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2018年4月23日月曜日

言葉の壁って厚いんだな…


アマゾンとかいって、アメリカはともかく、UKのアマゾンは結構普通に使っている。郵送も早いし4日くらいで到着したりするし便利だ。が、こんなサービスがわざわざ始まるところを見ると、やっぱり言葉の壁って厚いのかな、と思った。英語は中学生の義務教育で誰でも3年習っているはずなんだが… 今朝も今朝とてウチのミュージシャンからの「PAYPALで日本から注文来たんだけど、住所も名前も日本語だから読めない〜」というメールで起こされるはめになる。トホホ… オレの仕事を増やしてくれるなよ…  ミュージシャンの皆さん、一所懸命日本語真似して書いたらお客さんにウケるだろうし、プリントアウトして貼るなりしたらいいとも思うのだが。

そのくせ何かというと、オレたちみたいな仕事には、いつでも「中間業者だろ、お前」という厳しい目がそそがれている。お客さんからも、ミュージシャンからも。こっちがしっかり仕事していることを表明していかないと、あっという間に双方から見捨てられてしまうだろう。ま、そんな厳しい世界なのだ。それは私も自覚しているつもり。時々双方からねぎらいの言葉をかけられて嬉しく思うことはあるのだが、そんなのは社交辞令だ。オレも馬鹿じゃない。そんなことは分っておるぜよ(笑)

CD中心に事業を回していたころはホントに嫌な気分になったものだ。例えばウチでエクスクルーシブ(独占する権利)を結構な額の印税前渡金を渡して取得し、それを1枚でも多く売るべく宣伝費をついやし、時間を費やし、頑張ってプロモーションしても、すぐ脇からゴキブリみたいな連中がやってきて、並行輸入ものを売ったりするわけだ。アマゾンもその最たる例で、在庫持ってやしないのに商品紹介載せたりする。アマゾン以外の小さい通販業社でも、ひどいものになると、ウチの動向みながら明らかに入荷してるでしょ的な動きもあり、げんなりさせられるのだった。ま、昔はそんなのをわざわざ確認してはイライラしていたさ。

友人の同業者の中には、そういったゴキブリたたきに必死になっている人もいた。私は時間の無駄と思い、多少辛くてもやせ我慢していたのだが… ま、ホントに商売というのは厳しい。こっちが頑張ってやっているのに…というエクスキューズは、誰にも聞いてもらえない。ゴキブリたちは1円でも自分の収入を多くしようとなりふりかまずに必死についてくる。あぁ、やだ、やだ。せめて自分はそうならないように気をつけよう。それにつきる。

昨日は赤羽で昼呑み。ホントは平日にやりたいw
アーティストにとって時間やお金を投資してくれる存在は大事だと思いたい。ウチは自慢じゃないけど、なんでもゼロからやってきたという気概はある。唯一ゼロから初めてないのは、グレン・ティルブルックだけだ。だからグレンにはいつもすごく複雑な気持ちを持っているのだが… 別に私がやらなくてもいいんじゃないか、と。ま、それはまた別のお話なのだが…

しかしアマゾンのこれで、いわゆる正規代理店や商社なんかどうするんだろう。ウチなんか私一人でやってるから、まぁ、どうにでもなるのだけど…。他の仕事でもしてこの赤字は埋めるさ… 。でもバックや高いお洋服を宣伝していた正規代理店や商社の人たちはそうはいかないだろう。大変だ。

ワールド・ミュージック界隈ではおかげさまで、仕事を取り合うとか、そういうことはまずない。とはいえ、ちょっとジャンルの分母が大きくなっただけで、プロモーター同士、アーティストの取り合いとかしょっちゅうらしい。他のジャンルの話(うわさ話)を聞いて震え上がる。ひぇ〜 怖すぎるでしょ、と。それこそ来日するたびにプロモーターが違うアーティストがいるが、あぁいうのを許しているのは、いったいどういう世界なんだろうかと複雑な気持ちになる。とはいえ、プロの皆さんの仕事に、私なんぞが何を言えただろう。とにかく私は黙って自分の仕事をするだけだ。そして自分の村が平和なのを確認できれば、それで良しとしないといけない。

いつだったかヴェーセンに「やせ我慢」って日本語を英語で説明しようとしてぐぐったら「Stoicism」と出て来て、英語は言い得て妙だよなぁ、と感動した。

ま、なんでも思いどおりにはならないのよね。頑張ったところで、足を引っ張られる要素はいくらでもある。でも、それ以上にたくさんいろんな人から応援もしてもらってもいる。だからこんな風に私だって毎日食べて行けるのだ。それはすごいことじゃないか…とはいえ、そろそろ老後の安定が欲しいわー なんか考えちゃうよな。

ま、うだうだ言ってないで、とにかく今日も張り切って参りましょうかね。

2018年4月22日日曜日

サラーム海上『ジャジューカの夜、スーフィーの朝〜ワールド・ミュージックの現場を歩く』を読みました。素晴らしい! 現場感溢れるレポート。

かっこいい、ちゃんじー(いやですねぇ、業界人)が表紙のサラーム海上さん『ジャジューカの夜、スーフィーの朝〜ワールド・ミュージックの現場を歩く』を読みました!!

あっという間に読めちゃったよ。すごくいい本だった。言ってみれば、これはサラームさんの「出張レポート」だな。まさに「現場」からの声を伝える出張レポート。外国での出張レポートもあるが、国内ツアーのドタバタ来日ツアー話もあり、そんなのは、特に無条件でめっちゃ面白いのであった(いや、でもめっちゃ大変そうなので笑ったら失礼なんだけど!)。とにかく充実の内容だ。

バラしてしまうが、今みたいに音楽業界不況と言われるこの状況では、実際、海外の音楽の評論を生業としている方たちさえも、海外行かないまま書いてる人がほとんどなのだ。でもこれは仕方ないことで、例えばそういう仕事をしていたとしても、招待旅行の話が充分に来るわけでもないし、自費で取材旅行に行ったとて、かかった取材費をリクープすることはほぼ不可能に近いから、本当にみんな大変なのだ。だから、安易に他のライターや評論家を攻めるわけにはいかないが、これだけいろんな現場を実際に訪ねて、見て、聞いて,説得力のあるレポートをちゃんと発信している人はサラームさん以外、今、いないんじゃないだろうかと思う。本当に考える。本来なら、レコ社やプロモーターたちが、多くの音楽ジャーナリストの人たちを現場にどんどん送りこまなくてはいけない立ち場なのに、それが出来る余裕があるところなど、今やどこにもない。だからそれは私たちプロモーターやレーベルの責任でもあるのだが。

そんな厳しい現状の中、サラームさんは本当に頑張っている。ちゃんと現場に赴いて、そこでの空気と同時に音楽を感じとり、それを私たちに伝えてくれているのだ。だから説得力があるのだ。この本は紀伊国屋「Scripta」に連載していたものを書籍にまとめ大幅加筆したもの。それにしても、ずいぶん前にも書いた事あるけど、サラームさんがワールド・ミュージックのイメージ・アップに貢献した功績は大きい。もちろん情報の量もそうだけど、それまで、どうもワールド・ミュージックって貧乏くさくて、暗いもんだったんだよね。それをこれだけポップにかっこいいもの?(ちょっと上手い言葉が見つからないが)にしたのは、サラームさんの功績が大きいと思う。もちろん例えばWAVE六本木とか、90年代のパリを中心としたブームとか、いろんなことが重なった時代の流れの一環なのかもしれないけどね…。それにしても海外出張中の、フェスとかに呼ばれて1日に6本も7本もライブを見て、もう頭がぼーーっとしてくる時差ぼけの感じとか…、私もちょっとリアルに思い出してしまった(笑)。ホント、ハードスケジュールなんだよなぁ。あぁいうの…

でもそれでもなんとか現地の音楽を自分の感覚で捉え、現地の声を日本に届けようと努力する、それしか海外の音楽を生業にしているものの進むべき道はないのだけど、これが、まぁ、イバラの道なんだよね…。サラームさんにとっても、私にとっても。

そして、この本には私もかなり好きなアーティストの話も裏話をまじえて、たくさん載っている。まずは映画でも話題になったサッチャル・ジャズ・オーケストラ(来日公演は見れなかったな〜)とか…



ヤスミン・ハムダン。彼女とは一度仕事させてもらった経験があるので、ある程度インタビュー記事などもフォローしていたつもりだったけど、ソープキルズのもう1人の方の話を聞くのは初めてだったし、いろいろ考えた。彼はレバノンに残り、ヤスミンはレバノンを離れてパリに渡った。



そしてBoom Pamも、やっとどういうバンドか理解したという、めっちゃ後発隊のオレ。すっごい話題になったよね、このバンド。っていうか、やっぱりこのくらいの情報量がないと音楽誌に載るインタビュー記事とかだけじゃ理解が及ばないと思う、多くの人は。こんな日本ツアーのクリップも見つけた!



そして第4章では、インド古典のなんたるかをやっと理解した。すごいんだね、インド古典って!!(あぁ、もう5月27日に北とぴあインド祭やるというのに、自分がバカすぎる)こちらの映像はユザーンの師匠、私も大好きザキール・フセイン先生。



そして昨年来日してめっちゃ話題になった「ジャジューカ」。なんとなく理解はしていたもののサラームさんのこの本で、やっと背景が分ったよ。本当にすごいな!!



