bar clear all


2017年11月1日水曜日

エリック・フェンビー「ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス」を読みました。超・素晴らしい!!


ディーリアスといえば、この曲。 ケイト・ブッシュの「Delius」。



なんと2回しか放送されていないらしいんだよ、このプロモ映像。よくそのテレビを録画した人がいたよね。で、その人がYou Tubeに映像を上げていた。すごい曲だ。ケイト・ブッシュ、22歳の時の傑作。英国ナショナル・チャート史上初の女性アーティストによる1位を獲得したサード・アルバム「Never For Ever」。アルバムのオープニングである「バブーシュカ」の次に収録されているのが、このトラックである。シングル「Army Dreamers」のB面にもなった。不思議なおっさん声で「ター、タター」という声が入っており、これはなんだろう、と思った人も多いはず。

まず,何故この本「ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス」を読むことになったかというと、単純に普段お世話になっている林田直樹さんがプロデュースされていたからだ。クラウド・ファンディングに協力して…といっても、単に本の代金を発売前に支払っただけにすぎないんだけど、最初はそんな感じで「おつきあい」の一部としてこの本を手にいれた。そもそもディーリアスって、名前すら知らなかったし!(ひ、ひどい。しかし私は本当に音楽を知らない)

ところが、どっこい。到着した本のページをめくったら、まるでむせかえるようなブリティッシュネスに完全に魅了されてしまった。1930年代に書かれた本だというが、そのせいかとても古くさい(褒めてます)。今、世間で流行だという(笑)カズオ・イシグロなんか好きな人は、絶対に気に入ると思う。そして日本語の向こう側に英文がすけてみえるような丁寧な翻訳も、本当に素晴らしい。こういう英国本に飢えてたのよ、という感じ。翻訳はヴァイオリニストの小町碧さんだ。



しかし、この本はディーリアスの音楽が分らなくてもすごく楽しめる本だ。とにかくすごくおもしろかった。衰えていく者の最後の姿、献身的な助手と妻、そして音楽とはいったい何か、生きるとは何か、ということについて、これほど雄弁に語った本が今まであっただろうか。あまりに面白くて、ホントに一気に読めてしまった。

林田さんの帯キャッチ「音楽と人生との関係について書かれた、もっとも美しい書物」は、まさにこの本の魅力を適格に言い表している! これはちょっと映画「めぐり逢う朝」に出会って以来に匹敵する、素晴らしい「音楽とは何か」作品なのではないだろうかと思う。

もしかしたらディーリアスを知らなくて、これからこの本を読む人は分りやすく書かれたオヤマダアツシさんの後書きを先に読むと分りやすいかもしれない。というのも、本編はその背景の説明なしに一気に晩年の彼の様子にジャンプしているから。ディーリアスは、世紀末に活躍した英国の作曲家の1人だったが、当時不治の病であった梅毒に侵され、目は見えなくなり身体の自由もほとんど奪われてしまう。車椅子の上で晩年をすごし、しかしそれでも作曲を続けたわけだが、それを可能にしたのはディーリアスのファンだといってこの気が遠くなるような作業を引受けた当時22歳のエリック・フェンビー。この本の作者である。本はフェンビーの独白という形で綴られており、さらに81年に70歳を超えた本人により追記された文章も収録している。

フェンビーはしかし、ディーリアスのファンでありながら盲目的に彼をあがめているわけではない。この距離感が、めっちゃ抜群なのだ。 時には怒りに心を震わせつつ、彼のペンは鮮やかに自身の葛藤を捕らる。かと思うと、彼は非常に冷静でもあり、師の音楽と人となりを客観的に表現する。

ちなみに本の場面はほとんどフランスなのだが… この溢れんばかりの「英国性」はいったい何なんだろう。 会話かな。ディーリアンスもフェンビーも、北イングランドの出身なのだが。

ディーリアスは楽器を人前で弾く事をしなかったという。そして回りの一般人を見下していた。そんなイヤな奴、ディーリアスの数々のエピソードやニーチェと神の存在、神と音楽の関係、神と人間の関係、音楽と人間の関係、それが信心深いフェンビー青年の葛藤とともに、くっきりと浮き彫りになっていく。

本編の1部ではフェンビーの決意とディーリアスを訪ね一緒に暮らした日々。次に2部では自分たちがどう作業したかという詳細な説明。そして圧巻なのがそのあとに続く3部「私が知ったディーリアスの人となり、作曲としてのいくつかの側面」で語られるディーリアスの姿だ。

「音楽家ディーリアスは人間ディーリアスより偉大だった」…とにかく何度も何度も読み返したいセクションだ。そして最後の「日没」という章では、フェンビーが屋敷を去ったのち、再びディーリアスを訪ね、亡くなる彼を見届けるところが描かれている。

それにしても丁寧に作られている本なんだよね〜、これ。訳の素晴らしさもあるし、英国のディーリアス財団からの協力を得たとはいえ、冒頭の作者略伝や、80年代の後書きなども収録し、そんなあれこれの権利関係をのこととか大変じゃなかったのかな、と勝手に想像する。そして沼辺信一さんによるディーリアス略年譜、加えて丁寧な索引など(そう、最近は索引のない音楽本が多すぎるのよ!)、これをやったら本の売値が上がっちゃうんじゃないの的なものをすべて受け止め(笑)、心のこもったアルテスさんの本作りに唸るしかない。この紙の質といい、装丁もめっちゃ素敵だし。そういやアルテスの社長の鈴木さんはお風呂で本が読めない=本が痛むからと言って、風呂読書が日常の私の読書態度に顔をしかめていた(笑)。この本を担当した木村社長も同じなのだろうか(爆)

これを原作にのちにテレビ映画を制作したのは名匠ケン・ラッセル。映画は1968年の作品だ。これも今ではYou Tubeで全部観ることが出来る。80分ほどの作品で、英語だけど、ムンクやロダンやゴーギャンが飾られたディーリアスの家の様子や、偏屈なディーリアスの不気味っぷりを感じることが出来る。

そして、今回読んだこの本でも圧巻なのが、老人の、まさに不気味さの頂点である「ターターター」という歌声。爺さんの音痴な歌声。自分の下手な歌で、フェンビーに自分のメロディを伝えようとした爺さんの執念が込められた歌声なのだが、それが非常に怖いことに、めっちゃ頭に残るのよ、この映画でも!! ホント夢に出てきそうなんだけど!! 怖すぎるでしょ! この映画をケイト・ブッシュは10歳の時に観て、のちに冒頭で紹介した楽曲を書いた。そしてプロモ映像でディーリアス役を勤めるのは兄のパディ・ブッシュ。顔が光っているのは、目が見えないので陽の光をもとめて顔を動かせと命令する偏屈ディーリアスを表している。車椅子、ブランケット…。まさに本で読んだ通り。映画で観た通り。そんなエピソードは、ここにまとめられている。

あぁ、あとタイトルいいね。「ソング・オブ・サマー」は映画のタイトルでもあるんだけど、「Delius as I knew him(私が知っているディーリアス)」を「真実のディーリアス」ってつける、思い切ったこの感じ。関係者の皆さんの、この本に対する自信が感じられる。

あぁ、やばい。この本持って、どっかひなびた温泉で、ディーリアス合宿したくなった。そして音楽とは何か、じっくり考える時間が欲しい。