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2017年10月1日日曜日

角田光代「笹の舟で海をわたる」を読みました

最近フィクションはほとんど読まないんですけど… 久しぶりに読んだらぶっとんだ! まさに「ノンフィクションは事実を書き、フィクションは真実を書く(by 角幡唯介さんだったっけ?)」

これは、めっちゃ真実。めっちゃリアル。そして最高に面白い。Twitterで感想をググってみたら「朝ドラみたい」と言っている人がいた。朝ドラは見ないが朝ドラってこんな感じなんだと妙に納得した。なんというか、すごい筆力というか、めっちゃリアルで、すごく面白かった。話がものすごく上手い。一度読みだしたら止まらない。さすが売れっ子の角田光代さん。
きっかけは本を営業/宣伝する事にかけてはこの方の右に出る者はいないと言われている高野秀行さんの参謀「本の雑誌」の杉江由次さんのこちらのツイート。

角田さんは実は昔、私が文化放送のインターネットラジオをやっていた時、角田さんのエッセイ&私のアイルランド音楽選曲というタッグを組んでいたことがあるんですよ。で、それをきっかけに過去にも何冊か彼女の作品を読んでいて、そのどれも素晴らしかったので、これもきっと面白いんだろうなと、速攻でポチリ。 で、ここんとこ読んでいるのがすべて仕事関係の本で、読んでも読んでも読まなくちゃいけない資料があり、楽しいけど、ちょっとうんざりで、なんかまったく仕事に関係ないものを読んでみたく思ったのだ。で、7月に届いたこれをやっと手に取った。で、2ページ読んだら、もう止まらない。あっという間に読み終ってしまった。角田さん、すごすぎる… 

なんというか、超さえない女性の物語である。こういう全く違うタイプの女の人の話、角田さん前にも書いてなかったか…直木賞取った「対岸の彼女」だったか…。でもあっちより,こっちの方がグイグイ読めちゃう度が圧倒的に高いと思う。あっちも素晴らしいけど、ここまでは引き込まれなかった。すごいな。

昭和30年代。20歳になった左織(さおり)はある日偶然ばったりと銀座で風美子(ふみこ)に再会する。「疎開先であなたが私をいじめから守ってくれたのよ」と話す風美子を、しかし左織はまるで思い出せない。そうこうしているうちに出会った大学の教師となんとなく結婚する左織。そして偶然にもその弟と結婚する風美子。そして風美子は時代に乗り、料理研究家としてどんどん成功していくのだった…。

私がまず思ったのは、この風美子の生き方である。最初に思った事は自由気ままに生きている私も、実はこんな風に友達から思われているのではないか…ということだった。いや、この彼女ほど私は成功しているわけではない。でも「自分で人生を切り開いている」感がある人の近くにいると、まるで自分までその人に生かされているように感じる…という主人公や風美子の旦那である潤司の気持ちが妙にズシリと響いた。なんというか、その人のシナリオに組み込まれている、というか。こんな風に思うんだ、人は…

いや、分かっている。そんなのは単なる「ひがみ」や「ねたみ」だ。それが嫌なら自分で自分のやりたい事をその人も自分のやりたい事を実現すればいいのだ。が、そうこちらが思うことすら、こういった人たちにとってはきっとひどい暴力的なのだろう。そもそも、そういう「ひがみ」「ねたみ」まではいかないにしても、そういったものに近い感情はいくらでも普段の人間関係の中に大なり小なり組み込まれているに違いないのだということに気づく。そんな事に、なんかハッとさせられた。そんなこと普段考えもしないけど… というか人の考えることなんて気にしてたら,自分のやりたいことなんて1つも出来やしないけど。で、もちろんそれを知ったとしても、私は変わらず自分のやりたい事をやる方を選ぶのだけど。

話はまったく左織側の気持ちで進行していくので風美子の気持ちはまったく書かれていない。でも左織の家に来てちょっとした事に「幸せってこれだ」みたいな事を言ったり、風美子の寂しさや子供がいない空虚感やいろんなことは、もう手に取るように分かる。すっごく分かる。

そういや、いつだったか、大学時代の友人で、主婦をしている子に「いいなぁ、のっちは(大学時代の私はこう呼ばれていた)。自分で稼いで、部屋を借りて、自分で生活しているんでしょう?」と言われて、なんだか私はびっくりしてしまった。私にとっては、そんなことは当たり前の事である。私が働かなくて、いったい誰が家賃を払ってくれるというのだ。いったい誰が私を幸せにしてくれるというのだ。が、しかし驚くことに、世間にはそういう考え方をする人がいるのだ。そして、そういう人はこの本の主人公みたいな事を延々と考えているのかもしれない。