しかしなんといっても、サラームさんの行くエリアは、紛争や問題がたえない地域でもある。数年行かないだけで、まったく様子が変わってしまった街の話などを聞くと,本当に心が痛む。そこに自分のリアルな友人が住んでいれば、なおさら痛いだろうな…。辛いな…。でもそこにも音楽は常にあって、それを伝えるべく、サラームさんも奮闘していく。

なんというか…私が例えば北欧はいい社会だけど男たちはどうも生命力が弱いとか,ダブリンの街はすっかり変わってしまって90年代にあった可愛げがまったくなくなってしまった、とか、勝手な文句をホザいているのとは、とにかくレベルが違っている。この本に出てくる各地に比べたら西や北ヨーロッパの諸事情なんてたかがしれてる。いや、だから、こっちは重要じゃない、そっちは重要だと言うわけでは決してないのだが…

とにかくそんな事も含めて「現場感」溢れるレポートだ。また3年後、5年後に同じような主旨の本をサラームさんが纏めたとして、きっとこれとはまったく違ったものになるだろう。だからこそ、この数年間を切り取った貴重なレポートでもあるとも言える。

なお,この本、巻末にURLの読み取りコードがあって、そこにアクセスするとYou Tubeのプレイリストにつながる。音楽を聴きながら楽しむのも一興。

しかしスーフィー絶対に来てるよな。ケルトと一緒だよな…。循環する、スピリチュアルな世界…って感じで。

ストーンズの事、さっぱりわかってない私は、これも初めて聞いたのだけど、今、聞いても、震えるほどかっこいいね。



2018年4月21日土曜日

荻田泰永さんのトークイベントに行ってきました

クレイジージャーニーでおなじみ!とスタッフの方も連呼しておられたが、なんだかんだで、テレビの影響力は大きいよね。植村直己賞よりも、新聞の1面に載ることよりも…。でも確かにあの番組は、民放深夜帯の低予算番組なのに、ホントによくまとまっていたと思う。


今日は、イオン・レイクタウン越谷にやってきました。先日無補給単独徒歩で南極点に到達した荻田泰永さんのトーク・イベント。

来週はこの冒険をサポートした人たちを中心に集めた発表会があるんだけど、それには私は都合が悪くて参加できないので…

それにしても、お帰りになられてから、まだ一度も直接「おめでとう」を伝えられてなかったので、またお姿が直接拝見出来て嬉しい。

かっこええなぁ。目的を果たした冒険家の姿は…。

こちらが本物の南極で来てたジャケット。一方、足下にあるソリは北極で使用してたもので、南極のとは違うんだって。

テント。こちらも南極でほんとに使ってたもの。「入ってもいいですよ〜」と言われたけど、お子ちゃまならともかく、50のおばはんが入ってたら不気味だと思うので、辞めときました(笑) でも中をのぞくと思ったより広い。

荻田さん、久しぶりに姿を見るよ!

南極点までの道のりはゆるやかな上り坂なんです。それにしても単調な絵。何もない。ひたすら歩く1,126km。

これを海岸線からせめて行くというのが一応ルールなんだって。

南極点は今では観光として行ける。たぶん200万くらい。でもそれをあえて歩いて行く。しかも無補給単独で。すごすぎるよ、荻田さん。ちなみに日本人では初だそうです。


しかしすごいのがこの写真。最初出発の時、茶色だったコートが、カーキ色に。なんと理由は荻田さんの汗、そして紫外線。50日でこんなに変わっちゃうんだね。すごい。

よく山登りでコットンは速乾性がないからダメといわれるんだけど、こちとら南極は乾いていて風が強いので、すべて蒸発させ乾燥させる…という想定で、POKEWARDSさんと素材を厳選し、コットンを発展させたベンタイルいう素材のジャケットを作ってもらったのだそうです。(汗を逃がさないとどんどん内側で氷ができちゃうんだって。なにせ氷点下のすごい世界だから)

そして活動的な荻田さんは、この夏も子供たちをつれて100マイルの冒険を行なうそうです。小学校6年生なら参加できるそう。 これいいよなぁ。もう7年近く続けられているそうですよ。

荻田さんのこれから予定。なんと今度は若者をつれて北極に行くことを計画しているとか。

ちなみに若者という設定ですが、年齢制限はないそうです… ん? オレも参加連れていってもらえる???


最後の「ハワイに行きたい」に笑った。荻田さん、ほんとにおつかれ様でした。

しかし角幡唯介さんもすごいけど、荻田さんってホントに理想の冒険家だと思う。

こうやって積極的にトークイベントも行ない、人に夢を与える、冒険家としては理想の形だよね。植村さんとかもそういうところあったと思うけど。そういや南極は植村さんの悲願だった。でも夢半ばでマッキンリーで亡くなった。

荻田さんは、ホントに体力、精神力、そして冷静な判断力という点で、現在世界でもトップレベルの…というか世界最高の極地冒険家なんだと思う。そして、自分の冒険を、こうやってちゃんと社会に還元しているし。偉いよなぁ!! まさに冒険家になるべくして、冒険家になった人。

今日のお話で、最後質疑応答にみたいなものもあり、それに答えてスポンサーの話に。最初スポンサーが見つからなかった時は企画書などを持って、会社に飛び込みで売り込みに行った事もあったんだって。そんな話も興味深かった。結局そうやってゼロから売り込んだ会社から援助してもらったことはないのだけど、あれは今思えば、人にプレゼンするための良い経験になった、と荻田さんは言う。そんな風に前向きになんでも思えるなんて、ホント偉いわぁ。

ちなみにスポンサーってホント分らない…。今回のパナソニックなんかは、偶然関係者と新橋の飲み屋で遭遇したことから話が始まったり…(笑) でもそれもそこの時点までに至る荻田さんの実績と努力あればこそ、だと思う。やっぱりちゃんと活動していれば、見てくれる人は見てくれているんだね… そういうことなんだと思う。すごいよ、荻田さん。

あと南極を歩いている時,何を考えているか…と聞かれて。これ角幡さんも言ってたけど、向こうにいけば南極がもう日常で、こういったショッピングモールみたいな場所は非日常なのだ、と。この日常/非日常の逆転がいい。

それにしても… この物が溢れる物欲の固まりみたいなショッピングモールのこの状況下で、例えば地球上には、北極や南極みたいな場所があるということすら忘れそうになるのだが…。でももしかしたら、こっちの方がよっぽどクレイジーなのかも、と思う。グリーンランドの首都ヌークにあるしょぼいショオッピングセンターを思い出す。

荻田さん、貴重なお話をありがとうございました。最後に映画「サウンド・オブ・レボリューション」のDVDをお渡しできた。うーん,良かった!

あ、知らない人はいないだろうけど、改めて。荻田さんは角幡さんの『アグルーカの行方』 の時の北極旅の,旅の相棒でもあるんです。角幡さんいわく、角幡さんもすごい汗っかきだけど、角幡さんから見ても荻田さんは「可哀想なくらい」「熊みたいに発汗」しているのだそうです(笑) 

二人のやりとり、結構おもしろくって、あれこれ不注意が原因で失敗する角幡さんを白い目で見る荻田さんとか(笑/絶対に冒険家としては荻田さんの方が数倍上で慎重で失敗が少ない)、二人して交互に麝香牛食べ過ぎてお腹を壊したりとか、と結構「アグルーカ」に登場する荻田さんも笑えるので必読です。

2018年4月20日金曜日

バルトロメイ・ビットマン、イントキシケイトさん最新号にインタビュー掲載

かっこいいなぁ,この二人。インタビューで言うことは、ホントにかっこいい。(だが、ご飯はめっちゃ保守的で、お子ちゃま舌だということを私は知っている…)

イントキシケイト最新号はタワーレコードさん各店舗で無料配布中。是非手に取ってご覧ください〜

編集部さん、インタビューをしてくださった東端さん、通訳の染谷さん、本当にありがとうございました。

来日中に行なった取材、あと出てないのは2媒体を残すのみ!
 

FIN-EST WOLRD SOUNDS - フィンランド、エストニアから5組のアーティストが来日、無料公演を行います



さて、来月フィンランドとエストニアの音楽関係者が一同に集うイベントが東京で開催されるのですが、ヘヴィメタル、そしてジャズの公演はすでに発表されている中、ウチではワールドミュージック系のアーティストのショーケース公演を制作することになりました。皆さん、ぜひご来場ください。なんと無料なんですが、事前登録が必要になります。

まずは出演アーティストをご紹介。まずはエストニアからマリ・カルクン

 

続いてこちらはブルー・グラスに影響を受けたアコースティック・バンドのカーリー・ストリングス。



フィンランドからはいつぞやクリスマス・コンサートで、パワフルなヴォーカル・パフォーマンスを聞かせてくれたトゥーレタル



そしてこの人はなかなかの空気感持ってます…マイヤ・カウハネン。この最後の「よっこらしょ」ってアクセントの「キートス」がいい(笑)。



そして圧倒的な存在感のアコーディオン。大好きなアンティ・パーラネン。前からファンだったので,今回ご一緒できてのざき感激!(笑)ライブ、すっごく良いので、注目ですよ。これはすごいです。キッモやマリア・カラニエミなど、素晴らしいアコーディオン奏者を輩出してきたフィンランドですが、彼は次なる世代のホープです。



で、何度も言うように無料公演なんですが,申し訳ありません、ドリンク代(500円)がかかります。

また人数が限定されているイベントですので、欠席される方は事前に必ずご連絡ください。連絡なしのキャンセルは、今後、THE MUSIC PLANTが制作するいっさいの無料イベントへの参加をお断りすることになりますので、ご了承ください。

今のところ1組30分程度の演奏になる予定です。イベントの詳細はこちらへどうぞ。
一度に2名様までお申し込みが可能です。それ以上の人数で参加される場合は個別にお申し込みください。実際のお申し込みはPass Marketの画面になります。こちらへどうぞ。

PS
【4/21追記】なおこのイベントのチケットはスマホのスワイプでもぎる形式のものになっております。大変申し訳ございませんが、スマホをお持ちでない方は使用ができません。スマホをお持ちでない方は、お持ちのお友達を動員して、そこで2枚お申し込みいただければと思います。受付に別途受付要員を配置することが困難ですので、ご理解くださいませ。

2018年4月19日木曜日

ゼノギアスの思い出

 

まだ泣ける…  Broken Mirror....♪
昨晩、スクエア・エニックスさんからたくさん写真をいただいたので
掲載します。ありがとうございました〜

Photo by YUTAKA NAKAMURA
(C)1998, 2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

2018年4月18日水曜日

高野秀行×清水克行『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』を読みました。いや〜最高!

