みながら何度もため息をついたものですが…

その鈴木さん、実は41歳にして脳梗塞になった。倒れるまで、手や指のしびれなど、その兆候はあったのものの、ある朝、突然、言葉が話せなくなる。顔の半分がダランとさがるなど身体機能が失われる。かろうじて自力歩行は出来たものの、これはおかしいということになり慌てて病院へ。検査をしたら脳梗塞。そしてそこから壮絶なリハビリが開始されるわけです。

そしてそんなリハビリの過程で、実は、過去自分が取材してきたちょっと面倒くさい人たち、社会になじめない人たちに、脳の障害があったのではないか、と気付くわけです。

気付いたからには熱血ジャーナリスト(笑)。書かないわけにはいかない。しかも誰にでも上手く彼らの症状や気持ちが想像できるように書かねばならない。分かりやすく「脳が壊れた」状態、そしてなった本人の感覚を必死で説明していくわけです。この本はそんな大変な熱意で書かれた大傑作なのです。

「脳が壊れた」わけなので、しゃべったりすることを中心として身体の機能とか、感情のコントロールとか、いろんなことを論理的に考える事とかが不可能になる。それはホントにちょっとした段取りとかがすべてが難しくなり、本人はとてつもなく混乱してしまうわけです。例えば荷物を両手に持ちながら車の扉をあける。車の扉を開けるために片方の荷物を床に置けばよいのだけど、そんなちょっとしたことが段取れない。パニックってオロオロしてしまう。例えば人の顔をまっすぐに見ることが出来ない。人の方に顔を向けながら、なぜかあらぬ方向へ視線をそらしてしまい、まっすぐ相手に向かいあえない。そんな1つ1つの症状が、いつか見た、いつかインタビューした、「社会と上手くやれなかった」取材対象の人たちと非常に似ているんです…と。

と、まぁ、1つ1つの症例について、著者はあれこれ必死で分析するのです。

で、もちろん41歳の著者はリハビリによって機能を少しずつ回復していくわけです。だから自分が出会ったあの人たちも、もしかしたらちょっとしたリハビリで社会に復帰できるのではないか…と著者は考えます。そしてそんな風に重要な仕事を担うリハビリの先生たちはすごい!…と。でも彼らは病院ヒエラルキーの中で、非常に低い地位に置かれている、ということも指摘しています。

リハビリ中には、リハビリの先生にトレーニングとリハビリは違う、ということもするどく指摘されます。これまた「なるほど〜」と思ったのですが、著者は結構なスポーツマン。だけど、それゆえに刺激的で短期的な快感を与えてくれるスポーツしかしてこなかった。本当に大事なのは例えば必要以上に心拍数をあげないようにゆっくりジョギングすることとか、地味な地味ぃ〜な運動です。(そういう意味では、元アスリートが実は一番リハビリがやりにくい、ということらしいのです)

そんな風に、この本の前半は「脳が壊れた」時の症状の事例やリハビリの過程を鮮やかに描いています。(ちなみに悲惨さはあまり感じられません。とにかくおもしろい。声に出して笑っちゃったほどです)

後半になると、なぜ著者は脳梗塞になってしまったのかという検証が始ります。自分は現場取材から引退した「講演会ジャーナリスト」「老害コメンテーター」にはなりたくない、と発言するように、鈴木さんの仕事に対する完璧主義,抱え込み主義みたいなものが悪い方に作用した。自分の「妥協下手」「マイルール狂」「ワーカホリック」「ケチ」という性格も大きな問題だった、と鈴木さんは自分を分析していくのです。そんな性格の著者にさらに追い打ちをかけたのが、数年前におきた妻の大きな病気。

この病気で妻を失うのではないかという恐怖に駆られた著者は、一切の家事を妻から奪いとります。もともと奥さんは家事が苦手な人らしく、昼にならないと起きてこられない。物が片付けられない。そんな怠惰な性格。これも実は奥さんの注意欠陥とか、いろんな脳の問題であることが、著者本人のリハビリの中で分かっていくわけですが、当時はそれをまったく理解していない。でもそんなライフスタイルの妻が病気になった。そこから著者は、なんと生活時間帯がまったく異なる奥さんの分の食事も含め1日合計6食も作っていたそうです。家事をすべてこなし、仕事をこなし…ところが、妻は物1つまともに片付けることも出来ない(注意欠陥)。食べるの遅くて1時間以上かかることもある…(早く食べないとオレが片付けられないだろう!)そんな家庭内のイライラもつのり、著者の高血圧がズドーン!といってしまった。そういうことだったらしいのです。そんなことの反省を著者は奥さんへのたっぷりの感謝と愛情表現とともに描いていきます。(しかし愛って大変。私には絶対に無理です…)