しかし! そんな状況にあるというのに、私は自分でもびっくりするほどこの主人公に感情移入しながら読んだ。不思議と腹立たしい気持ちはなかった。というのも、彼女があまりにも自分とかけ離れているからだ。あと、自分の母親もこんな感じかも?という事が、ちょっと頭にあった。世代的にはそういう年齢だし、この今ではありえない感覚もこの世代特有のものかもしれない。角田さんも自分のお母さんのことを意識したのだろうか。ちなみに角田さんは私の確か1つ下である。

角田さんのことをよく知っているわけではないのだが、角田さんもこれだけ成功して、確か離婚もされていると記憶しているので、おそらくご自身も自分の道を自分で切りひらいてきたタイプに違いないのだ。が、小説家というのは、すごい。自分の真反対の生き方をしている主人公の気持ちを、ここまでリアルに描くことが出来るわけだから! いや、マジで天才である!! この心理描写というか、それがとにかくすごいのだ。それにしても、女同士というのは、こんな風に相手のことを思っているんだろうか。「対岸の彼女」でも思った事だけど。そしてそれが本当に面白くて、ホントにグイグイと読んでしまった。

そして、この記憶にないという疎開していた少女時代も、全体をミステリーな雰囲気に誘導していて効果的だ。もしかしたら左織は他のいじめっ子同様、自分に都合よく忘れているだけで、本当はいじめに加担していたのではないか。風美子は、そういう左織に復讐しにやってきたのではないのか? そういった疑いや、納屋に閉じこめたいじめられっ子の記憶など、ストーリーには、大きな謎解き的な部分もある。それが、また読むものをグイグイ引っ張る。

あとこの本が伝えている力強いメッセージ。人間の行動には善悪もなく、正しいも間違っているもないという事だ。ただそこには人が持つ印象や感情が、この左織の気持ちのように漂っているのみである、ということ。角田さんは、おそらくこのテーマについてそこまで意識していないかもだけど、私はそれをやたら力強く受け止めた。主人公の気持ちが丹念に書かれているからだろうか、左織にとって、あれこれ起こるすべては、あまり自分の気持ちと関係ない。そして、ただ自分の気持ちが揺れるその感覚しか彼女にはない。これって、人間関係においては、ものすごく重要なことで、というか、人間関係においては、まったくそれがすべてではないのか。

それにこれは、確か勝間和代さんの本にも書いてあったけど有名な誰かの言葉じゃなかったっけか。事実がどうこうというのは、まったく関係なく、そこにあるのは相手の気持ちだけである、って。それがホントにリアルに感じられた小説であった。うん、やっぱり素晴らしいフィクションは事実を積み上げることなく凝縮された「真実」をいきなり突いてくるんだよね。これは、すごいよ。

主人公は自分でもそう言っているが、いつまでたっても腹を空かせた小さな子供なのだ。何も自分では切り開こうとせず、そしていつもビクビクしている。時々幸せに感じる幸せも、自分の手で努力したものではない。単に人に与えられたものだから、まるで実感がないし、長く続かない。なんだっけ、これ… 芥川龍之介だっけ?「生きてる実感がなければ死んでる実感もない」そういう生き方。

でも最後の最後にちょっと意外な、でもホッとさせられる小さなエピソードで物語は幕をとじる。そしてやっぱり思った。人間は小さくても、それが失敗だったとしても自ら行動することで幸せになれるのだ、と。幸いなことに左織の子供たちは、どちらも自分らしく生きる道を進んでいるようだ。(そしてオレもオレは間違っていない、と心でガッするのだった)

でもこの主人公はそれに気づくまでに60年かかっている。なんという時間の無駄。っそしてTwitterで検索したら驚くほど多くの人が主人公に対して厳しい意見をのべている。「つまんないババア」とか「主人公の気持ち悪さがうんぬん」「こういうのが毒親なのだ」とか… 厳しいなぁ。私は…なんというか単に可愛そうだな、と思った。そして最後は良かったな、と思いちょっとホッとした。

あ、それから… この小説、時代の流れもすごく丁寧に書かれている。学生たちが教師の家にテレビを見にくる感じ、手抜き料理やカップ麺が流行りだす感じ、そして初めて銀座にマクドナルドが出来たこととか、私も記憶にあるよ。 あと昭和天皇の死とか、皇太子の結婚とか。そして自由に飛び立って行った左織の娘などの言動を見ていると、ほんの1世代違うだけでこんなに考え方が違うのだ、と思う。私はこの娘と同じ世代だからな…

角田さんのインタビューを見つけた。

しかし風美子じゃないけど、人は自分のやりたい事をやったり、自分の思っていることを言ったりしている人を見るだけで、もうすでに傷ついたりするのだなぁ…。そんなことを改めて思った。それは分かっているのだが、そんなことを気にしていたら,何もできないし一度しかない人生、時間がもったいないので、やっぱり私は私の道を行くわけだけど。 申し訳ございません(爆) それにしてもこんな風に人の気持ちが書けちゃうんだから、小説家ってすごいと思う。ノンフィクションにはない醍醐味だわ。