いや〜、すごいですよ。この本。めっちゃ面白い。

というか、言ってしまえば、単なるおタク同士(失礼!)が楽しそうにワクワク感満載で話をしているだけなのかもしれない。

日本史とか、地理とか、勉強だめだったよなぁ… 歴史背景など、私には「これ誰だっけ?」と思い出せない部分や、思わずWikで引いてしまったりする部分なども、多数あったのだが、実際分らなくても楽しく読めた。マニアックな話は固有名詞が分らなくても楽しいということか? とにかく現代を生きる私たちに、新しい視点をビシバシ実感させてくれる本なのだ。

こんな風に世界をみたら、毎日楽しくってしょうがないだろうなぁと、はしゃぐお二人を羨ましく思いつつ…

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』が大好評だったお二人の第2弾がこれである。今回は前回と違って、書評をリレー形式で連載という形を取っている。雑誌での2年の連載がこの1冊になったのだが、3などは全8巻にもおよぶすごい本で、高野さんは2週間、清水先生は夏休みすべてをつぎ込んで読んだとか…(笑) すごい…。ちょっと中学生っぽいかもしれない… 

先日、トークイベントにも行って、ホントにこのお二人は仲がいいなぁ、と思ったのだが…。やっぱりこの二人、デキてる…って誰かがTwitterでつぶやいてたけど(笑)、いや〜、お互いに時間と空間というすごい冒険をする同士が共鳴しあい、x軸とy軸が交差するというか、いきなり、いろんなことが腑に落ちる瞬間が、とにかくたまらないのであった。うーん、すごすぎる。

ここで紹介されている本は8冊。改めて紹介すると…

1.『ゾミア』〜文明は誰のもの!?
納豆取材をして行くなかで高野さんが見つけた本。この本を清水先生が読んだらどう思うんだろう、という事から、この企画はそもそもスタートしているのだそう。とにかく強者の論理で書かれた歴史や国家論だけを当たり前に受け止めていた私たちに、すごい目鱗の一冊。辺境に住む、文明に取り残されたと思われている人々は、実は文明からあえて逃れてこういうライフ・スタイルをつらぬいているのではないか…という考察。例えばリーダーを生まないというゾミアの人たちのスタイル。実はリーダーが生まれてしまうとまとまりやすくなってしまい、他の大国家の権力に巻き込まれやすくする、というのはお二人の見解。清水先生の言う「学級委員はクラスの生徒のためではなく、先生が指導しやすくするため」というのに目鱗。自由をもとめて。人間は強いな、そして頼もしい。ところでこれの原書確認したら「The Art of Not Being Governed : An Anarchist History of Upland Southeast Asia」だって。うーん、いいねぇ!

2.『世界史のなかの戦国に本』〜世界に開かれていた日本の辺境
日本の辺境こそ海外との接点だったという、新たな視点というか、もう高野さんが泣いて喜びそうな内容。清水先生が選んだ。琉球の公用文字が「ひらがな」だったとか、もう知らないことが山盛り。それにしても周辺こそ響き合うってのは、いつだか鶴岡真弓先生が言ってたケルトと一緒だな…。中央(たとえばローマみたいなところ)はガッチガチに固まっているので、響きあえない、と先生は言っておられた。あ〜、共鳴し合うマージナルな世界よ…

3.『大旅行記』全八巻  〜イブン・パットゥータ30年の旅の壮大にして詳細な記録
イブン・パットゥータ… 全然知らなかったよ。そしてすごい。イスラムのパワーすごい。行っても行ってもイスラム世界。そして30年もにおよんでしまった旅。イスラム教はキリスト教の宣教師みたいに鉄砲玉的存在が布教するのではなく(1)軍事的な成立(2)スーフィーの奇跡で民間信仰に食い込む(3)商人がやってきてモスクが出来てジワジワ広がるというパターンで広がっていった。とにかくこれを読むとマルコ・ポーロが「幼稚に思える」とまで高野さんは言ってしまう。すごいなぁ。それこそ『東方見聞録』をコンセプトに『Book of Secrets』って名作を作ったロリーナ・マッケニットあたりに、この本をネタに壮大なコンセプト・アルバム作ってもらいたいわ…。っていうか、プログレのアーティスト、誰かこの本を読んで音楽にしてください!(もしかして、もう誰かやってる?)

4.『将門記』〜天皇を名乗った反逆者のノンフィクション
戦争の書き方という事に対しての二人の話が面白かった。実は著者が複数いるのかも?とか、将門に対する評価も書きながら、かなり揺らいでいる、とか…。著者のモチベーションがよくわからない、というのが高野さんの率直な感想。読んでもあまりノれなかったのかな…? 単なる善悪の構図になっていないところがすごい、と清水先生。もしかすると記録として中立に書きたかったのかも?? そこにストーリーやエンタテイメント生を持たせるというのは、まだもっと後の時代の発想なのかも、とも。

5.『ギケイキ』〜正義も悪もない時代のロードムービー的作品
おそらく読むとしたら、これが一番読みやすいだろうとお二人とも薦める町田康さんの作品。最近、清水先生の悪影響か(笑)、歴史小説に出て来るきちんとした武士が妙にハナにつくという高野さん。義経をとりまく物語を現代風に書いた、こっちの作品の方がリアルに読めるのだという。町田康は私は一冊も読んだことないが、これは読まねばならないかも… とにかく「清水ゼミ」において、学生・高野秀行くんが、先生との対話であれこれの町田康や自分の義経解釈をあれこれ確認しているのがいい。高野さん、楽しそうだ…

6.『ピダハン』〜あらゆる常識を超越する少数民族
これは圧巻。発売になった時はかなり話題になったよね。私も気になってた。いつぞやNHKでやってた外界とはまったく接触がないイゾラドと違って、ピダハンは、外界としょっちゅう接触している。が、あえて、彼らはこういう生活をしているのだ、と。自分たちの方が優れているという意識が強くあり、文明とは距離を置いているらしい。すごい。直接体験しか信じない人々。だから宗教も信じない。布教にいった宣教師は結局宗教を捨ててしまう。なんといっても、ピダハンの彼らがめちゃくちゃ幸せそうに見える、我々から見ればくだらないこと(例えばピンポンダッシュとか/笑)を、実に楽しそうにやるという話など。これ、ちょっと「ソマリランド」にも通じてるかも。あれこれ四苦八苦して歴史上の知識を組み合わせ、なんとか人間の知恵をふりしぼって幸せになろうとする現代人と、その民主主義社会。が、そんなものは、彼らの前では吹っ飛んでしまう。もっとシンプルに考えるプリミティブな人たちの方がよっぽど平和と幸福を実現してた、と。うーん、やばすぎる。「西洋民主主義破れたり」…だったっけ、ソマリランドの帯キャッチ。あれを思い出す。かっこいいな。

7.『列島創世記』〜無文字時代の「凝り」
清水先生の「ホモ・サピエンスは現実性を帯びつつ、少しの不可解さや非現実性を残すものや事柄に惹かれるという性向を共通してもっている」「そういう心の動きの産物として、ネッシー、河童(かっぱ)、UFOなどを挙げています」と言う発言を受けて「僕はホモ・サピエンスらしいホモ・サピエンスだったんだ」と嬉しそうに反応する高野さんに爆笑。そして清水先生のめっちゃすごい知識を披露した後にいきなり『はじめ人間ギャートルズ』のマンモスも…みたいな事言ったりしてる。やっぱり、やばいよ、この二人。清水先生もかなりやばい。

8.『日本語スタンダードの歴史』〜標準語は室町の昔から
日本人の生活文化は室町時代に基礎が出来たらしく、話し言葉も室町時代の人にとっては鎌倉時代の人と話すより現代の人と話す方が通じるらしい…。そして最後のソマリにおける「やばい」という言葉のインフラの話も興味深かった。ソマリでも「やばい」っていう言葉(ソマリでは「ハタル」って言う)、それがインフレ気味なんだって。みんながみんな使ってて、まさに日本語の「やばい」と一緒。あ、7を説明しているオレの文章もそんな感じだけどな。


それにしても読んでいて、ずっとワクワク感が止まらない本だった。そして一番の「読みどころ」は、最後の高野さんの後書きだ。高野さんの後書きは、いつも最高で、そういえば角幡さんとの対談本でも最高に面白く、そして泣けた。短いのだが、めちゃくちゃ響くんだ、高野さんのこういう文章。すごいな。すごいと思う。

清水先生が電車の中で読んで泣いたとか言ってたの、分かる気がする。これはオレたち、馬鹿な連中に勇気をくれる文章だ。「歴史を研究して何の意味がある」「知らない国にわざわざ行って苦労してどうする」「危険な目にあってまで探検してどうなる」「こんな変な音楽、聴いてなんか意味あんの?」。

そんな、すべての、ホントに「役に立たない事」に夢中になっているオレたちは、この高野さんの後書きを、涙なくしては読めない。高野さんが指摘しているように、それらすべては、立体的に明確に「自分が今ここにいる」という実感を示してくれているのだから。そして、「これがいわゆる教養ってやつじゃないか」と高野さんは思うわけなのだ。あぁ、もう、なんで高野さんはこんなに分っているんだろう!! 
 
