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2018年4月13日金曜日

角幡唯介『新・冒険論』これはめっちゃ傑作!!! 響きまくり!!

角幡唯介さん『新・冒険論』を読んだ。

いやーーーーー これは傑作。というか、角幡さんの本の中で一番好きかもしれない? なんというか、40代になって角幡さん、ますます文章に脂がのってきたというか、なんというか…

もちろん『極夜行』やら『アグルーカの行方』やらいろいろあったけど、私は角幡さんのこういう本が読みたかったのだ、というのを実現してしまった本だと思う。いや〜、参りました!

これは論文だ。冒険とは何かということを説明した論文。 タイトルがこういうタイトルなのもすごく分かる。めっちゃ響く。もちろんいつもの角幡さんの探検のことを綴った普段の本もいいけど、これは冒険とは何か、そしてひいては生きることはどういうことかを考察しまくった本だ。ほんとにすごい。やっぱり角幡さんは、すごい。

今までの角幡本の中で一番響きまくったかも。角幡さんは、私がいつも考えていることをきれいな言葉で言語化してくれる。だから好きなんだ。今回は探検の報告よりも何よりも「冒険とは何か」「自由とは何か」「生きるとは何か」にフォーカスされている。だからもう重要なところばかりの連続で、読んでいてビシバシくるのだ。

「システム」という言葉を私も意識していた。一番最初に思ったのは、実はフレアークのあのすごい13人のミュージシャンを私一人で引き連れてツアーしてた時。さすがに13人ミュージシャンがいると、待たせたり、我慢をしいたりすることが多かった。が、1人ルーマニア人のマリウスだけは、何かと要領よくグループの輪から飛び出し、自分1人で楽しているんだよな。なんというか要領がいいというか、なんというか。そしてツアーを誰よりも楽しんでいた。それを見てパブロが言ったのよ。「ルーマニア人はさすがだ。彼らはシステムの中でどうやって生きれば良いのか、よく知っている」と。なるほど「システム」ってキーワードだよな、と思ったのだ、私も。それから角幡さんが「冒険とは脱システム」ということを話すようになって、ずっとこの「脱システム」には、注目していた。

それにしてもいちいち響きまくりだ。例えばすぐなんでも検索すれば情報が得られる時代になったことについては、「このような環境が当たり前になったせいで、われわれの脳は疑問があるという状態に耐えられなくなりつつある」とか、あぁ、もー鋭いなぁ、もうすべて言い当てられているなぁ、とか。まぁ、これはほんの1例なんだけど。そういう指摘がビシバシ来るのだ。

本書はまず人間にはそもそも冒険をするという遺伝子が組み込まれているということを説明し、人間は冒険する存在なのだということからスタートしていく。「本多勝一の冒険論」(冒険の条件とは生命の危険をふくんでいること/主体的に始められた行為であること等々)に続き、「脱システムとしての冒険」で例えばエベレスト登山がどうして冒険ではなくなったのか等を考察。続く「脱システムの難しさ」で現代で冒険することの難しさ、登山のジャンル化などを解き、「現代における脱システムの実例」で、冒険のスポーツ化、服部文祥さんの冒険、自身の極夜探検などを紹介していく。

そして圧巻が第5章の「冒険と自由」だ。もうここは最高に響きまくった。第5章で、角幡さんは「冒険の批評性」をまず説明する。冒険の批評性と言ってもピンと来ない人は多いだろう。でも冒険者は既存のシステムや社会を抜け出し、それを外から眺める目を持つことで、社会に疑問を投げかけることができるのだ、ということだ。帰還した冒険者が何を語るかによって、それはシステムに大きな爆弾を投げることにもなる。

そして「冒険とは批評的性格をかねそなえた脱システムという身体的表現である」と角幡さんはまとめている。うーん、かっこいい! これってチェリー・ガラードの「探検とは知的情熱の肉体的表現である Expedition is the physical expression of the Intellectual Passion」ってのと響き合ってるよね(『世界最悪の旅』より)。 あぁ、もういかんわ。すっごい好きだわ。そして「もし君が知識にたいして意欲を持ち、これを肉体的に表現する力があるのならば、出でて探検のことに従うべきである。And I tell you, if you have the desire for knowledge and the power to give it physical expression, go out and explore」まさに「Go out and explore」なのよ!