でもって、そんな風に自分が倒れてしまった時、いったいどうしたらいいか。それに対する著者のアドバイスも良かった。

以前、著者は同業の先輩に、フリーランスでやっていくなら、1年くらい働かなくても大丈夫なような貯蓄をしなさい、そして借金はしないように…とアドバイスされたそうです。そんな先輩のアドバイスを守ったのが良かった、と。

そしてこれはもう基本中の基本なんだけど、人脈のネットを持つことが大事だと著者は力説します。

著者が他の「貧困本」でも書いてきた事だけど、「貧乏と貧困は違う」ということ。同じ低所得者でも人に囲まれてワイワイと楽しく生きている人は貧乏であって、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)は決して低くない。そうした支えを失って孤独と混乱の中で抜け出せない苦痛を味わい続けている状態こそが貧困なのだ、と。

薬物依存に苦しんだ当事者が書いた「その後の不自由」という本があるのですが、その本に書かれていた「いろんな距離感のところに自分の応援団を持とう」という考え方は、自分が実際に倒れた時、とても参考になったと著者は言います。(たまたま著者はこの本の作者にインタビューもしていた)これ、「一番身近なところに強い応援団を持とう」ではないのが、重要なポイント。

実は身近な人が一番頼りたい相手か…というと、そうでもないこともあるんだよ、と著者は言います。逆に距離感のある相手だからこそ、頼れるタイミングがあったりするのだと。頼る内容によって相手を変えていかないと、相手もいっぱいいっぱいになっちゃうし、結局誰にも頼れず孤立してしまうよ、ということらしい。なんか、分かる。それに倒れた時「こいつにだけは世話になりたくない」なんて思う人も出て来る、と。うーん、なるほど!

そして、読者へのお願いとして、あなたの近くにもし孤独な当事者がいたら、まず「行動」してほしい、と著者は主張します。実はその人たちも、著者と同様、もっとも身近な人たちに頼れないでいる人たちかもしれない。著者はラッキーにも本を書く職業だから、この気持ちを本に記すことができる。でも苦しみを言語化することは多くの人にとって非常に難しいことだから、ほとんどの人ができなくて当然であると。であれば「大丈夫?」と聞くのではなく、ただその人がしてほしいだろうことを黙ってやってあげてくれと著者は言います。というのは、その人たちは「大丈夫?」と聞けば「大丈夫」とこたえてしまう、面倒臭い人たちだから。「何かしてほしいことある?」と聞いてしまえば、「大丈夫自分でやれる」と言ってしまう人たちだから。とにかく是非黙ってやってあげてほしい、と。

例えば著者夫妻と仲のよかったご夫婦は、いきなり著者の自宅へ来てピンポンしたそうです。「行った方がいい?」と聞かれれば、やはり自分は「大丈夫」と答えてしまっただろう、と著者は言います。そうやってこの御夫妻が突然来てくれたおかげで、著者はやっとご飯が食べられた。そして妻が倒れた時に枕元にもっていったお粥のお皿がカビたやつを、やっと片付けてもらったんだそうです。実は著者は奥さんが倒れてからというものの、それを見るのすらつらくて、片付けられないでいた。著者はホントにホントに苦しかったそうです。 

それにしても… 人間は弱い生き物です。そして脳は繊細。ちょっとしたことで社会からこぼれてしまうことがある。ここのところ続けて読んだ本が、全部、内容が同じ方向に向いているので、ビックリしちゃうんですが、それはすべて、この世界ではホントに1人も取りこぼしている余裕などないって事なんです。すべての人を生かして活かさなければならない。そしてそれはちょっとしたことで可能かもしれない。取りこぼした人を役に立たない人として位置づけてしまえば、それはそれで社会のお荷物となってしまう。それではいけないんです。社会的に上手くいかない人たちは、実は医療の現場に引っ張りだして、ちょっとしたリハビリで、見事に復活する可能性があります。いろんなことが劇的に回復する可能性があります。そんな研究がもっともっと進んで欲しい、そんなことをホントに思いました。 

あ、なんか政治家みたいになってきたな、オレ(笑) とにかくこの本、すごいですから、是非読んでみてください。