そうなんだ、高野さんはいつでも、そんな風に馬鹿なオレたちの味方なんだ。馬鹿なオレたちが欲しい言葉をくれる。オレも、なんか、もういいんだ。高野さんが分ってくれれば…… うううう、ううううううう…。あぁ、書いてて,また泣けてきた。うん、これ、いろんなことに悩んでいる人は、絶対に読んだ方がいい。すべてが吹っ飛ぶ、大きな世界が開けること間違いなし。そして実感しよう。世界はこんなにすごいんだ、と。そして自分はここにいるんだ、と。とにかく絶対に読んでください。


2018年4月15日日曜日

「バルト三国・エストニア料理で春のディナーパーティーしよう」に参加してきました!

エストニア料理をいただきに都内某所へ行ってきました! こんなイベント。いや〜満腹です…。食べ過ぎました。ホントに美味しかった❤

1人で行ってどうなるかなと思ったら,お一人様が多いし(っていうか、全員そうだったかも?)ホスト役のウルモさんと主催のケイコさんが、とっても良くしてくださるので、 全然大丈夫でしたよ。っていうか、ぼけぼけしてると、すぐ埋まってしまう人気イベントなので、情報みたら速攻申し込まないと一杯になっちゃうようです。人の都合とか聞いている時間ないかも…(笑)

さてテーブルの上には、紫色の謎のドリンク。味は普通の水です〜。これがレモンをしぼると無色になる…

楽しい!



こちらは人参と林檎のサラダ。クランベリーのシロップ付けが入っている。

ウルモさんのお手製パン!

こんな風にして食べます。緑はグリーンピースのペースト。

これが激まいう。

お肉と鶏レバーで赤ワインが進みます…

こんなやばいゴッホのウォッカ(オランダより)を持って来た方も。

ボルシチ。ビーツを入れるタイミングが味噌らしい。

こちらはデザート。ヨーグルトと生クリームに雑穀の粉(きな粉みたいなもん)を混ぜたもの。それにジャムをトッピング。

なんか身体によさそうな気がする。しかしエストニア料理って、結構日本で手に入る材料で出来ちゃう気がする。食事中は、ずっと恵子さんやウルモさんが興味深い話をたくさんしてくれるので、ホントに飽きませんでした。時間があっという間…

こちらは番外編。帰宅途中にカルディで買っちゃった…高野秀行さん的な食べもの。自宅にいる日のお昼に食べよう…

さて、このディナーイベント。次回の情報などは、こちらの「エストニアの料理屋さん」をフォローするとゲットできますよ。

Keikoさん、ウルモさん、ありがとうございました。またお邪魔します!




PS
さてなんでこのイベントに参加して来たかというと、今度ウチでもエストニア関係のイベントをやるのです。が、それは4/20まで情報公開NGなんで、もうちょっとお待ちください〜 お楽しみに。




2018年4月14日土曜日

とあるミュージシャンからの相談

とある海外のミュージシャンから相談があるから会ってほしいと言われ,会う。ウチの結構重要なミュージシャンからの紹介だったこともあって、超忙しかったけど無視は出来ず、彼が東京滞在中だというその日、都内の某カフェで会うことになった。

いい人ではあったのだけど… うーん、正直、辛かったね。まぁ要は「日本で活動したい」「どうしたらいいか」という相談だったのだが、うーん、可能性がなさすぎる。というか、私が出来ることがなさすぎる。

それでもあまり相手をがっかりさせず、彼の活動に勇気を与えるべく(とか言うと偉そうだけど)私も頑張ってあれこれアドバイスしたさ。でも、まず彼の場合、基本的な活動が何もできていない。そもそもホームページに英語の資料もなければ、演奏している動画の1本もYou Tubeに上がっていない。とはいえ、彼の別の仕事で(こちらの仕事もステージにあがる仕事である)本国ではかなり知名度はあるらしい。

しかし、そういう基本が出来ていない状況で、人にアドバイスをもらおうというのは、ありえないだろう…。実際アドバイスの与えようがない。いったい日本で何がしたいと言うのか? そりゃあ日本に来て,何回か公演すればバイオグラフィーに「〜は日本でツアーしました」と書けるのかもしれない。だけど、そんなハッタリ、この時代にはすぐバレるぜよ。そもそもプロフェッショナルなレベルで活動しないのであれば、ウチに来ないでくれ、とも思う。何せこっちはホントに、どの案件も必死でやっているのだから…。

オレはどんなにみっともなくても、必死で頑張る人が好きだ。というか、頑張る人こそかっこいいと思っている。一応,今回の来日では、彼は同じ楽器を演奏する日本人にコンタクトを取り、どっかのライブハウスで一緒に演奏はしたようだ。だが、そんなの…知らないよ…と思う。そんな活動でいいんだったら、自分でやってくれ、オレを巻き込むな、と思う。そもそも小さすぎるライブハウスじゃビザだって降りない。そんなのに係りたくない。そのライブを見に来るように誘われたけど、しょぼいライブハウスのしょぼい公演って見てるとホント落込むから精心的にも良くないのよね… だから行かなかった。嫌な奴だと思われたかもしれないけどさ…

っていうか、ゼノギアスでのみんなの頑張りとか、それを受け止めるお客さんとか、そういうの見ちゃった日には、こういう「ちょっとした相談」に妙にイラつくのであった。やっぱり成功する人は、ものすごい努力をしているし、成功するべくして成功している(マイケルの言う「必然」って、マジで正しいよな)。

それが「僕はこんな感じでいいです、ちょっと日本に来れれば」なんて気持ちで日本に来たとして、日本でキャリアが積めるわけがない。ジョアンヌだって、アヌーナだって、ホントに必死でやっている。日本のオーディエンスをなめてもらっちゃ困る。私だって、自分が信じられない音楽を、ウチのお客さんに紹介するわけにはいかない。

その彼を紹介してくれた、ウチのアーティストだって、彼よりよっぽど本国では有名人だけど、必死で頑張っている。彼が頑張るから、私も頑張るのである。どうしてそういうことを近くにいる友人から学ぼうとしないのか、どうして側にいてそれが分からないのかなと思う。

うーん… まぁ、しかしだ。私は何を1人でカリカリと怒っているんだろう。彼としては、ちょっと知り合いのミュージシャンを担当している現地プロモーターに会って、何か美味しい話がないか、聞いてみたくてお茶に誘っただけなのだ…きっと。

あぁ〜、でも、そういう「ちょっとだけ」みたいなやつ、ホントにダメ。そんな「ちょっと日本楽しそう」くらいで来日されちゃ、こっちはたまらない。ただ最近そういうのが多いのも事実だ。でもウチのミュージシャンは違う。みんな必死でオレに着いてきてくれている。オレだって必死にプロモーションする。それで、現状、何とか来日が成り立ち、続いているにすぎない。誰も楽なんかしてない。そもそも英語のバイオすらないようなホームページ作っている奴に、どうして海外から仕事の話が来よう? 

が、でもなんか彼の感覚も理解できるような気もしている。そういう必死で頑張った成功体験のない人は、きっと分からないんだよね。必死でやることの素晴らしさを。そして収めた成功も失敗も、すべて自分の手の中に実感することの素晴らしさを。そういうのを若いうちに体験しておかないと、もう一生ぼんやりと「美味しい話、どっかにないかなあ」くらいで生きていくしかないのだと思う。まぁ、そういう穏やかな生き方もいいだろう。でもオレのスタイルはそうじゃない。

まぁ、いいや。オレはオレの仕事を頑張る。今日も皆さん,張り切って行きましょう!

2018年4月13日金曜日

角幡唯介『新・冒険論』これはめっちゃ傑作!!! 響きまくり!!

角幡唯介さん『新・冒険論』を読んだ。

いやーーーーー これは傑作。というか、角幡さんの本の中で一番好きかもしれない? なんというか、40代になって角幡さん、ますます文章に脂がのってきたというか、なんというか…

もちろん『極夜行』やら『アグルーカの行方』やらいろいろあったけど、私は角幡さんのこういう本が読みたかったのだ、というのを実現してしまった本だと思う。いや〜、参りました!