しかし角幡さん、すごいね。本当にここまで来たんだね。

そして角幡さんは「冒険者は脱システムをすればするほど、自由の状態を経験することになる」と言う。冒険の自由とはすべて自分で考え、決定し、行動を組み立てるということだ。そしてこの自由は自由という言葉から感じられるような前向きで無制限なものではない。自由とは実はお気楽な状態ではなく、苦しく、面倒くさく、不快だとさえ角幡さんは言う。また自由には責任がともない、冒険では責任の取り方が命にかかわってくることも指摘する。

 角幡さんは今まで「なぜ冒険者は冒険に行くのか」という問いに対して「死を感じて生を輝かせる」ということで説明しようとしてきた。が、それをさらに進め、実はそれは「自由」への渇望なのではないかと今回の冒険論では結論づけている。冒険により生が活性化されるのは,冒険行為にもっと積極的な側面があるのだ、と。それが「自由の経験」なんだ、と。

うーん、うなる。うなるよ、うなるよ!! すごいよ! ホント。あと「欧米人は単独行を避ける傾向にあるが、日本はかなり積極的に単独行する。日本の著名な冒険家はほぼ全員単独行者であり、単独行じゃなければ冒険じゃないという思考回路さえあるように思える」というのも響いた。「欧米人がプロジェクトと遂行することを最優先する一方、日本人は自然の本源に深く入り込むこと、生の自然に触れて畏れおののくこと、つまり結果以上に過程の充実を重視していることのあらわれ」というところも。そして那智の滝事件(『外道クライマー』さんの話ですよね)の時、冒険界はもう少し「冒険とは何か」ということを検証するべきだったのに、その大きなチャンスを失ったと厳しく語る。うーん。そして後書きでは「私はそうした管理される状態を望む時代の傾向に抗いたいと思っている」と。

いや、そうだよ。ホントにそうだよ。誰もがそれを思っていると思う。だって人間って、本来そういう存在なんだから! それを忘れていたことを角幡さんに指摘され、本当に唸るのだ。

はぁ〜〜!!!(と、ため息)

最後の方とかめっちゃかっこよくって、もう唸りながら読んだんだけど… 後書きで角幡さんが文章書きながら、ちょっとテレてるのもいいよね。普段角幡さんの文章に自虐ネタのユーモアが溢れているのは、テレがあるからだと思う。いや、でもここは、かっこよく行って正解だったと思うよ、角幡さん。ホントかっこいいよ、ホントかっこいい。

そして同じ早稲田大学探険部出身の高野秀行さんのツイートが良い。

これまためっちゃ面白いのは、高野秀行さんも私たちと同じ世界にいながら、私たちが見えれない他の別のいろんな次元の世界を見ている、すごい人だということなのだ。ただ今回この本を読んで、先日のトークイベントにも行って、角幡さんとの大きな違いも、しかし同時にくっくりと見えて来る。角幡さんというのは北海道の田舎町の立派な地元スーパーの長男で、子供から決まった将来(お店をつぐ)のを押し付けられるのが嫌で嫌でそこから自由になることを強く望みながら生きて来た。だから、ものすごい意志の力で現状に逆らおうとし、その中で「どうして生きてるんだろう」ということを突き詰めて行く。

一方の高野さんは… なぜかご本人の周りには…自然と「フリーダム結界」が張られ、そこには一切誰も介入できないというか、なんというか。一方のご本人はあくまでニュートラルで、まったくもって自由な存在で、どんどん新しいことにオープンに心を開き、ワクワクと楽しみながら、そして周りといつのまにか同化してしまうという不思議な方なのだ。それは地球のどこにいても、だ。高野さんからは世界が見えている。だけど、私たちからは、高野さんが、あまりにしなやかすぎて、よく理解できない(笑) っていうか、私なんぞが何を分かったようなことが言えるだろう。

どちらの筆者も「新しい視点」を私たちに教えてくれているのだけど、その手法から何から、まったく違うので、そこがホントに面白いんだよね。

さて、その角幡さんは、「ゾクゾクする」テレビの放映もあったし、本が2冊も出て大事な時期だというのに、Twitterもブログも放置し、また北極に行かれてしまったようなのだが、どうやら3ケ月くらい戻ってこないらしい。ファンの熱い視線や、Twitterやブログから自由になりたかったのだろう(笑)。角幡さんも超マイペースよね。まったく羨ましいわー。ほんとー。

で,このインタビューを発見。すごく面白い。このインタビュワーさん、相当な角幡ファンだね。自分がこう思ったってのを言いたくてしょうがない、というか。めっちゃ思い入れてる。分かる。私の『極夜行』の解釈とだいぶ違う部分もあるけど、でも不思議と読んでて嫌な感じはしない。音楽インタビュワーでも、そういうスタイルの人いるけど。必読です。是非チェックしてください。


あぁ、それにしてもやばい。ホントにすごい本だわ、これ。私が普段思ってたことをすべて言語化してくれたよ、角幡さん。どうかご無事で今回もお帰りください。最後に「自由」ということの考察では私はこれが好きなんですが「自由をつくる、自在に生きる」も是非。