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2017年10月27日金曜日

来日までもうすぐ!:チーフタンズ物語 (14)

(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)からの続きです。いよいよあのレジェンドとの最高のアルバムが誕生します。


80年代半ば。10代の頃から東洋の神秘思想と仏教を学んできたデレクは、音楽が悪を打ち負かすことを本気で信じていました。他のメンバーはそんなデレクの信じることを尊敬はそるものの、適当な距離を置いていたのも事実。一時、神秘思想に傾倒していたヴァン・モリソンはそんな理由からデレクと親友と呼べるまでの仲になります。しかしヴァンのそういった興味は長続きしなかった。デレクいわく「ヴァンは答えを求めていたんだと思います。今すぐ答えが欲しいと。それが得られないと分かった時は消えて“失せろ”で終ってしまったのでした」

そしてまたヴァンは自分のケルトのルーツとブルースとソウル・ミュージックについての独自の音楽感をも模索していました。1987年秋、ヴァンはロンドンからパディに電話をかけて、明日会って打ち合わせよう、とパディに言います。この時、ヴァンはパディがダブリンにいる事、パディはヴァンがロンドンにいることを知りませんでした。それでも2人は翌日ロンドンで会います。ワインボトル付きの素敵なランチを想像していたパディは、ヴァンが連れて行ってくれた、ヴァン行きつけのカフェにがっかりします。そこはいわゆるワーキングクラスのトースト&ビーンズみたいな場所だったのでした。(そして、その事をまだ恨みに思っているのか、先日東京でのトークショウで、パディはまだその話をしてました。労働者クラスのカフェなんて本当にヴァンらしい/笑)
トースト&ビーンズ(爆笑)

そして1ケ月後、ヴァンはアルバム「アイリッシュ・ハートビート」の具体的な打ち合わせにダブリンにやってきます。ヴァンを空港まで迎えに行ったパディはウイックロウの素敵なインにヴァンを案内するのですが、ここでもヴァンはなかなかのやらかしぶりを発揮します。シャワーが出ないと言ってはさわぎ「赤い蛇口をまわしてみて」と言われるまでお湯をどうやって出すのか知らなかったとか、浴室の鍵をかけて開けられなくしてしまったり…とか。しかしそんなエピソードを経て,2人は仲良くなっていきます。普段笑ったりすることのないヴァンが大声で笑ったりしていたそうで、2人はすっかり打ち解けていきました。この頃は、ヴァンのキャリアにおいても非常に不思議な時期で,パディ曰く、ヴァンはお酒も飲まず、タバコもすわず、でも大量のコーヒーを常にがぶがぶと飲んでいたのだそうです。

アルバム・タイトルについては、彼の自作曲の1つに因んで「アイリッシュ・ハート・ビート」と付けることが早くから決定していました。またヴァンは自分のレコード会社からこのアルバムが出ることを強く望み、結果、アルバムはフォノグラムからリリースされることになりました。ヴァンが天才であることは、スタジオに入っていた全員がすぐに理解しました。トレードマークのスキャットを完璧なフレーズで歌うヴァンは、まさに神憑っていたと言います。しかもあれこれ録りなおしたり、ということもなく、だいたいは3テイク以内ですべてが終ってしまったのだそうです。

普段は音楽的にはなかなか満足しないデレクも「あれは第1級の傑作です。これ以上はないくらい。伝統音楽の純粋音楽主義者が何を言おうとも。あれはソウル・ミュージックです」

泣ける!



泣ける!



泣ける!



そしてアイルランドのテレビ局のこの名門番組がチーフタンズをフィーチャーした大特番を打ち立てるのです。メアリー・ブラックやドーナル・ラニー、そしてヴァンも参加しているすごい番組。最後はヴァンの「Star of a county Down」で大盛り上がりに盛り上がりました(笑)。



また番組収録の前日にパディはトリニティ・カレッジで名誉博士号を受け取りました。お母さんもきっと息子のことを名誉に思い、すごく喜んだに違いありません。

これってオリジナルジャケですかね?
しかし「アイリッシュ・ハート・ビート」は名作ながらもヴァンがまるでプロモーションに協力してくれなかったので、その点で努力家のパディは非常に不満が残ったようです。あんなに名作なのにね… そうなんですよね。ネットもなかった時代だから、いくら名盤でも取材に協力してメディアになんとか載せるしかプロモーションの方法がなかったし、プロモーションしなければ、やはりどんないいものでも埋もれてしまう。でもこのアルバムが傑作なことはまったく変わりはありません。

それにしてもチーフタンズとヴァン… ホントにすごすぎます!!

さて1988年7月、パディはチーフタンズの「セレブレーション」の企画にとりかかります。もともとこれはダブリン市の創立1,000年を祝って企画された企画でしたが、企画は頓挫してしまいます。それでも自分のアイディアを諦めきれなかったパディは独自で曲を仕上げ、それをゲイエティ劇場で上演することにしました。実はその公演の初日の前日交通事故を起こしてしまうのですが、鋤骨と足の怪我をおいながらも、パディは必死で本番をこなしていきます。「ブルターニュやガリジアからもお客が来ていたし、キャンセルするわけにはいかなかった。司会もゲイ・バーンだったし」チーフタンズの20枚目にあたる「チーフタンズ・セレブレーションには多くのゲストが収録されていますが、ヴァンと並んで、ナンシ・グリフィスとも初の共演を果たしています。すでにチーフタンズの大ファンだったナンシは、この共演をすごく楽しみました。「私はハーモニーを歌うのだとばかり思っていたけど、スタジオに行ったらリードヴォーカルだった」そして[ウエクスフォード・キャロル]をわずか2テイクで収録したそうです。

他にもケヴィンやマット、ショーンのそれぞれが別々のトラックを担当し、どれも印象的な楽曲に仕上がりましたが、しかしこのアルバムのハイライトはやはりパディの書いた[ダブリン1,000年祭ケルト組曲]でした。ブルータニュ、ガリシアのミュージシャンが多数参加したものすごいトラックです。



またチーフタンズは同じ週、当時チャートのNO.1だったウルトラ・ボックスのレコーディングにも参加しています。それにしても忙しいよね…



パディとチーフタンズの躍進はまだまだ続きます。 次回チーフタンズは… あのロック界のレジェンドとの共作アルバムに着手します。(15)に続く。あと6回でこのシリーズ、本当に終るんだろうか!?(笑)


チーフタンズ来日公演の詳細はこちら。

11/23(祝)所沢市民文化センターミューズ アークホール
11/25(土)びわ湖ホール
11/26(日)兵庫芸術文化センター
11/27(月)Zepp Nagoya
11/30(木)Bunkamura オーチャードホール 
12/2(土)長野市芸術館メインホール
12/3(日)よこすか芸術劇場
12/8(金)オリンパスホール八王子
12/9(土)すみだトリフォニー大ホール



PS
それから、チーフタンズの来日記念盤も発売になりましたよ〜。入魂の選曲です。前回の来日時に出たバラカンさん監修のものとは曲がだぶっていないという… すごいですね。是非チェックしてみてください。