これは論文だ。冒険とは何かということを説明した論文。 タイトルがこういうタイトルなのもすごく分かる。めっちゃ響く。もちろんいつもの角幡さんの探検のことを綴った普段の本もいいけど、これは冒険とは何か、そしてひいては生きることはどういうことかを考察しまくった本だ。ほんとにすごい。やっぱり角幡さんは、すごい。

今までの角幡本の中で一番響きまくったかも。角幡さんは、私がいつも考えていることをきれいな言葉で言語化してくれる。だから好きなんだ。今回は探検の報告よりも何よりも「冒険とは何か」「自由とは何か」「生きるとは何か」にフォーカスされている。だからもう重要なところばかりの連続で、読んでいてビシバシくるのだ。

「システム」という言葉を私も意識していた。一番最初に思ったのは、実はフレアークのあのすごい13人のミュージシャンを私一人で引き連れてツアーしてた時。さすがに13人ミュージシャンがいると、待たせたり、我慢をしいたりすることが多かった。が、1人ルーマニア人のマリウスだけは、何かと要領よくグループの輪から飛び出し、自分1人で楽しているんだよな。なんというか要領がいいというか、なんというか。そしてツアーを誰よりも楽しんでいた。それを見てパブロが言ったのよ。「ルーマニア人はさすがだ。彼らはシステムの中でどうやって生きれば良いのか、よく知っている」と。なるほど「システム」ってキーワードだよな、と思ったのだ、私も。それから角幡さんが「冒険とは脱システム」ということを話すようになって、ずっとこの「脱システム」には、注目していた。

それにしてもいちいち響きまくりだ。例えばすぐなんでも検索すれば情報が得られる時代になったことについては、「このような環境が当たり前になったせいで、われわれの脳は疑問があるという状態に耐えられなくなりつつある」とか、あぁ、もー鋭いなぁ、もうすべて言い当てられているなぁ、とか。まぁ、これはほんの1例なんだけど。そういう指摘がビシバシ来るのだ。

本書はまず人間にはそもそも冒険をするという遺伝子が組み込まれているということを説明し、人間は冒険する存在なのだということからスタートしていく。「本多勝一の冒険論」(冒険の条件とは生命の危険をふくんでいること/主体的に始められた行為であること等々)に続き、「脱システムとしての冒険」で例えばエベレスト登山がどうして冒険ではなくなったのか等を考察。続く「脱システムの難しさ」で現代で冒険することの難しさ、登山のジャンル化などを解き、「現代における脱システムの実例」で、冒険のスポーツ化、服部文祥さんの冒険、自身の極夜探検などを紹介していく。

そして圧巻が第5章の「冒険と自由」だ。もうここは最高に響きまくった。第5章で、角幡さんは「冒険の批評性」をまず説明する。冒険の批評性と言ってもピンと来ない人は多いだろう。でも冒険者は既存のシステムや社会を抜け出し、それを外から眺める目を持つことで、社会に疑問を投げかけることができるのだ、ということだ。帰還した冒険者が何を語るかによって、それはシステムに大きな爆弾を投げることにもなる。

そして「冒険とは批評的性格をかねそなえた脱システムという身体的表現である」と角幡さんはまとめている。うーん、かっこいい! これってチェリー・ガラードの「探検とは知的情熱の肉体的表現である Expedition is the physical expression of the Intellectual Passion」ってのと響き合ってるよね(『世界最悪の旅』より)。 あぁ、もういかんわ。すっごい好きだわ。そして「もし君が知識にたいして意欲を持ち、これを肉体的に表現する力があるのならば、出でて探検のことに従うべきである。And I tell you, if you have the desire for knowledge and the power to give it physical expression, go out and explore」まさに「Go out and explore」なのよ!

しかし角幡さん、すごいね。本当にここまで来たんだね。

そして角幡さんは「冒険者は脱システムをすればするほど、自由の状態を経験することになる」と言う。冒険の自由とはすべて自分で考え、決定し、行動を組み立てるということだ。そしてこの自由は自由という言葉から感じられるような前向きで無制限なものではない。自由とは実はお気楽な状態ではなく、苦しく、面倒くさく、不快だとさえ角幡さんは言う。また自由には責任がともない、冒険では責任の取り方が命にかかわってくることも指摘する。

 角幡さんは今まで「なぜ冒険者は冒険に行くのか」という問いに対して「死を感じて生を輝かせる」ということで説明しようとしてきた。が、それをさらに進め、実はそれは「自由」への渇望なのではないかと今回の冒険論では結論づけている。冒険により生が活性化されるのは,冒険行為にもっと積極的な側面があるのだ、と。それが「自由の経験」なんだ、と。

うーん、うなる。うなるよ、うなるよ!! すごいよ! ホント。あと「欧米人は単独行を避ける傾向にあるが、日本はかなり積極的に単独行する。日本の著名な冒険家はほぼ全員単独行者であり、単独行じゃなければ冒険じゃないという思考回路さえあるように思える」というのも響いた。「欧米人がプロジェクトと遂行することを最優先する一方、日本人は自然の本源に深く入り込むこと、生の自然に触れて畏れおののくこと、つまり結果以上に過程の充実を重視していることのあらわれ」というところも。そして那智の滝事件(『外道クライマー』さんの話ですよね)の時、冒険界はもう少し「冒険とは何か」ということを検証するべきだったのに、その大きなチャンスを失ったと厳しく語る。うーん。そして後書きでは「私はそうした管理される状態を望む時代の傾向に抗いたいと思っている」と。

いや、そうだよ。ホントにそうだよ。誰もがそれを思っていると思う。だって人間って、本来そういう存在なんだから! それを忘れていたことを角幡さんに指摘され、本当に唸るのだ。

はぁ〜〜!!!(と、ため息)

最後の方とかめっちゃかっこよくって、もう唸りながら読んだんだけど… 後書きで角幡さんが文章書きながら、ちょっとテレてるのもいいよね。普段角幡さんの文章に自虐ネタのユーモアが溢れているのは、テレがあるからだと思う。いや、でもここは、かっこよく行って正解だったと思うよ、角幡さん。ホントかっこいいよ、ホントかっこいい。

そして同じ早稲田大学探険部出身の高野秀行さんのツイートが良い。

これまためっちゃ面白いのは、高野秀行さんも私たちと同じ世界にいながら、私たちが見えれない他の別のいろんな次元の世界を見ている、すごい人だということなのだ。ただ今回この本を読んで、先日のトークイベントにも行って、角幡さんとの大きな違いも、しかし同時にくっくりと見えて来る。角幡さんというのは北海道の田舎町の立派な地元スーパーの長男で、子供から決まった将来(お店をつぐ)のを押し付けられるのが嫌で嫌でそこから自由になることを強く望みながら生きて来た。だから、ものすごい意志の力で現状に逆らおうとし、その中で「どうして生きてるんだろう」ということを突き詰めて行く。

一方の高野さんは… なぜかご本人の周りには…自然と「フリーダム結界」が張られ、そこには一切誰も介入できないというか、なんというか。一方のご本人はあくまでニュートラルで、まったくもって自由な存在で、どんどん新しいことにオープンに心を開き、ワクワクと楽しみながら、そして周りといつのまにか同化してしまうという不思議な方なのだ。それは地球のどこにいても、だ。高野さんからは世界が見えている。だけど、私たちからは、高野さんが、あまりにしなやかすぎて、よく理解できない(笑) っていうか、私なんぞが何を分かったようなことが言えるだろう。

どちらの筆者も「新しい視点」を私たちに教えてくれているのだけど、その手法から何から、まったく違うので、そこがホントに面白いんだよね。

さて、その角幡さんは、「ゾクゾクする」テレビの放映もあったし、本が2冊も出て大事な時期だというのに、Twitterもブログも放置し、また北極に行かれてしまったようなのだが、どうやら3ケ月くらい戻ってこないらしい。ファンの熱い視線や、Twitterやブログから自由になりたかったのだろう(笑)。角幡さんも超マイペースよね。まったく羨ましいわー。ほんとー。

で,このインタビューを発見。すごく面白い。このインタビュワーさん、相当な角幡ファンだね。自分がこう思ったってのを言いたくてしょうがない、というか。めっちゃ思い入れてる。分かる。私の『極夜行』の解釈とだいぶ違う部分もあるけど、でも不思議と読んでて嫌な感じはしない。音楽インタビュワーでも、そういうスタイルの人いるけど。必読です。是非チェックしてください。


あぁ、それにしてもやばい。ホントにすごい本だわ、これ。私が普段思ってたことをすべて言語化してくれたよ、角幡さん。どうかご無事で今回もお帰りください。最後に「自由」ということの考察では私はこれが好きなんですが「自由をつくる、自在に生きる」も是非。




2018年4月12日木曜日

高野秀行×清水克行『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』発売記念イベントに行ってきました

いやーーーーーー 面白かった。おそらく今まで参加したどの本屋イベントよりも面白かったかも。定員一杯、満員御礼の会場。以前『世界の辺境とハードボイルド室町時代』で超盛り上がったお二人の対談本、第2弾の発売記念イベントである。今回はなんと書評本なんだって!

イベント会場でもある東京堂書店さん。初めてゆっくり入ったかも。でもいい本屋だった。1階をウロウロしているだけで魅惑的な本がいっぱい並ぶ… 

本屋は危険だ。でももう最近は積ん読がひどいし、もう絶対に今年前半、本はこれ以上は買うまいと決意して、イベントが行なわれる6階の会場へとなだれこむ。お二人の目の前、2列目を確保。 イエス! あ、でも、もちろん、この本は購入しましたよ。サインをもらわなくちゃいけないからね。

この本で、お二人が紹介している本はどれも難しそうな歴史書だ。書評本、あぶないんだよな、読んでると、そこで紹介されてる本が読みたくなって… 角幡さんの『日々本々』とか何冊買って騙されたことか… でも大丈夫。ここに紹介されているのは、充分難しそうな歴史書だし、読まない、読まない、絶対に読まない。大丈夫、大丈夫。

……と思っていたのに、なんと!!! イベントが終ってみたら、お二人の楽しそうな様子に押されて、全部読みたくなった!!!! めっちゃ、やばい!!! それにしても1時間半くらいのイベントだったかな… もうあっという間に終っちゃったよ。

お二人に加え、司会はHONZの内藤編集長。HONZって、Twitterとかでシェアされているのを何気にしょっちゅう読んでただけだけど、ノン・フィクションのしかも新刊を紹介するサイトなんだって。でもビジネス書とか、自己啓発本みたいなものは取りあげず、いわゆる本屋の辺境に置かれがちな本を紹介するサイト。(ちなみに内藤さんは大手広告代理店に勤務。このサイトだけで食べてるわけではないらしい。へぇ〜)

以下、イベントを簡単にレポートしますが、あくまで私がお二人のお話をメモっただけなので、私がお二人の話を間違って理解している場合は、すみません。

まず内藤さんに普段のお二人の読書は?と聞かれ「雑食系で何でも読みます」と高野さん。読まないのはビジネス書、タレント本、売れてる小説くらい(笑)。最近は資料として読む本が増えて来た、とのこと。

そして読む本は2種類。1つはペンを持って読む本。いわゆる「資料」。赤線をひいたり、書き込んだりする本。そしてもう1つは寝そべって読む本。こちらは小説、エッセイ、ノン・フィクションなど。

一方の清水さんは「読むのが遅いのがコンプレックス」だそうで、Twitterで高野さんの読書の様子を見ていると羨ましい、とも。怖くて新刊本には手が出せない、というか、セレクトにまったく自信がないそうで、新刊が出て,ある程度書評が揃ったところで、そこから読みはじめるのだそうです。面白いね。

本のセレクト、高野さんは本屋で探したりアマゾンのレコメンも結構参考にするそうで、お二人とも新聞の書評はすごく参考にするらしい。ちなみに清水先生は某新聞の書評をやっていたこともあって、2年間担当し、新刊を読むのはもういい、古典が読みたいと思った、というお話には、場内が笑いにつつまれたのであった…。なんか分かる(笑)

で、今回の本。2年かけて8冊の本を取り上げることにしたそうなんですが、そもそも企画がどう持ち上がったのか、編集者、お二人、誰もよく覚えていないそうで(笑)、全員「俺はこんな企画やりたかったわけではないのに」と被害者気分でいたのだそうです(爆)。でもどうやら、1冊目の『ゾミア』を読んだ高野さんが、これは面白いと思って、清水先生の感想を知りたいと思ったことがきっかけだった説が濃厚らしい…

あとお二人の例の『世界の辺境とハードボイルド室町時代』が当たったことで、また本を一緒に出したいと思ったものの、同じような続編の本はやめようという話を高野さんはしてらしたそうなんです。ふむ。というわけで書評本になったってわけらしい。

で、読書会が「kotoba」で連載としてスタートしたのだけど、高野さんからすると、自分が読んだ本について、大学の先生がいるから,いろんな事の答えあわせが出来る感じがいいんだって。一方の清水さんは著者もリアルで知ってる先生がいて、これは言ったら怒られそう、とかいろいろ思ったそうですよ…

紹介されている8冊のうち、高野さんセレクトは『ゾミア』、『大旅行紀(全8巻)』 、『ギケイキ』、『ピダハン』、『日本語スタンダードの歴』。それ以外の『世界史のなかの戦国日本』、『将門記』、『列島創世記』が清水先生だそうで、高野さんの方が多い。

『ゾミア』とは中国の南、東南アジアの北側の少数民族、山野地帯の文明から取り残された人たちの話なんだけど、これが実は定説通りではなくて、彼らはあえて文明を捨てた人たちではないか、国家から逃げて来た人たちなのではないかという新しい歴史観に元ずく話なんだと…。例えばリーダーをうまないとか、文字を持たないとか、実は非常に戦略的なのではないか、と。それとこの『ゾミア』が、実は「納豆地帯」にもつながる、という高野説。なるほど…。で、これを知ると納豆観も変わってきて、そもそもこのエリアに入っていった人たちは、入っていった時にあえてミソとか捨てて納豆を携えていったということも考えられる… とのこと。ホントか?! うーん。

そして次の『世界史のなかの戦国日本』。中世史をやっている連中というのは、アナーキーな傾向があるのだそうで、清水先生いわく、そもそも国境という意識が違う。例えば倭冦、倭人というと、海賊というイメージだけど、結構社会インフラも整っていたそうで、それを思うと、今まで思っていた自分の中の地図が変わる。豊臣秀吉とか、まるでイメージが変わっちゃう等々。

さらなるイブン・パットゥータの『大旅行紀(全8巻)』は、8巻もあるのに、表紙も一緒のデザインだから、途中読んでいると訳がわからなくなる、と楽しそうに説明する高野さん。今回紹介した8冊の中で、実は一番盛り上がったのが、これで、とにかく読み終った時の達成感がすごいとのこと。ウルトラ・マラソンを制覇した感じ。ちなみに清水先生は一夏をこれで過ごしてしまったそう。高野さんも読み終わるまで2週間かかった。この物語には、ダイジェスト版もあるのだそうだけど、是非全8巻を読んでほしい、とお二人。特にインドの王様の横暴ぶりが描かれる5〜6巻がすごいのだそうです。(当時のインドは一度入国したら二度と出国できない国だったそう…)そもそも、なんというか著者が物語として書いているわけではなく、それを読んでいるこちらとしては、いわゆる人の日記を盗み見るような感覚もあり、そのむき出し感がとてもよい、と高野さん。これを読むとマルコ・ポーロとかが幼稚に見えるそうですよ。すごいなぁ…

『将門記』は、バイオレンス・ハードボイルド。これに対抗するには、短くて古典がいいかな、ということで清水先生が選んだ1冊だそう。続く町田康の『ギケイチ』は、今回紹介した中で一番読みやすい。これを選んだ高野さんはただ単に清水先生に感想を聞きたかったから選んだのだそうで、清水先生によると、これはフィクションながらも、真面目に歴史を捉えた本なんだって。また弁慶が出て来るのだけど、それに惹かれた清水先生は、書写山円教寺にまで行かれたのだそう。(その時の写真も紹介されました)

『ピダハン』は、私も前から気になってた本。高野さんセレクトだけど、とにかくインパクトがある、とのこと。宣教師であり言語学者ある著者がアマゾンでピダハンに出会って,価値観がまるで変わってしまうという話。ピダハンには神もなく、左右もなく、数もない。親子はあるけど、兄弟姉妹の概念がなく、色もない。時間もない。夫婦というよりパートナーという存在がいる等々、とにかくユニークな価値観を持つ人たちで、いわゆる直接体験しか語らないところや、明日や未来の心配がないとか、とにかく幸せに見える。非文明的だけど、こっちの方がいい、と清水先生。うーん、これはやはり読まないとヤバいか。気になってたんだよなぁ!

『列島創世記』は清水先生のセレクト。シリーズものだけど、これが評価が一番高い1冊で、めっちゃ面白く、ちょっと油断して読んでいると、超するどいことが書いてある本なのだそうだ。すごく読みやすくて、でも「えっ、こんな見方していいの?」みたいなことが山盛りらしい。読みたい!!

『日本語スタンダードの歴史』は高野さんセレクト。いわゆる日本の標準語は明治に東京で出来たといわれているけど、これをひっくり返して実は室町時代に出来たいのではないか、という説。清水先生によると、例えば日本の基本的な生活スタイル、1日に3食食べるとか、畳の上で寝るとか、そういう概念はだいたい室町時代に出来たのだそうで、 室町時代の人たちは鎌倉時代の人と話すよりも現代人と話す方が話が通じる…とか。

お二人によれば、8冊の中で一番面白いのは『列島創世記』そして、読みやすいのは『ギケイキ』、そして『大旅行記』は「とにかく是非!!!」とのこと。そして読書会を面白くする本選びの条件としては、相手が何と思うか知りたいということ。相手と話すと本の内容への理解が深まる、ということ。

なおこの本を具体的にどうやって作ったのかという質問については、まず3時間くらいはヨーイ、ドンで二人で話をする。(ちなみにお二人は普段は極力会わないように務め、メールとかも業務連絡にとどめ、なるべく接触をしないようにしている、とのこと。それによって対談が濃くなるように)で、会議室の後は飲み会に突入して、またしゃべり、後からメールで「そういえば、あれは…」とか「実は調べてみたら…」みたいなやりとりもある、と。で、1冊終ると次の本を選ぶのだけど、手駒として2冊くらい考えておき、相手に提案する方法を取ったんだって。

あと藤木式メモ(これは本を読めばわかる)の話も面白かった。本の見返しのところに重要事項をどんどんメモで書いていって、自分の索引にしちゃうんだって。

それにしても面白いのが今までどうでもいいと思ってたことが漠然と積み重なり、くっきりとした像を結ぶような過程が面白かった、と高野さん。いろんな時代が網羅されていく、それがマッピングされて、自分の経験もx軸、y軸みたいなものが出来てくる。これが教養か、と話す高野さん。そうそう「高野さんの書いた後書きがすごくいいんです、電車の中で読んで泣きそうになった」と清水先生が言ってたのも印象的だったなぁ。あぁ、後書きから読みたい!!(笑)

 次の企画は?と聞かれて高野さんは、辺境歴史から離れて哲学ものかなーと。今、興味あるのはAIの本やオープンダイアローグの話だそうで、そのへんを清水先生に読ませたいのだそうです。あ、あとこの本に載せる本の候補の1つにあがって、結局実現させなかったのが、なんと手塚治虫の『火の鳥』。名著すぎて何を言っていいのか分からない、と清水先生。でも確かにこの書評本が漫画の超名作で終るのも面白かったかも。

会場からの質問に答えるコーナーでは、二人がこれだけハモっている理由を聞かれ、二人とも生活そのものに興味があり、イデオロギーとか観念的なことには興味がないこと。具体的には、ご飯をどう食べていたのかが気になる、と。二人とも、すごく具体的な話が好きなのが、良かったのではないか、と。それは、ややピダハン的、と清水先生。(場内爆笑)

それからちょっと例のシュールストレミングの話にもなって、私と一緒に行ったカサイも狂喜乱舞!!(私も登場している回はここ!(自慢)そして、清水先生のナイスな発言はこちらを参照。いや、ホントにこの「あいもの」という京都におけるお魚の話(干物と生ものの中間みたいな感じ)面白かったもんね。高野さんが言ってた「清水先生はナイスなことを言う」っていうのも笑った。

うん、そうやって、いろんなことがお二人の中で具体的に形を結んでいくんだろう。いいねぇ、書評仲間?!(笑)

最後にお二人にサインもいただき、大満足。担々麺を食べて帰宅! あぁ、読むのが楽しみ〜 

なんか高野さんの顔を見ると、こういうエスニックなものが食べたくなるのよね…

それにしても、この本を読むのが楽しみ。読んだら、また感想を書きます。それにしても,この本、めっちゃ装丁がいい。それから勢い付いて、1階でこの本も買っちゃった。やばい。

2018年4月11日水曜日

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みました。かなり良かったかも。

村上春樹嫌いを公言している身としては、これを読むのはどうかなーと思ったのだけど、実は最近知り合ったウチのミュージシャンが影響を受けた本の1冊としてあげていたので、彼への理解を深めるため、仕事用の資料ということで読んでみた。

なんで村上嫌いなのかというと、海外のアーティストが大好きな「ムラカミ」「ミシマ」は、どうも妙な美意識があるというか、いわゆる「ナルシスト男の恰好つけ」が面倒くさいと思っている私としてはどうも苦手なのであった。いや、男のナルちゃんで仲良しいますよ。友達でそういう人多い。でも奥さんは大変だろうな、と思う。うーん、これだから嫁の貰い手がないのか?!

しかしホントに海外の村上好きは多い。この本の名前をあげた彼だけに留まらない。そして、村上好きには(特に海外の村上好き若い男性には)共通する「何か」を感じてしまい、私は心の中で「付き合いきれないぜ」「それよりもっと大事なことあるでしょ」と、ちょっとげっそりするのだ。それは私が、大親友だと思っているこの本を選んだ彼の中においても、あまり好きな部分ではないのだ。

端的に言ってしまえば、なんで登場人物はセックスと死についてばかり考えているのか? そこがまず共感できない。なんで簡単に人が死ぬのか。「えっ、死んじゃうわけ?」っての共感できない。もちろん『風の歌を聴け』『ノルウェーの森』は、私の世代としては当然読んだよ。大学時代、友達みんなが読んでたから。私は「ふーん、これが小説か」と思った。高校時代まで私はホントに本を読まない人間だった。というか、好きな本ばかり何度も読んでしまい、いわゆる漱石とか、太宰とか、カラマーゾフのなんちゃらとかは一切読まなかったし、今も読んでいない。その代わりブロンテと遠藤は何度も何度も読んだ。何度も好きなところを味わう読書が好きな私には、初めての本を読むことにたいする体力や筋力みたいなものが全くなかった事もあるが、読んでる時は「なるほどこれが流行っているのね」と思ったものの、それだけで、村上に特に共感することもなかったし、素敵だなぁとも思わなかったし、とにかく印象が薄すぎて,何も覚えていない。

今、大人になって村上を読んでみると… なんというか、登場人物のすべてが、超面倒くさい。なんかみんなかっこつけてて、夢中で生きてない。本当にかっこいい人というのは、目の前の好きなことに夢中になっている人のことだ。自分が何を着ているとか、何を読んでいるとか、どんな音楽を聴いているとか、女はこういう女がいいとか、いちいち男がそれを語るたびに、もうホント面倒くさくて、面倒くさくて(笑) 人生にはもっと意味のある大事なことあるでしょ?と、オレなんぞは辟易してしまうのだ。(何度も言うが、しかし嫁に行くのを諦めたわけではありません/笑)

それよりも角幡唯介さんや高野秀行さんが着ているヨレヨレのTシャツ(どちらのブランドなのかしら)の方に、私は興味があるのだ。ゼノギアスの光田さんも。とにかく好きなことに夢中になる。これらの人たちは恰好つけで生きてない。それだから信じられる。それだからかっこいい。

随分前に読んだ『羊と鋼鉄の森』は、セックスと死と嫌味がない弱い村上みたいな文章だった。それでも双子とか、驚くべき才能うんちゃらとか、ちょっとファンタジー色というか、ファンシー色というか、いちいち現実味がないので、やっぱり私は乗り切れなかったかも。でも世の中では、こういうのが流行っているんだよね…。いや、あれは、でもすごいいい話だと思ったけどね…。

ま、それはさておき… しかしながら、このエッセイは、そんな私でも比較的苦痛なく読めた。いつだったか「これはいいよ」と言って和田静香が教えてくれた『遠い太鼓』も嫌いじゃなかった。何せ村上さん、当然のことながら文章は抜群に上手い。「考えながら書く」と村上さんは言っているようだけど、こんなに自分の思考を綺麗に言語化できる人は、他にはいないだろう。ただ『遠い太鼓』あまりに長くて、途中で読むのを辞めてしまった。最後まで読んだら,面白いことが書いてあったのだろうか。

というわけで,続くこの本である。総じて、私もランナーとしての村上に共感を得ないわけでなかった。ただ私はもっと徹底していて、誰かと一緒には走らない。わざわざお金払ってマラソン大会なんてもっての他。でも分からない。団体行動しないのは、そこで自分が満足する自信がないからであって、もし「いける」と思えたら私も嬉々としてマラソン大会に参加していたかもしれないからだ。

いずれにしても、そう、私も他人を相手に勝ったり負けたりすることには興味がない。というかアイルランド人みたいに勝ったことないのに「負けたと思ってないおめでたい自分」というのが大好きである。だから、実は「勝ち負け」は大好き。何でもあれこれ思考を巡らされて「〜に勝った」とか心のなかで思うのは、大大大好きなのである。が、大勢の人と並べて順位がどうとか、そういうことにはまるで興味がない。しかも荒川土手に住んでいて、毎日都内でも最高のコースを走ることが可能な自分にとって、マラソン大会に5,000円とか払って出場するなんてバカげていると思う。

話がそれた。そう、ポールがいつか言ってたが「スポーツは大好きだが、僕はチーム・パーソンではない」っての、私にも言える事だ。1人で簡潔する普段のランニングは、ほんとに私に向いている。

村上さんが、ジャズ・クラブのような店をやってた時の話もおもしろかった。 経営は楽ではなかったけど、周りから「うまくいくはずがない」と見られながらも頑張った。「勤勉で我慢強く体力がある」というのが自分の取りえ… って言っちゃえる村上春樹は、すごいよね。だって世界の村上だよ?(笑)

あと「小説家になろう」と思った瞬間の話。ちょっと共感したわ。私もたとえば「レーベルはもう喰っていけないから、あと3年かけてプロモーターになろう」と思った時のことはピンポイントで説明できるし… うん,人生ってそういう感じよね、と思わず共感ポイント大(笑)

本当に若い時を別にすれば、人生においては優先順位をつけるべきだ、という話も。そして「僕の場合はもっとも重要な人間関係(リレーションシップ)とは、特定の誰かのとのあいだというよりは、不特定多数の読者とのあいだに築かれるべきものだった」と言えるのもすごいと思ったね。と同時に「みんなにいい顔はできない」というのも面白い。つまり村上が生活を安定させ執筆に集中できる環境で少しでも質の高い作品を生み出すことを多くの読者はのぞんでくれている、それを優先したい、ということ。だからそのために自分の交友関係を限定させるのは当然なのだ、ということ。うん、これ分かる…

あと「走り続けること」が性にあっていた、というのもいい。だから彼が「ランニングを誰かに進めたことは一度もない」と書いているのは、なんかちょっとかっこいい。そして、ちょっと負けた気分。さすが世界の村上だ(笑) オレも人に薦めるのは辞めよう…

あと小説を書くことについて。もちろん「才能」は必要だけど、「才能」を持ち主が上手くコントロールできるかは別だ、というのもいい。優れた才能を短期間で昇華させてあっという間に散るのもかっこいいけど、自分たちには参考にはならない、とも。

あと書く時に必要なのは「集中力だ」いう村上は言う。そして「持続力」も大事だ、と。ちなみに才能とちがって、この2つは訓練できるよ、と。

あと世間には時々走っている人に向って「それほど長生きしたいかね」と言う人がいるが、「長生きしたいと思って走っている人はいない」というのにも共感した。「ぼんやりと生きる10年よりは、しっかり目的を持って、生き生きと生きる10年」走ることはそれを確実に助けてくれる、と村上は言う。「与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと。そしてそれがランニングというものの本質」。いい事言うねぇ。

あと「誰に頼まれてやっているわけでもない」人生というのも、共感ポイントだったな。ランニングも、小説も、ある日突然、自分が好きではじめた。「何によらずただ好きなことを、自分のやりたいようにやって生きてきた。たとえ人に止められても、悪し様に非難されても、自分のやり方を変更することはなかった。そんな人間が、いったい誰に向って何を要求することができるだろう?」 あぁ、この最後の疑問文が、ちょっと響く。ホントにそうだわ…

「僕は空をみあげる。そこには親切心の片鱗のようなものが見えるだろうか」「僕は自分の内側に目を向けてみる。深い井戸の底をのぞきこむみたいに。そこには親切心が見えるだろうか」「いや、見えない。そこに見えるのは、いつもながらの僕の性格(ネイチャー)でしかない。個人的で、頑固で、協調性を欠き、しばしば身勝手で、それでも自らを疑い、苦しいことがあってもそこになんとかおかしみをーあるいはおかしみに似たものをー見いだそうとする、僕のネイチャーである」これ… 私がいつも走りながら考えてる事とかなり近い。やばい。

「僕らにとってもっとも大事なものごとはほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。そして本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ」(あ、やばい、めっちゃ響く!)

そしてやっぱり最後の「少なくとも最後まで歩かなかった」には、ちょっとグッと来たね。

と、まぁ、毎度、私のエッセイの読み方は、自分の共感ポイントを拾う作業になりがちなのだが、でもそれでいいのだ。角幡さんが言ってた。読者は、本の中に自分を発見する、って。自分の中にこんなに「村上春樹性」があるなんて、思いもしなかった。好きな本の1冊にあげてもいいかもしれないな、とちょっと思った。 あと、また早く走りたくなった。ここ1週間、まるで走ってない。


2018年4月10日火曜日

本日、ジョアンヌ帰国しました!


いや〜、終ってしまって寂しいゼノギアス。さきほどジョーを空港で見送ってきました。ロンドン経由でベルファーストまで帰国します。

光田さん、ミュージシャン&スタッフの皆さま、たくさん駆けつけてくれたお客さま、本当にありがとうございました。

写真は「表がどんなだか見てみたい!」とか言って、2日目のコンサートの昼の部と夜の部の間に楽屋をこっそり抜け出し、物販の列にさりげなく並ぶジョー(笑)。どうやら、この前の日もファンの方とイクスピアリのレストランだかバーだかで一緒になったらしく、それが楽しかったらしいんですよね。

で、嬉しい事に何人かに気づいてもらえて、一緒に写真撮ったりしてましたよ〜。良かったね。(でも、たくさん殺到されて混乱になって、スタッフの人に怒られたら、どうしようかと思っていた…。皆さん、適度な感じでご協力いただき、ありがとうございました。誰にも気づいてもらえないと、それはそれでちょっと寂しいから…/笑)
 

前日の公演の感動を胸に、昨日は1日オフがありました。

まずは東京駅で朝ご飯! ジョーにゴチになっちゃったよ。



こちらは六義園。緑がきれい。桜は当然終ってるし、ツツジの季節には早かったけど、まだジョーのお家の近くでは木に葉っぱがついてなくて、地味なんだって。だから緑がきれいだって喜んでた。




夜は、ご本人ご希望のお寿司。八重洲の京辰さん。赤酢のしゃりが美味いんだよね…

舞浜駅って、夢の国と現実の間に位置してる不思議な空間。私はあわただしいショッピングセンターを抜けて行くよりも、こっちの何もないインダストリアル・エリアっぽい道の方が好き。

っていうか、遊びで来てる人は華やかな道、仕事で来てる人は地味な道を歩くのだ(笑)

左の写真は、今日の早朝ホテルまでジョーをピックアップしに行った時、見た朝日。きれいだったなぁ〜。

というわけで、ジョーは無事に飛行機に乗って来国していきました。 バイバイ、また来てね〜! 

それにしても何度も書きますが、もうゲームのこと何にも知らずに20年前にこの企画に参加して、で、今さら公演パンフレットを読んで、いろいろ知って、それに感動しまくっている野崎です。ホントすごい。

でね、今回この20周年公演の話を頂いた時、私が普段やってる小規模の公演からみたら「超ビック・プロダクション」だから、きっとすごい演出家の先生とかが入ってるんだろうなーと勝手に想像してたんですよ。そしたら、なんと会場選びから何から、すべて光田さんが自分でやっていたというじゃないですか。いや、ホントにびっくりしました。

そして今さらながら、ジョアンヌの歌入りサントラがスクウェアさんでは、歌入りとして初めてのサウンドトラックだったこととか、あと何度読んでもよく理解できないんだけどテクニカルな話とか(笑)、ビット絵(?)じゃなくて、アニメが入ったのもどうとか、女の子の裸がどうとか(笑)、なんか、こう時代を押し進めるクリエイターの人たちって、すごいんだなぁ、と改めて感動しているところです。

それに、何といっても、光田さんのお客さんの期待に答える、そのパワーだよね。そこがこのコンサートの要だと思った。光田さんはお客さんを裏切らない。でもさ、だって、本来作曲家で編曲家でプロデューサーで、スタジオにいる人なんだよね? それがここまでちゃんとゲームの世界観を表現しようと頑張っちゃうんだから、やっぱり芸術家ってすごいんだなぁ、って改めて思いました。それに担当の方と喧嘩して、あの普段温厚な光田さんが「僕は降ります!」って啖呵も切った話とか… すごいなぁ。ホント、すごいと思った。今さら、この公演パンフレットをなめるように読んでおります…(笑)

お客さんの期待に答える。お客さんも200%のパワーで聞いてくれる。それがホントにすごいと思った。(スゴイって何回言ってんだろう。ホント語彙が少ない、オレ)私なんて、いっつも現実が厳しいと「ま、いいっか」とすぐにヘナヘナと挫折しちゃうので、ホントにこれは負けられないと思いました。本当に勉強になる現場だった。 っていうか、駄目だよね、こうでなくっちゃ。こうでなくっちゃ、ウソなんだよ。それを勉強した。

そして、やっぱりこの数日間で超味わい深かったのは、アヌーナのマイケルです。ホントに、あの、いつもの(笑)マイケルとプランクトンのK松くんの、英国の良質シチュエーション・コメディに負けない会話のやり取り…。もう爆笑。アヌーナって、しっかりとした美意識のあるグループだから、こういう企画は、すごくあってたし、彼らの日本におけるキャリアの本当に大事な一歩になったと思う。そしてマイケルとアヌーナのみんなには、ジョアンヌが、とっても仲良くしてもらって、本当にありがたかった。そんな風に、いつものみんなが一緒の現場だったから、私も心強かったし楽しかった。

最後の日の夜、ジョアンヌがイクスピアリの映画館の前で(あそこはドームになっててアコースティックがすごい)シャーンノス風のアイリッシュ・トラッドをアカペラで歌ったんだ。そしたらアヌーナが、それに即興で声をあわせてくれた。それがゾクゾクするほどかっこよかったんだわ… あぁ、光田さんに見せたかった! アヌーナは本当にみんなで声をあわせるのが大好きで、そのあと中華料理屋にみんなでなだれこんだんだけど、焼きそば食べながら、みんなで声をあわせて歌ってました。笑えた(笑) 

下記はちょっと前のブログですが、こちらも良かったら,あわせてお読みくださいませ〜。ちょっとした当時の思い出ばなしです。

しかし、まぁ、ホントにすごいよね。20年前ですよ。私も20年前の仕事とかいって、ほとんど覚えてないだけに、めっちゃ恥ずかしいんですけど… ちゃんと仕事してたのかね、オレ。超不安なものが… 迷惑かけたりしてないだろうなぁ、まったく(笑)


さて、楽しいコンサートは終っちゃったけど、次のプロジェクトに行かなくちゃ! ホントに次のプロジェクトに頑張らなくちゃいけない。そういうパワーもらった。今朝、品川駅で、通勤する人たちの流れに逆いながら帰宅しつつ、コンサートに来てくれたお客さんも、こんな毎日の日常の中で、あのすごい光田さんのコンサートのことを思い出してくれてるのかな、ってちょっと思った。

ライヴでの体験を大事にしたいから、最初は配信にも反対だったって光田さんはインタビューで言ってたけど、この先このコンサートがブルーレイとかになるのかとかは分からないけど、でも大丈夫。ファンの皆さん、大丈夫。あなたの光田さんは、いつも一番正しいことが何かよく知ってる。だからブルーレイが出るにしても、出ないにしても、光田さんが決めたことを信じましょう。いつも光田さんとそのチームの皆さんはお客さんの期待に答えるために、ホントに200%頑張っているのだから。

あと、そうだ、パンフレット読んでて、吉良さんのこと思い出した…。私は実はザバダックは上野さんとしか交流がなく(ホント今でこそアイルランド音楽取り入れる日本のミュージシャン多いけど、当時はザバダックくらいしかいなかった)、吉良さんとはたいした面識なかったけど… 吉良さんのブズーキがなんか聴こえてたよね、コンサート中にね。素晴らしい音楽とゲームと、ミュージシャンの皆さんに乾杯!

あ、そうそう、それから業務連絡です。会場で販売していたジョアンヌのCD2枚。余った在庫をジョーが日本に置いていってくれたので、通販できることになりました。会場でゲットできなかった方、ご利用ください。ついでといっては何ですがアイオナのボックスCDも掲載しました。こちらも、もう世界中探してもウチにしか在庫がないという代物です。ジョーも“ウチにも、もう全然在庫がない”とか言って数セット、持って帰ったくらい。どうやらDisc 4に入ってるBBC関連の楽曲の権利のせいで、再プレスが不可能なんだって。あと、特にゼノギアス・ファンの皆さんには、光田さんとジョアンヌの出会いとなったBook of KellsのCD(Disc2)がお薦めですよ。(PS 4月12日現在在庫はJOANNE HOGG - UNCOUNTABLE STARSのみになります)


PS
もう忘れて次に行こうとしたんだけど、1つだけ… 今回のこの公演に限らず、曲が中心のコンサートってホントにいい。ケンソーとかもそうなんだけどさ、スタープレイヤーが引っ張るんじゃなく、ただただ演奏者全員が「この曲いい曲だなぁ!」って思って演奏するコンサート。そういうの、やっぱり、グッと来るよね。

PPS
もう1コあった。とにかく係ってる全員が、なんとかこのコンサートをいいものにしようと…。そういう気持ちがある現場は、ホントに素晴らしいと思った。皆さん、お世話になりました。またどこかでご一緒したいな。1つ心の残りは、あのジョーが最後、下から上がって来るところ。下でアテンドしてたんで、上でちゃんと見れなかった事。 最前列で見たかったよー(涙)